<< August 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES

八王子城に登城!その2

さっそく曳橋を渡りましょう。

あくまでもイメージだった瞬間


古道から御主殿へ渡るために城山川にかけられた曳橋は土台の部分が残っていたことから
存在が確認されただけで実際はどのようなものだったか分かっていないのだとか。
パンフレットに書かれた「現在の技術で戦国の雰囲気を考えて設けた」という曳橋。
資料が残っていたり戦前まであったとかいう城じゃないんだから想像力は大事ですよ。

出来るだけ忠実がモットーだった瞬間


御主殿の虎口は橋を渡った位置から御主殿内部まで高低差を9mを「コ」の字形に
折れ曲がった階段通路としている事が特徴なんだそうです。(現地案内板より)
石垣や敷石の大部分は当時のものがそのまま使われています。
江戸時代には幕府直轄領、明治時代は国有林だった八王子城にはあまり人の手が入らず、
この御主殿付近は良好な状態で遺構が残っていたんだって。素晴らしいことですね。

御主殿に行く前に虎口と反対側にある築城当時の石垣を見学しておきましょう。

ワイルドだった瞬間


橋を渡った左に400年間、土の中で崩れずに残っていた当時の石垣部分が見られます。
左側の少し黒っぽく見える側が当時から残っている部分、右上の方の白い部分が
復原整備して積んだ部分なんだそうです。山から出る砂岩を積んで隙間に小石を詰めて
強固な石垣にしているんだとか。400年前の戦国の城といっても土塁ベースではなく、
石垣を多用した山城は荒々しく、遺跡のような独特の雰囲気があって好きです。

氏照の構想は壮大だった瞬間


御主殿虎口は2つある踊り場に櫓門が建っていたことが確認されているそうです。
見張りを兼ねた防御施設だったんでしょうね。残っている礎石がはっきり見られます。
高低差9mの階段通路は全体で25段、踏面が平均1m、蹴上が36cm、幅約5m。
御主殿のあるこの辺りは居住地区。ここでがっちりガードしつつ、いざという時には
あもが今回は登らない山の上に続く要害地区で徹底抗戦する構えだったんですね。

落城時はまだ未完だったという八王子城だけど城攻めの際、氏照が重臣ともに城にいて、
落ちないように死にもの狂いで城を守っていたらどうなったのだろう・・

高級建築だった瞬間


御主殿の入り口には冠木門が。当時をイメージして建てたもので復原ではないです。
戦国の山城の冠木門にしてはずいぶん立派でお高級に思えるのはワタクシだけですかね?

住み心地がよさそうだった瞬間


冠木門をくぐると広大な敷地を持つ御主殿跡。古図に「北条陸奥守殿御主殿」と書かれ、
氏照が平時居住していたと言われているところです。どんな建物が建っていたのか・・
ここからは茶道具やベネチア産のレースグラスの破片なんかが発見したんだって。
氏照さんガチ武人っていうイメージだけどおしゃれでハイカラなところもあるのねw

戦国ロマンを愛する癖に妙に現実的なところのあるワタクシは一通り灌漑に浸った後、
分譲したら何棟いけるだろうか・・と真面目に計算してしまいました。それくらい広い!
高台の広い敷地は木立に囲まれ山の空気もよくてとっても住み心地が良さそうです。

ディフェンスはくれぐれも重視だった瞬間


思わず住み心地なんか考えましたが敷地の端に目をやれば山を背にしていない側・・
曳橋や虎口のある側は土塁が続いていて敵からの侵入に備えていることが見て取れます。

敵の侵入はお見通しだった瞬間


ちろっと土塁を超えて斜面の向こうの曳橋を渡りきった虎口周辺を見てみました。
高低差9mと書いてあったけど距離があるせいか感覚的にはもう少しありそうな。
ここから直接攻撃するのは難しそうだけど、ひとまず侵入した敵の動きは丸見え!
斜面も割と急なので登ってくる奴がいても人数が揃っていれば何とかなりそう。

心霊スポット昼間はいまいちだった瞬間


御主殿を降りると心霊スポットとして全国的な知名度を誇る御主殿の滝が見えてきます。
天正18年(1590)6月23日の落城では氏照の正室を含む御主殿にいた婦女子や将兵が
滝の上で自刃して身を投げ、川は3日3晩血に染まったという言い伝えが残っています。
その滝の横にある供養塔。先行していたフィールドワークの学生がガイドのおじさんの話を
神妙な顔で聞いているのがとても印象的でした。ちらっと聞いたらおじさんの話もうまいのねw

想像をはるかに超えていた瞬間


で、これが噂の御主殿の滝・・・超〜小っさΣ(゚Д゚)! 想像を遥かに超える規模!!
写真によって水量が多いものも見かけるので登城した日は特に少ないのかもしれないけど、
滝と言っていいのかどうかも微妙な規模に少々唖然。滝壺も激浅そうだから数百人が
自刃の後に飛び込んだら滝の上まで届いてしまいそう・・とか考えるとロマンがないので、
開城の余地ない絶望的で悲惨な落城だったということをしみじみ理解しておくことにします。

木立が鬱蒼とする滝の周辺。夜はたとえ月明かりがあってもかなり暗そう。
お化けとか特に信じていませんが、現場はリアルなので相当怖いと思います。

しびれる瞬間


御主殿の滝を過ぎると虎口の下に出ました。振り返るとさっきとは違った表情が見えました。
山の中に立つ要塞・・山の中に石垣のそびえる風景って心が躍るというか本当に素敵です。

保存に取り組む人を思う瞬間


曳橋のしっかりした構造・・切って落とせたという当時の橋とは違うでしょうが、
現代建築の橋脚と違って木造だしね。これはこれ。大切に保存して伝えていこうという
地元の方の努力や八王子市の姿勢とやる気が素晴らしいとしみじみ思いました。
どこに行っても思うことだけどね。そういう方のおかげでワタクシは城を楽しめるのです。

せっかくだからな瞬間


八王子城のほど近くにある北条氏照のお墓にも寄ってみました。駐車場から徒歩5分くらい。
八王子城に続く道から脇へ入って民家や畑の中を少し歩くと入り口が見えてきます。

兵どもが夢の後だった瞬間


階段を登ると開けた場所に出ます。氏照の墓石は一番奥ですが静かな藪の中には
他にも古びた墓石がいくつもあって、独特の空気感というか雰囲気があります。

主従は三世だった瞬間


古びた墓石は氏照の家臣たちのもの。死して尚、氏照に従っているようです。
不規則に不揃いの墓石が建っている様は、八王子城落城やその後の北条氏の命運と重なって
何だかとても物悲しく感じられます。戦いによる生き死にってどんな時代も切ないですね。

三世どころか孫まで!だった瞬間


氏照のお墓には戒名「青霄院殿透岳宗関大居士」と書かれています。
落城の後、7月11日に秀吉の命により小田原で自刃した氏照。享年46歳。
もとのお墓は小田原にあり、これは供養塔として氏照の家臣であった中山家範の
孫の中山信治が百回忌に際し、小田原から分葬したものなのだそうだ。
両隣には城とともに討死した家範、後に水戸藩家老になった信治の墓が。
家臣からの人望が厚かったという氏照。人となりが垣間見える感じがします。

この近所には「八王子城址歴史資料館」という北条氏の子孫の方が個人でやっている
資料館があるらしいんだけど場所が分からず今回は寄れなくて残念。
氏照のかぶった兜とか貴重なものが見られるそうなので八王子城に登城する方は
機会があればぜひ、お邪魔するといいと思います。ワタクシも機会があればぜひ。


要害地区は足腰鍛えて体力つけてからじゃないと厳しいですが(普通に登山の人がいる)
居住地区は森林浴しながら気持ちよく歩けます。城跡見ながら健康にw とてもよかったです。



最近、仕事が忙しく攻略する城が遠くばかりなためゆっくり遠征する暇がなくて残念。
ゴールデンウィークは1泊で大阪和歌山方面を相変わらず弾丸ツアーしてきます!



*****ランキング参加中〜ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村


歴史ブログランキング





2012.04.30 Monday 12:42 | - | - | 関東(東京都) | 

八王子城に登城!その1

日本100名城22番 八王子城に登城!

・・2012年も2ヶ月経過したというのに未だ2011年最後の登城をエントリーΣ(゚Д゚)!
まぁ、せっかくだから読んでやっておくんなせぇw

満を持しての登城の瞬間


埼玉県民のワタクシ。八王子城なんかいく気になれば高速使って1時間ちょいさ・・
と思うところって案外、後回しになったりするよね〜で思い立って2年ほどしてやっと登城w
中学生がフィールドワークしておりますが、駐車場に車はほとんどなくていい感じです。

昔は駐車場がなくて路駐だったようですが今は広い駐車場があるからとても安心!

認知度低かった瞬間


八王子城のキャラは北条氏照君。彦根城の彦にゃんや熊本城のひごまる君に遠く及ばずお気の毒。
ワタクシの地元埼玉は近畿圏に比べると戦国の残り香が少ない上、北条だらけな感じなので、
色々言いたいことはありながら北条家には遠くのしょぼい武将より割と親近感を持っております。

不運すぎた瞬間


駐車場からほどなくして八王子城の入り口に到着。すぐ向こうに管理事務所が見えます。
ボランティアガイドのおじさんが詰めていて、懇切丁寧な感じのいいガイドをしてくれると評判。
ワタクシもぜひ八王子城を訪れた際はガイドを頼みたいと思っていたのだけれど
フィールドワークの学生さんの案内で出払っているのか、受付のおじさんしかおらず、
パンフレットをもらってコースの説明を聞き、無念の思いを抱えつつ出発することにしました。

スタンプゲットの瞬間


日本100名城22番ですから、スタンプも忘れず押しておきます。
ワタクシも参加している日本百名城塗りつぶし同好会のレビューを見ると
スタンプの状態が悪いという声が多いのですが、思ったよりきれいに押せて一安心w

ルート確認の瞬間


八王子城って月山富田、七尾、観音寺、春日山と合わせ日本五大山岳上の一つなんだって。
居住地区と根小屋地区が存在する八王子城は標高約450メートル。ワタクシ本丸のある要害地区へも
死ぬ気で登ろうかと目論んでいたのですが、誰に聞いても「八王子城はマジ登山」だというので
砥石城岩殿城での瀕死状態の自分を体感した恐怖がトラウマとなってよみがえり、
結局、あっさり居住区・・復元された御主殿エリアでよしとしようと。体力も根性もない女ですw

ちなみに城主も普段は御主殿のある居住区にいて根小屋地区に行くのは有事のみだったらしいです。

雰囲気はあった瞬間


森林浴にもってこいな杉の森の中を歩いていくとほどなくしてボロい橋が見えてきました。
見るからにボロい!! パンフレットに説明もなく案内板もないので何の橋か分かりませんが、
本来はこの橋を渡った先が古道につながっていたんじゃないかと思います。
なぜか分からないけどこのボロ橋を見た時、八王子城がどれだけ広いか感じられたんですよね〜。

パラドックスだった瞬間


注意書きかなり厳重ですw そしてその注意書きすらつい最近のものらしくない感じがいとおかし。
残しとくほどの橋ならさっさと修復するとかすりゃいいのに・・八王子も予算厳しいのかしら?

出現!チックだった瞬間


大手の門跡から古道に抜ける場所は開けていて、杉の葉で作られた道がかわいい。
木漏れ日が差し込む緑に覆われた戦国城郭の遺構はちょっと幻想的で異空間みたい。

猿が出るってこともびっくりだった瞬間


大手の門跡は昭和63年の発掘で存在が確認されたとのこと。調査後、埋め戻されたようですが、
薬医門形式の門だったようです。埋め戻して取ってあるのならこれから行く曳橋を復元したように
大手門も将来的には復元されるといいのにね。八王子にも猿がいるんだとちょっと驚きw

八王子城は戦国時代最大規模の山城。この地を支配していた北条氏照はもともとこの近くにあった
滝山城に居城していたが永禄12年、信玄に落城寸前まで追い込まれたのを期に八王子城を築城。
山麓に居館、山頂に本丸を配置して要害を造り、周囲を曲輪で囲んだ堅城のはずでしたが、
天正18年、秀吉による小田原攻めの支城攻略で上杉景勝・前田利家率いる数万の大軍に攻められ、
激戦の末、わずか1日で落城しました。北条氏照が家臣を連れて小田原に行っていた最中のことで、
城にいたのは留守を預かるわずかな武将と女子供、農民など3000人。死者は1800人に及んだそうです。
八王子城落城は小田原に大きな衝撃を与えることとなり降伏。主戦派だった氏照は秀吉の命で切腹しました。

氏照の墓がこの近くにあるというので登城の後、行ってみることにします。

アメージングスポットだった瞬間


曳橋の方に向かって古道を進んで行きます。上から撮ってみました。不思議な雰囲気でしょ?
多数の死者を出す壮絶な落城の悲劇があった八王子城は山城というシチュエーションのせいもあり、
城に興味のない人にも心霊スポットとして超有名ですが、たしかに夜来たら怖いかも。

守る人あっての今日の城跡だった瞬間


古道を歩いて曳橋に向かいます。道の右の方に変色しているけど杉の葉が敷かれているの分かります?
中学生ボランティアの手入れが行き届いた杉山城と同じく大切に保存されてる感じがしますね。

早くも大場所だった瞬間!


復元された立派な曳橋。古道から御主殿に渡るために城山川にかけられた橋で、
当時は敵の侵入を防ぐためにすぐに落とせるように作られていたのだと思いますが、
パンフレットに「現在の技術で戦国の雰囲気を考えて設けた」と書かれているように、
100人乗っても大丈夫!的な感じで、ごっつ頑丈そう&立派な作りになっておりますw

八王子城はこの曳橋と橋を渡った先にある御主殿が根小屋への登山をしない場合の見どころ。
頑丈そうで安心だから曳橋をじっくり渡って、広い御主殿を堪能することにしましょう。


八王子城に登城!その2に続く



*****ランキング参加中〜ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村


歴史ブログランキング



2012.03.02 Friday 21:30 | - | - | 関東(東京都) | 
 | 1 / 1 PAGES |