<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES

出雲大社と須佐神社

島根最終日は須佐神社と出雲大社に行きました。

パワーがいただけたか微妙だった瞬間


パワースポットとして有名な須佐神社。せっかく嫌いな飛行機乗って島根まで来たのだから
最強神のいるところでパワーをもらっていこうじゃないか!と行ってきました。

パワーを探していた瞬間


須佐之男命自ら湖を み、この地を清めたという「塩の井」といわれ、
これは「須佐の七不思議」のうちのひとつになるそうです。
他の6つがよく分からないのが微妙なんですが・・・(´Д`)

お参りに行きます


せっかくですから何かしらご利益をいただけるようにお参りに参ります。
朝早いのに観光さんなんでしょうか・・・人が何気にいるのにびっくりです。

神様が住んでそうだった瞬間


島根県の重要文化財に指定されている御本殿。屋根は切妻栩葺(きりつまとちぶき)で妻の方に入口がある。
出雲大社と共に典型的な大社造りの建造物で島根県重要文化財として指定されている〜と説明されてます。

パワーをくれ!だった瞬間


五十三代淳和天皇の天長年間(西暦824〜833)に、現社地に遷されたと伝うから、
樹齢は約千二百年を算えることになろう・・なんだそうです。生命力は感じますなw

空気感は違った瞬間


周囲二十余尺(七米余)樹高百尺(三十米余)木肌の一つ一つに千数百年の世の盛衰栄枯の歴史を秘め黙して語らず。

最強パワースポットだった瞬間


出雲大社に到着。車停めるところ探すのが大変でした。ものすっごい人でびっくり!!
やっぱ全国に神様いない時期に神様集まるだけのことはありますなw

人によるらしかった瞬間


人がいない時を狙って・・とか言ったら早朝しかなさそうなので記念に撮っておきました。
もっとピリっとした雰囲気があるのかと・・私的な感覚でですけど思っていましたら、
案外、普通の観光地で拍子抜け。やっぱパワーの方向も自分との相性があるんでしょうね。
全国区の有名なパワースポットじゃなくても、ワタクシ見て救われたと思う滝とかありましたし。

神話のあのシーン再現の瞬間


大国主大神(おおくにぬしのみこと)と兎の像。いなばの白兎ってやつですね。
小学生の頃、「日本の神話」で読みましたわさ。小学生の頃から何なんだろう〜と思いながらw

神話の世界を目の当たり!な瞬間


大国主大神は須佐之男命の子孫、多くの兄弟の末っ子として出雲に生まれました。
この像が何を表現しているのか、神話に疎いワタクシにはあまりよく分からないのですが、
因幡の白兎の話は知っています。日本の神話の中にはおっかない凶暴な神様も多々おりますが、
大国主大神は優しい方の神様ですね。ゲームのOROCHIで素戔嗚見ているせいか、
その息子というのがどうもピンとこないのですが・・すいません罰あたりでw

ついにこの目で!の瞬間


社殿に到着しました・・が残念ながら修復工事中。
テレビの旅番組などで何度も見たこの光景。工事中でもちょっと「来れたぜ」感があふれますw

残念だった瞬間


たまたま来ようと思ったタイミングで工事やってるとブルーですね。お城もそうなんですけど。
でも神様がいるところのあの屋根。荘厳な雰囲気が感じられて日本はいい国だと思いました。

気持ち悪かった瞬間


おみくじがまかれている木・・ワタクシはおみくじひかなかったんですが見てびっくり!
はえてるでしょ。おみくじが幹に生えているでしょ。何だか気持ち悪いわ〜と思いましたw

神楽殿迫力の瞬間


ザ・出雲大社な風景。しめ縄半端ないですね。みんなものすっごい真剣に祈っていました。
私は祈るよりもド迫力の重厚感ある迫りくるような建物に圧倒されておりました。
ずーっと昔から心のよりどころにされてきたところ。私ボーっとして何してんだろう。

出雲大社の後、世界の歴史的灯台百選にも選ばれた出雲日御碕灯台にも行きました。

この旅に行ったのは8月のこと。年も明けて記憶があいまいになってしまいました・・・

飛行機の良さは帰りの一杯だった瞬間


大嫌いな飛行機の旅路。よいことと言えば運転気にせず飲めること。
空港での待ち時間、生で乾杯!もうこういう旅は最後になるでしょう。


8月の登城がこんな時期のエントリーになりました。
実は8月、島根から帰った翌日、福井に出陣していました。
年も明けたのになんですが、次に進めないので次回から福井編をお送りしますΣ(゚ロ゚;)


年明けて寒い日が続いていますが、春を待ってまたガンガン登城したいと思いますw
頻繁な更新じゃないのにいつも見ていただいてありがとうございます☆
基本おひとり様登城、今年も頑張っていくのでどうぞよろしくおつきあいください。


*****ランキング参加中〜ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村


歴史ブログランキング
2013.01.25 Friday 21:29 | - | - | 中国(島根県) | 

世界遺産 石見銀山

[世界遺産石見銀山遺跡] ブログ村キーワード

せっかく島根まで来たのだから世界遺産も見ておこうと石見銀山にやってきました。
事前下調べの段階から「何あんの?」という感じでワタクシ的な興味のツボに入らなかったんだけど
相棒が「世界遺産だから見なきゃ!」と言うので、まぁそれもそうかと来てみたものの・・・

レンタカーを飛ばして松江市内から石見銀山周辺に到着。そして駐車場に入るまで大渋滞Σ(゚Д゚)!
石見銀山はエリア全部が保護区のようになっているので車が入れるところが決まっているため
車で来た場合、石見銀山世界遺産センター周辺の駐車場に車を停めて、そっからエリアに向かう
バス・タクシー・レンタルチャリもしくは徒歩で炎天下のエリアを回らなければなりません。

小一時間ばかり待ってようやく駐車場の最果てのようなところに停められ世界遺産センターへ。

早くも心が折れそうだった瞬間


写真は人がいない隙を狙って撮っているから大して人影ありませんが実際はすんごい人!! 
ワタクシ的には大した興味を感じられない観光地なのですが、どんな人気観光スポットだと思うくらい。
こっからエリアに向かわないと観光できないのですが、巡回バスを待つ人は多数・・・。
時は金なり・・ということでタクシーに乗って観光の始点となるエリア内の観光案内所に向かいます。

さらに心が折れそうだった瞬間


この観光案内所がエリアの真ん中あたりにある感じで、ここを始点に銀を掘った鉱山跡方面と
景観が守られた町並みゾーンに向かう感じになるようです。石見銀山というからにはメインはやっぱ
銀を掘った跡の見られる間歩(まぶ)になります。が、ここまでの距離が半端ない!!
真夏の昼過ぎ、炎天下の中を2キロ近く延々登る感じになるんで、小さな子供がいる親子連れとか、
熟年夫婦とか年寄グループがあっちこっちで「どうする?」ってためらいオーラを発動w
暑いの嫌いな相棒と歩くのがとにかくイヤなワタクシ達も熟年とか子連れじゃないけどしばし熟考。
ここでの観光はレンタサイクルが基本なんだけど何しろ人が多いから自転車も借りられない始末。

でも行かないと何しに石見銀山来たんだ? 駐車場待ってまで入ったのにどうすんだ?
ということになるので1台だけ止まっていたベロタクシーなるものに乗っていくことにしました。

ベロタクシー


こんなやつ。ワタクシ、猛烈にテンション低かったので写真を撮るのを失念しておりまして・・
石見銀山ホームページの写真を拝借してきました。ようするに電動自転車に人載せる台をつけたやつ。もちろん人力。
お兄さんが本来は自分で歩かなきゃいけない2キロの登り坂を必死にこいでくれるわけ。
その代りお値段も目玉が飛び出るくらい高い!!1万5千円くらい? 往復でかかったんじゃないかしら?

琴線にまったく触れなかった瞬間


とりあえずこのマップの上の方にある龍源寺間歩と言うところに向かいます。
銀を掘った跡の坑道の中を歩ける・・ただそれだけ。それだけのために行くしかないのです。

たぶん心ここにあらずだった瞬間


車は一切入れないエリア。のどかすぎる風景が続きます。ベロタクシーのお兄さんが感じのいい人で
息切れしながら自転車こぎつつ、でも愛想よく色々観光案内をしてくれます。でもあんま覚えてないという・・

乗り心地は悪かった瞬間


ベロタクシー・・正直、暑くてもパキパキさっさか歩けるなら歩いた方が早いんです。
人間二人と載せる台の重さが半端ないから途中、自転車のチェーンも外れたりするし。
何気に嫌だったのが歩いている人の向ける視線の微妙さ。落ち着かない感じが続きます。

やっとのことで到着の瞬間


自転車をこぐお兄さんが「人間、こんなに汗かいても平気なのか」と思うほどになった頃、
間歩の入り口に到着しました。お兄さんはここで帰りを待っていてくれるらしいです。

石見銀山遺跡は環境に配慮し、自然と共生した鉱山運営を行っていたことが特に評価され、
2007年7月に「石見銀山遺跡とその文化的景観」として、国内では14件目、鉱山遺跡としては
アジアで初めての世界遺産に登録されたそうです。1526年に九州博多の豪商神屋寿禎(かみやじゅてい)によって
発見されて以来、1923年の休山まで約400年にわたって採掘されてきた日本を代表する鉱山遺跡なんだとか。

涼しさに期待の瞬間


龍源寺間歩の入り口。前に立つだけで中からひんやりと冷気が漂ってきます。

恐るべしだった瞬間


当時は真っ暗だったと思われる坑道の中。人が立てるくらいの高さがあります。
400年以上前の道具でしかも人力。こんな坑道が石見銀山にはたくさんあるようなのですが
蝋燭か何かの薄暗い明かりを頼りにこんな坑道どうやって掘ったんですかね・・・
岩の削り後が妙に生々しい感じです。少し進むと横や縦にも穴が開いている場所がありました。

覚悟を決める瞬間


しかし涼しくて極楽だわ〜似たよな坑道内を見て回り、ここを登って出口のようです。
また暑い外気の中に出るのかと思うとうんざりしますが、その昔、坑道を掘っていた人は
外に出る瞬間をとても楽しみにしていたんじゃないかしら〜なんて思ったりもしました。

呆れるばかりだった瞬間


出口からすぐのところにもこんな穴が開いていたりして、一般公開されていない間歩の他、
本当にこういう入り口があちこちにあって複雑につながっているらしいです。
掘って掘って掘りまくれ!!って感じだったんでしょうね。ここで出たんだから、
こっちから掘っても出るんじゃないか、試しにこっちもやってみようてな具合かなw

お金持ちには慣れなそうだった瞬間


掘り出された鉱石も展示されています。ワタクシには単なる石っころにしか見えませんが。
そう思ってみたら鉄鉱石とかぽい気はします。河原の石とは違う気はするけどでも銀とは思わない。
こういうの見て「やや、もしやこれは?」と思えないワタクシはお金持ちにはなれません。

これでもピンとこなかった瞬間


アップで1枚・・・銀の含まれた鉱石ですよと言われたら、はぁなるほど銀ぽい色見えますね、
となりますが、掘る前はこういうのが岩盤でドーンとあるわけでしょ? どんだけ目ざといんだ。

そりゃそうだろうと思った瞬間


坑道を出て杉の木立を抜けてお兄さんの待っている茶店まで戻ります。
帰りのベロタクシーは坂を下るだけなのでスピーディ。風が気持ちいいくらい。

坂を下りながら案内所にいた熟年夫婦や年寄グループはどうしたのだろうと考えました。

1時間も歩いてこの坂道を登る脚力があるんだろうか、でも見ないと来た意味もなくて気の毒。
レンタサイクルの数ももっと考えればいいのに。でも年寄は自転車こげないからどうすんだ。
幼児がいたら子供載せるやつついてないのにどうすんだ。家族分借りれなかったら出発できんぞ・・

こういっちゃなんですがワタクシはなぜ石見銀山が世界遺産のなのか不思議です。

自然の景観が守られて鉱山運営されていたから世界遺産になったといっているけれど
今は鉱山やってない。まぁ稼働してたら世界遺産にはなってなかったとは思うけど。
世界遺産にして多くの人に石見銀山の素晴らしさを知ってほしいという純粋な思いの他に、
世界遺産になれば観光地としてさらに収入が得られるという欲もあったはず。
事実、観光客は激増した。それなのに観光さんに全く優しくない。世界遺産ってなんなんだろう?

ワタクシはお兄さんに聞きました。世界遺産になって観光客は増えているのかと。
世界遺産になった当時はすごかったけれど、まだ5年かそこらしか経っていないのに
もう観光客は減っているのだそうです。ひどく納得。だってまた来たいと思わないもの。

姫路城、厳島神社、原爆ドーム、白川郷、京都のお寺・・いくつか世界遺産を見てますが、
行く機会があればまた行きたい、見たいと思うのに比べると石見銀山はただでさえ地味なのに、
何より観光時の利便が悪すぎる。世界遺産じゃないけど黒部ダムも同じだった。
景観が評価されて世界遺産に指定されたところはそれを守るのがとても大事だと思うけど、
だったら景観保存を最優先に考えて観光客が間違いなく押し寄せる世界遺産になんか
名乗りをあげなきゃいいのに・・・ちょっぴり腹が立ちました。

地味だった瞬間


少し怒ったらお腹が空いたので街並みエリアの方に移動します。
正直、石見銀山は出たいのですが移動してからとなるとお昼がさらに遅くなります。

街並みエリアは・・正直地味です。景観保存というか昔っぽいよね、というだけ。
ようは観光客向けになっていないのね。お土産物屋さんが並んでいるわけでもなく、
銀というわりに銀細工を扱っているような大きなお店があるわけでもなく。
名物やら処の名前を付けたようなお食事どころがあちこちにあるわけでもなく。

街並みエリアの中は観光客もまばら。石見銀山資料館の方まで歩いて
その近くのこじんまりした定食屋さんで昼食を取りタクシーで車まで戻りました。

五百羅漢や熊谷住宅、代官所跡の付近ではレンタサイクルに乗った人がたくさんいて、
石見銀山マップを見ると、車が入れないエリアが広いのに一応の見どころは点在しているから
自転車ないと見て回れないなと改めて思いました。電気自動車の巡回バスが欲しいね。

世界遺産石見銀山はこれにて終了。つまらなかったけど逆にいい勉強になりました。

2日目は明日備えて出雲市内、湯の川温泉の草庵に泊まって出雲大社にまいります!



*****ランキング参加中〜ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村


歴史ブログランキング
2013.01.04 Friday 10:31 | - | - | 中国(島根県) | 

松江城に登城!〜その2 本番

日本100名城 64番 松江城に登城!

ワタクシの大好きな黒い城。しかも貴重な現存天守。
昨日チラ見してしまったからちゃんと見たい感はたっぷりですw

興奮気味に参上の瞬間


駐車場入る待ち時間、車の窓から顔出して1枚。二の丸上段に復元された櫓と土塀。
復元されたのは10年前くらいらしいけど、これがなかったら雰囲気違っただろうね。

だだっぴろかった瞬間


大手前口から城内へ。まず通るのが広い馬溜。一辺は46m。高石垣と堀に守られてます。
駐車場に入る前に見た復元された櫓の一番奥に見えた太鼓櫓が近くに見えています。

間もなく天守が見えてくる瞬間


馬溜跡から大手門跡を抜け太鼓櫓を見ながら石段を登ります。二の丸です。
なんせ昨日は宍道湖温泉に泊まり、高級旅館に泊まったのにもったいないとケチケチのんびりせず、
朝ごはん食べてさっさと開城と同時に乗り込みましたから観光さんも少なく絶好調!

ちびっこ松の木軍団がおかしかった瞬間


石段を登る途中の右手は二の丸下段。広い空間で何とも贅沢な雰囲気です。
中途半端に小さい松の木が脈絡なく植えられているのがいとおかし。

刻印だらけだった瞬間


・・Σ(゚Д゚)! 陰陽道? 注意してみているとあっちこっちの石垣に色んな刻印が見つけられます。

価値ある復元 とっても大事だった瞬間


一の門が見えてきました。多門櫓と一の門も復元されたもの。これもなかったら大変だ!
現存天守だけぽつーんとあるより、こういうのがセットで揃っている方が断然雰囲気が分かる。
この先が本丸。いよいよ登城したい城ベスト10に入っていた松江城をこの目で拝めます。

登城〜!の瞬間


思っていた通りこじんまり。でもどっしり腰が据わって安定感のある
無骨な美しさのある男前の天守だと思います。

松江城は日本の12現存天守のひとつで山陰で唯一の天守。
慶長16年(1611)出雲の領主・堀尾茂助吉晴が5年の歳月をかけて築城したもので、
堀尾氏は3代続く嗣子がなく改易となり、続く京極忠高の後、徳川家康の孫にあたる
松平直政が信州松本から移封されて以来、松平氏10代で234年間、
出雲18万6千石を領して明治維新を迎えました。

明治4年、城は廃城となり明治8年、城内の建物は全て取り壊されたが
天守閣だけは有志により保存され、昭和25から始まった解体修理を経て現在に至ります。
別名「千鳥城」。千鳥が羽を広げたように天守が美しいことからという説と、
宍道湖に千鳥がたくさん棲息していることからついたともいわれているそうな。

明治8年の時、天守は米俵100俵で売り飛ばされそうになったそうですよ(´Д`)
ずっとずっと昔の、その当時にお城を愛した有志の人々の心意気に感謝ですね。

ハンサムキャッスルだった瞬間


こじんまりしているといっても現存天守の中では天守の大きさ(平面規模)では2番目、
高さ(約30m)では3番目。ちなみに古さでは6番目なんだとか。

千鳥破風とその下に見える華頭窓がおシャンティです。下見板張りで実践重視の男前な城だけど、
豪壮な中にどことなく優雅さがあるというか・・かっこ美しい天守だと思う。

満を持して入場の瞬間


付櫓の入り口にドーンと構えた鉄延板張りの大戸をくぐっていざ入城!
入城券かって100名城スタンプもゲットして、扇子でバタバタ仰ぎつつ進みますw

展示物がたっぷりだった瞬間


鎧や兜たっくさーん!! 天守内は暗いのでピンボケ写真が多く載せられないのが残念ですが、
ワタクシはジロジロじっくり見て参りました。これは松江城ザ兜コレクションw

予定があるのにかぶりつきで長っ尻確定だった瞬間


派手派手しい戦国猛者好みの甲冑の隣は鉄砲装束。甲冑は見ていると妄想が広がって楽しいです。
ちなみに何気に目が釘付けになったのは真ん中にちょこっと置かれたリアル武士のお写真。
松江藩の家老らしい。幕末のものだと思うけど戦国と現在、時空がつながってる感じがいいです。

ときめきの瞬間


この軍扇は大阪冬の陣で14歳で初陣した松平直政の若武者ぶりを讃えて
敵将真田幸村が投げ与えたと言われているものなんだって!
死にもの狂いで家康目指していた時に敵の若武者ぶりなんて讃える暇あったのかしらん?
ロマンがなくなるので戦国武将の心意気や男振りを表すエピソードとして胸にしまいましょw

職人さん万歳!だった瞬間


せっかく現存天守に来たんだから展示品ばっかじゃなく、もちろん建物だってガン見しましたとも。
解体修理されても職人さんの確かな技術でお城の魅力、日本建築のブラボーぶりが味わえます。

とにかく頑丈だった瞬間


松江城解体にあたって架設された雛形で5年間完全に維持され、台風にも故障がなかった
堅牢なものである・・と説明が書かれた素屋根の雛形。いまいち分からないけど丈夫なのは分かるw

DNAが反応しているに違いなかった瞬間


黒光りした柱、年季の入った梁、歴史の重みをまとった空気感・・・
松本城なんかもそうだけど現存天守の醸し出す雰囲気はやっぱり独特。
おフランスのブランドが大好きですが、海外ドラマが大好きですが、
ワタクシやっぱり日本人。日本の建物やっぱりオチツキマス。
綺麗な白木より黒光りして薄暗いほど何だかオチツキマス。

完璧な風景と思われた瞬間


天守最上階から南方向の宍道湖を眺めた風景・・なんなの? あっぱれ松江城!
昨日は雷雨、それも豪雨の雷雨でせっかくの宍道湖の夕日が眺められなかったけれど、
夕暮れ時にここへ来たらきっと、もっとすごいことになっていたんじゃないかしら?
天守から見る風景として、私が好む完璧なシーンの一つだと思いました。

しばらく見ていた買った瞬間


実はこの後、せっかく島根に来たのだから・・と今回も一挙両得的な貧乏根性丸出しで
世界遺産石見銀山行きを目論んでいるため(鎧も見すぎたし)時間は押し押しなのですが、
まだ人も少なくゆったり座れちゃったもんだからすっかり居ついてしまっていますw

正面がイケてた瞬間


しぶしぶ天守を出て最後に西面を見ました。南から付櫓を正面に見るのとまた違う顔。
・・横顔より正面の方がいいわw ごぼう積みの頑丈な石垣にしても頭でっかちな印象なんだものw


多分もう山陰・・鳥取はともかく松江に来ることはそうないと思うので城を出たが最後、
きっと生きて戻ることはあるまいΣ(゚Д゚)! 名残りを惜しみつつ松江城を後にします。


今回の松江城登城、足掛け2日で満足だったのですが、どうしても納得いかないことがひとつ。


お城マグネットがないなんて!!


どこの売店探してもマグネットの「マ」の字もなし。重要文化財にして現存天守。
島根の超メジャー観光スポットで人気のお城だというのにマグネットがなんだなんてヽ(`Д´)ノ

どうしても記念の何かが欲しかったワタクシは思わず全く集めてもないのに
松江城スノードームを買ってしまったじゃないか!!!!!! 人生初スノードームww


レンタカー飛ばして石見銀山に向かいます。世界遺産これで何か所目かしらん?
・・・石見銀山ではワタクシ、黒部ダムに引き続き、軽くブチ切れます。





*****ランキング参加中〜ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村


歴史ブログランキング








2012.12.21 Friday 20:46 | - | - | 中国(島根県) | 

松江城に登城!〜その1 まずは周辺

月山富田城で大雨に降られ悲しみに暮れながら松江城周辺にやってきました。

ちょっぴり興奮の瞬間


お城前の交差点で停止中w 今回の目玉は松江城なのでウキウキしてきますが、
1日目の宿泊は宍道湖のほとりなので今日はお城の周辺を散策して終了予定です。

とりあえず観光さんの瞬間


山じゃないから天気もマシなのね。松江市内は「今にも降りそうな」で頑張っています。
散策は雨が降ったら萎えるので観光コースをガツガツ超時短で見て回ることにします。

何気に楽しみだった瞬間


まずは小泉八雲記念館から。耳なし芳一で有名なラフカディオハーンですよ!
40歳で日本に来て松江中学校の教師になり雪女とかむじななんかを書いた人です。
何で日本の情緒や生活がこんなにうまく文章に表現できるのかしら途中から来た外人なのに・・
と思いながら案外好きだったり。幽霊滝の話なんか読んで怖いわ、すごいわと若い頃思いました。
記念館の中には直筆の原稿や文机他の遺品がたくさんあって時短といいつつ結構見てしまったw

めっちゃ外人だった瞬間


記念館前には銅像が。どっからどう見てもアングロサクソン。品のある紳士ですね。
ちなみに小泉八雲という名前は帰化してつけた名前。お墓は雑司ケ谷にあるそうです。

とりあえずのお約束だった瞬間


どこも同じっちゃ同じなんですけど小泉八雲記念館の隣にあった武家屋敷にもおじゃま。
この辺りは塩見縄手といい中級武士の屋敷があった場所で、それが保存されているのです。

喜んでいた瞬間


ワタクシの前に入場券を求めていた外国人旅行客。並んでいる時ドイツ語を話していたと思ったら、
自分たちの順番が来た瞬間 ガイジン4マイ! Σ(゚Д゚)! 吹き出しそうになりました。

観光さん継続の瞬間


明日も予定はびっちりなので今日のうちにお城の外側は見ておく作戦で搦手虎口へ。
散策路から少し外れるマイナーなこっち方面は人が全然いません!

とりあえず見ておく瞬間


搦手虎口を入ってほどなく城山稲荷神社というのが見えてきました。
家康の孫、松平直政が入封した際、城内に稲荷を建ててくれたら城内、城下を火事から守る
というお告げを聞いて建てた社なのだそう。小泉八雲は散歩でよくここに立ち寄り、
当時は2千を超える石狐があったのをとても珍しがり、お気に入りの狐もいたのだとか。

ヨダレが垂れそうだった瞬間


お城の北側に到着しました。ワタクシの大好物である黒い天守の後姿が少し見えます。
早く見てぇぇぇ!!と思いますが楽しみは明日に取って置き今日は大人しく石垣を見ます。

冗談みたいだった瞬間


ぎりぎり井戸ってすごい名前でしょ。でもぎりぎりセーフのぎりぎりじゃないらしいですw
工事の時、積んでも積んでも井戸の石垣が崩れるので地面を掘って調べたらしゃれこうべが出たと。
で祈祷して工事を再開したら無事完成。深く掘った井戸がつむじの形に似ていたことから
ぎりぎり(方言でつむじのことを言うらしい)井戸という名前になったんだとか。

定番だった瞬間


馬洗い池もあります。奥に見えるのは本丸越曲輪の石垣。普通の登城は大手門から入り、
天守を正面に見て回って出るコースになるので、ほとんど人は通らずとても静か。
搦手に通じる側だから当時もひっそりしていたでしょう・・つうかヤブ蚊うざいヽ(`Д´)ノ

本当についでだった瞬間


今日はお城には入らないので散策コースに戻って最後に松江歴史館にも立ち寄りました。

以下パンフレットから

松江藩政や城下町の形成、城下の人々の暮らし、藩財政を支え松江を全国有数の富裕藩にした
産業などを紹介します。実物資料を展示するほか、映像や音声を使ってわかりやすく紹介します。

忍たま乱太郎ゆかりの地なのですか? 子供連れの家族が多くえらいこんでましたわ・・。

振り返れば奴がいた瞬間


歴史館の入り口で視線を感じて・・ではないけれど後ろを振り向いたらまたお城が見えました。
歴史館の場所がよく分からないけど鯱が横に見えないから今度は横っ面になるんですかね。
今日は「今にも降りそう」いや「もうすぐ絶対降る」天気。明日の晴天を願うばかりです。

松江市お金持ちだった瞬間


松江歴史館は新しい建物でとても綺麗、展示室も大層お金がかかっているようです。
展示は松平直政・・松平時代のものと松江の城下町を作った堀尾氏時代のものが中心。
武家の暮らしや庶民の生活、産業や文化までお金かかってるだけに充実してました。

最近の流行だった瞬間


歴史館敷地の地下から発見された建物跡。ガラスをはめ込んで地層ごと上から見せる感じで。
堀尾期のものと京極〜松平期の2種類がありました。どちらも江戸初期、江戸前期のものだそう。


歴史館を出るといよいよ雨が降ってきました。あっという間に大雨に・・(´Д`)
歴史館前にちょうど来た観光用の赤い巡回バスにわけも分からず飛び乗ったら
運よく車を停めた駐車場前までたどり着けましたw ワタクシらっき〜★


車に乗ってざんざん降りの雨の中、本日の宿「なにわ一水」へ。
「宍道湖から眺める夕日」につられて宿を決めたのに・・天気のバキャー!!
おまけに到着した瞬間、どっかに雷落ちたのか停電Σ(゚Д゚||;)
旅館で電気消えて真っ暗って一体・・・車寄せから入るまでに服濡れたし。

涙がこぼれそうだった瞬間


せっかく宍道湖が見えるお部屋にしたのに台無し。中途半端に空明るいのが腹立たしい。

旨いもの発見の瞬間!


夕食は旅館の懐石料理。真丈の入ったお吸い物やノドグロの煮つけ、島根牛?のステーキなど。
ワタクシが一番一番気に入ったのが島根のおしょうゆ。甘くて濃厚などろ醤油にメロメロ。
あまりにおいしくて絶対家に帰ってこれでお刺身たらふく食べたいと思いお土産に買ってしまいましたw


明日は【晴天の松江城登城】を果たし、世界遺産 石見銀山へ向かいます!!


松江城に登城〜その2 本番 に続く



*****ランキング参加中〜ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村


歴史ブログランキング




2012.11.17 Saturday 11:43 | - | - | 中国(島根県) | 

月山富田城に登城!(足立美術館寄り道)

米子城の次は日本100名城65番 月山富田城へ登城!

・・・とその前にせっかくだからと足立美術館へ寄り道。



世界一の日本庭園と横山大観で有名な足立美術館。時間ないけど無理くり寄りました。



入ったとこからまずこんな苔庭。わたくしは健康によさそうで苔庭が好きです。
でももっとこじんまりした坪庭の苔庭が好きです。部屋も庭も広すぎると落ち着かない。



米国の日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」の日本庭園ランキングで
他の名だたる名庭園を押さえて9年連続1位。アメリカ人の選考基準が分かりませんがとにかく1位です。



枯山水の庭園・・とパンフレットに書いてありました。書いてなかったらワタクシには
とても枯山水だとは気付けないなんつー奥深さw でも風雅です。日本人の美意識はすごいよ。



池庭もあります。手入れがとても大変なんだろうな〜と変なところに興味がいきました。



こういうおシャンティな演出も。生の掛け軸。城へとがっついている心も癒されます。
鑑定団で有名な横山大観の絵もたくさん展示されていて絵心ないながら「紅葉」が
とても素敵だなと思いました。思わずお土産でタオルを買うか本気で悩んだくらいw

寄り道だからとじっくり見てないつもりでもなんだかんだと地味に時間を食った上、
美術館の中の喫茶店(食事はカレーとハヤシしかない)でお高いカレーまで食ったので、
午後から天気が崩れるという予報だったこの日、月山富田城に向かう途中、雨が降り始め・・

着陣と同時にどしゃぶりだった瞬間


マジか!!!!! 山登らなきゃいかんのにまさかのどしゃぶり!!!
スニーカー持ってきただけで登山装備がないのに車出るのもイヤになるくらいの雨。
いつもみたいに車で来ていれば雨具と登山靴一式積んであるから何とかなったのに・・

会えそうになかった瞬間


山中鹿之助君のちょっぴりチンチクリンな像を見るのも楽しみにして来たのに・・
二度と来れないと思っても未舗装の雨の山道なんかカッパも靴もなきゃ登れやしない。
かっこよすぎるとかそういう問題じゃなくてなんかちょっと違うだろ・・と思いながら
歴史資料館の横に立つ看板の写真を撮らずにはいられません。ああ悲しや。

これも運命・・だった瞬間


資料館を入ってすぐのところにある机でスタンプを押してパンフレットももらい、
そのパンフレットが意外と立派で城の縄張が大きな紙面一杯に解説付きで載っているのを見ると、
埼玉くんだりから嫌いな飛行機に乗って来たのにここで大雨に見舞われたことがさらに無念で、
雨にぼたぼた濡れながらカメラだけタオルかぶせて外にある縄張図を未練たらしく撮ってみる。

あと30分遅く雨が降っていたら登り始めていたと思うけど、この降りでは途中で
結局引き返すことになったと思う。それくらいの雨。尼子氏と縁がなかったと思うしかない。

あきらめないって大事!だった瞬間


でも門前払いはあまりに無念だわ〜と思いカーナビとパンフレットの地図をにらめっこして
ダメもとで車で行けるところまで行ってみることに。1か所でもいいから何か見たいわよ。
と思って鼻息も荒く資料館の横の通りを奥の方に進んでみたらこういう場所にまず遭遇。

気合いでは解決できない・・ものには限度があった瞬間


史跡富田城跡全体地形模型 土砂降りの中カメラにタオルをかけて少し近づく。
・・は〜ん でも無理だよママン。これ以上行くと往復距離が地味に伸びて濡れちゃうよ。

ということで急いで撮ってピントのずれた感がどしゃぶりの残念さを見事に表現した写真w

先は細くモロ山道チックになっていますがレンタカーなのに遠慮もなくズンズン進みます。

女の執念岩をも砕くだっだ瞬間


はっはっはーー!!わたしゃ何てラッキーなんだ! 

様子のおかしい山道を対向車の不安に苛まれつつ強引に進むこと数分、いきなり山中御殿に。
山中御殿は菅谷口、塩谷口、大手口と三つの主要通路の最終地点になっていて、
三ノ丸・二ノ丸・本丸へ通じる要の曲輪・・・いわば月山富田城の心臓部!!
ここを登ればいきなり大場所を拝むことが出来るのよ!! 野生の勘ばんざい!!

そしてさらにラッキーなことにここに来た途端、雨が一瞬小降りに。

ええ、ええ もうここ最近は自分でも見ないくらいのダッシュで駆け上がりますとも。
体力ないけど振り絞って。雨いつまたガン降りになるか分からないし。

何もかもが1・3倍速だった瞬間


ひとまず御殿ど真ん中に行ってしまおうと起伏を味わうこともなくひたすらダッシュ。
雨がこぶりのままならどさくさに紛れて軍用井戸・・あわよくば鹿之助までも的なw

何はともあれ登城の瞬間


登城に置いてスタンプ押すだけで帰ったことはまだないワタクシ。何とか登城宣言完了!
しかし御殿まで来たらまた雨がそこそこ降り始めたのでうろうろしての距離は伸ばせず。
この看板の向こう側は塩谷口で本丸に続く道。本当はこの上登って御殿全景を見たかったけど。

難攻不落の山城が全く体感できなかった瞬間


先は長いでございましょ。本当だったら今頃はひーひー言いながら登ってたはずなのに。

月山富田城は中世山城址を代表する遺産として 昭和9年に国史跡指定を受けた重要な文化財。
日本で最大クラスの規模がある城跡です。歴史は長く古くは12世紀後半、源頼朝が出雲守護として
佐々木氏を任命したところから始まり、戦国時代に尼子氏三代の支配により最盛期を迎える。
一時は因幡、石見、備後など11国を支配するも、永禄6年(1563年)3万の軍を率いた毛利元就に
攻めこまれ、次々と支城を落とされてしまう。尼子軍は難攻不落の月山富田城に立てこもるが、
次第に士気が落ち、逃亡するものが続出すると1年半後、尼子義久は元就の申し出を受け開城。

尼子氏はその後、再興を目指して織田信長を頼り、羽柴秀吉が播磨に出陣するとその先鋒として
最前線の上月城で毛利相手に篭城戦を展開。しかし援軍に駆けつけた羽柴勢は毛利勢と闘わず、撤退。
孤立した上月城は開城し、尼子家の名将、山中鹿之助も捕らえられ護送中、備中にて殺害された。

主家再興を目指した山中鹿之助が「願はくは、我に七難八苦を与へ給へ」と月山に願った
エピソードは有名。ドラえもんにも出てきます。鴻池財閥は鹿之助の末裔だと中学だか
高校だかの歴史の授業でも聞いた覚えが・・鹿之助君の像は見れそうにないから残念だ。

落ち着かないことこの上なかった瞬間


多分菅谷口の方の石垣。なんせゆっくり見てる暇もなけりゃカメラも長く出しておけない。
タオルかぶしてさっと撮ってタオルにくるんで抱きかかえる・・わさわさしちゃってしょうがない。
まぁ全くの不登城でこの場にすら立てないよりズンとマシだけど、それにしても・・ねぇ。

あたしゃスパイか?


山中御殿は広いんです。石垣の上から撮るときれいに全景が撮れるみたいなんだけどね。
この写真も走って戻りながら振り返ってタオルはがして瞬撮したもの。味気ないわ。

悲運は続く・・?だった瞬間


車を停めたところからすぐ先に軍用池が見えました。あの向こうは御殿から続く道。
あれを行けば鹿之助君がいるはずなんだけどね・・尼子も悲運。私も不運・・月山富田恐るべしw


飛行機で遠征しての城めぐりだし、今回のメインはなんたって山陰の最大のデカブツ松江城!
色々な縛りがあって雨だから順番変えようって予定もそうそう変えられない。
やっぱ14時間くらいかかっても車で行くべきだったか!? そうすりゃ装備もあったしな。

悶々とした気持ちを引きづり、雨の中一路、松江市内を目指します。散策します・・・
鳥取・島根初日は松江市内でお城周辺を散策して終了予定だけど何せ、この雨。
散策=歩きだなんて正直萎えるわ〜明日の松江城が雨だったら泣きそうです。



*****ランキング参加中〜ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村


歴史ブログランキング


2012.10.18 Thursday 19:47 | - | - | 中国(島根県) | 
 | 1 / 1 PAGES |