<< April 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES

久保田城に登城!

秋田城を見た翌日、朝イチで久保田城に登城しました!

現在は千秋公園となっている久保田城跡。城内に無料駐車場があるらしいんだけど、
台数が少ない、場所が分からないってことで、ワタクシ近隣の有料Pを利用しまして。

きょろきょろする瞬間


そしたら自動的に大通り沿いの大手門跡からスタートすることになりました。
商業ビルが建ち並ぶエリアでキレイに整備されてるので遺構はないようです。

うっとりしている瞬間


元気に堀沿いに進んで、入口になっている中土橋門跡を目指します。
時間的に花がとじかけてるけど、一面の睡蓮がキレイすぎて見とれちゃう。

うっかりしていた瞬間


中土橋門跡を境に右が大手門の堀、左は穴門の堀って分かれているみたい。
ここでも睡蓮を眺めてたら、中土橋門跡の様子を撮るのすっかり忘れたわw

勝手にしょぼむ瞬間


こっちが穴門の堀。水堀としてはこれがあるべき姿なのは分かってるけど、
睡蓮の後に見るとあまりにも地味すぎて・・・で、振り返るとまた心浮きたつw

目立っていた瞬間


久保田城址碑は堀を渡ったところにありました。日本100名城(9番)です。
今は続100名城もあるんだよね? 最近スタンプを集めなくなったけど(*°∀°)=3

後の祭りだった瞬間


図によると唐金橋跡だったかな。ここから入って二の丸に向かいます。
ここに来て初めてお城のわずかな駐車場はこの先にあることが判明・・。

佐竹イズムな瞬間


こちらが二の丸に続く松下門跡。雰囲気がよく残ってていい感じです!
久保田城は天守と石垣がない城。佐竹義宣のこだわりとっても楽しみ。

重要だった瞬間


広い二の丸。当時は勘定所などがあって、二の丸広場は家臣が集まる集合場所
として利用されたり、能や踊りの見物のため町人に開放されたりもしたんだって。

日陰に吸い込まれる瞬間


二の丸から本丸への登城ルートってことで、左手にある長坂を登ります。
こんもりした土塁にはさまれて、息切れするけど何やら落ち着く感じですw

ちょっぴりアガる瞬間


折れの入った坂を上ったところに長坂門跡(二の門)。その先に久保田城本丸の正門で、
当時、一の門とも呼ばれていた表門が見えてきます。なかなか立派じゃないですか!

どっしりしていた瞬間


表門は絵図などの文献資料や発掘調査の成果をもとに平成13年に復元されたもの。
実際の方が写真で見るよりもっと堂々たる佇まいで、20万石にふさわしい感じ!
超分かりづらいけど、柱のところには「扇に月丸」の佐竹の紋がついています。

久保田城は慶長7年(1602)、常陸から出羽へ転封となった佐竹義宣が築いた城で、
石垣を用いず堀と土塁を中心としたもので、天守は当初からありませんでした。

何度も火災に見舞われながら再建され、戊辰戦争の戦火も免れて維新を迎えますが、
明治13年(1880)の火災により、大半の建物が消失。明治30年(1897)近代的な
城跡公園として、二の丸と本丸跡が千秋公園として整備されました。

貴重だった瞬間


表門の前には侵入者を警戒する御物頭御番所も置かれ、玄関前の守りは超厳重!
この番所はね。旧位置のまま今日まで残っている久保田城唯一の建造物なんだって。

工夫がたっぷりだった瞬間


表門を入って本丸へ。本丸御殿や政務所が置かれてたってことでかなり広い!

この本丸は最も高い所を、土を盛ったり削ったりして平らにして作って、
その周りを土塁で囲み、さらに土塁の上を多聞長屋と板塀で囲んでおいての、
要所には隅櫓を配置するって防御だったんだって。さすが石垣のない城!

豪華すぎた瞬間


本丸には最後の当主、12代義堯の銅像が建ってます。囲いがやたら立派(*°∀°)=3
こんなにスペースあるなら初代藩主、佐竹義宜の銅像も置いてほしかったけど。

チラ見で済ます瞬間


佐竹氏は初代藩主義宣から、12代義堯まで約270年続いて維新を迎えています。
義堯さんは版籍奉還の後、久保田藩知事に任命されて公爵となったそうですよ。

寄り道する瞬間


本丸には初代佐竹義宣を始め、歴代の藩主が祀られた八幡秋田神社もあります。
平成17年に放火で社殿を消失し、平成20年に再建されたものなんだって。

キュンとなってる瞬間


まだまだ新しい感じのするきれいな拝殿の中には義宣さんの肖像がありました。
鬼義重のせがれらしく勇猛そうでかっこいい絵。やっぱ武将の肖像は甲冑がいい! 

台無しだった瞬間


本丸から埋門跡に進みます。当時は土手を切って出入口とし、その上に多門長屋を渡した
隠し門みたいになってたんだって。今はお手洗いが建っててイマイチだけど(*°∀°)=3

木がじゃますぎた瞬間


埋門跡から緩い坂になっている多門長屋跡を進んでいくと御隅櫓が見えてきます。
市政100周年を記念して復元されたもので、展望台として公開されています。

鼻をおっぴろげる瞬間


入場料は100円だったかな? 縄張図とか模型、城の歴史の上映コーナーがある。
御隅櫓は一番高い所に建ってるから、展望台に登ると見晴らしはとてもいい!

執着はない瞬間


下に降りて撮ってみたけど、やっぱり木が邪魔で建物がよく見えないのよね。
こっちの角度だと模擬感あるから、チラ見えくらいがいいのかもしれないけどw

らしさ全開な瞬間


気を取り直して帯曲輪門跡へ。桝形がきれいに残ってニンマリしちゃうよ。
絵図には土塁の上をめぐる板塀に連結される形の門が描かれているそうです。

気持ちが大事だった瞬間


そのまま本丸の中を歩いて裏門跡へ。夜間の出入りの際に使用した門らしい。
裏門といいながら、目と鼻の先の並びには最初に見た表門もあったりするんだけどw

佐竹三昧の瞬間


二の丸広場に戻ってきたら、最後はすごい楽しみにしていた佐竹史料館へ。
戦国ファン必見の貴重なブツが見られて、たったの100円ポッキリ安すぎ!

興奮中の瞬間


展示品の写真が撮れなかったので、入口にあった鬼義重の甲冑だけ一応w

佐竹義宣の甲冑や肖像画を間近で見られるのもエキサイティングだったし、
佐竹の家紋「扇に月丸」が描かれたデカい本陣旗もすごい迫力があった!
久保田城に来たら絶対に見るのがおすすめ!・・っていうかマジ必ず見てw

最後まで堪能する瞬間


下城は資料館横にある黒門跡から。土塁の桝形がいい感じじゃないの!
写真を撮る角度をしくじってるけど、左奥が二の丸広場に通じてます。

包まれ感サイコー!


桝形の手前は腰巻石垣、そして案内柱のところには礎石みたいなのもあるわね・・
と思いながら、ワタクシは土塁に囲まれた落ち着き感を最後にメッチャ味わい中ですw

ホントに一部な瞬間


黒門跡を出ると目の前は大手通りで、当時はここから三の丸だったみたい。
一部だけど内堀も残ってて、睡蓮が浮かぶ大手の堀より雰囲気は断然あるね!


さーて久保田城はこれにて完了! ワタクシはこの日、車で埼玉に戻るんだけど、
久保田城って日本海側で、まぁまぁ遠くに来ちゃったなって感じがしてるわけ。

だから帰り道を思うと「これ以上遠ざかったらいけない!」って気はするんだけど、
でもどーーしても見たいお城があるから、がんばって男鹿半島まで行ってくる!

待ってろ〜ナマハゲw



脇本城に登城!〜に続く



Writen by あも Love城! Go!名所旧跡


*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****


にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ  人気ブログランキングへ  

2019.04.09 Tuesday 15:05 | comments(0) | trackbacks(0) | 東北(秋田県) | 

秋田城に登城!

天徳寺の次は秋田城にやってきました! ちょうど暑い時間に(*°∀°)=3

駐車場に車を停めたら、まずパンフレットをもらいに管理棟に直行!
ボランティアガイドさんがたくさんいたから、ホントはお願いしたかったんだけど、
広いから時間が足らなそうと伝えたら、皆さんで概要を丁寧に説明してくれた!

で、まずはガイドさんに言われた通り、復元外郭門がある方に向かうことに。

雰囲気ある瞬間


これは平成9年に復元された東門。左右には粘土と砂でできた築地塀も続いてて、
奈良時代の創建期の頃の姿を復元しているんだって。古代柵はコレがないとね!

気合を入れる瞬間


ワタクシが見るのは復元公開されてる部分で、だいたいこの写真の範囲くらい。
これでも広いけど、秋田城は元が大きいから全体から見るとこれでも1/3とか(*°∀°)=3
左側にある政庁の方を囲んでた外郭塀の全周だけでも2.2キロもあったんだって。

城跡は道路で分断されて(縦の茶線)、外郭門からの大路も途切れてる。
なのでまずは外郭線の外にある居住区っぽい方から見ていくことにします。

日差しがやばい瞬間


東門をくぐると立派な大路が見えます。素掘りの側溝の跡が発見されてて、
そこから推測すると道幅12メートルで、土の道路だったと考えられているそう。

池との違いを考えた瞬間


大路の脇にある沼は、当時の城内では神聖な場として利用されていたんだって。
コレは自然の沼らしいけど、澱みすぎ草はえすぎでデカイ水たまりみたいなw

食いつく瞬間


沼の前にある覆屋の中には、平安時代に作られたという井戸があるんだって!
平安時代の井戸跡じゃなくて井戸ってすごくない? どれ、見せてごらん。

お風呂を連想した瞬間


えw って一瞬思ったけど、今も水が湧いてるまごうことなき井戸です。
当時も厚い板を組んで並べたような作りで、しかも浅かったらしいし。

なかったことにする瞬間


平面表示している建物跡も多いけど、時短のため丘の上には登らず・・・

秋田城は天平5年(733)、蝦夷地制圧の日本海側拠点として築かれた城柵で、
当初は出羽柵といいましたが、760頃には秋田城と呼ばれるようになり、
奈良時代には国府がおかれると政治、文化、軍事の中心として発展しました。

平安時代に入ると地震や蝦夷の反乱などによって次第に衰退し、
城輪柵に国府が移されると10世紀後半に古代城柵としての役目を終えました。

ちゃんとしていた瞬間


井戸はもう1つあって、ここからは「天平」って書かれた木簡が発見されたんだって。
これは復元で、木枠の中には当時も敷かれてたというレンガが置かれてました。

ハイレベルすぎた瞬間


そして水洗厩舎跡! 水洗トイレの復元したもので、ある意味、秋田城の目玉かとw
沼の近くに建ってて、流れた水は下の沈殿槽にたまり、上澄みだけ沼に流れる仕組み。

奈良時代とかあまりに遠すぎて、ファンタジーぽく思えることもあるんだけど、
人々の生活が分かると(想像より高度だし)少しだけ距離が縮まる感じがする!

ワイルドすぎた瞬間


内部も詳細に復元・・・って穴デカすぎじゃない? 落ちたら流れちゃう(*°∀°)=3
なんで濡れてんのかなって思ったら、水を汲んで流す体験はしてもいいみたい。

ヨロヨロしている瞬間


復元トイレの方まで来ると、沼の向こうの外郭門がやたら遠くに見えるなぁ。
強い日差しにしなびかけながら、今度は道の反対側にある政庁跡へ向かいます。

照り付けられる瞬間


外郭門から続いていた東大路。政庁側にも多分12mの幅で復元されてます。
写真は政庁に近いけど、大路はもっと後ろから続いてて地味に長かった気がする。

充実していた瞬間


入り口にある復元模型。見応えある大きさで、かなり細かくキレイに作られてるの。
正殿は建て替えで6期の変遷があったってことで、時代ごとに展示されて芸が細かい!

雰囲気が大事な瞬間


これは秋田城創建期の頃の。東門を入った正面に正殿、横にも役所的なのが建ってて。
模型の前だとピンと来づらいけど、政庁の区画は東西94m、南北77mの広さだそう。

コンパクトだった瞬間


政庁東門の復元。こちらも築地塀が左右にずっと続いています。
外郭門の方が立派!? 考えてるよりこじんまりした門だなって思った。

妄想力を働かす瞬間


こちらが正殿跡。貢物を持ってきた蝦夷の供応や外国の使節を迎えての儀式が
行われてたそう。表面展示だけど、立派な建物だったんだろうなって感じがする。

感心しきりな瞬間


正殿以外の建物も表面展示されてます。役所とかの建物だったのかな。
写真で見るより大きくて、この区画自体も模型の印象よりずっと広かった。

古代の人々はすごかった瞬間


ちなみに秋田城跡はこんなに大きい! なんなら下の方まだ少し続くくらい。
古代ファンで城域を全部まわろうと思ったら、そりゃもう気合入れないとダメね。

ワタクシは史跡公園として整備公開されている部分だけで満足!満足!


次は佐竹氏の居城がある千秋公園に向かいます!


久保田城に登城!〜に続く




Writen by あも Love城! Go!名所旧跡


*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****


にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ  人気ブログランキングへ  


2019.03.22 Friday 17:24 | comments(0) | trackbacks(0) | 東北(秋田県) | 

天徳寺にて佐竹家廟所に参拝!

佐竹義重の眠る闐信寺の次は、佐竹家廟所のある天徳寺へ!

正直、このお寺はこの時、期待できる要素がほとんどなかったんだけど、
秋田もそう簡単に来られないから雰囲気だけでもと立ち寄る次第。

いきなりな瞬間


お寺に着くとまず見えるのがこの風格ある総門で、いきなりの国重要文化財!

天徳寺は元は佐竹義人が夫人を弔うため、常陸(現茨城県)に創建したもので、
佐竹家の秋田転封により久保田に移された曹洞宗のお寺です。佐竹家菩提寺。

歴史を感じる瞬間


次は重厚な山門がおでまし。こちらも1709年築の国重文です。天徳寺はこのほか、
本堂や書院も国重文だし、佐竹家所縁の品など多くの文化財を所有してるんだけど・・

色々こみあげている瞬間


うう・・・本堂が工事中だったのよね。隣の書院もまとめて覆われちゃって。
もちろん分かってて来てるんだけど、目の前に来るとちょっと悲しみだったな。

しょぼむ瞬間


よし。気を取り直して!といきたいところだけど、本堂左手にある佐竹家の廟所。
こちらがまたコレ残念でさ。普段は御霊屋の前までは行けないのよ・・うう。

無念すぎる瞬間


ちらっと見えた赤い屋根が御霊屋で、周りに歴代藩主の墓所が並んでいるみたい。
近世霊廟建築として豪華で大名菩提所の姿を良くとどめてるって説明に書いてあった。

ポジティブは大事だった瞬間


お墓参りの人が多かったから、柵にへばりついてのぞくわけにもいかず、
でも本堂と違って見れただけマシか!って遠くから心の中でお参りしといた。

納得の瞬間


出口にあった写真を見ると、本堂は今こんな状態になってるらしい(*°∀°)=3
文化財を次の時代に残していくため、お手入れは大事だもんね。しょうがない。

秋田の史跡めぐりで外せないお寺だし、来れたってことで良しとしましょう!


さて。じゃ次はひそかに楽しみにしてる秋田城へ行ってみよっか!


秋田城へ登城!〜に続く



Writen by あも Love城! Go!名所旧跡


*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****


にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ  人気ブログランキングへ  
2019.03.15 Friday 09:58 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

闐信寺にて佐竹義重のお墓参り

角館から日本海に向けて車を走らせ、秋田市にやってきました!
佐竹のお膝元で、まずは鬼義重のお墓参りをすべく、闐信寺へ。

闐信寺「てんしんじ」って読むんだけど「闐」の字が変換で出なくてさ。
門構えに眞って書く字だけど、なんと環境依存文字なんだって。不便よね。

で、不便と言えば漢字だけじゃなく、お寺もホントにわかりづらくって。
ナビにズバリでないし、道は狭いわ一方通行が多いわで車はハードル高し!

やーーーっとたどり着いた瞬間


結局、車を置いて徒歩でたどり着いた・・過去最高に分かりづらかったかも。
闐信寺は1613年、佐竹義宣が父義重の菩提を弔うために建立したお寺です。

こじんまりしていた瞬間


仁王像は珍しい石造り。山門の扁額が取れちゃってるのが切ない(*°∀°)=3
久保田三十三観音二番札所らしいんだけど、案内とかもなく色々ひっそりしてます。

ひっそりすぎた瞬間


門をくぐるとすぐ目の前に墓石が並んでて、その奥に小さな本堂が。
情報が少ないお寺だから、話を聞きたかったけど誰もいなくて残念だったな。

地味すぎた瞬間


義重さんのお墓は本堂左奥。案内がないので調べてないと分からなかったかも。
亡くなった時は天徳寺に葬られ、後にこちらに改装されたものらしいです。

ふんわり合掌しておく瞬間


扉には隙間がなくて中は見えません。こちらには義重さんのお墓だけじゃなく、
一族や家臣の墓碑もあると聞いたんだけど、霊屋の近くにそれっぽいのはなし。

義重は常陸の大名、佐竹家18代当主。16歳で家督を継ぐと近隣大名をはじめ、
伊達氏や北条氏とも戦いを繰り広げ、佐竹家の全盛期を築きあげました。

「鬼義重」の異名を取るほど勇猛な武将ながら政治力にも優れており、
天正14年 (1586) 、40歳で嫡男義宣に家督を譲った後も実権を握ると、
小田原攻めに義宣を参陣させ、秀吉から本領安堵された後、隠居しました。

関ヶ原の戦いでは、石田三成と親しい義宣と東西どちらにつくか対立して
出遅れた結果、日和見と見られ、常陸54万石を没収の末、秋田20万石へ転封。
慶長7(1602)年4月19日、鷹狩中の落馬が元で死去しました。享年66歳。

フラッシュはやめておいた瞬間


中見れないのかって、さりげに霊屋の横に回ったら床の方に小窓があいてた!
ん〜アレきっと墓碑だよねぇ・・薄暗くて全く分からなかった(*°∀°)=3


有名な武将のお墓だけど超ひっそりすぎたな。場所もハードル高かったしね。
でもお参り出来たから満足! 次は佐竹家の廟所にお参りに行きます!


天徳寺にて佐竹家廟所に参拝!〜に続く



Writen by あも Love城! Go!名所旧跡


*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****


にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ  人気ブログランキングへ  


2019.03.01 Friday 16:06 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

角館武家屋敷にて青柳家探訪!

角館城をかけおりて、城下にある武家屋敷町にやってきました!

マメすぎた瞬間


お屋敷が開く時間には人手が多くなると思って、登城する前に寄って撮っといた!
桜や紅葉の方がもっと絵になるけど、夏でもしっとりした風情ある素敵な街並み。

風格漂いすぎな瞬間


街の中には見学できる屋敷が6軒あり、資料館やお土産屋さんなんかもあるから、
ホントはゆっくり散策したいとこけど、ワタクシは時短のため青柳家一点狙いよ。
上級武士にしか許されないという格式ある薬医門をくぐっていざ中へ。たのもー!

鼻息が荒い瞬間


入場料は500円。隣の石黒家が300円で、他4軒は無料って考えると少し高いのかもだけど、
お屋敷の豪華さも展示の充実も一番らしいので、絶対ハズせないからメッチャ楽しみ!

庶民にはわからない瞬間


もらったパンフレットを見ながら、まずは母屋に入って順路通りに進みます。
敷地は3000坪ってことなんだけど、ワタクシには広さの想像が全くつきません。

すでに広くてびっくりな瞬間


玄関を入ると仏間とかの和室がいくつか並んでて、柔らかな明かりや掛け時計で
レトロおしゃれですかって雰囲気だけど、よく見ると造りはとても重厚です。

セレブだった瞬間


続いてお台所とか水屋があるんだけど、調度品がお上品な漆塗りですよ!
上級武士ともなると日用雑貨までイイモノそろえるお金がかかりますね。

垂涎の瞬間


こちらはワタクシが一番楽しみにしてた武器蔵。代々伝わる鎧・兜だけじゃなく、
刀剣や装飾具、江戸時代からの文献など、貴重なお品がわんさとあります。

ワナワナしている瞬間


時代区分とか持ち主に限らず、武将や侍が実際に所有していた甲冑を見ると、
めっちゃ興奮するよね! かなり年季も入ってて長く続く家なんだなって感動。

かぶりつく瞬間


甲冑ケースの上の段には馬具があり、ケースの中には陣笠なんかもありましてね。
いちいちガン見して「へぇ」とかやってたから武具蔵だけで時間くったな(*°∀°)=3

入場料の元を取った瞬間


刀剣類も充実。武士の誇りが宿るたくさんの収蔵品に圧倒されます。
ワタクシがいる間、人が来なかったのでじっくり見られてホントよかった。

感嘆しちゃう瞬間


最後は単独で展示されていた青柳家家宝だという六十二間小星兜と二枚胴具足。
右後ろの五輪塔旗印は鎌倉時代のものだっていうし・・正座で眺めた方がいいですか?

体幹が大事だった瞬間


武具蔵の外には、本物の刀と片刃槍を持つことのできるコーナーもあります。
ちょっと持ちあげてみただけで、わかっちゃいるけど超〜重いよね。
振り上げて戦うとかナイナイ。腰にさして歩くだけでもワタクシよろめくな。

風情ただよう瞬間


武具蔵を出ると母屋の裏手の広い庭に出ます。池泉回遊式庭園ってことで、
写真にはないけど敷地の真ん中にけっこう大きな池があってすごい立派なのよ!
もしここに住んでたら、毎朝の散歩はこの庭だけで終わってもいいなってくらい。

印象が強すぎる瞬間


正面には解体新書記念館。解体新書は江戸時代に杉田玄白や前野良沢が翻訳した
ベストセラー医学書。歴史の授業で必ず習うコレ、なぜか絶対に忘れない不思議w

興味をひかれてる瞬間


解体新書は日本で初めとなる正確な人体解剖図がついてるってのが衝撃なんだけど、
その人体解剖図を描いた画家が、角館の小田野直武という武士だったんですね。

食いつく瞬間


コレコレ教科書に載ってたやつね! 青柳家と小田野直武は姻戚関係にあって、
その後も両家の関係が深いことから、画業を展示する記念館があるんだって。

さらに食いつく瞬間


で、この人が小田野さん。後ろには角館の武士だった小田野さんが解剖図を描くに至った
歩みが紙芝居風に並んでて、見始めたら興味深くて最後までじっくり読んでしまったw

直武は角館を訪れた平賀源内に絵の才能を見出され、西洋画を学ぶんだけど、
源内が江戸に戻った後、秋田本藩から産物取立役として江戸に3年の出張を命じられ、
慌てて江戸に行くと、杉田玄白らに紹介されて解剖図を描くことになったというね。

直武は角館北家(支藩)の平侍。それが急に本藩から江戸でのお役目を与えられ、
行ってみたら藩と関係ない絵を描く仕事だった・・ってちょっと変な話だけど、
当時の秋田藩主、佐竹曙山も絵を好んで、参勤交代で江戸に来ると直武を召して、
主従ともに蘭画の研究をしたっていうから、藩主の特命だったのかもしれないね。

唖然とする瞬間


最後に見たのは「武家道具館」。代々伝わる文献書籍や押絵、焼物、絵皿ほか、
2階にも箪笥やら金庫(?)などの家具が。すごい数だなって思ってたら、
どうもこれで全部じゃないらしく、どんだけ裕福で物持ちだったんだと驚いた。

広大な庭には「秋田郷土館」「幕末写真館」「ハイカラ館」などもあり、
角館の暮らしから、幕末の資料、明治の蓄音機や時計などのアンティークや、
戦争中の陸軍将校装備や軍服なんかの展示もあって、ホントもう歴史がすごい!

この辺はあんまり興味ないのと、武具と小田野さんに時間をかけすぎたので、
ワタクシはちゃちゃっと見て終えてしまったけど、でも一見の価値ありでした。

趣がある瞬間


最後は入場時、玄関側からは見えなかった母屋の反対側を見学して終了。
約200年前の建築で重要文化財。周り縁がある雪国特有の作りなんだって。

うっとりしている瞬間


ここから床の間のついた部屋が見れます。間取り図に「ざしき」って書いてあった。
古い建物特有の落ち着く感じもあるし、でも武家のキリッとした雰囲気も素敵!

青柳家、見学してホントに良かった! 500円じゃ安いくらいの見応えだった!


この後は角館から日本海方面へ、秋田市に向かっての進軍!

途中、唐松城に登城したら少し前の台風の影響で立入禁止になってた・・Σ(゚Д゚)!
残念だけど安全第一! 結果、青柳家でオーバーした時間がチャラになりましたw


闐信寺にて佐竹義重のお墓参り〜に続く


Writen by あも Love城! Go!名所旧跡


*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****


にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ  人気ブログランキングへ  


2019.02.15 Friday 17:03 | comments(0) | trackbacks(0) | 東北(秋田県) | 

角館城に登城!

天寧寺の葦名家墓所に続き、今日も角館の街からスタート!

人が少ないうちに武家屋敷を見たいけど、開いてる時間が決まってるから、
まずは朝イチから気合入れて、涼しいうちに角館城に登っちゃうことにした。

あっと言う間だった瞬間


武家屋敷の街並みを出た大通り沿いにある、古城山公園の入口を車で登っていくと、
すぐ登城口に到着! 朝から標高166mも登ったら倒れちゃうかもしれないので助かるw

ついでにあの車両止めもなければ、楽に上まで行けるのにな〜と思いながら、
案内板の左手奥にある駐車場の、桜の葉が茂った日陰に車を停めてきました。

迷わず却下する瞬間


登城口を進むとすぐ右手に入ってく道があって、これは急だけど本郭へは最短。
でもワタクシ登りが急とかイヤだから、行きは遠回りだけど舗装された道を選択。

おののいていた瞬間


したものの・・・ナニコレ超〜遠い!!地味に急な坂が長すぎてビビった。
でもこっちから登る方が郭を順に見ていけるし、頑張って登らないとね。

はぁはぁしている瞬間


やーっと直線を登り切った! ここで舗装道は右にギュンと曲がるんだけど、
そのカーブの中が六郭らしい。道を作るのに削られてるせいか激狭ですけどw

ふくよかすぎた瞬間


少し進むと目の前が開けて山頂の本郭が見えます。道路以外は草ボーボーなので、
せっかくの切り岸もふんわりしちゃって、高低差や距離は少し分かりづらいかも。

スリムすぎる瞬間


そして五郭も道路の横っちょにひっそりと。知らなかったらスルーしちゃう。

角館城は中世にこの地を治めた戸沢氏が築いた城で、当時は山の上に居館があったとか。

戸沢氏は織田信長や豊臣秀吉と誼を通じ、戦国期を通じてこの地を支配しますが、
慶長7年(1602)常陸松岡に転封になると、常陸から久保田藩主として佐竹氏が入り、
久保田城の支城として、弟の葦名義広を城主としました。

葦名氏は山麓に居館を構え、現在の角館の元になる新たな城下町を整備しますが、
元和6年(1620)、一国一城令により、角館城は廃城となりました。

時短モード発動の瞬間


少し進むと左手に四郭が現れます。広くないけど斜面のへりとは佇まいが違うなw
遺構もないみたいだし、街並みは本郭から見ればいいので先へ進みます。

瞬撮の瞬間


本郭に入る前に、舗装路を挟んで反対側にある三郭をチラ見しておく。
ここもまた狭い郭で、取って付けたみたいな感じがしちゃうくらい。

なんにもなかった瞬間


そして本郭。元は居館があったってくらいだから山頂にしては平坦でなかなか広め。
今は花見の人気スポットなんだって。来るまでの坂はきついしトイレもないけど!

唐突すぎた瞬間


本郭のど真ん中には、城址碑と戸沢氏の供養塔がぽつんと建っています。
転封になっちゃったのに、あえてここに供養塔?とちょっと思ったけどさ。

分かったぶる瞬間


でも城址碑を見たら、城名よりむしろ戸沢氏の顕彰っぽくなってるから
長らく支配していた分、地元の方の思い入れがあるのかなって勝手に納得w

まあまあ残念な瞬間


本郭からの見晴らしは悪くないんだろうけど、ちょいちょい木が邪魔で、
武家屋敷の辺りとかピンポイントで見たい所の見え方はイマイチだよっていう。

ボーボーすぎた瞬間


よーし。帰りは反対側の登城道を降りてこっか!と思ったら道がなーーい!!
2郭に降りてく細い坂道は草ボーボー。おまけに2郭もワッサワサのフッサフサ。

もし変なガッツ出して最短の登城路チョイスしてたらマジやばかった(*°∀°)=3

見なかったことにして来た道を戻ったけど、長い下り坂は膝によくないんだから!



ガクガクしながら車に戻ったら、開館直後の青柳家へ突撃します。たのもー!



角館武家屋敷にて青柳家探訪!〜へ続く



Writen by あも Love城! Go!名所旧跡


*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****


にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ  人気ブログランキングへ  



2019.01.29 Tuesday 15:50 | comments(0) | trackbacks(0) | 東北(秋田県) | 

天寧寺にて葦名家墓所に参拝!

払田柵の南大路で行き倒れず、何とか角館までたどり着けましたw
早くビールが飲みたいけど、ホテルに入る前にもうひとふんばり天寧寺へ!
こちらでは会津の戦国大名だった葦名氏のお墓参りをするのです。

ひっそりしていた瞬間


場所が少し離れているせいか、武家屋敷の街並みと違って人が全然いない!
まぁまぁ車が走る道路に面した山門は、角館城から移築されたものなんだって。

天寧寺は元々、葦名氏11代盛信が会津に菩提寺として開いたのが始まりで、、
慶長7年(1602)、佐竹氏の秋田に転封に伴い、葦名氏も角館に移ったことから、
寛永元年(1624)、葦名義勝(義広)がこの地に建立した曹洞宗の古刹です。

モダーン風だった瞬間


本堂は明治18年に焼失して、昭和44年に建て替えられたものだそうです。
中には葦名家の念持仏である火伏せ観音像が納められているのだとか。

泡を夢見る瞬間


早くビールが飲みたくて、いそいそと本堂左奥にある墓域に向かいます。
ワタクシは下調べしてたけど、案内もあったしすぐ裏だから分かりやすいよ!

オンマイウェイな瞬間


墓域は仙北市指定史跡。入り口には「史跡芦名氏墓地」の碑があります。
そういえば天寧寺では説明板とかも、ほぼ「芦名」の表記になってたな。
ワタクシは前から「葦名」にしてるので、ブレずにそれで書いていますw

ひっそり佇む瞬間


中に入ると苔むした通路の先に、墓碑が並んでいるのが見えます。

葦名氏は会津最初の領主で、16代盛氏の頃には伊達氏と並ぶ勢力を誇りましたが、
17代盛興、18代盛隆、生後1ヶ月で19代を継いだ亀若丸と跡継ぎの早逝が続いたことで、
後継者をめぐる家中の争いが絶えず、盛氏の死後は次第に衰えていってしまいます。

亀若丸の死後、佐竹義重の二男義広が養子に迎えられ、20代当主になりますが、
天正17年(1589)摺上原の戦いで伊達政宗に敗北すると、義広は実家のある常陸に逃走。
後に秀吉から常陸江戸崎4万5千石を与えられるものの、関ヶ原で西軍に組した兄、
佐竹義宣の連座で所領を没収されると、名を義勝と改めて佐竹氏と共に秋田へ移り、
角館で1万6千石を与えられ、以降、3代にわたってこの地を治めました。

不幸すぎだしミステリーすぎた瞬間


お墓は葦名義勝を中心に、義勝の正室と側室、義勝の嫡男葦名盛泰、
2代盛俊と盛俊の正室、3代千鶴丸に殉死した家臣2名の10墓あるみたい。

義勝さんは城下町の整備を精力的に行って57歳で亡くなるんだけど、
嫡男盛泰が佐竹義宣の養子になって夭逝してたから、2代を継いだのは
なんと!義勝さんが亡くなって4ヵ月後に生まれた盛俊さん(*°∀°)=3

盛俊さんは元服すると3代将軍徳川家光に拝謁し、覚えもめでためだったから、
そのまま頑張ってたら、葦名家大名復帰もワンチャンあったかもしれないけど、
まさか20歳の若さで無念の病死!3代は1歳の嫡子、千鶴丸が継ぐことに。

とーこーろーがー! この千鶴丸ちゃんも3歳で亡くなってしま・・えw

その死因ってのが父、盛俊の法要のため天寧寺に来た時に縁側から落ち、
靴脱ぎ石に頭を打ちつけたっていうんだけど、そんなことってある!?
周りに大人がゾロゾロついてるお坊ちゃまで、しかもご当主なのに!!

早死にが続きすぎて多すぎてホント怖いわ。葦名家マジ不幸すぎです。

跡継ぎがいなくなった葦名家は、藩主(佐竹氏)の命で絶家が決まり、
明暦2年(1656)、名実ともに滅亡。佐竹氏も代が変わると冷たいよね。
分家みたいなものなのに、存続させる気がなかったんだろうなって。

心を込めて合掌の瞬間


大名家って子がいないのもヤバいけど、無駄に多くても争いになるし、
後継ぎがいても次々早死すればアウト。親戚筋がアテにならんのも痛い。

家を存続させるってワタクシ達が思う以上に大変なことなんですねぇ・・

気安く語りかけながら、葦名家のみなさんに念入りにお参りしました。


さーて、これで秋田出陣初日は終了! 

ダッシュでホテルにチェックインして・・・ビールうめぇぇぇぇぇ!!


明日は朝イチの涼しいうちに城山に登る!


角館城に登城!〜に続く



Writen by あも Love城! Go!名所旧跡


*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****


にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ  人気ブログランキングへ  

2019.01.11 Friday 17:18 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 
 | 1 / 61 PAGES | >>