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最明寺にて北条時頼のお墓参り

長浜城から埼玉に戻る道すがら、北条さんたちのお墓参りをいくつかしていくことに。

前に北条時政のお墓参りはしてるから、その続きで残りをごっそり行くつもり!

思いこむ瞬間


まずは最明寺から。長岡温泉街を抜けた街中にあるけど少し高台にあって静か。
背後に源氏山が続いて、この辺もやっぱ鎌倉幕府ゆかりの地だね〜って雰囲気!

経験値は大事だった瞬間


入口にこういう標柱とか案内板とかがあると何気に安心するんだよね〜
お墓参りを受け入れてくれてる感じがして。お墓もわかりやすいパティーン。

一礼で済ませる瞬間


最明寺は日蓮宗のお寺で本堂はモダーン風。もとは臨済宗だったらしいけど、
秀吉の小田原攻めによる戦火で衰退した後、日蓮宗が再興し改宗されたそうな。

迷いようもなかった瞬間


時頼さんのお墓は本堂左手奥にあります。時頼さんは法名「最明寺道崇」から、
最明入道って呼ばれたってことで、寺号にもなっているんだそうです。

うるうるしている瞬間


まっすぐ進んだ門の先が時頼さんの墓所。ちょうど本堂の裏手です。
実際に葬られたのは鎌倉の明月院なんだけど、時頼を慕った伊豆の人々が
鎌倉幕府に願って分骨してもらい、この寺を建てたっていうから泣ける!

案内は超ダイジェストだった瞬間


門の中には時頼の説明がざっくり書かれてます。一言で言ったら優秀な人w
「オラが村にも分骨して墓を!」って願われるほどだからよっぽどの人ですよ。

北条時頼は鎌倉幕府五代執権。兄の四代執権経時が23歳で亡くなったことから
20歳で執権になると「宮騒動」や「宝治合戦」を乗り超え、御家人の負担や、
訴訟など様々な改革を繰り出し、文武を奨励し善政を行ったといわれています。

バイアスかかってる瞬間


区画の分かれた後ろの墓域には一般の方のお墓が立ち並んでいるけど、
時頼のお墓には凛とした空気感がある気がするっていう墓マイラーあるあるw

この人は病になって29歳で執権を辞任すると、出家して最明寺道崇になるの。
そして一回の僧として諸国をめぐって、民衆や御家人の暮らしを見て廻るんです。
太平記や増鏡にも載ってて、その逸話が盛りはあるかもしれないけどいいんだよぉ。

ある時、貧し気な民家に宿を求めると、主は盆栽を薪にして暖を取らせてくれる。
で、話を聞くと彼は「佐野源左衛門尉常世」という御家人で、身内に所領を押収され、
貧しい暮らしはしているけれど、鎌倉に何かあればすぐに駆け付けると話すわけ。

で後日、実際に鎌倉に一大事が起きると、本当に佐野が駆けつけてきたのを見て、
時頼は所領を返還させ、さらに薪にしてくれた鉢の木にちなんだ所領も与えた・・・
っていう。ええ話や。佐野さんの真心も感動だし、時頼も粋すぎてしびれるw
謡曲「鉢の木」として有名なんだけど、にしても佐野さんびっくりしたろうなぁ。

合掌の瞬間


時頼さんの病ってのは、どうも赤痢らしいんだよね。ワタクシなんてヤバイ病気
ってイメージしかないから、あの時代にそれで諸国めぐれるの?と思うんだけど、
やっぱビッグネームだから盛大な祈祷とかされて、多少の効果はあったのかしらね。
執権を退いてから7年後、病状が深刻化し、時頼は37歳の若さで亡くなりました。

北条ってくそジジイ時政が感情的に好きじゃないから印象悪くなりがちだけど、
時宗さんも仲時さんも、そして時頼さんあなたもいかしてるじゃないのよ!!
今回も気やすく語りかけながら合掌。なんだかんだ魅力ある人がいるよなぁって。


さーて次も北条氏つながりで、時宗正宗父子と歴代墓所がある成福寺に向かいます!


成福寺にて北条時宗・正宗のお墓参り〜に続く。


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2019.06.15 Saturday 18:10 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

長浜城に登城!

修善寺めぐりの翌日は山の中から内浦湾の方に出て長浜城に登城です!

内浦湾に出たら、海沿いの道を走ってればたどり着けはするんだけど、
カーブ曲がってすぐのところを曲がるので、ワタクシ通り過ぎて戻ってきたww

充実すぎた瞬間


国史跡に指定されている長浜城跡。遺構の保存整備だけじゃなく、
のっけからこの気合の入れよう素敵すぎ! 屋根の建物はトイレです。

盛り上がる瞬間


まずは展示を色々見とこっか。内浦湾にちょろっと飛び出した小山が主な城域。
以前は旧三井財閥の別荘があって、昭和40年代に取り壊されて放置されてたとこ、
市教の調査が入り、昭和63年に国史跡指定、公開になったのは平成27年なんだって。

雰囲気が大事だった瞬間


ではさっそく登城しよ! 鳥居は3曲輪にある弁天社のやつらしいです。
旧道が崩壊してて、先々くぐることはないんだろうけど存在が大事だわ。

スタイリッシュだった瞬間


で、こちらの階段を上って行きます。城址碑があるのは多分ここだけ。
整備されたのが割と最近だからか、ちょっとモダンな感じがおしゃれ!

意表をつく瞬間


ちょいと登った最初の踊り場に、パンフレットが置かれてるのを発見!
でも説明板はお城じゃなく、マグロ漁のことが書かれてるんだよ(*°∀°)=3

ありがたすぎな瞬間


パンフは定期的にちゃんと補充されてるようで、ほこりっぽさとか一切なしw
入場料もないのに整備も管理も行き届いてて、国史跡ってホント素敵じゃない?

気をそらす存在の大切さだった瞬間


ミツウロコ紋の旗がヒラヒラしてるせいか、階段を登るの頑張れた(*°∀°)=3
堀切にぶつかったところで分岐。左にいくと第四曲輪、まっすぐで第三曲輪。

残念な人だった瞬間


そして左の方に進んだワタクシは、まず第四曲輪が見える位置に立ちまして。
そこから堀切を眺め、いい気になりながら撮った写真がなんと見切れてたヤダー!

コンパクトだった瞬間


で、こちらが第四曲輪。狭いけど陸側から登ってくると一番に立ちはだかる曲輪よ。
第三、第二、第一曲輪とは堀切で隔てられ、ここだけ少し離れた位置にあるんだ。

感心している瞬間


狭いところも通路がちゃんとあって長浜城はほんとに歩きやすい!
同じ国史跡でも脇本城なんかはフリースタイル過ぎましたからねw

熟読する瞬間


第三曲輪(右)と第二曲輪(左)の間の堀切からの虎口が見えてきました。
空堀を埋めて虎口にした形跡があるんだって。解説が充実しててありがたい!

芸が細かい瞬間


これが虎口が築かれる前の跳ね橋の跡。3つの柱穴が見つかってて、
そこに柱を立ててある。左側の2本が跳ね橋を支えていた柱で、
右の柱と左前の柱を再利用して虎口の門が設けられていたんだね。

フットワーク軽い瞬間


跳ね橋跡を通り過ぎたら、第三曲輪は帰りに見ることにして、
ちょいと登って第二曲輪にインしたら、まずは土塁の端っこへ。

チャレンジャーな瞬間


そして高いところは怖いけど虎口を見下ろすと・・まぁまぁ高いよね。
向こうの第三曲輪にかかる跳ね橋と、通路に立っていた門を想像します。

ファジーだった瞬間


見下ろし完了したら、第二曲輪の大場所。掘立柱建物跡をじっくり見ます。
またわかりやすく柱が立ててあるけど、何の建物だったのかは正直、謎めです。

わかったぶる瞬間


復元の櫓は雰囲気だけじゃなく、櫓の向こうの高い部分が第一曲輪なので、
物見台とジャンクション的存在てことで観光用とかじゃなく正確な復元なんだって!

ドン引く瞬間


櫓に上がって見下ろす第二曲輪。一番広い曲輪だから建物があっても余裕!
右の岩風呂みたいのは堀跡。コンクリでこんな不自然に固めちゃったけど(*°∀°)=3

ワープした瞬間


櫓の二階部分から第一曲輪に入ると建物跡と奥には土塁も残っていました。

長浜城は北条氏の水軍根拠地、重須湊を守るために築かれたお城で、
北条水軍の事実上の統括者だった梶原備前守が守将として置かれました。

天正8年(1580)には、北条・武田両水軍による駿河湾海戦が行われ、
勝敗は定かではないものの、武田氏の滅亡により、一応の決着を見ることになります。
しかし天正18年(1590)秀吉の北条攻めにより、水軍の主力が小田原に集結すると
水軍基地としての機能を失い、韮山開城と共に廃城になりました。

やたら上からな瞬間


第一曲輪からも櫓の上からも湾が見えます。真ん中のお椀のような山の向こうが
鷲頭砦、左奥は三枚橋城があったそう。晴れてれば左に富士山が見えるんだって。
駿河湾に面していながら、さらにちょっと中に入った静かな内海っていうのかな? 
素人目で考えても、水軍基地として申し分ない立地じゃないかしらと思うよね。

リスク管理は大事だった瞬間


櫓を降りた第二曲輪の向こう側には腰曲輪AからDまで4つ配置されています。
写真だとわかりづらいけど、海に向かう尾根上に先へ先へとあるんですよ。
気合を入れると腰曲輪Aから海まで出られるんだけど足元が危ないんだよね。
伊豆の海はきれいだから近くに行きたかったけど、雨上がりで滑るので断念。

妄想力が豊かな瞬間


これは解説版にあった写真だけど、こうやって船着き場に戦国時代の軍船が
並んでるところを想像したら、海城かっこいい!とか勝手に興奮しちゃうわw

興奮している瞬間


Cまで下りて第一、第二曲輪の方を見ると攻め手の目線になるかな。
もし海から攻め込んでもなかなか厳しそうな。さすが北条流築城!

改めて気づく瞬間


戻って次は第三曲輪に向かいます。第一曲輪の下に腰曲輪が連なるのに比べ、
第二曲輪は尾根もなく、海まで急な崖になってるのがよくわかります。

食いつきが悪かった瞬間


第三曲輪には弁天社が建っています。入口の鳥居はこのためのやつね。
第四より全然広いけど、第二第一には及ばない微妙な大きさの曲輪。

うっかりしている瞬間


でも土塁は残ってて、これが跳ね橋のあった方にぐるっと続いてます。
第三曲輪が何の役割をしていたかは・・メモがなかった(*°∀°)=3


長浜城は思いのほかよかった!国史跡っていっても解説のセンスや整備の度合いは
色々だけど、長浜城はかなり上のレベルだと思う!崖上にあるけど歩きやすいし!
水軍の城っていうのも、いつもの城とまた違う妄想力が働いて楽しいねw

さて埼玉へ帰ろっか。帰り道に北条さんのお墓参りをいくつかしてさ。


最明寺にて北条時頼のお墓参り〜に続く。



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2019.05.18 Saturday 15:27 | comments(0) | trackbacks(0) | 中部(静岡県) | 

修善寺にて源範頼と頼家のお墓参り

投稿をためまくり、春になったというのに寒々しい伊豆の風景をしばらく・・

テンション低めな瞬間


埼玉県民のワタクシ、伊豆には何度も来てるのに初の修善寺でございます。
平日だけど人が多くてびっくり! 雨が降りそうなのでサクッと見ていきます。

歴史の重みをかぐ瞬間


大同2年(807)、弘法大師の創建と言われ、元は真言宗のお寺だったのが、
臨済宗になり、北条早雲が韮山城主になると再興され、曹洞宗になったそうです。

でもでーも。修善寺といったら源頼朝の弟、範頼と子の2代将軍頼家が幽閉された後、
自害やら殺害された寺で、お墓もあるってのが気張って足を運んだ一番のポイントよ!

お参りをしながら、鎌倉から人里離れた山の中に連れてこられた2人を思い、
源氏の寺宝を見るため宝物殿へ行き、盛り上がってきたところでお墓へゴー!

のどかすぎだった瞬間


まずは範頼さんの方ね。修善寺の境内を出てから小路をまぁまぁ歩いたな。
地図を見ながらしばらく進むと、墓の入り口で案内板を見つけて一安心w

やればできる瞬間


坂でも階段でも登りがとにかく嫌いだけど、70mってことなんでダッシュ!
雨が降ってきそうなのに傘がないから、マッハで街を一回りしたいのです。

たまげる瞬間


ちょっとした小山の上だけどキレイに整備されてお手入れも行き届いてます。
案内板には英語、韓国語、中国語、スペイン語まであるサービスっぷり(*°∀°)=3

切なくなる瞬間


範頼さんのお墓は奥まった木立の中にひっそりと。ホントにひっそりなの。
頼朝と義経の強烈なキャラに比べて存在感が薄いせいでそう感じるのかしらねぇ・・よよよ。

範頼は源義朝の第六子で頼朝の異母弟。頼朝が源氏再興のため挙兵すると駆けつけ、
弟の義経とともに木曽義仲討伐、平家討伐などで活躍。鎌倉幕府樹立に貢献します。

しかし頼朝と義経の仲が悪化し、義経討伐を命じられた範頼が拒否したことから、
頼朝に疑われるようになり、後に謀反の汚名を着せられ、修善寺に幽閉されます。
そして幽閉先で家人が不穏な動きをしたと梶原景時に攻められ、自害しました。

さみしげに見える瞬間


久々に頼朝のこと思い出したけど、やっぱ イヤな 好きになれないわぁ。
武家社会を作ったのはすごいけど、心も狭そうだし被害妄想の度合いがとても無理!
それに比べたら範頼さんは普通の人で、良くも悪くも優しめだったかもしれないね。

明るく合掌の瞬間


だいたい言いがかりだと思うし、ワタクシは一の谷の活躍とか知ってますから!
と気安く話しかけながら合掌。きっと無念なんで励ましておかないとね(*°∀°)=3

小走る瞬間


さぁさぁ今にも雨が降りそうで急いで次! 転がるように小山を降りて、
今度は頼朝の嫡男、二代将軍頼家のお墓参りをしに指月殿へ向かいます。

夢も希望もない瞬間


修善寺を流れる桂川には赤い橋が5つあって、願かけながら渡ると恋が実るとか?
しかしワタクシは「まだ降らないでぇ」と思ってる間に渡り切っていましたw

映えない瞬間


修善寺の人気スポット「竹林の小径」。人がちょいちょい歩いていたけど、
途切れた瞬間にサッ!と撮ったら、後はもう競歩かって勢いで突き進みます。

老朽が心配な瞬間


そして指月殿に到着!こちらは鎌倉初期に建てられた伊豆最古の木造建築で、
頼朝の妻、北条政子が修善寺で暗殺された子の頼家を弔うため寄進したお堂です。
政子自身も追い込んだ一味だから、祟られないよう念入りに祈ったんじゃないかと。

貫禄すぎる瞬間


中のお釈迦様は右手にハスの花を持ってる禅宗式の珍しい坐像なんだって。
こちらも鎌倉時代の作で静岡県指定文化財。歴史の重みが全身にみなぎってる!

不幸すぎだった瞬間


頼家さんのお墓は指月殿のすぐ隣。頼範さんの墓と同じく佇まいがひっそり寂し気。

源頼家は父頼朝の死により18歳で家督を継ぎ、征夷大将軍になりました。
しかし有力御家人を束ねることができないまま、病に臥せるようになると、
北条氏に実権を奪われ、弟の千幡(実朝)への権力移譲を余儀なくされます。

頼家は義父の比企能員とともに北条氏討伐を企てるも失敗し、比企氏は滅亡。
頼家は出家させられた後、修善寺に幽閉され、元久元年(1204)7月19日、
北条氏の刺客により暗殺されました。享年21歳。法名「法華院殿金吾大禅閤」。

勝手に寄り添う瞬間


周りは敵と罠だらけの上、母ちゃんまで超〜冷たいとかかわいそうすぎ!
北条父娘に関わるとホントろくなことないなって、みーんな思ってるから!!

合掌しながらよーく慰めといた(*°∀°)=3

けなげすぎた瞬間


近くには頼家さんの家臣十三士のお墓もありました。十三士は頼家が暗殺された後、
主君の無念を晴らすべく謀反を企てたものの、挙兵前に討ち取られたのだとか・・。

そしてここでついに雨! 指月殿の裏山の上には義経の銅像もあるんだけど、
まぁまぁ登るし、写真で見る限りそこまで執着もないのであっさりあきらめたw

気が済んだ瞬間


修善寺の前に戻って散策は終了! 有名な温泉地で観光客も多いんだけど、
変に栄ったりしないで、古く鄙びた雰囲気が歴史ロマンぽくてよかったな!


・・じゃ。さっさと温泉につかってビール明日にそなえよっか!


長浜城に登城!〜に続く



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2019.05.11 Saturday 16:42 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

脇本城に登城!

久保田城から北上して、ついに男鹿半島まできちゃったわよ〜!!

大きなナマハゲが立ってる公園に寄りたかったけどメッチャ混んでた(*°∀°)=3
で、あきらめて車の流れに乗って走ったら、あっという間に脇本城に到着!
てか、秋田の人ってすごい飛ばさない? 国道だよねって標識を三度見したよねw

模型でごまかす瞬間


あんまり流れに乗りすぎて、うっかり反対側にある入口を通り過ぎそうになり、
入れてホッとしたのもつかの間、登る坂の狭さに引いてたら写真を忘れた(*°∀°)=3

距離自体は大したことないんだけど、なんせ道幅が車1台分って坂だから
上から車が下りてきたらどうなんの? 登り優先ルールとか適用されるの?
とか思ってすごいドキドキしちゃった。でも歩いて登る選択肢はないw

心からホッとする瞬間


おっかなびっくり登って、なんとか案内所のある駐車場に到着!
ここに駐車場があるなら、もう少し道を何とかした方が・・・(小声)
中でパンフレットをもらいます。続100名城スタンプもここにあったよ。

男鹿市に乾杯!の瞬間


まずは案内図を確認。パンフレットは写真や説明も多くキレイでわかりやすい!
国史跡だから整備も行き届いてるはずだし期待大! いそいそと曲輪に向かいます。

汗ばむ瞬間


でも最初しばらくは面白みのない長い坂を登る苦行があるんだけど(*°∀°)=3
真夏の昼時。エアコンキンキンの車から降りたばっかなのにもう暑い!!

見晴らしサイコーの瞬間


わっせわっせ・・息切れしながらなんとか登り切り、振り返ると海が!
日本海に飛び出した男鹿半島の先っちょだから海岸線がよく見えること!

圧倒される瞬間


坂を上りきると案内板が見えて、突然、迫力のある風景が広がります。
お城の説明がかかれた板と、裏になってる方には案内図が載っていました。

脇本城は男鹿半島南側にあるお城で、築年は明らかでないものの、
戦国時代にはすでに城としての機能を果たしていたと考えられています。

天正5年(1577)、出羽の戦国大名、安藤愛季が嫡子業季に湊・檜山の城を譲って
脇本城を居城とし、地形を生かした大改修を行って本拠地にしました。

愛季は安東氏の最盛期を築きますが、天正15年(1587)、戸沢氏との合戦中に病没。
家督を継いだ次男実季が後に本拠を港城に移すと、江戸初期に廃城となりました。

ダイナミックすぎた瞬間


写真がイマイチだから伝わらないと思うけど広くて壮大な感じなのよ。
曲輪がドーンと連なって、パンフレットを合わせて見ると尚よくわかる!

自由奔放だった瞬間


正面は来た道で右手が曲輪ドーンの方。左が本郭なのでそっち行ってみるよ。
脇本城って通路にしてある部分が少なくて、でもアップダウンがあるから、
楽そうなところ見つけて好きに登っていくフリースタイルで行きますよw

ありがたみな瞬間


こちら空堀。きっと虎口の部分だと思うの。角度がイマイチだけど(*°∀°)=3
それにしても真夏にもかかわらず草ボーボーじゃないのがありがたい!
フリースタイルなのに、デフォヤブ漕ぎとかマジで戦意喪失だもんね。

感動している瞬間


空堀の上から最初に見た西の方を振り返ったら、さらに雄大だった件!
地形だけでもこんなに「大迫力!」って感じられるものなんだなぁって。

ワナワナしている瞬間


感動に震えながら大土塁の前にやってきました。最大高低差6メートル!
コレが主郭を囲ってるんだから、すごい土木量だな〜って眺めるばかり。

安定の囲まれ感だった瞬間


中からの高さはこんな感じ。ここに城主の館があったというから超安心!
ここからは食器や火縄銃の玉や武具など色々なものが出土しているそうです。

徳川埋蔵金よりもっとなさそうだった瞬間


主郭の所にあった復元想像図。国史跡なので要所での説明が充実してます。
ここには井戸跡が4つあるらしいんだけど、金の茶釜が埋められた伝説があって、
昔は夜な夜な来て、掘り返す人がいたって話もパンフレットに載ってましたw

死角なしだった瞬間


主郭からは海岸線と町が良く見える!ここが当時の城下町だったらしい。
陸も海もかなり遠くまで丸見えで、改めて要所に築かれてるんだなぁって。

この場所に目を付けて大規模な整備をした愛季さんの気分でしばし眺め、
長い海岸線を見下ろすレア風景に、埼玉県民のワタクシひそかに興奮(笑)

名残おしまれる瞬間


この先を降りた部分だけ、草の成長がたくましく膝丈くらいのゾーンがあって、
ワシワシ歩いて抜け出たら、ズボンに種みたいのがちょいちょいついてた。
でも足を踏み入れる度、虫が飛び出してくるとかじゃなかったから全然おけー!

フリースタイル多めだから、登城はサンダルや生足じゃない方がおすすめです!

男鹿半島は遠かったけど、でもホントに足を伸ばしてよかったぁ!
今までにない新しい感動だったし、初めてドローン欲しいなとも思った(*°∀°)=3



帰りも対向車が来ないことを祈りつつ、激狭な坂道をオドオドしながら下り。
無事に降りれた!!と思ったら、国道から車が入ってきてマジ間一髪w


さぁ埼玉に帰ろ…遠すぎて気が遠くなる笑



修善寺にて源頼範と頼家のお墓参り〜に続く



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2019.04.27 Saturday 13:55 | comments(0) | trackbacks(0) | 東北(秋田県) | 

久保田城に登城!

秋田城を見た翌日、朝イチで久保田城に登城しました!

現在は千秋公園となっている久保田城跡。城内に無料駐車場があるらしいんだけど、
台数が少ない、場所が分からないってことで、ワタクシ近隣の有料Pを利用しまして。

きょろきょろする瞬間


そしたら自動的に大通り沿いの大手門跡からスタートすることになりました。
商業ビルが建ち並ぶエリアでキレイに整備されてるので遺構はないようです。

うっとりしている瞬間


元気に堀沿いに進んで、入口になっている中土橋門跡を目指します。
時間的に花がとじかけてるけど、一面の睡蓮がキレイすぎて見とれちゃう。

うっかりしていた瞬間


中土橋門跡を境に右が大手門の堀、左は穴門の堀って分かれているみたい。
ここでも睡蓮を眺めてたら、中土橋門跡の様子を撮るのすっかり忘れたわw

勝手にしょぼむ瞬間


こっちが穴門の堀。水堀としてはこれがあるべき姿なのは分かってるけど、
睡蓮の後に見るとあまりにも地味すぎて・・・で、振り返るとまた心浮きたつw

目立っていた瞬間


久保田城址碑は堀を渡ったところにありました。日本100名城(9番)です。
今は続100名城もあるんだよね? 最近スタンプを集めなくなったけど(*°∀°)=3

後の祭りだった瞬間


図によると唐金橋跡だったかな。ここから入って二の丸に向かいます。
ここに来て初めてお城のわずかな駐車場はこの先にあることが判明・・。

佐竹イズムな瞬間


こちらが二の丸に続く松下門跡。雰囲気がよく残ってていい感じです!
久保田城は天守と石垣がない城。佐竹義宣のこだわりとっても楽しみ。

重要だった瞬間


広い二の丸。当時は勘定所などがあって、二の丸広場は家臣が集まる集合場所
として利用されたり、能や踊りの見物のため町人に開放されたりもしたんだって。

日陰に吸い込まれる瞬間


二の丸から本丸への登城ルートってことで、左手にある長坂を登ります。
こんもりした土塁にはさまれて、息切れするけど何やら落ち着く感じですw

ちょっぴりアガる瞬間


折れの入った坂を上ったところに長坂門跡(二の門)。その先に久保田城本丸の正門で、
当時、一の門とも呼ばれていた表門が見えてきます。なかなか立派じゃないですか!

どっしりしていた瞬間


表門は絵図などの文献資料や発掘調査の成果をもとに平成13年に復元されたもの。
実際の方が写真で見るよりもっと堂々たる佇まいで、20万石にふさわしい感じ!
超分かりづらいけど、柱のところには「扇に月丸」の佐竹の紋がついています。

久保田城は慶長7年(1602)、常陸から出羽へ転封となった佐竹義宣が築いた城で、
石垣を用いず堀と土塁を中心としたもので、天守は当初からありませんでした。

何度も火災に見舞われながら再建され、戊辰戦争の戦火も免れて維新を迎えますが、
明治13年(1880)の火災により、大半の建物が消失。明治30年(1897)近代的な
城跡公園として、二の丸と本丸跡が千秋公園として整備されました。

貴重だった瞬間


表門の前には侵入者を警戒する御物頭御番所も置かれ、玄関前の守りは超厳重!
この番所はね。旧位置のまま今日まで残っている久保田城唯一の建造物なんだって。

工夫がたっぷりだった瞬間


表門を入って本丸へ。本丸御殿や政務所が置かれてたってことでかなり広い!

この本丸は最も高い所を、土を盛ったり削ったりして平らにして作って、
その周りを土塁で囲み、さらに土塁の上を多聞長屋と板塀で囲んでおいての、
要所には隅櫓を配置するって防御だったんだって。さすが石垣のない城!

豪華すぎた瞬間


本丸には最後の当主、12代義堯の銅像が建ってます。囲いがやたら立派(*°∀°)=3
こんなにスペースあるなら初代藩主、佐竹義宜の銅像も置いてほしかったけど。

チラ見で済ます瞬間


佐竹氏は初代藩主義宣から、12代義堯まで約270年続いて維新を迎えています。
義堯さんは版籍奉還の後、久保田藩知事に任命されて公爵となったそうですよ。

寄り道する瞬間


本丸には初代佐竹義宣を始め、歴代の藩主が祀られた八幡秋田神社もあります。
平成17年に放火で社殿を消失し、平成20年に再建されたものなんだって。

キュンとなってる瞬間


まだまだ新しい感じのするきれいな拝殿の中には義宣さんの肖像がありました。
鬼義重のせがれらしく勇猛そうでかっこいい絵。やっぱ武将の肖像は甲冑がいい! 

台無しだった瞬間


本丸から埋門跡に進みます。当時は土手を切って出入口とし、その上に多門長屋を渡した
隠し門みたいになってたんだって。今はお手洗いが建っててイマイチだけど(*°∀°)=3

木がじゃますぎた瞬間


埋門跡から緩い坂になっている多門長屋跡を進んでいくと御隅櫓が見えてきます。
市政100周年を記念して復元されたもので、展望台として公開されています。

鼻をおっぴろげる瞬間


入場料は100円だったかな? 縄張図とか模型、城の歴史の上映コーナーがある。
御隅櫓は一番高い所に建ってるから、展望台に登ると見晴らしはとてもいい!

執着はない瞬間


下に降りて撮ってみたけど、やっぱり木が邪魔で建物がよく見えないのよね。
こっちの角度だと模擬感あるから、チラ見えくらいがいいのかもしれないけどw

らしさ全開な瞬間


気を取り直して帯曲輪門跡へ。桝形がきれいに残ってニンマリしちゃうよ。
絵図には土塁の上をめぐる板塀に連結される形の門が描かれているそうです。

気持ちが大事だった瞬間


そのまま本丸の中を歩いて裏門跡へ。夜間の出入りの際に使用した門らしい。
裏門といいながら、目と鼻の先の並びには最初に見た表門もあったりするんだけどw

佐竹三昧の瞬間


二の丸広場に戻ってきたら、最後はすごい楽しみにしていた佐竹史料館へ。
戦国ファン必見の貴重なブツが見られて、たったの100円ポッキリ安すぎ!

興奮中の瞬間


展示品の写真が撮れなかったので、入口にあった鬼義重の甲冑だけ一応w

佐竹義宣の甲冑や肖像画を間近で見られるのもエキサイティングだったし、
佐竹の家紋「扇に月丸」が描かれたデカい本陣旗もすごい迫力があった!
久保田城に来たら絶対に見るのがおすすめ!・・っていうかマジ必ず見てw

最後まで堪能する瞬間


下城は資料館横にある黒門跡から。土塁の桝形がいい感じじゃないの!
写真を撮る角度をしくじってるけど、左奥が二の丸広場に通じてます。

包まれ感サイコー!


桝形の手前は腰巻石垣、そして案内柱のところには礎石みたいなのもあるわね・・
と思いながら、ワタクシは土塁に囲まれた落ち着き感を最後にメッチャ味わい中ですw

ホントに一部な瞬間


黒門跡を出ると目の前は大手通りで、当時はここから三の丸だったみたい。
一部だけど内堀も残ってて、睡蓮が浮かぶ大手の堀より雰囲気は断然あるね!


さーて久保田城はこれにて完了! ワタクシはこの日、車で埼玉に戻るんだけど、
久保田城って日本海側で、まぁまぁ遠くに来ちゃったなって感じがしてるわけ。

だから帰り道を思うと「これ以上遠ざかったらいけない!」って気はするんだけど、
でもどーーしても見たいお城があるから、がんばって男鹿半島まで行ってくる!

待ってろ〜ナマハゲw



脇本城に登城!〜に続く



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2019.04.09 Tuesday 15:05 | comments(2) | trackbacks(0) | 東北(秋田県) | 

静岡県〜土肥温泉「無雙庵 枇杷(むそうあん びわ)」

西伊豆土肥温泉「離れの宿 無雙庵 枇杷」に泊まった時のことを。



無雙庵 枇杷は高台にあるので、車だとしばし細い道を上っていきます。
駐車場は目の前で、到着すると中からスタッフの方が出てきてくれました。



ロビーは広い土間。民芸品が置かれて明りも柔らかで落ち着きますね。



こちらはフロント。右側のほうに個室の食事処が並んでいます。



ライブラリーと焼き物を展示販売しているコーナー。食事で出たお皿で
気に入ったものがあり、売っているかと探したらそれだけなかった(*°∀°)=3



お土産も少し置かれています。しおかつおせんべいがおいしそうで、
お風呂上りにビール飲みながら食べようかな〜と思ってるうちに忘れた。。



3月末の訪問だったので、さくら餅。あ、このお皿は売ってましたw

ちなみにチェックインは他に一組いたけど、その方たちが案内されていった後、
ワタクシたちはしばし待つことに・・迎えに出てきた男性スタッフはさくら餅を
出した後、どこかにいってしまい、他にスタッフの姿は一人も見かけられず。
全8室とはいえ、チェックイン時間なのに、ここでこんなに待つの??



だいぶ待った後、お部屋に案内してもらえました。が、また首をかしげる事態が。
若い女性スタッフが案内してくれたんだけど「ご案内します」と歩き出し、
荷物もってくれなかったのには正直がっかりしたね。この値段の旅館でさ。



フロントと離れのお部屋を結ぶ通路沿いにはオブジェが色々あって、
生花も活けられたしてね。そういう心配りはちゃんとしてるのに・・。

荷物をもってほしかったら、もって下さいと言えばいいんだけど、
そういうことじゃないのよね。人によって接客の質が違うっていかんし、
そういうことが見逃されてるレベルの旅館なのかなって思うじゃない。



ワタクシが泊まったのは「蕪(かぶら)」というお部屋。
こちらの旅館は二階建て3部屋、平屋建て5部屋の全8室で、
すべてのお部屋は離れ造りで源泉かけ流し露天風呂がついています。



で、中に入ると女性スタッフが室内の説明をしてくれるんだけど、
暗記したもの全部言います、ってくらいの一本調子で早口。。
でも説明はなんか無駄に長い・・・がっかり感が増しますよ。



露天風呂には蓋がしてあります。温度が下がってしまうからってことでしたが、
お湯が熱いのなんのって・・・かけ流しなのに水を足してしまいました。
なので蓋は開けっ放しにしておいて、夕食後はちょうどよく。
夜中も全部閉めずに半分あけておいて、朝ちょっと熱めくらいでした。



デッキからは駿河湾が見えます。朝は駿河湾フェリーが汽笛を鳴らして
出発するところが見えました。天気がいまいちだったのは残念だけど。



居間の奥にベッドルーム。古木に囲まれた空間ってこともあるのか、
けっこう落ち着くお部屋で、ベッドも体が痛くならずぐっすり眠れた!



写真撮ってないけど冷蔵庫の中身は有料。冷蔵庫の上にはネスプレッソ。
コーヒーも紅茶も飲めます。あと緑茶のセットにポット。



脱衣所と洗面所 コンパクトです。椅子があるのはいいけど、
ここでのんびり顔の手入れをしたりするのは落ち着かないかな。



必要なものは全部そろってるアメニティ。



基礎化粧品類も一通り。ワタクシは使いませんでしたが。



無雙庵枇杷に大浴場はなく、到着時に予約して使う貸切風呂が2つ。
急な階段を上った先の左右に分かれてあります。



ワタクシは天狗の瓢という岩風呂にしました。お湯が少し熱めだった。



貸切露天風呂の脱衣所。タオルだけじゃなくアメニティも一通り。



脱衣所にはコーヒー牛乳と牛乳が置いてあって自由に飲めます。
ワタクシは途中で牛乳、お風呂上りにコーヒー牛乳をいただきました。
ビンで飲んだのは小学校の給食ぶりじゃないかな? めちゃおいしいw
ちなみにこれらはフロントにも置いてあって好きな時にいただけます。



石風呂。貸し切り風呂は食事の前に余裕をもって使いたかったので
17時前とかで明るいから風情ありませんw 夜はいい感じかと。



お湯につかっての眺望いまいちだけど、高台なので海は見える。



夕食は18時からにしました。海が見える個室のお食事処でいただきます。
給仕は例の女性スタッフ・・料理の説明もマニュアル通りの棒読みだった(*°∀°)=3



弥生の献立。こちらが最初に用意されていたお料理。
ビールをお願いして、箸休め 早蕨の山かけからいただきます。



前八寸はホタルイカの酢味噌、姫サザエの土佐煮。子持ちエビ。
合鴨スモーク、菜の花プロシュート、桜花長芋のし梅。花見団子。



椀物は変わり若竹椀。お出しがおいしい!



向付 えび、まぐろ、いか、ヒラメ。おいしいお刺身でした。



焼物は赤座エビの風干し。テーブルにある囲炉裏であぶっていただきます。
さっと炙って香が出たくらいで頂いたら、レアですごいおいしかった。



次は鍋物。春の寄せ鍋ということで、ハマグリ、白身、エビ、若鶏つくね、



そしてお野菜を煮ていただきます。ワタクシは最後までハマグリが開かなくて・・
スタッフの方に伝えたら、開けて小皿に乗せてもってきてくれたけどなんか残念。



台の物は三ヵ日牛の和風ステーキ。お肉おいしかったな。



無雙庵 枇杷のお食事は炊き込みご飯と聞いていたので楽しみでした。
タケノコご飯かもしれないなと思って来たら、新じゃがご飯でした。
米に芋? 自分じゃちょっと思いつかない炊き込みご飯だったけど、
ベーコンの風味と胡椒のアクセントがあっておいしかった



水菓子は普通。フルーツにバニラアイスのパイサンド。普通過ぎた。



お部屋に戻ります。夜は通路も雰囲気があっていいですね。



昼食は8時。夕食の時に選んだ金目の干物がついています。
おかゆも出てきます。選んでは食べないから久々におかゆを食べた。
朝食はいたって普通。旅館によって品数が多いとか豪華とかっことじゃなく、
わあ!って思う時が結構あるけど、今回そういうのはありませんでした笑



食べながらなんでかなって考えてたら、だし巻き卵がないじゃないの!
温泉卵って家でも食べれるからいい旅館で出るとがっかり・・と思ったら、
そういや品数は揃ってても手のかかるものがほとんどないって気づいて、
「わあ!」ってならず「いたって普通」と感じる原因かなって思った。


お部屋に戻って11時のチェックアウトまでお風呂に入ってのんびりすごしました。



無雙庵枇杷は口コミで評価を高くつける人も多い反面、低くつける人もちょいちょい。
滞在をブログにしている人の記事を読んでも、何かしらお小言じゃないけど、
今回のこれはダメだった・・みたいなこと書いてる人もけっこういるのは知ってて。

でも一度、泊まってみたい旅館だなと思って今回の滞在になったわけです。

ワタクシの感想としては、離れで露天がついたお部屋も雰囲気もいいし、
ロケーションもいいし、お料理もおいしかったし、やっぱり一人3万円クラスの
お宿だなってことにはとても納得。泊まってよかったとは思ってます。

とはいえ、3万円クラスってことで他と比べるとちょっとずつ残念な感じがある。
チェックイン時の段取りの悪さ、荷物をもってくれない女性スタッフの対応、
マニュアル通りのマシーン的な説明もいただけなかった。ハマグリが開かなかったしねw
あと朝ごはんの普通さもか。手間をかけたり非日常の演出がもうちょい。

チェックイン時は姿を見なかったけど、食事の時間は数名のスタッフがいたので、
担当してくれる方にもよるのかもしれないけど、質が統一されてるって大事じゃない。
決められた丁寧さはあるけど、ホスピタリティが今一つ・・そんな印象だったなぁ。

あせび野咲楽のように、帰るなりまた行きたい、次はいつ行こう?って思えるのが自分にとって最高。
無雙庵枇杷は良かったけれど、そこまでじゃあないっていうのが正直な評価かな。


他に色々行きたい旅館もまだまだたくさんあるので、
ワタクシも経験値を積んで数年後にでもまた行けたらいいと思います。



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2019.04.05 Friday 21:48 | - | - | 温泉旅館の覚書き | 

温泉旅館の忘備録一覧

これまで行った温泉旅館のエントリーを一覧にしています。
ほとんどワタクシ自身の覚書。


静岡県〜土肥温泉「無雙庵 枇杷(むそうあん びわ)」

静岡県〜天城温泉郷「谷川の湯あせび野」2

伊勢志摩〜「星たる」

長野県〜別所温泉「花屋旅館」2

山形県〜湯田川温泉 九兵衛旅館

静岡県〜今井浜温泉「桐のかほり咲楽」2

岩手県〜志戸平温泉「遊泉志だて」

静岡県〜今井浜温泉「桐のかほり咲楽」

愛知県〜蒲郡温泉「風の谷の庵」

和歌山県〜浜千鳥の湯「海舟」

伊勢志摩〜「御宿 The Earth」

山形県〜かみのやま温泉「古窯」 

島根県〜松江宍道湖温泉「なにわ一水」

長野県〜別所温泉「花屋旅館」

岐阜県〜下呂温泉「月のあかり」


2019.03.25 Monday 23:01 | - | - | 温泉旅館の覚書き一覧 | 
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