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熊本城に登城!〜さらばまた会おう!

だいぶ時間も押してきたので天守を出てまっすぐ本丸御殿に向かいます。

妄想の恐れ大だった瞬間


本丸御殿は藩主の居館として清正が創建し、細川家のが花畑屋敷に
住居を移した後は、藩主が接客するための対面所として使われていた建物。
西南戦争の時、天守とともに消失し、2008年に復元された。

ここで見たいのは何と言っても清正が徳川といざ事が起きれば
秀頼を迎え入れるつもりで造ったと言われる「昭君の間」。

目が自然と吸い寄せられた瞬間


まずは大御台所(おおおんだいどころ)。イロリの間の天井は圧巻!
巨大な梁は地元熊本産の赤松で直径はなんと1メートルもあるそうだ。
すぐに天井に目が行き、うっかり囲炉裏の写真を撮り忘れたけど、
発掘調査で出土した石なども使われて復元されているのだという。

ぽつーんと展示されていた瞬間


城主の食事らしい御膳が広いイロリの間にぽつーん・・
同じ建物内で3000円だったかで本丸御膳が食べられるそうだ。
写真を見たらこの展示よりもずいぶんと豪華だったけどΣ(゚Д゚)!

広すぎだった瞬間


写真を撮っている位置は「式台之間」で、ここが本来、御殿の玄関として
使われていたそうだ。部屋は手前から「鶴之間」「梅之間」「櫻之間」「桐之間」、
そして一番奥が藩主の部屋とされる「若松之間」というらしい。
当時はそれぞれの部屋の由来になった障壁画が飾られていたのだという。

とっても御殿らしかった瞬間


内側から「広縁」「落ち縁」「濡れ縁」で構成された大広間の縁側。
全部で6メートルもの幅があり、オール檜。濡れ縁なんて厚さ9センチもあるんだって。
なんてお金のかかったセレブな縁側。誰がどう見ても「御殿」だw

写真が撮れてよかった瞬間


大広間の一番奥、「若松の間」の前まで来るとようやく「昭君の間」が見える。
ここまで来ると係りの人に「フラッシュ撮影は禁止です」と言われる。
こんなに金ぴかなんだからむしろフラッシュなんていらないと思うけどw

2年前、一般公開が始まった頃には撮影は一切禁止だったらしいから、
出遅れてきて逆に良かったわ〜チラリズムで見える格天井が気になりますw

清正の妄想再びだった瞬間


大御台所とか人がけっこういたけど、昭君の間は無人でよかったわw
廊下もそんなに広くないし、休日とかだったら写真撮る人が群がって
見るだけでもえらいことになっているんだろうな・・・と幸運を喜ぶ。

中国の前漢の時代の「王昭君」という絶世の美女の物語が描かれています。
政略結婚でモンゴルに嫁がされた悲劇の美女などと言われているけれど、
あもが興味あるのは清正が造った「昭君の間」。

鉤型の上段に違い棚や付け書院も備えたもっとも格式の高い部屋で、
金箔や漆、飾り金具が大盤振る舞いに施されてとってもきらびやか。

「昭君之間」は「将軍の間」の隠語で、秀吉の遺児、秀頼に
万一の事があった時に、迎え入れるため清正が作ったと言われている。

完成した昭君の間を清正もきっと満足気に眺めただろうと思うし、
あらためて万一の時を考え、鉄壁の決意を新たにしただろうとも思う。

夢見は悪そうだった瞬間


若松の間でチラリズムだった派手派手しいきらびやかな格天井。
装飾画を見ている分には美しいけど、ここで寝ていいよと言われたら・・・

でも真っ暗だったら金ぴかも何も見えないから関係ないか!
ろうそくの明かりでこの部屋を見るとどんな風なんだろう?

きりがないので人が来たのを潮に退散することにしましたw

地味な展示だった瞬間


「家老の間」には細川家時代に御用絵師、杉谷行直が描いた杉戸絵
「柏に鷲図」が展示されている。たぶん見事な絵なんだと思うw

復元でもフラッシュ撮影は禁止だった瞬間


こっちの杉戸絵は復元のようです。顔料くっきり風なのは
あんまり好みじゃないけど、たぶん見事な絵なんだと思うw

再登城を確信した瞬間


空港に向かう時間が迫り、名残り惜しいけどこれにて登城終了。
見れなかった部分がだいぶあるけれど、熊本城は城主になるほど憧れ。
時間を最大限有効に使って、限られた中であもにできることは全てやり、
全力で楽しんだ色んな意味でとーっても思い出深い登城になったと思う。
ブログも1つの城で7つもエントリーしてひっぱっちゃったしΣ(゚Д゚)!

半端ない遠さだけど、絶対にまた来れる、絶対また登城する!!

熊本城の余韻を引きづりつつ、また近場へせっせと登城しますw




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2010.10.19 Tuesday 22:37 | - | - | 九州(熊本県) | 

熊本城に登城!〜名前を探せ!

宇土櫓を後にして平左衛門丸の広場から、ようやく天守を仰ぎ見ます。

久々に観光さんが写った瞬間


それでも全然、少ないほうだと思う。あもが登城前チェックで見た
他の人のブログなんかの写真には人がたくさん写ってるのが多かったから。

石垣の部分が多くなる平左衛門丸から見る天守はとても重厚な面構えw
大天守の1階部分は石垣から大きく張り出した構造。長く大きな土台材を敷き、
その上に床板を支える根太と根太を支える横材が渡されているそうだ。
天守台のゆがみを補正すると同時に忍び返しの役割もしているという。

小さいけれど一丁前だった瞬間


小天守には1階と接する石垣から下に向けて鉄の串をめぐらせた忍び返しが。
外観のバランスをよくするため小天守がずれて造られているのもわかる。

飯田丸を思い出した瞬間


小天守は大天守建築後に増築されているため、石垣の積み方にも違いが・・・
時間制限のため泣く泣くあきらめた飯田丸の「二様の石垣」風思いがけずw
個人的には清正時代の勾配が緩やかな穴太積みの石垣の方が好き!

唐破風がお茶目だった瞬間


耕作櫓門跡を抜け闇り御門に向かう途中、振り返って見る大天守。
南面最上階には天守正面にはない小さな唐破風がついていて、
それが男前な顔立ちとは対照的で何となくかわいいなぁと思ったw

道は2つだった瞬間


数寄屋丸から天守のある本丸には行くには耕作櫓門の上を通るか、
この闇り御門を抜けて地下道を通り抜けなければならなかったそうだ。
地下道は闇り通路と呼ばれ、本丸御殿の地下にあたる。

明かりがなければ真っ暗だったろう瞬間


今はちょっとしたテーマパーク風にも見えるこじゃれた照明があるけれど、
明かりがなければ鼻をつままれたって分からない文字通りの闇り(くらがり)。
途中で幾重にも折れ曲がっていて、敵の侵入を困難にしていたらしいが、
そんな地下道が実は御殿への正式な入り口でもあったというから驚きだw
本丸御殿が復元された2年前は通路中にケヤキの香りが漂っていたという。

大イチョウの生命力に驚愕の瞬間


闇り通路を出て天守前広場に着くと、大きな大きなイチョウの木が目に入る。
このイチョウは「清正のお手植え」と伝えられ、熊本城の別名「銀杏城」の由来になった。
清正は亡くなる前、「このイチョウが天守と同じ高さになった時、異変が起きる」と予言。
その言葉どおり1877年(明治10年)に西南戦争が起き、イチョウも戦火で燃えてしまった。
今に見られる大イチョウは燃えた木から出た脇芽が130年かけて成長したものなのだそうだ。

これだけ大きいと銀杏が実ったらどんだけ臭いんだ・・と説明をよく読むと、
この大イチョウは雄株で実はならないとのこと。籠城の備えではなかったようですw

注文の多い観光客だった瞬間


広場の前には鎧武者がウロウロしているけど観光の人も少ないし、
せっかくだから観光化された部分も楽しんじゃおうと思い、
赤だの茶だの中から好みのカラーリングで面皰までつけた武者をチョイスw

〜ちょっとお城をバックに立ってもらえます?
〜ああ、もうちょっと後ろお願いします
〜せっかくだから何かポーズつけてもらったりなんか・・

そうと決めたら、観光さんパワー全開で行くわよw
ポーズの注文したら、そっと刀に手を添えてくれた武者さん。
もっとど派手なポーズつけてくれてもよかったんだけどw

武者さんが動くたび草摺がガチャガチャ鳴るので鎧好きとしては気になり、

〜それ本物くらいの重さなの? →15キロあるんですよ
〜どうやって着るの? →胴は片方が開くようになっていて二枚胴ではないんです
〜袴とか籠手は本物? それっぽく見えるやつ? →本物なんですよ
〜1人で着るの? →着れますけど30分かかります。脱ぐのは10分ですw
〜正直、つけて歩くのしんどい? →相当、体力使います・・・

次から次へと質問攻めに息切れしながら愛想よく教えてくれた武者さん。
曇り空の少し蒸したこの日、それでも10月の蒸し暑さでこれじゃ・・
歩いて話してるだけでこれじゃ・・当時の武将って大変だったのね。
これが当世具足じゃなくって佩楯がついた大鎧だった日にゃ・・Σ(゚Д゚)!

天守前、驚くほど人がいなかった瞬間


フォトショップで苦労せず消し去ることができそうなほどにw
ちょうど団体さんとかがいなかったみたいなのよね。

熊本城の大小天守は西南戦争の時、原因不明の火災で消失したというが、
実は政府軍の自焼が有力とされている。鉄筋コンクリートで復元された天守。
空襲や陸軍による破壊の可能性は残るとしても、もし消失していなければ
現存していたかもしれないと思うと、ただただ惜しいと思うばかり。

しかし復元とはいえ下見板張りの黒と漆喰の白いコントラストは美しい!
瓦が黒ではなく灰色なのも素敵だし、清正は美意識も高いと思う。

国宝に負けるなだった瞬間


彦根城のひこにゃんに比べ、知名度がいまいちのひごまる君。
ぱっと見、ご飯を炊く羽釜みたいでかわいらしいじゃないのΣ(゚Д゚)!
順番待ちも必要なかったので、あもは寄り添って写真を撮りましたw

雰囲気があった瞬間


小天守の入り口を入ろうとして下をのぞくと石垣に囲まれた通路があり、
雰囲気あるわ〜と眺めていると別の武者さんがすーっと寄ってきてガイド開始w

秘密の脱出口だった瞬間


通路の最低部には東竹の丸に抜ける「石門」と呼ばれる抜け穴があり、
石門を抜けた東竹の丸側にはさらに小天守北側の石段に通じる穴があるという。
現在は「石垣が膨れる?」って言ったっけなぁ・・崩落の予兆が見えるらしく
立ち入り禁止になっているけど、黒沢明の映画で使われたこともあるそうだ。

どきどきの瞬間


熊本城の一口城主になると、入城証の提示で入城料が無料になるほか、
小天守の芳名板に名前を記載してもらえる。記載場所は現地でしかわからず、
小天守の検索システムで場所を調べ、自分の名前の載った芳名板を探すのだ。

せっかくナイスガイドさんがいるのだから・・とおもむろに城主証を取り出し、
入り口で抜け穴の説明をしてくれた武者さんをそのまま拉致w
武者さん心よくシステムで名前を探し、ついでに芳名板まで案内してくれた!

あった!瞬間


わーいわーい!!ちゃんと名前が載っていたよーー!!
案内してくれた武者さん「刀で差しましょうかね」とナイスな気働きw

個人情報が心配だからモザイクだらけで見苦しいのは承知の上で
あもの登城記録であるブログには載せたくて必死の加工Σ(゚Д゚)!

城主として来たからこその楽しみまでついてきて満足すぎる登城よw

じっくり見れなかった瞬間


天守の中はさすがに人がいて、おまけに中国人らしき団体さんも
ぞろぞろ歩いているもんだから流れに乗って歩いてしまった・・。
鯱は今天守の上にあるものと同じもので、予備として造られたそうだ。
清正の絵がパネルで飾られていたけれど、朝見た銅像の方が「らしい」感じw

疲れもふっとんだ瞬間


鉄筋コンクリート造りだけど小田原城や名古屋城と違って男らしく階段オンリーΣ(゚Д゚)!
6階分階段上がるのつらいわ〜息切れしながら腿ぷるぷるしながら登ること数分・・
中国人だらけの大天守から人をかき分け眺める宇土櫓の風景にうっとり〜

清正も見たかもしれないね・・いいや、見たに違いない!!

金華山(岐阜城)で信長に、春日山城で謙信に思いを馳せたことは忘れ、
興奮するわ〜ロマンだわ〜この瞬間は完全に一人の世界で清正に妄想リンクw 

大天守からの眺めを堪能した後はガクガクしながら最後の本丸御殿へ向かいます。


寄付で建った本丸御殿編へ続く


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2010.10.17 Sunday 20:17 | - | - | 九州(熊本県) | 

熊本城に登城!〜城主として入城!

ついに日本100名城92番 熊本城に登城!!


わははーー!! 執念でまた戻ってきたわよ=3=3=3(鼻息荒っ)
雨がぽつぽつ降ってきたので、カメラの用心にビニ傘買って勇ましくΣ(゚Д゚)!
でもすぐ止んで邪魔になったのでエルメスのベルトに犠牲になってもらいますw

頬当御門からの入城になった瞬間


空港に向かうまでの3時間一本勝負。次にいつ来れるか分からないから
じっくり見れなくても須戸口門から登城して破竹の勢いで有料ゾーンを
一通り廻ろうか迷ったけれど、頬当御門から大場所狙いすることに決定。
何となく熊本城はまた来る気がしたこともあり、意地でも再登城するべく
目的を残した部分もあったり・・そうと決めたら大場所を見倒すわ!!

※人がたくさんだったので写真は朝、撮ったものを使用。

この城主証が目に入らぬか〜だった瞬間


熊本城主のあもは名前と期限の入った城主証を見せれば入城無料w
登城するあてもないのに1口1万で2年分、2万円も寄付したけれど、
一口城主になったことが熊本出張を呼びこんでくれたと思えば安いもの。
門をくぐって天守が見え100名城スタンプを押すと気分は最高潮!!
きっと目が少女漫画級にキラッキラしてたと思うわ。瞳孔開きすぎてΣ(゚Д゚)!

廻る順番はとっても大事だった瞬間


頬当御門から枡形を通りぬけると、まず数寄屋丸の二階御広間が見えてくる。
木造復元、一層二階数寄屋風の造りで連結された五階櫓、三階櫓とともに、
西方を防衛しながら二階広間は接客に用いられ茶会や能が行われたそうだ。

ここも中を見ることが出来るんだけど、時間制限がある場合は
まず優先度の高いものから片付けていくのが鉄則。先へ進むことに。

男前な宇土櫓にあもまっしぐらだった瞬間


平左衛門丸に入ると、まず目に飛び込んでくるのは
巨大な石垣の上にそびえ立つ大小の天守背面。
しかしそこは後でじっくり見るとして脇目も振らず宇土櫓へ。

・・・・・・・・あまりの嬉しさに言葉が出ません。

腰の据わったどっしりとした重厚感。直線的で反りのない雄々しい起破風。
勇ましいスタイリングなのに廻縁と高欄が備わって品が漂う風も素敵なのよ。

右にずれたり左に動いたり後ろに戻ったりしながら眺めることしばし。
中から出てきた人を見て我に返る・・あたしも早く中に行かなきゃ。

宇土城の天守じゃなかった瞬間


天守に匹敵するその規模から、クリスチャン大名小西行長の居城だった
宇土城の天守を移築したものではないかと言われていた宇土櫓。
実際は関ヶ原の後に登用した行長の家臣を住ませた町が「宇土小路」と呼ばれ、
彼らに櫓の管理をさせたことから「宇土櫓」と名づけられたのだそうだ。

話を聞くのが楽しみだった瞬間


人がいなかったので上田城に続き、係りのおじさんとまた立ち話w

出入り口には本来の造作とは別に太い木材がはめられているのは戦闘になった時、
前に気を取られている侵入者の兜頭がひっかかるようにしてあるのだとか、
石落としの幅はもし登られても入ってこれない25センチになっているのだとか・・。

管理しているおじさんに話を聞くと、本にはちょっと載っていないような
小ネタまでどんどん出てくるので得した気分。今後の心がけにしようと思うw

妄想炸裂だった瞬間


付櫓から入って外から見た石垣の傾きどおりに下る渡櫓を抜け、宇土櫓へ。

格子の外側に突上戸、内側に明り障子がついた窓と狭間が並んだ廊下は
武者走りと呼ばれ、甲冑姿の武者が楽にすれ違えるよう造られているそうだ。
大修復されたとはいえ、ほとんどの部分は築城当時の木材が使われていて、
黒光する床にも、柱についた手斧はつりの跡にも趣が感じられます。

ラッキーなことに入った時には観光客が他に誰もいなかったので、
現存だけが持つ重厚で静寂な雰囲気を堪能しまくることが出来て、
そこで「清正が歩いたかも!?」と思えば鼻血が出そうなくらいw

習慣になっていた瞬間


窓があったらのぞけw この格子が築城時のものかは分からないけど、
縦格子の武者窓とはまた違った雰囲気。とりあえず近くによって見てみる。

かなりの範囲が丸見えだった瞬間


加藤神社がある側の石垣は上から見ても迫力満点!!
いつものことだけど実際は写真で見る以上にもっと深いの。
視野の広い格子窓で敵は丸見え、狭間でターゲットロックオン。
侵入なんか考える方がおかしい防御力の高すぎる造りなのだw

修復された部分がわかった瞬間


1階の奥には主室があり、居住空間を持つ櫓だったそうだ。
黒光りする床をよく見ると、廊下の隅や部屋の中央など所々
色の違う部分があって修復された部分がはっきりわかる。

きょろきょろしすぎだった瞬間


進みながらきょろきょろ。立ち止まってはきょろきょろ。
防御のことを考えたお約束の急勾配な階段だわ〜とか、
色や質感がよく見えないけどあの梁は修復されたものかな〜とか
何か見る都度、少しずつの時間だけどいちいち色んなことを考えるので
時間制限かかっているのに歩みがめっちゃ遅いw 

でもいいの。

そういう時間を大切にしたくて、竹の丸や飯田丸をあきらめたんだから。

なぜにパイロン?だった瞬間


宇土櫓の4階から最上階へ上がる最後の階段。
四面武者走りに囲まれている感じの階なんだけど、
なぜかカーペット敷きでおまけに意味不明なパイロンまでΣ(゚Д゚)!

宇土櫓なぅだった瞬間


四方の窓が開け放たれて見晴らしのいい宇土櫓最上階。
まず西出丸側を向いて頬当御門や大手門方面を眺める。
茶臼山50メートル+石垣20メートル+宇土櫓の高さで相当遠くまで丸見え!

ああ・・明日のお城まつりとか、普段の土日って人すごいんだろうな。

宇土櫓に登り、変なところに感無量w

お約束だった瞬間


最上階への階段を登ってすぐ横の窓が大小天守のナイスビューポイント。
宇土櫓のある平左衛門丸の広場からだと天守と石垣がでかすぎて
よくよくポイントを探さないと綺麗に全部入らなそうな感じだけど、
ここなら上から下までよく見える!! 復元天守内部は現代建築。
遠目で連結式天守の全貌を眺めている方がいっそ魅力的だわw

とか思いつつ、天守には城主であるあもの名前が掲げられている。
宇土櫓を堪能しつくしたので次は名前を探しに天守に向かいます。

天守編へ続く


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2010.10.15 Friday 21:20 | - | - | 九州(熊本県) | 

熊本城に登城!〜宇土櫓と石垣を堪能!

西出丸中央から焦点を合わせないよう加藤神社方面に向かい、
もったいつけてもったいつけた挙句ついに、宇土櫓解禁!!

言葉にならなかった瞬間


|д゚) ・・・・・ジーーーッ

来れるかどうかも分からないのに城主になるほど憧れ続けた熊本城。
その憧れの大きな部分を占めるのがこの宇土櫓。しかも斜め45度の角度w

三層五階(地下一階)。天守に匹敵するほどの規模から「三の天守」とも呼ばれ、
石垣の傾斜に沿って建てられた続櫓と二階櫓が接続されている唯一の現存櫓。
以前は国宝だった宇土櫓は昭和の大改修でシロアリの被害からほとんどの部分を
補修したため現在は重要文化財になっている。しかし広角レンズ欲しいわ・・

高石垣に唖然の瞬間


宇土櫓は平左衛門丸にあり、この曲輪を取り巻く石垣の高さは20メートル強Σ(゚Д゚)!
攻め手だったら見ただけで戦意喪失。矢とか鉄砲がビシビシ飛んでくる中、
こんなところ降りて渡って、武者返しの石垣を登る気になんてとてもなれない。
西出丸で100日持つなら、ここはその倍は軽く持ちそうな感じよ。

あもが熊本城に来ていた日、BS朝日で「日本の城ミステリー紀行」という番組が始まった。
第1回目はなんと熊本城! 録画予約しておき帰ってすぐ見ると石垣補修の石工職人が
当時のやり方で石を割るところをやっていた。矢を打ちこみ上から力いっぱい叩く。
ひとつ割るのも容易じゃない。宇土櫓の高石垣のみならずメガ石垣を目にするたび、
「どんだけ人手と根気いるんだ」と何度も思ったけれど、帰宅後、番組を見て
熊本城の石垣のすごさを改めて実感。その労力あっての凄まじい威圧感なのだと。

入城はまだ出来ないので、しばらく言葉もなく眺めて次は東竹の丸へ。

圧倒されっぱなしだった瞬間


北大手門跡を出て棒庵坂を下り、東竹の丸の外側を回ると、
さっそくメガ石垣と井戸が見えてきました。

清正は慶長の役の蔚山(ウルサン)城で明軍30万に囲まれ水を絶たれ、
兵糧攻めにあった苦しい経験から熊本城を築城する際、140の井戸を掘り、
壁にはかんぴょうを、畳には里芋茎を入れ、籠城にも備えたという。

当時の熊本城は今見る部分よりもっとずっとずっと広く、
付近を流れる川なども利用して町全体が防御されていたというから、
加えてメガ石垣に籠城体制も万全となれば難攻不落もとっても納得!!

危うく仕事のことを忘れかけた瞬間


裾からたどって見上げた先に感じる扇の勾配にうっとりw
石垣ってなんでこんなに惹きつけるものがあるんだろう。
栄華も滅亡も歴史を見てきたのは石垣だけじゃないのにね。

備えは厳重だった瞬間


平櫓は入城時間前で入れなかった不開門から侵入しようとする
敵への備えとして寛永年間(1624〜44年)に建てられた櫓で、
今見えているのは1869年に再建されたものだという。

不開門は城の鬼門にあたるため塞いでも開けておいてもよろしくなく、
門だけ作っておき、死者や不浄なものを出す時だけ利用されたそうだ。
熊本城で唯一現存する櫓門なんだとか・・中に入れなくて残念。

夢中で見て回った瞬間


この一角はメガ石垣のオンパレード。これでもかと迫力の石垣が続く。
大がかりな石垣越しに見る大天守。足を進めて違う石垣が見えるたび、
感慨にふけり、妄想を始め、思いを馳せるから時間がかかるったらw

時間が迫っていた瞬間


のんびりしてたらタクシーの戻りを入れて、あと30分強しかないじゃない!!
北十八間櫓と五間櫓のところまで来て東竹の丸のやっと半分Σ(゚Д゚)!

国の重要文化財に指定されている十三棟の櫓・門・土塀のうち、
十棟が集中している東竹の丸。この北十八間櫓や五間櫓も現存の重文。
ここも建造物に比べてアンバランスなほどの迫力ある石垣が素晴らしい!

角を曲がってまた立ち止まる瞬間


時間おしてんだから本当は巻きで行かなきゃいかんのよ・・。
でも北十八間櫓の角を曲がったら東十八間櫓も見えてきちゃったからw

熊本城が築城された頃には櫓49、櫓門18、城門29がそびえていたというが、
明治10年(1877)西南戦争勃発直前の火災により、大半が焼失している。
天守を含め政府軍が自焼したというけど・・・とんでもねぇなヽ(`Д´)ノ

とんでもない高さだった瞬間


時間がなくなってきたので源之進櫓から田子櫓の部分は見るのを断念。
熊本大神宮のところで車道のある通りに降り、名残りおしく振り返る・・・
あらやだ。道路から見るとさらに高い!!曲輪内は地面と同じ高さでも、
石垣側なんて断崖絶壁みたいじゃない。心理的にも攻めにくい効果十分!

いきなり須戸口門だった瞬間


えーんえーん・・残りの櫓見れなかったよぅ。
時間ない上、バス待ちの学生とか出てくる時間帯になって混雑。
のんきにカメラ構えてる時間も場所もなくチラ見だけして須戸口門へ。

午後、仕事が終わった時間次第で登城する入り口を変えるつもりのあも。
時間がなければメインコース中心に頬当御門から潔く大場所狙いで登城。
時間がたくさんあれば須戸口門から登城して有料ゾーン駆け足制覇w

意地でも見て帰った瞬間


ここまで来て長堀沿いを見て歩かずに帰れますか!!
昨日ライトアップを見に来てちらっと見た須戸口門の平御櫓前から歩いて、
今朝スタートした馬具櫓のある下馬門跡まで行きもう1度、清正公を見て帰ることに。

全長240メートルの長塀は現存する城郭の塀としては日本一長い。
平成3年に台風で140メートルにわたって倒壊し修築されたそうだ。
修復を重ねるうち失われてしまったらしいが、当時は多くの狭間があり、
目の前を流れる坪井川方面に狙いを定めていたという。
白い漆喰と下見板の黒がくっきり!日本人のセンスって素敵だね。

タイムリミットだった瞬間


長塀を振り返って最後に清正公を見てタクシーに飛び乗り、大急ぎでホテルに戻る。

時間があったら市役所14階?のロビーにも行きたいわぁ。
午後、どんくらい時間あるのかしら・・・時間あるなし2パターン、
仕事が終わるまでに念入りにシュミレーションしなくっちゃΣ(゚Д゚)!

タクシーの運転手さんに清正自慢を聞かせてもらいながら
来るべく午後の短期決戦に備え、着々と戦略を練るあもなのであったw

午後の登城へ続く


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2010.10.14 Thursday 21:06 | - | - | 九州(熊本県) | 

熊本城に登城!〜The熊本城を見よ!

るんるんでスキップしながら二の丸へやってきました。

早くもアドレナリン全開だった瞬間


きゃーー見えちゃった!! The 熊本城パート1の風景が!!
まだ「あれ」を正面から見てないのにアドレナリン大放出Σ(゚Д゚)!
まずは冗談みたいにどでかい空堀の規模を横から眺めて実感。

The 熊本城パート1の風景コンプリートの瞬間


堀の向こうに宇土櫓、小天守、大天守と3つ並んで見える熊本城。
昨日の着陸でおかしくなった耳はまだ聞こえづらい変な感じだけど、
そんな不快感も吹っ飛ぶほど、あもにとっては念願だった嬉しい風景。

朝早く起きてよかった・・嬉しさで血が逆流するような感覚w

積み直しでも復元でもなんでもよかった瞬間


西大手門から延びる長塀は平成16年に復元された。
狭間や石落としが並んで復元でもずいぶんと雰囲気がある。
長塀の建つ石垣は長さ165メートル。明治時代に撤去されたものを
昭和45年から4年かけて積み直したもので、そこに建つ二層三階の
戌亥櫓も木造で復元されている。これがあるとないとじゃ・・・
空堀なんかはそのままだからしっくり馴染んで素敵すぎるわ。

危なかった瞬間


二の丸から北大手門跡の道には「お城まつり」ののぼり旗が。
もし今日、熊本に来て仕事をし、泊まった翌日の土曜の休みを使えば
熊本城が見れる的な日程だったら、時間はあっても厳しかったわね・・。
熊本城、ただでさえ近頃は首里城も抜いて登城者数No1の大人気だし。

難攻不落の一端を担っていた瞬間


北大手門跡から入ると西出丸。南大手門で入らず取っておいたところ。
清正が「西から攻撃されてもここだけで百日は持ちこたえられる」と
豪語したという屈強な曲輪。あのメガ空堀にあの石垣に囲まれてりゃねw
石垣の裏に積みなおした部分も含め、等間隔に武者走りも。

西出丸は米蔵や御銀所など藩の役所が集中している場所だったそうだ。
蝋の原料となるハゼの実を管理する櫨方(はぜかた)の役所もここにあり、
さっき備前堀の手前で見た「はぜ方門」は、当時の櫨方役所の入り口にあった
長屋門が移築されたものなのだという。(加藤神社がある場所が櫨方だった)

清正にお参りの瞬間


その名の通り、熊本のスーパースター清正を主祭神としている加藤神社。
県内にはこの他にも清正が祀られた神社が36ほどもあり、
なんとハワイや韓国にも分霊社があるんだとか・・ワールドワイドなカリスマねw
清正関連のものがいくつかあるというのでお参りがてら見学することに。

あんまりピンと来なかった瞬間


左は太鼓橋と大手水鉢。太鼓橋は清正が文禄の役の記念品として持ち帰ったもので、
大手水鉢は熊本三手水鉢と言われ、清正公の重臣大木氏の屋敷で使われていたという。
右は清正公の旗立石で文禄の役の記念品として肥前名護屋城より移したものだそうだ。

ふうん・・・で、熊本三手水鉢っていったい何? 

あんまりイケてなかった瞬間


加藤神社の中に「熊本城近望の名所」という看板の立った場所がある。
宇土櫓を見ぬふりをして後の楽しみに取ってあるあもにとってはチラリズムw
隣の宇土櫓から続く石垣と天守が見えるナイススポットではあるのだけれど・・

神社から生えてる木の枝がめっちゃ邪魔なんすけど(´Д`)

ちなみに天守方面は木の枝がもっとかぶってお話にならず残念。
これ以上いると楽しみに取ってある宇土櫓の全貌が丸見えてしまうので、
なるべく下の方を見ないようにチラリズムにとどめ、先に進むことに。

じらしプレイ徹底だった瞬間


自分を焦らすって・・SなのかMなのかはっきりしない人ねΣ(゚Д゚)!

断固、宇土櫓は見ないように加藤神社を出て正面の戌亥櫓へ。
二の丸を歩いた時は巨大な空堀越しに見えたけど今度は内側から拝見。
新しいから遠目で見る方が雰囲気あるけど控柱なんかもちゃんとあるのね。

宇土櫓さらに遠ざかった瞬間


戌亥櫓から長塀沿いにあるいて通りぬけていない大手門方面へ。
北大手門は西出丸に入ってくる時通った枡形が残っているだけだけど、
西大手門と南大手門は復元され2つ並んで堂々とした佇まい。

一応、中からも・・だった瞬間


さっきは入らず、南坂から見て通らなかった南大手門。
くぐると外に出て振り出しに戻っちゃうから見るだけでw

端を通るのが慣習だった瞬間


二の丸に続く西大手門も木造で復元されたもの。
細川初代藩主・忠利が熊本に入った時、この門前で駕籠を降り、
謹んで肥後54万石を拝領仕りますと述べ、深く頭を下げると、
かぶっていた冠の先が敷居の中央に当たったので、登城する藩士は
以降、門の橋を通るようにしていたのだという。微妙にめんどいねw

The 熊本城パート2だった瞬間


今度は二の丸からと違って長塀のない西出丸内からのダイレクトバージョンw
買って作ろうか迷っている熊本城プラモデルが色濃く頭に浮かんでくるわ〜
上手に作って部屋に置いたら、今日の感動がきっと永遠に残るよ。

早起きは三文の得どころかプライスレスだった瞬間


結果、午後には時間が出来て熊本城登城はかなったのだけれど、
もし朝来ていなければ「The 熊本城」はこんな感じでしたのよ・・ヽ(`Д´)ノキー!

城に行くとブルーシートやパイロンなど1つ2つはがっかりポイントがあるもんだけど、
誰もが絶対写真撮る位置に置かなくてもいいもの置く無神経はやめて!!

天気はいまいちだけど降るか降らないかと言われながら頑張ってるし、
早起きしたおかげで人はまったくいないし、がっかりポイントもないし、
ここでようやくチラリズムのみで粘った宇土櫓を拝みに行くことにしますw

宇土櫓を堪能編はこちらから



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2010.10.13 Wednesday 20:49 | - | - | 九州(熊本県) | 

熊本城に登城!〜清正を目指せ!

熊本に来る朝は4時起き、昨日は結局、午前様で2時就寝・・つらい!
しかし2日目の朝、予定通り5時起床。日の出を待って熊本城に向かうw

ホテルのフロントがまだやっていなかったので通りに出て自分でタクシーを探し、
「清正公の銅像のところまでお願いします!!」と伝え、待つこと10分。

やっと会えた瞬間


キタ━━━━ (*゚∀) (∀゚*)━━━━━━!!!!!!!!!!!!

熊本城と同じくらい見たかった清正の銅像にやっとお目見えできたわ。
戦国武将では加藤清正が一番好き。熊本城はお城としての魅力もあるし、
加藤清正が築いたこともあるから、好きが高じて一口城主になった。

じりじり迫った瞬間


朝早すぎて誰もいないから、じっくり見つめられるわねw
ああ、もう本当にかっこいい!! 1枚撮っては実物を見てうっとり。
あものイメージする清正はこの銅像がぴったりなのよ!! ときめくわ〜

さらに吸い寄せられた瞬間


何、このかっこよさ。ななめ45度も様になるわ〜言葉がないわ〜

清正は父親を早くに亡くし、9歳で秀吉の小姓になった。
賤ヶ岳の戦いで「七本槍」の1人に数えられ、以降、数々の武功を立てると、
天正16年、肥後北半国19万5000石の領主となって領地経営に力を注ぐ。
文禄・慶長の役では朝鮮に渡って主力部隊として7年間戦い続け、
関ヶ原の後、54万石の大大名となって熊本城を築城した。

勇猛で戦上手な武将であると同時に、政治手腕も築城技術もあった清正。
仁智勇を兼ね備えた感じ、あもは三国志の関羽のイメージを持っている。

地元の人に今もとても愛されているようで、タクシーの運転手さんはじめ、
熊本であった誰に聞いても次から次へと清正自慢を話してくれるw

つい先日行った上田や松代では真田自慢を直接、聞く機会はなかったけど、
真田愛にしろ清正愛にしろ、「おらが殿様」に対する地元の人の愛着って
すごいなと思うし、誇りを持って語れる城主の存在があることも羨ましい。

軽くストーカーだった瞬間


後ろ姿ももれなく撮っちゃうわよ!! ああ・・膝の上に座りたいw

清正と言えば長烏帽子形の変わり兜。70センチくらいあったとか。
兜は黒漆が塗られた上に銀箔が押され、両側面には朱で日輪。
清正は大柄だったというから、戦場でひときわ目立っただろうね。

穴が開くほど見つめた瞬間


アップでガン見・・別にリアル清正ってわけじゃないんだけどw
思慮深そうな、そして大音声が出そうな迫力のあるお顔のつくり。
銅像を作った人のセンスに感謝せずにはいられないわ!!

早くもがっかりポイントに遭遇の瞬間


清正公をたっぷり堪能した後はお城の周りを見て回ることに。
朝食に戻る8時半までの正味2時間、かつてないほど有効に使うのだ!!

清正公のすぐ後ろの川向こうに見える下馬橋跡には「熊本城」の城址碑がある。
こっちからだと大きく見えないし、近くに行くと向きが悪くて撮れない。
ズームレンズやっぱ必要〜全景で撮るとブルーシートばっかり目立ちます。。

登城宣言はあえてしなかった瞬間


印刷して持ってきていた地図を案内図を手にまずは二の丸を目指します。
行幸坂を上って竹の丸西側の入り口にあたるはぜ方門へ。

移築の長屋門であるはぜ方門は、もとは加藤神社の鳥居の位置にあったとか。

時刻は6時半。お城の中には入れないからまだ登城宣言はしないw

早くも興奮気味だった瞬間


はぜ方門の前から高石垣の上に復元の飯田丸五重櫓が見えた!
あもが立っている竹の丸との高低差は25メートルとかΣ(゚Д゚)!
これからこんな高石垣がいやってほど見られるのよ!!!!!

世界の黒沢ワールドだった瞬間


高石垣に櫓、そして堀・・・これだけで絵になるわ〜

熊本城で唯一の水堀である備前堀。あとはすべて空堀なのだそうだ。

この備前堀では黒沢明の「乱」だか「影武者」だかでロケが行われたという。
黒沢に傾倒した若き日のスピルバーグがアシスタントで参加していたと聞いている。
あもは「影武者」だけ見たことがあるけれど、だいぶ昔の10代の頃で、
あらすじと黒沢映画って難しいと思ったことしか覚えていない。
ずいぶん大人になったから、またちゃんと見てみようかななどと思う。

時短モードだった瞬間


備前堀に沿って歩いていくと西出丸の入り口南大手門が見えてきます。
この坂道は南坂と呼ばれ、藩士が左手の石垣上の奉行丸へ向かう道だったとか。

地図によると西出丸の中は有料ゾーンではないので早朝から観光OK!
仕事の後に登城できた場合も、時間がどれくらいある読めないから、
見ておけるところは今のうちに。仕事以上に効率考えてるわw

最大規模だった瞬間


櫓門形式の南大手門は平成14年に復元されたもので、
熊本城に3つある大手門のうち最大規模を誇るという。

門の目の前まで来たけれどここから西出丸に入っちゃうと
あもの計画では非効率だから中を見たい気持ちを押さえつつリターンw

まずは二の丸だった瞬間


何はともあれ、まずは二の丸駐車場を目指して進みます。

清正像〜竹の丸〜南大手門〜二の丸〜西出丸〜東竹の丸〜竹の丸

あもは朝食までの2時間でこのルートで見れるところは見ておきたいの。

二の丸駐車場の手前で奉行丸に建つ未申櫓が間近に見えた。
飯田丸五重櫓の高石垣は遠目だったから下の方がよく見えなかった。
だから石垣を丸ごと間近で見るのは着いてからこれが初めて。
本当に裾の角度が緩やかなのね〜これだけでも迫力があるわ〜

この先に進むと、いよいよ「The 熊本城 パート1」が見える二の丸!!
寝不足の上、起きてすぐ血糖値低いけどスキップしながら二の丸に行きますw



熊本城パート3に続く

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2010.10.12 Tuesday 21:47 | - | - | 九州(熊本県) | 

熊本城に登城!〜ライトアップ残念!

つ・い・に!! 熊本上陸!!

埼玉から岡山までも車で行く飛行機嫌いのこのわたくしが
熊本(城)に行きたい一心で人生初の飛行機搭乗を決意Σ(゚Д゚)!

1泊2日の出張のどさくさで何が何でも登城するのだ=3=3=3(鼻息超〜荒っ)

しかし、鼓膜を破いたことがあり、耳抜きのできないあもにとって
着陸時の気圧の変化は地獄の苦しみ・・耳からなんか出ちゃいそうな痛さ。
空港に降り立っても膜がかかったような感じが消えず軽い難聴状態・・・。

なぜか阿蘇山を見ていた瞬間


空港まで迎えに来てくれた仕事関係の人が「どうしても見せたい」と
市内に向かう途中、阿蘇山の見えるスポットに寄り道してくれた。

どうしても見たいのは熊本城なんだよなぁ・・

と思いながらも雄大な阿蘇山を見せてくれた郷土愛に感謝!!

なぜか馬刺しを食べていた瞬間


空港まで迎えに来てくれた仕事関係の人が「どうしても食べさせたい」と
熊本名物馬刺しで有名な「菅乃屋」さんにも連れていってくれた。

もともと生肉はあんまり得意じゃない。そして馬刺しを食べるのは初体験。

恐る恐る一口・・・何これ 超うまいーーー!!
やわらかくて癖も匂いもなくてすごい食べやすいのね。
コラーゲンと言われても「たてがみ」はちょっと苦手だったけどw

鉄板炒めと辛子れんこんも初体験の瞬間


馬肉って焼いて火を通しても全然、固くならないのね!
辛子れんこんも初体験。和辛子はおでんにべったり塗るほど好き。
すっごいおいしいってものじゃないけど辛さと歯触りが癖になる味w

激うまだった瞬間


夕食は半分接待のような感じもあり、中華のコースをいただく。
コース料理とは別に、これまた地元の方が熊本のご当地名物だからと
わざわざ太平燕(たいぴーえん)も注文してくれた。
最後の最後に?と思ったけれど、あっさりした春雨スープで超うまい!!
コースよりむしろおいしかったくらいw お土産で買って帰ることに。

ライトアップに大興奮の瞬間


飲み屋さんに移動するどさくさに紛れ、ライトアップ熊本城を見に行くことに。
タクシーの運転手さんににライトアップ熊本城が見たいと伝え最適なところに降ろしてもらい、
スーツ姿でバッグに忍ばせていたカメラを持ってウロウロ・・近すぎてライトアップ天守が見えない。
備前堀の方に廻るともう少し間近にナイスライトアップが見れるようだけど、
知らないところで地図だけ頼りに夜道を歩くのはちょっと怖い。
熊本城は平山城だし本丸はずいぶん上の方なのね。公園の中は一人で入らない方が
いいとも言われたので、須戸口門から続く長塀の一部ライトアップを見て離れてみることに。

通町筋駅に仁王立ちだった瞬間


熊本城ライトアップが見えるところまで後ろを見ながら怪しく移動w
通町筋駅のあたりまで来ると正面に浮かび上がる熊本城の姿が!!
しかし歩道からだと派手派手しい看板が邪魔で見えづらい。

路面電車の通る町なんて慣れてないからおどおどしながら道路を渡り、
通町筋駅のホーム?の先頭に仁王立ち。電車を待つ人の視線を感じつつ、
まずはライトアップ熊本城をうっとりと眺める・・・遠いわぁ〜(笑)

そしておもむろにカメラを取り出し、液晶を確認しながら何度も撮影。
夜景モードにしてセルフタイマーにして撮っても手持ちだとなかなかうまく写らない。
こんなことなら恥ずかしくてもミニ三脚持って来て撮ればよかったわ。

しかもズームするとさらにボケるから大きくも撮れず・・・ズームレンズ欲しー!!

再びうろうろした瞬間


車が来ない隙を見計らって車道にはみ出し再トライ。
熊本城・・・埼玉からも遠いけど、足元まで来てもまだ遠いわ〜
明日もうかうかしてると行けなくなりそう・・あも的にも難攻不落Σ(゚Д゚)!

心の中に焼き付けた瞬間


写真にはきれいに撮れなかったけど、普段の城めぐりじゃ見る機会のないお城の、
しかもラブ熊本城のライトアップはちゃんとこの目で見られたんだからよしとしよう!!

鼻にんじん風に熊本城を間近に感じ、じらしプレイはもう我慢の限界!!
明日は5時に起きて朝食前まで、外からだけでも見ておく保険をかけることに。

午前様になりませんように・・心の中で祈りつつ接待に戻ります。

※ちなみにこの時間になっても難聴いまだ治らず(´Д`)


明日は早起きして仕事の前に登城を敢行>清正の銅像に絶対いきます!!


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2010.10.11 Monday 12:07 | - | - | 九州(熊本県) | 
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