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篠山城に登城!

[日本百名城] ブログ村キーワード

日本100名城57番 篠山城に登城!

福知山城から車を飛ばすこと小1時間・・10時半を過ぎ暑さ増してます。

あまりにも無粋すぎた瞬間


ちょうどお祭りの準備をしているところで三の丸駐車場は利用できず、
少し離れた有料駐車場から歩いて登城。遺構の立派な石垣に目が行くので、
祭りで何かを映すんでしょうかね・・遠慮なく設置されたスクリーンが残念すぎる。

きっちりしていた瞬間


二の丸の周囲にめぐらされた内堀。角々しくきっちりとした縄張です。
藤堂高虎プロデュースだけあって今治城などにもある広い犬走りが特徴的!
軟弱地盤に高石垣を築くための工夫で、足止めした的を攻撃する場所にもなる。

しっかし強い日差しでやたらと目立つ真っ白なスクリーン、興がそがれるわ〜

西国大名の心中を慮った瞬間


山城と違って日陰が全くないから立っているだけで汗が垂れてきます。
帽子持って来てよかった・・扇子バサバサしながら案内板ガン見の確認。

篠山城は慶長14年(1609)徳川家康の命で築かれた天下普請のお城。
総奉行は池田輝政。藤堂高虎による縄張で加藤清正,福島正則,浅野幸長,加藤嘉明ら
西国大名20家が動員された。堅固な城だがわずか半年で完成したという。

名古屋城駿府城高田城彦根城・・・天下普請の城は他にもあるけど
清正好きの私としては西国大名の苦労や複雑な心中を思うと切なくなってきます。

小規模だけど一丁前だった瞬間


二の丸へ続く北側虎口。当時は手前の石畳の部分には平屋の廊下門が建っており、
石垣のあるところに櫓門がありました。高石垣の枡形で大書院は屋根しかみえません。
お城としては大きなものではないけれど西国に備える気合いが感じられる構えです。

あたらしく思えた瞬間


直線的な二の丸外側、枡形部分の高石垣。間近で見ると意外と高さがあります。
重火力の攻撃に備えた関ヶ原以降のお城だなと言う感じ。山城の年季の入った
苔むした石垣と違って遺構でありながら白く輝いてるところも新しさを感じ。

分かりやすかった瞬間


内枡形に入ると右に90度曲がったところに当時は中門があり、
中門を超えて左に曲がると二の丸の入り口である鉄門がありました。
前後を門と高石垣に囲まれた閉塞感はものすごいプレッシャーだと思う。
築城名人の縄張は念入り。門はなくても雰囲気は十分体感できます。

さりげなくアピールだった瞬間


天下普請に参加した大名の刻印のある石があちこちで見られます。

しょっぱかった瞬間


左に曲がって二の丸鉄門跡。今はしょっぱい模擬冠木門が建っているけれど、
くろがね門というだけに当時は鉄を打ちつけた扉のある櫓門だったそうだ。

石垣の上に登りたかった瞬間


鉄門の後ろは内堀と隔てる石垣。登ることはできないけれど
武者走りに登る階段が残っています。階段の幅は60僂らいかな?

破格の規模だった瞬間


廃藩置県後の廃城令で取り壊しを逃れたものの、昭和19年に火災で焼失し、
平成12年(2000)に再建された二の丸大書院。天守がなかった篠山城では
中核をなす建物で主に政務が行われていたそうだ。気になる総工費は12億円w
規模では二条城本丸御殿や二の丸御殿大広間書院に匹敵する建物なのだとか。
こちらが御殿正面で車寄、屋根には軒唐破風がついています。

何の主張もなかった瞬間


大書院入り口のすぐ横には大きな井戸が残っていますが案内はなし。
篠山城は遺構が多い割に要所要所の案内板がなさすぎなのが残念な感じ。

武家の御殿らしさ全開だった瞬間


大書院の中は撮影OK。大書院と展示室、シアター室に分かれています。
広縁には建ってから10年以上経つ今も木の香りが漂っていました。

気合いが感じられた瞬間


上段の間は最も格式の高い部屋で幅3.5間の大床、付け書院、違い棚、帳台構が
設けられています。こうした設備は書院が建てられた慶長期のことなのだとか。
帳台は襖になっていて、裏は5畳ほどあって武者隠しになっているらしい。
往時の雰囲気を再現するため狩野派の屏風絵を障壁画として転用しているそうだ。
格式の高い折上格、欄間も柱も丁寧に再現。絵もぴったり合ってますね!

建物は密集していたのかもしれなかった瞬間


大書院の裏手から外を見ると奥御殿の間取りが書かれているのも見えます。
奥御殿がどれくらいの規模だったのか分からないけれど、二の丸多少広いとはいえ
この感じで建物がそこそこ建っていたら結構きつきつだったのかも。

御殿と言っても男前だった瞬間


書院を出て裏手に廻ってくると大書院の全景を見ることが出来ます。
入母屋造りの杮葺き。余計な飾りがないのが潔く、渋い感じが素敵です。

渋さ炸裂だった瞬間


破風板、懸魚に六葉、妻木連格子・・築10年ちょいに見えない感じがすごい。

見惚れるばかりだった瞬間


日本建築のすごさ、宮大工さんの技術には毎度のことながら感動です。
現存でも復元でもこういうのは本当に芸術。情熱を感じますね。

表も裏も虎口が特徴的だった瞬間


二の丸南端にある埋門。搦め手に通じる虎口で当時は多聞櫓形式の城門だったそうだ。
この周辺の石垣には築城に関わった大名の刻印がある石が多くみられるところで、
特に池田輝政の「三左之内」というものが有名らしいけれど見逃してしまいました。

なぜに全員じゃないのか謎だった瞬間


本丸跡にある青山神社。徳川三代将軍家光の養育係であった青山忠俊公を祀って
明治15年に創建されたもの。篠山城は江戸中期より青山氏が城主となり、
6代続いて明治を迎えていることから4代当主忠裕も合祀されているそうだ。

高虎恐るべしだった瞬間


本丸の隅櫓跡の石垣。二の丸から石垣を積んで一段高く造られた本丸は
隅に二層の櫓が建ち、そこからつながる多重櫓で囲まれた厳重な構だったそうだ。
天守台は築かれたものの、あまりの堅牢さに幕府が天守を作ることを禁じたと言われる。

名残りを惜しんだ瞬間


関ヶ原後のお城だから比較的新しいお城になるけれど大書院はもとより、
綺麗な石垣や築城名人の縄張をリアルに体感できるので見応えがありました。

冬枯れの時期がベストかもだった瞬間


二の丸を後にして駐車場まで汗をかきかき、フーフーいいながら戻ります。
夏場で木々が鬱蒼として見づらいですが満面と水を湛えた外堀が見えます。

秒刻みのスケジュールだった瞬間


かなりの幅があることが分かる反対側の外堀。城郭を外堀に沿って半周廻れば
南馬出や武家屋敷などが見られるんだけど暑さと時間制限のため断念。。。

言われなきゃわからなかった瞬間


駐車場の近くに大手馬出の土塁の一部が残っているのを見つけたけれど
小さな家1軒も建たないくらいの面積部分がこんもりしてるだけでしたw


篠山城登城これにて完了・・しっかし暑いわ〜1城につきペットボトル1本消費w
次は遠征恒例のご当地牛食いで亀山牛を食べて光秀の丹波亀山城に向かいます!!




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2011.08.27 Saturday 17:10 | - | - | 近畿(兵庫県) | 

龍野城に登城!

仕事を終えてすぐ夜通し走り続けた挙句、初日は登山ばかりの1泊2日、
さすがに7城目ともなると体力気力ともに限界が近づいてくるわね。

最後の力を振り絞って龍野城に登城!の瞬間
龍野城 埋門

赤穂城からご近所の龍野城へ、行きがけの駄賃的に登城Σ(゚Д゚)!
さすがに鶏籠山に登って山城期の遺構を見る元気は残ってないので
さくっと平山城の部分だけ見て龍野城はコンプリートとすることにw

現在は規模の小さなお城なので、まずは数少ない見どころのひとつ、
復興された埋門(うずみもん)で龍野城の雰囲気を堪能する。

枡形構造を横目に先を急いだ瞬間
龍野城 埋門石段

復興なのになかなかやるわね・・などと生意気な感じで埋門をくぐり、
枡形を見やりつつ、左手の石段を登る。と、すぐ本丸御殿の屋根が。

おもむろに本丸御殿がどーん!だった瞬間
龍野城 本丸御殿

いきなり本丸御殿w 車寄せ大唐破風造りというらしい。
絵図などで考証しながら復元された建物なのだという。

龍野城は室町時代中期、鶏籠山(けいろうざん)山頂に赤松村秀が築いた山城と、
今に見られる平山城の二期に分けられ、山城は古龍野城とも呼ばれる。

赤松氏が1577年(天正5)秀吉に城を明け渡した後は次々と城主が変わり、
1672年に脇坂安政が5万3千石で入封。本丸御殿を造って山麓居館のみ整備し、
5万石の大名としてはこじんまりとした陣屋式の平山城になった。別名は霞城。

隣の晩ご飯のヨネスケ並みの図々しさが欲しかった瞬間
龍野城 本丸御殿

受付の横にはさりげなく赤い甲冑が置かれている。
説明書きが読めなかったけれど脇坂家の家紋である「輪違い」
の赤い旗が見えるから脇坂公を盛大にアピールしているものと思われる。
あもは鎧兜の類が大好き! 博物館でもかぶりつきなら、
レプリカ販売サイトもよく見る・・・たぶん前世は男だったと思うわw

新聞紙で作った兜に用はないけど、レプリカでも一応そばで見たいな〜

と思って中を覗いたら、管理人らしきおじさん、すでに接客中。
自由に中に入って建物内を見学することもできるのだけれど、
訪問者の数人と入り口でやけに盛り上っていて入りづらいのと、
いい加減、日暮れも近づいていたため、御殿訪問は断念・・。

本丸御殿に首をかしげる瞬間
龍野城 本丸御殿

脇坂家といえば関ヶ原で現場で東軍に寝返った外様大名だけど、
婚姻でウルトラC2連発を繰り出し準譜代格に。破格の栄華を得た家よ。

赤穂城受け取りに行ったのも名前忘れたけど脇坂さん。
幕末近くに外様で唯一、老中職に就いたのも脇坂さん。

5万石で覚えめでたい家柄なのになんでこじんまりした陣屋式?
きっと幕府に毛ほども疑われないよう相当、神経使ったのね・・。

ちなみに御殿の後ろに見えるのが古龍野城のある鶏籠山。

脇坂万歳!だった瞬間
龍野城 石垣と登城路

搦め手門?になるのでしょうか。瓦は「輪違い」だらけ!!
明治まで続いた脇坂さん、地元で愛されてんのねぇ〜きっとw

本丸を出てこの門をくぐると、埋門と並ぶ見どころがお目見えよ。

振り返っても上見ちゃダメだった瞬間
龍野城 石垣と登城路

登城路を降りていく途中、搦め手門をちょっと振り返る。
復元とか模擬とか言われるけど雰囲気はあるわよ。
でもまだ上の方見ちゃだめ!! 櫓は見どころについたらよ。

模擬とはいえ佇まいは絵になっていた瞬間
龍野城 二階隅櫓

二重の隅櫓は模擬だというけれど違和感なくていい感じだよ!
石落としもあって芸が細かいし、こじんまりした唐破風も美しい。
龍野城というと埋門とこの隅櫓の写真がよく使われるけど、
あもはこの隅櫓と横に続く城壁が様になるこっちのが好き。

ただーし、残念なことがひとつ。


登城路降りてすぐのところに路駐するのやめてもらえませんかねヽ(`Д´)ノキー!


登城路と隅櫓と城壁と後ろにそびえる山が綺麗にフレームに収まる
素敵な立ち位置があるのに、そこに立つと車が入っちゃうのよ、車が!

異質のものとして車をよけることを選んだあもは
登城路の石段を入れた写真が撮れなかったぞ。軽トラ恨むw


1泊2日で登山2を含む破竹の7登城はこれにて終了。
時間換算にするとあもの中では最高記録!! ハードだったわぁ。
帰りは大渋滞に巻き込まれ、朝方、朦朧としながらの帰宅。
城めぐりって楽しいけれどお肌に悪そうなのが心配だわw

おかげで盆明けこの方、ヨロヨロしながら仕事する有様だったけど、
週末はなぜか元気w すでに2時間圏内の登城3つを済ませ、
3連休は4時間圏内への登城プランも思いつきで計画中ww




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2010.09.09 Thursday 22:26 | - | - | 近畿(兵庫県) | 

赤穂城に登城!

明石城の次は日本100名城60番 赤穂城に登城!

青空がなくてムッとした瞬間
赤穂城

暑いくせに。「激」暑いくせに青空がないだなんて!!
素人カメラには美白な建造物で薄曇りとか厳しいんだよね。
青空は七難隠す…赤穂城は白っぽいから手ごわいわ〜

スタンプのため移動の瞬間
赤穂城

忠臣蔵にも赤穂浪士にも大石内蔵助にも興味ないから他は割愛。
赤穂城は日本100名城スタンプが本丸門と歴史博物館と2か所にあるが、
歴史博物館の方が質がいいと聞き、暑いのでさっさと移動。

スタンプは入場料払わなくてももらえるけれど、
記念になる入場券欲しさにとりあえず歴史博物館の中へ。

塩がいつから作られたか、どうやって作られたか!
かな手本赤穂浪士かるた、討ち入り物語はこうだ!

・・・Σ(゚ロ゚;) でも文句は言いませんとも。

「塩と義士の館 赤穂市立歴史博物館」ですもんね・・。

よく見かける清水門の米蔵の写真が撮れたのはよかったけれどw

あもは忠臣蔵は好みじゃないけれど、この清水門は大石内蔵助が、
赤穂城を引き渡す際の最後に出た門なのだとか。

近藤さんの気持ちをちょっぴり慮った瞬間
赤穂城

赤穂城は正保二年(1645)に浅野長直が常陸国笠間から入封し、
甲州流軍学者近藤正純に設計させ、13年かけて築いた城。別名、加里屋城。
築城途中には山鹿流の軍学者、山鹿素行の意見を取り入れ、
この二の丸門付近の虎口縄張を変更、兵術も山鹿流を採用した。
忠臣蔵討ち入りはこの山鹿流の兵法を持って行われたのだとか。
忠臣蔵で有名な浅野内匠頭長矩は初代、長直から3代目にあたる。

この二の丸外堀のすぐ近くには山鹿素行の立派な石像がある。
近藤正純は本人でなく息子の屋敷の長屋門が敷地内にある。

・・・果たして近藤さんの立場はいかに。

なんだか寂しい感じだった瞬間
赤穂城

二の丸から見る北隅櫓台、何だかやけに取ってつけた風。
この辺は復元中とかされたばかりの部分が多いからきれいすぎる?
他のプラスアルファな風情がまだ足されてないから不自然なの?
何年か雨風に晒されたり苔とか草とか生えるとなじむのかも。

復元された大石頼母助屋敷跡門
赤穂城

発掘遺構に基づいて復元された大石頼母助の薬医門形式の屋敷門。
初代藩主浅野長直に重用されてた大石内蔵助の大叔父さんなんだって。
真新しいのは仕方ないとして、並んだプラスチックのプランターがなんか嫌w

人をやり過ごすのに苦労した瞬間
赤穂城

団体さんがいなかったのはよかったけれど、
お盆休み中ということもありパラパラ人が出たり入ったり・・。
このくらいなら待てば行ける!と思って15分くらい粘ったw

しかし・・空の白さがほんと気になるわ〜

あぶはち取らずだった瞬間


二の門である高麗門をくぐると一の門である櫓門がどーん!
枡形石垣とともに発掘調査や古写真、絵図を元に復元されたもの。
大きな虎口はそれとわかるように写真を撮るのが難しい・・。
虎口の感じも撮れず櫓門も全部入らず、欲張るとろくなことないw

気を取り直して櫓門だった瞬間
赤穂城

本丸側に入って櫓の全景を取ることは一応、成功w

幅13m、高さ11m 杉や檜など国内産の高級木材と
赤穂産の花崗岩を使って復元された櫓門。
きれいすぎるけど大きいのでかなり迫力あります。

ちなみに門内右手に見えるのが質が悪いと評判の
本丸設置の日本100名城スタンプ。無造作に置かれてますw

すごい整備のされ方だった瞬間
赤穂城

発掘では御殿の遺構はほとんど出なかったものの、
永井家文書から間取り図が発見され、それを元に
本丸内は御殿の間取りが壮大に復元されている。

表、中奥、奥から構成される御殿は部屋名が書いてあり、
どこに何の部屋があったのかわかりやすい。
ただし分かるのは場所と部屋の名前と広さだけなので
雰囲気は自分で一生懸命、脳内復元する必要があるw

明石城に続き、メガ天守台だった瞬間
赤穂城

5万石の外様大名にしちゃあ、やけにダイナミックな天守台ね。
五層天守がどーんとあってもおかしくない大きさだけど、
明石城同様、天守が建てられることはなかった。
天守台の高さは赤穂城の石垣で最も高い9m。
階段は修復整備されたらしいけど天守台は現存遺構。

打ち込みハギ造りかぁ・・あもはボロい山城の穴太積の方が好きw


赤穂城

表玄関である本丸門に対し、通用口にあたる厩口門。
廃城後は赤穂高校の通用門に転用されていたそうだ。
発掘調査で門礎石から高麗門だったことが分かり復元された。
木造本瓦、色白な漆喰土塀も美しい。役瓦も芸が細かいの!

振り返って下城の瞬間
赤穂城

垂涎の登城も、ついでの登城も帰り時は何となく振り返ってしまう。
時間がないので赤穂城はダイジェスト登城みたいになったけれど、
忠臣蔵はさておき、思ってたより来てよかったと思う登城でした。

白すぎた瞬間
赤穂城

しっかし赤穂城、白いわ〜(笑)


次はいよいよラスト。行きがけの駄賃で龍野城に登城しますw



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2010.09.05 Sunday 19:45 | - | - | 近畿(兵庫県) | 

明石城に登城!

洲本城の次は再び本土に戻り、日本100名城58番明石城へGo!

ロンパリ気味に明石城に登城!
明石城

スタンプもらいがてら公園の一番ヘリまで行って撮ったのに超ギリΣ(゚Д゚)!
洲本城に続き、あんまりイケてる写真にならないわ。なんか萎える。

大きな天守台がちょっぴり残念だった瞬間
明石城

大阪の陣の戦功により高山右近が築いた船上城に入城した小笠原忠真が、
徳川秀忠の命を受け苦心の末に築城したのが、今に残る明石城。
5重天守が乗りそうなメガ天守台を作っておきながら天守はなく、
本丸の四隅に三重の櫓が置かれ、このうち2基が現存している。

別名は喜春城(きしゅんじょう)
「君主は…春の草木を育てるごとく、善を賞するを貴ぶ」
とかいう中国の故事からとってついた名前らしい。
色々あるだろうに凡人にはどうもわかりづらい別名だよw

きょろきょろしていた瞬間
明石城

正直言うと今回の明石城登城。他の多くの城のように
「何が何でも登城したい!」という鼻息の荒さや情熱はあまりなく、
日本100名城のスタンプ目的でルートにねじ込んだ的な部分がある。

お城の本を見ててもあまり食いついたこともないから
現存している櫓のことくらいしか予備知識がない上、
城内案内図程度のパンフレットしかもらえないから若干、挙動不審。
普通の観光さんのように大場所以外、危うく草木をめでそうになったw

単なる観光さんあも 櫓を見て喜んだ瞬間
明石城

櫓が2つならんだ「ザ・明石城」の写真では右側に見える巽櫓は、
高山右近の船上城にあったもので、天守の代用とされていた。
阪神大震災で外壁にひびが入るなどして修築されたおかげで、
予想以上の美白に成功Σ(゚Д゚)! 美しすぎる櫓よw

観光さんをやり過ごす気合いも失せていた瞬間
明石城

姫路城や松本城クラスの城は無理として、あもは登城の際、
ここは!という場所ではしぶとく観光さんを待って写真を撮る。

始めに撮影したお父さんと交代したお母さんがもう1枚・・・
4人組のおばちゃんたちが携帯を構えてそれぞれ撮る計4枚・・・

そりゃ気が遠くなるほど待ったこともあるわ。
そんで次の人が迫ってくる前にとにかく撮って撮って撮りまくる。

しかし、今回はなんか勉強不足ってつまらないな〜と思ったら
どんどんテンション下がってきちゃって観光さんと一緒に登城ポーズよ。

「ほら、お父さん、あれが未申櫓よ! えっ?破風?・・ああ、あれねぇ」

とか何とか、隣のお母さんが興奮した様子でしゃべっておりますw(嘘、実はガイドさん)

一応、巽櫓の中は見ておいた瞬間
明石城

ボランティアガイドのおじさんに頼むと説明を懇切丁寧にしてくれるらしい。
あもは時間が推していることもあり中をぱぱっとみて撤収。
2階には上がれないし、中も写真展示ばかりで正直、たいしたものはないの。

あんまり興奮できなかった瞬間
明石城

いつもは現存建築物の梁や柱を眺めてうっとりしているくせに
・・・てか、こういうのってやっぱあるべき場所にあってこそだよねぇ。
こんな山積みにして豪勢に見せてくれても、何だかうっとりできない。

ずれずれ修正されずだった瞬間
明石城

扇の勾配と高さが見どころの石垣。高さも扇の勾配も撮りきれず。
ああ、あたしったら何やってんだ。勉強してなくても見りゃわかるのに!

とぼとぼと石段を降りる瞬間
明石城 石段

二の丸から公園の広場の方へ降りる石段を撮っておく。
なんだか写真までしょんぼりさみしい感じになっちゃって・・・。

最後に未申櫓を見上げた瞬間
明石城

こっちの方が破風が特徴的であもは好き。
未申櫓は伏見城にあった櫓を移築したものだというから、
豪華で派手な感じがするものちょっぴり納得。

最後に巽櫓を見上げた瞬間
明石城

む・・・よく見えないヽ(`Д´)ノキー!
降りてくる時、ついでに横に回って撮ればよかった。

2つ並んだ写真もどうもいまいちだったし・・・
上田城もそうだったけど離れた櫓を撮るのってムズい。

何だか消化不良だけど次なる登城時刻が迫っている。
超猛暑の中、勉強不足の城で無駄に体力を使うのもダメ。

消化不良を忘れ、肉を求めた瞬間
ステーキ かわむら

以前、姫路城に登城した時にも行ったビフテキのカワムラ
登城したらご当地牛を食べるのもひそかな楽しみw

神戸牛は外国の著名人が「神戸ビーフ!」と騒ぐのが分かる素敵な肉w

ランチで1週間の食費分相当だった瞬間
ビフテキ カワムラ ビフテキ カワムラ

埼玉のうちの近所じゃ逆立ちしたって神戸牛なんか食べられない。
いつもろくなもの食べてないんだから、ここは清水ジャンプするところ。

マイ神戸牛の焼けていく様をガン見の瞬間
ビフテキ カワムラ

健康診断の隠れ肥満が懸念され、普段はあまり肉を食べないあも。
やっぱ肉っていいわ〜たまに無性に肉が食べたくなるのよね。
普段はこんないい肉じゃなくても別にいいんだけどw

1口いくらか真剣に考えた瞬間
ビフテキ カワムラ

キタ━━━━ (*゚∀) (∀゚*)━━━━━━!!!!!!!!!!!!

城の次に楽しみにしていた神戸牛のビフテキ〜
「は、白飯? 本日はそんなもの受け付けませんよ」
今回ばかりはご飯を半分以上残して肉はすべて完食w

肉を食べて血糖値とテンション上げに成功したところで
残り2城ラストスパートへ。次は赤穂城に向かいます。




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2010.09.01 Wednesday 22:03 | - | - | 近畿(兵庫県) | 

洲本城に登城!

1泊2日で7城を巡るあも記録更新ツアー、2日目も張り切ってどうぞ〜!!

というわけで、津山城を見て有馬温泉を出て鼻息も荒く淡路洲本城にGo!

大手門は車で通りすぎていた瞬間
洲本城

灼熱の中の城めぐりですから、可能な限り最寄りの駐車場に執着w
駐車場にばっかり気を取られていたら、通り過ぎた石垣が
実は大手門だったと気づくが…後戻りはしないΣ(゚Д゚)!

だって少し迷ったけど車中から横目に入った感じの印象では、
この暑い中、わざわざ歩いて戻るほど大手門跡ぽくなかったんだもん…。

で、時間もないことだし、ここは潔く本丸を目指すことにw
洲本城は総石垣のお城よ。入ってすぐ続く石垣にわくわく。

木の根っこに生への執着を感じた瞬間
洲本城 南の丸隅櫓跡

まず見えてくるのが南の丸隅櫓跡の存在感ある石垣。
この石垣は飛び出た根っこの左側が後から拡張されているのだとか。

本当はその境目をじろじろ観察せねばならないのだろうけど、
あもはぐにゃりと根が飛び出てもなお、石垣の上で生きている
桜の木のしぶとい風が気に入って、そこにばかり目が釘付け!

控えめな感じに趣を感じる瞬間
洲本城 大石段手前の石垣

石垣と曲輪がいい感じに残っている洲本城。
そこここにある小さな石垣も地味に雰囲気出してる。

見えた本丸の石垣に期待が高まる瞬間
洲本城 大石段周辺の石垣

この先に見なきゃ度ナンバーワンの大石段と虎口が待ってるわw

洲本城が標高133mの三熊山に築かれたのは室町時代の末。
三好氏の重臣で、熊野水軍の頭である安宅氏が本拠としていたが、
天正8年、信長から淡路攻略の命を受けた秀吉によって平定。

仙石秀久が城主になるも、軍律違反で高野山に追放されると、
脇坂安冶が淡路に入り、水軍の拠点として城を大改修した。

山頂に築かれた広大な城は東西800m南北600mに及んだというΣ(゚ロ゚;)

うっとりしながら登った瞬間
洲本城 本丸大石段

思っていたよりスケール大きい!! 石段に石垣で石だらけ!! 
この辺りは脇坂安治の頃の石垣らしいから年季も入ってる。

「ありのままやってます☆」って感じの表情がいいよねぇ。

洲本城の見どころが続く瞬間
洲本城 本丸虎口

大石段をうっとりしながら上ると次は本丸南の虎口。

石垣とか土塁とか堀とかその他パーツが合わさって存在する虎口は
石垣や石段単品とはまた違う魅力が感じられるから見逃せない。

まぁ、もっともあもは縄張図とか縄張を読むとかはあまり得意じゃないから、
うっとりしてても考えてるレベルは所詮、門があったのか程度のことだけどw

遅ればせながら洲本城に登城!の瞬間
洲本城 虎口周辺

控えめな感じながら本丸曲輪の石垣も雰囲気ある。

この向こうに遺構である天守台と模擬天守が見えるのだけれど、
またも我を呪う夏場の登城…やりたい放題の樹木に阻まれ、
どこに立っても天守台を入れた全景が撮れずウロウロ…。

あまりにも残念すぎた瞬間
洲本城天守

思い切ってちょっと離れてみる。

…何これ、もしや新手のいやがらせ?
ちっとも三層見えないんだけど。

どうやっても残念すぎた瞬間
洲本城 模擬天守

青々とした樹木めっヽ(`Д´)ノキー!

自分の時期を選ばぬ夏場の登城を棚に上げ、樹木を呪う。
城めぐりは落葉から新緑寸前の時期に限るとつくづく思うが
会社員の身の悲しさよ…時期選んでたら遠くには来れないし。

武者走台はコンパクトすぎた瞬間
洲本城 武者走り

ウロウロしながら横を見るとちんまりとしたかわいい武者走台が。
…って階段の幅、狭ーーっ!! つま先でしか登れやしない。
おまけに急だし。急いで上るとしたら変な神経使いそうだわ。

天守台に登っても残念は変わらなかった瞬間
洲本城 模擬天守

ちょっと期待したんだけど…完全包囲状態Σ(゚Д゚)!
しかも桜だけじゃなさそうなだから情状酌量できないのw

今はコンパクトな模擬天守だけど、当時の天守は
彦根城の天守と同じくらいの大きさだったとか。

眺めは最高だった瞬間
天守台からの洲本港の風景

天気がいまいちだけど、天守台から見る洲本港の風景は格別。
山上の天守台から見下ろす港の風景、いかにも水軍の城らしい!
洲本八景のひとつに指定されているそうです。

案外、ぼろぼろだった瞬間
洲本城 模擬天守内部

模擬天守、近くまで行くと外観もすでにぼろい感じなんだけど、
天守閣風展望台って感じ満載の内部はさらにぼろい…。

味といえば味かもしれなかった瞬間
洲本城 模擬天守内部

昭和3年に鉄筋コンクリートで建てられた洲本城の模擬天守。
模擬天守としては日本最古のものなのだとか。

…ひょっとして昭和の香りも堪能した方がいい感じ?

年季入ってる分、模擬天守の割にしっくりなじんでいるからいいのかw
ちなみに展望台ぽいのに窓が微妙で天守内からの風景はいまいちよ。

名残りを惜しんだ瞬間
洲本城本丸南面石垣

最初に上った大石垣の側面に続く本丸台南面の石垣。
実際に見る方が高さはもちろん長く奥行もあって迫力!

本でみた石垣がどうしても自分で見てみたかったから
無理して来てよかったぁ。総石垣の水軍の城…満足w

満足したら長居は無用。次は大急ぎで明石城に向かいます。


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2010.08.27 Friday 21:24 | - | - | 近畿(兵庫県) | 

姫路城に登城!

夜も明けぬうちに竹田城岡山城と強行登城をし、
おまけに寝てないもんだからお腹がすきました。
せっかく来たんだからご当地グルメも堪能しなきゃ。

憧れの神戸牛にまっしぐらだった瞬間


雑誌やテレビにもよく出る有名なチェーン店らしい。
外人にも「Kobe Beef!」と大人気の神戸牛。
あぁぁ、パフォーマンスもいいけど早く肉食べたい!!

ほぼ生でもいいです!!だった瞬間

まぁ〜だぁ〜? 肉はすごいしお腹は空いたし・・。

いざ実食!!の瞬間


・・・・・うまい!! うますぎる!!

ヒレなのにこの空前絶後の柔らかさは一体何なの?
次元の違うあまりのおいしさに、近くにお店があったら
普段の食事を節約してでも定期的に食べたい!!

13時 姫路城到着も予定どおりだった瞬間


国宝、そして世界遺産。漆喰塗りの美しい城の別名は白鷺城。
天守もナイスバディ!!ずっと現存しているなんて素晴らしすぎるよ!!
あもの好みはさておき、普通の感覚ならやっぱキングオブ城だ。

四の門より登城だった瞬間


・・お や ?

大手門からの登城を逃し思わず頭かいちゃう人w
パーキング、変なところ選んじゃったもんで・・('A`)

天守の中も堪能中だった瞬間


5層6階だったかな? 下界の眺めよし!!
梁も柱も立派!! 全部に打たれた釘隠しも見事!!
改修の際に作ったという骨組み構造の展示を見て
設計、建築ともに日本人の築城技術のすごさに感動。
CADも重機もない時代に、こんな建物作るだなんて。

カンカン照りでも薄暗かった瞬間


窓はあるけど採光前提で作られていないから
昼間でも中はこんなに薄暗い。(コンデジの感度はMAX)
単価が高く今のような明るさはとても確保出来ない
蝋燭や油の照明しかなかった時代の闇はきっと怖い。
ゆらゆら揺れる蝋燭や灯心の炎が薄暗い木目に映す影・・


ギャー―!!出たぁぁぁ!!


・・・・(((( ゚Д゚))))ガクガクブルブル


怪談話で肝が冷えるのも常にそこにあるリアリティ。
幽霊の正体見たり枯れ尾花も日常茶飯事の出来事。

はぁ・・・おっがねぇ。くわばらくわばら。

とりあえず覗いておいた瞬間


本当は鉄砲の先を突っ込んで銃眼として使う鉄砲狭間。
どんな風に見えるのか、せっかくだから首を突っ込んでみた。
当たり前だけど狭かった。万一の狙い撃ちにはもってこい。

キングオブ城!!だった瞬間


暴れん坊将軍などの時代劇で江戸城として映るのは
この姫路城の天守。他にもドラマ水戸黄門や大岡越前、
映画ではラストサムライや武蔵、大奥、隠し剣鬼の爪などの撮影が。

広い広い城内。もしあもがお侍だったとして。
上役にくだらないお使いなんか頼まれたとしたら・・・

「あも太郎、城下の屋敷まで言付けに行ってくれぬか」
「う〜ん・・・疲れちゃうのでいやでござる!!」

・・・あも切腹Σ(゚Д゚)! 腹がいくつあっても足りん!!

戦や廃城の危機、そして太平洋戦争の戦火を逃れ、
奇跡的に当時のままの姿をとどめた姫路城。
復元の城にはない言い知れぬ歴史の重みと風格がよい。
秀吉が建てたわりに絶妙な気品もあって更にグー!

間違えて橋を渡っちゃった瞬間


神戸市垂水区の橋の袂のホテルに宿泊予定だったのに、
降り口逃して思わずして明石海峡大橋を渡るはめに。

やだぁ、徳島まで行ったら登城する城が増えちゃうΣ(゚Д゚)!
淡路島でお金払って降りてUターンしなきゃならないのかしらん?

と思ったら乗り継ぎ券もらってフリーでリターン出来ましたw 
わーい得した気分!!案外、間違えてよかったわw
海峡大橋なんて通る機会、そうそうないもんね。


明日は京都を越え、琵琶湖のほとり近江八幡へ。
鬼平ロケ地で江戸時代の雰囲気を堪能するのだ!!


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2008.08.16 Saturday 20:47 | - | - | 近畿(兵庫県) | 

竹田城に登城!

[竹田城] ブログ村キーワード

朝日の昇る竹田城跡に登城すべく夜19時に気合で埼玉出発。但馬の国・・兵庫県北部って遠い!!

鼻息が荒かった瞬間


寝ないで運転し続け朝5時前到着。山門前に一番乗りよ。貸きり確定。朝日も間違いなく見れる!!
本当は雲海の季節の朝(晩秋)に来て、立雲峡から雲海に包まれる竹田城を見下ろし、
雲海消えたらダッシュで戻って竹田城に登城!というのが理想なのですが、雲海出る季節、
寝ないで来る無理が利くような休暇はないしね。まずはとにかく登城しようてことで今回。

死して屍拾うものなしだった瞬間


ルートはハイキングコースとけもの道コースがあるようです。ワタクシは迷わずけものコース。
体力はないのにハイキングコース朝の5時から90分もかけて登れないわ、同じ上るなら時短でいくわ! 
現在地からグルーッと回るのがハイキングコース、直線でショートカットしてるのが時短コース。

覚悟を決めた瞬間


ゆるく長く登るか、鋭角にギュンと登るかの違い・・直線で300m登ってけばいいってことですよw

竹田城は標高300m強の山上に築かれた山城。嘉吉(かきつ)年間(1441〜43)但馬の守護大名、
山名宗全が出石城の出城として築いたのが始まりとされています。しかし天正年間の秀吉の2度の
但馬征伐で竹田城は落城、山名氏は滅亡しました。その後、桑山重晴、続いて赤松広秀が城主となり、
現在のような豪壮な石垣積みの城郭が築かれました。現在の遺構はこの頃のものだと言われます。
赤松広秀は関ヶ原で西軍に属し敗北、その後、放火の罪を着せられ自刃し、竹田城は廃城となりました。

単なる登山だった瞬間


きっついわ〜登り角度とヤブヤブがハンパない。寝てないので一撃に体力減ってきますが、
あの風景を見るためには仕方がない。這ってでもとにかく上まで登りきるのよ!!

テンションあがってきた瞬間


ダウンしかけていたテンションが石垣見てマックスになりましたw 
休憩がてらちょいと石垣を見たら、あと一息、張り切って駆け上っていくのよ!!

しびれちゃってる瞬間


まず見たかった場所1つ目の本丸跡。ここは映画「天と地と」ロケで使われたところ。
天と地ではここが春日山城って設定で使われたの。榎さん演じる謙信の姿が思い浮かぶわ。

とどめだった瞬間


最後はなんとはしご! これを上ると千畳敷にようやく到着。体力ないけど足腰丈夫でよかったわw

間に合った瞬間


夏は夜明け前登城で日の出風景を楽しむ。冬なら雲海が辺りを取り巻いて下界が全く見えないはず。
竹田城が天空の城といわれる所以。雲海ないけど、それでも朝日に照らされた風景は幻想的です。

興味のある方、こちらで冬の竹田城の写真が見れます。但馬の風景

感無量だった瞬間


朝日に照らされる廃墟。廃墟にも陽は登る。栄枯盛衰、諸行無常、盛者必衰・・・退廃の美しさ。
廃れていく、埋もれていく何か・・・歴史ってロマンよねぇ。ワタクシ勝手にうっとりするばかり。

自己満足にひたる瞬間


見たくて来たくて仕方なかった幻想的な廃墟の城。その中に私はいる!!そう思うと感動w
寝ないで夜通し走ってきて、朝日を浴びてこの雰囲気の中にいると達成感が倍増なんです。
心と意識だけ400年前に行ってる感じ。汗とかアドレナリンとか・・ついでに下着も出てますw

寂しげだった瞬間


高速道路から見えた竹田城の風景・・石垣と城跡に生える松のシルエットはちょっと見、気付かない。
ひっそりとした佇まいが何ともいえない。忘れ去られた古城・・廃れ感にしびれますね。



竹田城は城ファンならずとも知る人ぞ知る名城(跡)。
写真マニアにも有名なスポットだけど貸切で堪能できてラッキー!!
寝てないけど早起きは何とやら・・幸先のよいスタートですw

7時、竹田城を出発。次は岡山城に登城でござる。
2008.08.14 Thursday 22:40 | - | - | 近畿(兵庫県) | 
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