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津山城に登城!

日本100名城67番 津山城に登城!

…と行きたいところだけど、腹が減っては戦ができぬ。
早朝7時から鬼ノ山、備中松山城と登山続きで餓死寸前よw

超〜ガツガツしていた瞬間
十一寿司さんといち御膳

津山城下にある十一寿司さんでお昼ご飯を食べることに。
テレビで紹介されるほど桜さば寿司が有名なお店だっつううのに、
あれこれ食べたいおばちゃん風にランチ御膳を頼んじゃう感じでw

大きな勘違いだった瞬間
津山城 大戸櫓跡櫓台が見える側入り口

城が呼んでいる気がしてお昼を食べて大急ぎで津山城へ。
敷地周辺に入ってすぐに見えた石垣に誘われてその前の駐車場へ。

えっ!? 入り口、超〜しょぼくない?

…よく見たら閉鎖された裏口だったΣ(゚Д゚)!

結果、間違えてよかった瞬間
津山城 大戸櫓跡櫓台

後から思ったことだけど、始めにこっちに来ていなければ、
中からはこの角度の大戸櫓台の石垣は見ることができない。
普通の入り口からすんなり入っていたらこの角度で見えること気づかず、
城内の風景だけで登城を終えてしまっていたかもしれない。

おかげで草ボーボーだったけれど、この石垣の横にある薬研堀も見れましたw

気を取り直してちゃんと登城の瞬間
津山城

あらためて…ゴホン。日本100名城67番 津山城に登城!

津山城は関ヶ原の功で美作一国18万6,500石を領し入封した森忠政が
13年の歳月をかけて鶴山に築いたお城で、鶴山(かくざん)城とも呼ばれる。
明治の廃城令後、建物は取り壊され城跡も荒れ放題だったところ、
旧藩士が中心となって保存運動が行われ、公園として整備されたという。

居場所に戻れてよかった瞬間
津山城

入り口の前には立派な石垣に沿うように色々なものが置かれている。
ひとつはこの「忘れ去られた石」。築城当時、切り出されたものの、
石垣として使われず平成15年、石切り場の近くの川底で発見されたそうだ。

こういうのがごろごろ切り出され、曳かれて積まれたのねぇ…

などとその情景を勝手に妄想し、とりあえず石をペトペト撫で回すw

忠政君 控えめに初代藩主を主張していた瞬間
津山城

津山藩初代、森忠政の坐像も「忘れ去られた石」の隣にあります。
美少年「森蘭丸」を思い描く歴女が見たらぶっ倒れそうなビジュアルw

…はて、こんな顔のおすもうさんがいたような?

津山城は思うよりずっと立派なお城だった瞬間
津山城

津山城がどんなに立派なお城だったかの説明も設置されています。
古写真では見たことあるけど、全景を絵で見ると改めて規模に驚き。
津山盆地の中央にどーんとそびえる姿はさぞや立派だったはず。

緑じゃなくって桜色だったら…だった瞬間
津山城

入り口の冠木門跡から枡形を通りぬけると三の丸の中表門跡。

てか、どこの城行っても夏の登城は木も草も青々と生い茂っちゃって…

観光写真のパンフレットなんかだと、この両脇は咲き乱れる桜ですごいのよ。
桜の名所の城ほど、なぜか真夏に行ってる気がする今日この頃(´Д`)

登山2連発でいい加減、足がガクガクしちゃってるので、
平山城とはいえ万全を期し、ここでも杖を頼って歩くことにw

桜の木ばかりに目がいく瞬間
津山城

中表門跡通って備中櫓に行く道々、ここは見附櫓付近の石段。
あああ…あそこに桜が咲くんだね。桜のトンネルを通れるのね…
城に桜はつきものだけど、桜の名所となるとなんだか惜しいw

備中櫓どーーん!だった瞬間
津山城

2005年に復元された備中櫓は本丸から張り出した石垣上に建っている。

当時は城下からの景観も含め、天守に次ぐシンボル的な建造物だったらしい。
建造物としては櫓(矢倉)でありながら、御殿として機能していたようで、
城主らの生活空間だったと推定、内部は御殿風に仕上げられている。(byパンフレット)

入り口…遠ーっ!だった瞬間
津山城

二の丸から見上げる備中櫓、目の前にあるけど入り口はもっと上。
けっこう高くそびえているよ…まだぐるーっと迂回しないと入れない。

ということで二の丸から切手門跡を見やりつつ…ってちょっと!!
やっぱり津山城もパイロンが置いてあるじゃないの!! 1城1ポイントの法則。。

表鉄門跡を通ればやっと本丸だった瞬間
津山城

だいぶ迂回させられてるわね…迷路のような城の構造恐るべし。
おまけに本丸に近づくにつれ、道幅も狭くなってるのよね。

やっと備中櫓にたどりついた瞬間
津山城

同じ高さで見ると単なる建物で、そこはやっぱり復元だし味気ない。
こういう感じの歴史資料館とか見たことあるような気すらしてくるw
備中櫓はやっぱ張り出した石垣の上にどーんとそびえる姿あればこそ。

気持ちはわかるけど「火気厳禁」の看板もちょっくら微妙な立ち位置…。

あんまり見たことない櫓だった瞬間
津山城 備中櫓内

一般的な梁丸出しの無骨で素っ気ない櫓と違い、
備中櫓は絵図によると全室畳敷き、天井張りという構造で、
「御座の間」や「御上段」などの部屋も存在していたという。

そんなわけで2階には「御上段」の空間が再現され、他も全部畳敷き。
ただ木材も畳も新しすぎて、部屋によっては高級旅館ぽいんだけどw

鼻息荒く天守台に向かった瞬間
津山城

備中櫓は二の丸から見上げてありし日の姿を妄想するもの!
と結論が出たところで、次は遺構である天守台に向かうことに。
備中櫓の隣にある、新しめな5番門を通って行きます。

石垣と一緒でなけりゃ!だった瞬間
津山城

天守台曲輪から見た備中櫓。やっぱ石垣とセットが迫力w
扇の勾配がとっても美しいの。

けっこう芸が細かかった瞬間
津山城 天守台

同じく天守台に向かう通路から見た備中櫓の塀裏側。
5番門から入るとこの小さなスペースを通路として歩き、
天守台を見に行くのでこういう丁寧さな演出は大事w

ちなみに天守までの道も折れ曲がって迂回気味です。

古写真を思い出し、在りし日の姿を妄想した瞬間
津山城 天守台

5層の天守を中心に多くの櫓がひしめくように建っていた津山城。
持っているお城の本に載っている明治初期に撮られた古写真を思い出し、
「ここにあの天守がねぇ」などと知ったような風を思うw

幕府が認めていたのは4層天守。しかし忠政が作ったのは5層天守。
隠密にチクられて幕府に詰められた忠政は4層目の瓦をはがし、
庇だけの状態にして「絶対に4層だ!」と言い張って咎めを免れた。

忠政君…銅像で判断して悪いけど、おすもうさんみたいな顔して
さすが森家の血筋。やっぱやる時はやるのねw

どんと構えた備中櫓の背後にさらに大きな5層の天守がでーんと見える姿は
どんなに壮観だったことだろう。古写真とか模型じゃなくて見てみたい。

津山市ホームページに現存する全部の古写真が載っていました

天守台跡にしばし妄想の瞬間
津山城 天守台

明治まで立派な5層天守が建っていた津山城。
古写真には内部を撮ったものは残っていないらしいけど、
天守台の穴蔵部分を見て古写真の外観を思い出すと妄想は楽しめるw
石垣と少しぼろ崩れた石段の感じが何ともいえないw

本丸はけっこう広かった瞬間
津山城

天守台と本丸は石垣で仕切られていて通路同様とても厳重。
広めな本丸には当時、31の建造物、15棟の門があったそうな。

お約束の武者走りもあった瞬間
津山城 天守台

この上に当時は矢切櫓があり、向かって左には月見櫓が、
そして右には鐘を設えた太鼓櫓が残っています。

秀吉じゃないけど有馬温泉だった瞬間
有馬温泉

1泊2日の強行ツアー。倒れてもいい覚悟ならもう少し行けるけど、
何しろ前夜21時からの旅路…今日はこのくらいで勘弁してやらぁw

というわけで津山城から一路、本日の宿、有馬温泉へ移動100キロ…。
有馬温泉を選んだのは明日の登城に便利だからであって、
別に秀吉を意識したわけではない。

疲れた体に鞭うった瞬間
有馬温泉散策

あもの旅行はガツガツ城オンリーのため、移動を含め日程は分刻みΣ(゚Д゚)!
どんなに遠出しても城下散策でお土産なんて買えやしない。
会社へのお土産はたいていSAか旅館の中または付近で適当になるw
今回は有馬名物「炭酸せんべい」をどーんとお買い上げで終了。

登城の次の楽しみだった瞬間
有馬温泉 中の坊夕食

鱧だ!鱧だ!鱧だーーー!! あもは鱧が大好き!!
以前には鱧を食べにわざわざ京都に行ったことがあるくらいだw

ガツガツ食べてガブガブ呑み、明日の登城に備えなければ。

中の坊翠園なんていいとこ泊まったのに食べてすぐ寝て、
8時半のチェックアウトで4登城…まずは洲本城に向かいますw




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2010.08.23 Monday 20:33 | - | - | 中国(岡山県) | 

備中松山城に登城!

早朝の鬼ノ城の次は、日本100名城68番 備中松山城に登城!
備中松山城

備中松山城は高梁川を天然の堀とした標高約430メートルの
超〜険しい臥牛山に築かれた山城であり、近世城郭でもある。

鬼ノ城に続く登山はもうこりごりだけれど、ここまで来て、
備中松山城の天守をこの目で見ずして何とする ドン!

ふいご峠駐車場から野生ニホンザルの大群とともに山を登り始め・・

階段もやっぱり登りづらかった瞬間
備中松山城

お城につきものの歩幅の妙な長い長い階段を上ること二十数分。
息切れ、動悸、倦怠感、モチベダウン・・・はんぱないです。

やっと見えてきた遺構に、がぜんハッスルの瞬間
備中松山城

ヨロヨロ、ぜえぜえしていたくせにここまで着いたら元気になったw
しっかしね…よくぞ参られたというより、降参の参ったですよ。

それでも背中が年寄くさかった瞬間
備中松山城

登山口で借りてきた杖を使ってよっこらせ…。
ハッスルといってもそれは気持ちの上の話で、
肉体的にはもうほんと、辛くて仕方がなかったの。

大手門跡ブラボーだった瞬間
備中松山城

はぁぁぁ…やっと着いた!!
ここでも足軽だったらあもは使い物にならないw

枡形構造になっていて以前は立派な櫓門があったそうな。
ここをくぐると時間が止まったような空間が感じられるのよ。

あまりにうっとりしすぎた瞬間
備中松山城

見事すぎる高石垣に超ー感動ーーー!!

大手門を入って足軽番所跡から見るこの風景。
見えづらいけど右手奥の方は天然の岩盤。
天守を支える立派な1つものの石垣もいいけど、
石垣石垣なこういうシルエットもあもにはたまらない!!

石垣の後ろにも見なけりゃポイントだった瞬間
備中松山城

この三の平櫓東土塀は国の指定重要文化財。
手前に現存の部分が、奥が復元されて佇んでいる。
この土塀に沿って歩くと厩曲輪、トイレのある御前棚となり、
二の櫓門跡を過ぎるといよいよ天守のお目見え=3(鼻息荒い)

ファンタスティック&ワンダフォーだった瞬間
備中松山城

えらそうなポーズと思いきや体重はさりげなく杖にかけてw

現存天守城としては日本一高い場所にある備中松山城。
国宝天守12のひとつ、本で眺めるばかりだった姿がいまここに!

もーーーー!! 首にタオルオヤジ巻きで登った甲斐があったわw

小さいけれど一丁前だった瞬間
備中松山城

現存12天守の中では高さ11mで最も小さい天守ながら、
唐破風もいい感じで2重天守だけど地味には見えないの。

備中松山城は鎌倉時代に築かれた砦から始まったと言われています。

戦国時代には毛利の後ろ盾を受けた三村家親が尼子氏から奪って城主となりました。
しかし家親は備中の宇喜多直家によって謀殺されてしまいます。
跡を継いだ家親は毛利の支援を受け、一度は城を取り戻せましたが、
その後、毛利と宇喜多が手を組んだことで毛利を離反。
中国進出を始めた織田側につくも、毛利から追討の猛攻撃を受け、
天正3年、内通者が出たことにより城は落城、滅亡しました。

元親は城外に脱出したものの負傷し、歩行の自由を失った上、
城を枕に討死しようにも城に戻ることもかなわず、
毛利に場所を告げ、検視立ち合いのもと松蓮寺で自刃したという。

天正の備中争乱…ここでも大勢力に挟まれた箕輪城と同じような悲劇が。
歴史の流れ、運命とは思っても武運つたなく…ってのは切なくなるわね。

人のいない天守内をじっくり観察の瞬間
備中松山城

今回も早出が功を奏して人のいないのんびりな登城w

松山城は明治の廃城令以降、荒れるに任せて放置されていたため、
雑木や草に覆われた天守と二重櫓がかなり悲惨な姿になっていたらしい。
しかし城の姿を残そうとする松山城保存会の人たちによって
昭和4年〜15年、天守は解体修理、櫓と土塀は修復されたそうだ。

今こうしてあもが松山城を見て感動できるのはその人たちのおかげね。

梁ももれなくチェックの瞬間
備中松山城

現存に来たらやっぱり梁もがっつり見ておかなけりゃ。
この無骨な感じが木造建築らしくて素敵なのよね。

天守内のお約束その1
備中松山城

食事や暖を取るための囲炉裏(いろり)がある珍しい天守w
ここは見逃してはいけないところだそうです。

天守内のお約束その2
備中松山城

城主一家、篭城時の居室で、落城の際の死に場所でもあるらしい。
床下には石が隙間なく入っていて、侵入できない作りになっているそうな。
ここも天守内で見逃してはいけないところだそうです。

天守内のお約束その3
備中松山城

匠の技が光る修復された柱は、左のガサガサが旧材の部分。
左側にあてこまれたところが新材で接ぎ木された部分。
柱の真ん中がやられているところは埋め木という技術で修復。

宮大工さんって今も昔もすごいね!!

天守内のお約束その4
備中松山城

天守最上階には…といっても2階だけど、城の守護神を祀った御社壇が。
これは江戸時代に入ってから作られたらしいけど古い感じがいい雰囲気。

お城っていいなと思った小さな瞬間
備中松山城

天守の内側のこんな片隅を見ても城って素敵だなと思う。
堂々とした天守の姿ばかりでなく、あもにとってはこれもお城の風景。

やや、人発見!の瞬間
備中松山城

天守への入場口となっている南御門方面に何気なく目をやると人影が。
2階まですべて堪能した後やってくる人。あああ、あもはなんてついてる!
ちなみに険しい山道を登ってくる備中松山城。人がいるあたりには水筒があり、
冷たいお茶を無料で飲ませてくれるありがたいサービスが。
状態のいい素晴らしい日本の100名城スタンプもこの受付でもらえます。
ちなみに人のいい受付のおじさんは左手の管理事務所に泊まり込みなのだとかw

また全部見ちゃった瞬間
備中松山城

入場口の南御門の一角にはお約束のダイジェスト城の歴史ムービーがある。
人がいなかったので、備中争乱の約5分ゆっくり見せて頂きました。

天守裏手にも気合で回った瞬間
備中松山城

重要文化財の二重櫓。天守とともに荒れ果てた姿で残った遺構。
天守同様、天然の巨石を櫓台とした二層二階建の構造(パンフレットより)。
近くによっては見れないけど天守よりある意味、味が出てる気がしますw

搦手口も城それぞれだった瞬間
備中松山城

備中松山城の埋門形式な搦手門跡。搦手も城によっていろいろ。
城内図によると、階段を上れば水の手門脇曲輪になるそうな。
さらにその先を行けば大松山城址らしいのだが…それはいいよね?(誰に確認?)

暑さと先を急ぐ旅なのにうっとりしすぎて時間も押してきたため
この辺で永の暇を乞うことに決め、名残を惜しみつつ戻ることに。

本丸を後にする頃、ぞろぞろと家族連れやら何やらが上ってきた。
早起きは3文の得。こんなに人がいたらうかうかうっとりもできやしないw

デリカシーがなかった瞬間
備中松山城

1城1ポイントは必ずこういうところがあるんだよね。
ちゃんと手入れしてるっつうことだから仕方ないけど、
存在感ばっちりすぎるブルーシートとかど派手なパイロンとかさ。

またまたしつこかった瞬間
備中松山城

ここまで登ってくるの大変だったしね…
いや、それ以上に岡山までの旅路長かったしね…
もう早々来ることは出来ないと思うからしっかりこの目に…

お名残りおしゅうございます。

頑張った甲斐がありました
備中松山城

あもは先を急ぐ旅。大手門を出た途端、帰り道は早足で。
転がるように山道を下り、車に乗って次なる津山城へGO!



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2010.08.19 Thursday 21:34 | - | - | 中国(岡山県) | 

鬼ノ城に登城!

日本100名城69番、鬼ノ城に登城!

鬼ノ城

お盆の大渋滞、ドラプラのはじき出した出発時間は前夜21時Σ(゚Д゚)!
仕事を終えて急いで帰宅し、バタバタと支度してすぐに車へ。
夜通し走り続けること8時間半…5時半に鬼ノ城駐車場に到着。
7時には登城開始したかったから予定通り。車中で少々仮眠。

そして…7時、寝ぼけ眼で起き上がり、ヨロヨロしながら登城開始!

鬼ノ城は遺構や復元を全部見て回ると1時間ばっかしかかるという。
朝っぱらから強い日差しにうんざりしながら学習展望台へ。

一番見るべきこの場所からの風景を見て一瞬、満足しかけたけど、
「そんなんじゃダメ!」と思い直し、まずは今見た西門のところへ。

謎の遺跡に接近した瞬間
鬼ノ城

鬼ノ城は7世紀頃、唐や新羅の侵攻に備え築城されたと言われている。
でも日本書紀をはじめとする正規の歴史書には一切記述のない謎の城。
史書に記載が無く、12の古代山城に該当しないのは神籠石系山城と呼ばれる。

…と行く前に調べた本や現地パンフレットに載っていた。

鬼ノ城はあもが好きな城とは時代や系統が違うけれど、
何かの本で見て「何これ、日本じゃないみたい!」と興味を持ち、
日本100名城のひとつでもあることからずっとロックオンしていた城だ。

古代山城の城門の復元は日本初だった瞬間
鬼ノ城西門

12本の柱の位置、深さ、間隔まで正確に寸法が測れる状態で、
通路床面の石敷、石段、敷石もきちんと跡が残っていたことから、
この西門は規模や構造などきちんと考えられた復元ができたという。
瓦が出土していないことから、屋根は板葺仕上げなのだそうだ。 by説明看板

城門外からはまた違った表情だった瞬間
鬼ノ城西門裏手

土器っぽい色の土がたっぷり盛られたところなんて古代っぽい。
木の枠組みが見える門内とまた違う立ち塞がった風が頼れる感じw

あまりに謎すぎた瞬間
鬼ノ城

土を塗り固めた城壁が続く西門はどっしり腰の据わった貫禄。

でもこの門って前はすぐ崖で山の縁に向いて建ってるじゃない?
なのになんで門? ずっと城壁じゃ用が足りなかったのかしら?

作られた意図や背景もよくわからないし、ふと疑問に思った。

敷石だらけだった瞬間
鬼ノ城敷石

鬼ノ城散策コースは歩きやすく整備された部分が多いけれど、
遺構のそばにほとんどといっていいくらい敷石の通路がある。
どっからこんなにたくさん平らな石を持ってきたのか…
古代山城で敷石があるのも鬼ノ城だけなのだという。

しだしだしかった瞬間
鬼ノ城

遺構や復元された建物の質感や色が醸し出す雰囲気のほか、
大量に生えているこの立派なシダも日本じゃないぽさを演出。
密集してると独特の匂いもして一瞬、岡山を忘れるのよねw

第2展望台が遥か彼方に見えた瞬間
鬼ノ城

遺構の間隔は600〜700m前後なのだけれど登ったり下りたり…
暑さと乾きと足の疲れでヨロヨロしながら歩き続けること数分。

やっと鬼ノ城で一番有名な高石垣「屏風折れの石垣」が見えてきました。
あもは高所恐怖症だからその場に立つより、全景を見る方がいい。
「暑いし、もう気が済んだから帰りてぇぇぇ」と心から思ったけど、
気づけばこの場所、スタート地点から間もなく真反対になろうところなのだ。

行くも地獄、帰るも地獄とはこのことよ…。

かなりへっぴり腰だった瞬間
鬼ノ城

ヨロヨロしながら600mを歩き、遥か彼方に見えた屏風折れの石垣へ到着。
高所恐怖症だけど石垣となれば見て触ってうっとりするのはもちろん、
見上げて、あるいは覗いてその高さも一応、体感しておくのがマイルールΣ(゚Д゚)!

とはいえ、ものには限度があるので一番高いところは避けて確認w

風景はすばらしかった瞬間
鬼ノ城

総社市内が一望できるかと思われるパノラマビュー!!
鬼ノ城ゴルフ倶楽部のコースも全部丸見えでしたw

積んだ人の勇気に乾杯!だった瞬間
鬼ノ城

重機もなかった時代、足場の悪いこんな斜面によくまぁ積むな…と、
山城など高い斜面に積まれた石垣を見る度、あもは感心するばかり。

まだまだ発掘中だった瞬間
鬼ノ城

すごいのは昔、石垣を積んだ人たちだけじゃなかった!
車も通れないこんな奥に発掘や復元の資材を運んでいるだなんて!
ここでも復元を進める総社市や教育委員会や作業する人たちに感謝。

いよいよ鬼ノ城ファイナルに近づいた瞬間
鬼ノ城

暑さで熱中症が心配になるくらい辛くなってきたので
敷地内部に戻らなければならない礎石建物群は残念ながら省略。
写真の草がちょろっと生えている辺りに排水路がある北門。

他の門より小さいけれど、扇のように展開した城壁や、
谷筋からの侵攻を防ぐため城門の前に石垣を築いてある点など
北門は防御効果を重視した作りになっているようです。 byパンフレット

角楼で死角なしだった瞬間
鬼ノ城

一番始めに見た西門の左手に実は見えていた角楼。
城壁の死角を補い防御力を高めるために張り出しているそうだ。
角柱や石垣、石段などの跡を見つけての復元だそうだが、
実際に建物が建っていたかどうかはよくわかっていないらしい。

写真を撮るなら朝一は避けろ!だった瞬間
鬼ノ城

西門の全景が見える学習展望台から写真を撮るには朝7時はダメだ!
せっかくだから出来るだけ陽が昇るのを待って撮る方がいい。
とはいえ、あもは急ぐ旅路。カメラ2台持参で細工もして…(´Д`)

ビジターセンターの開館とともにスタンプゲットの瞬間
鬼ノ城

水分を求めてヨロヨロしながらも予定通り8時半登城終了。
日本100名城のスタンプがおいてあるビジターセンターの開館にぴったりw
汗だくでボロボロ…幽鬼のような姿でおもむろにスタンプゲットし、
次なる城、憧れの備中松山城へ向けて出発。

鬼ノ城で暑さと山道にやられ早くもダウン寸前のあも。
備中松山城攻略…すでに苦戦の予感!?


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2010.08.16 Monday 12:37 | - | - | 中国(岡山県) | 

岡山城に登城!

戦う気合の感じられる黒い城が好き。

松本城松江城熊本城、そして岡山城。
とりあえず黒は見れる時に見ておかねば・・
ということで西国には滅多に来るチャンスもなし。
竹田城に行ったついでに岡山城にも電撃登城。

9時半到着で絶好調だった瞬間


黒の城と言っても岡山城は完全な復元天守閣。
だから時代とリンクするこの地に立った感動を味わうw

見上げてるけど上から目線な感じ満載で登城 だった瞬間


何だかえらそうなのはいつものことw
・・だって復元された城ってのは知ってたけど
実物見たら思った以上に作り物ぽいんだもんヽ(`Д´)ノ

何か一味、足りなかった瞬間


まるで映画のセット風だよ。黒い板壁なんてつるつる。
もう少し「木を使いました」的な気を使おうよ・・なんつてw

中はエレベーターつき展示場、資料館です。
華々しい時代の宇喜田家の香りは少なく、
江戸時代になってからの歴代藩主関連の資料や
庶民の暮らし関連の展示がメインでどうもいまいち。

体験で入場料の元を取った瞬間Σ(゚Д゚)!


折角だからためらう他の観光客に構わず、
先陣切って大名駕籠に乗ってやりました。
案外、快適。これはちょっとときめくw

後楽園も偵察しといた瞬間


イベントで夜のライトアップ期間らしく昼間の風景は度外視?
風情のないライトや配線があちこちにありすぎて「?」。
GWの兼六園も見所のない時期に行ってしまったけど、
後楽園も来る時期を間違えたのかも知れぬ・・・('A`)

日本3大庭園制覇を目論んでいた瞬間


あも目線では加賀100万石の財力が誇示された
金沢兼六園の方が豪華絢爛な感じで見ごたえある気が。
どうよ、金かかった庭を見て下さい!!的な。
庭の作りがどうとかはよく知らないけどw

でもこれで水戸の偕楽園に行けば日本三景に続き、
三大庭園も制覇になるわね・・と次なるターゲットロックオンw


次は姫路城に登城します。

2008.08.15 Friday 15:44 | - | - | 中国(岡山県) | 
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