<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES

米子城に登城! その2〜本丸編

[城跡] ブログ村キーワード

はァ〜長らくログインしなすぎてブログのログインを入れ直しました(´Д`)

米子城の続き行きます!!

汗だくだった瞬間


内膳丸から反対方向へ・・いよいよ本丸に向かいます。
朝9時頃なんですけど山道歩いて汗だくです。そして完全に運動不足の人の様子です。
おひとり様オヤジが先を颯爽と歩いて行きますが、ワタクシは息切れしながら歩いてますがw

地味に長かった瞬間


隠れた名城と言われる米子城の本丸を見ずしてなんとする!ですから気合いで登ります。
アブだかくまんばちだか分からない変な虫がすごい羽音でぶんぶん飛んでいるのがイヤ。
徐々に見えてくる石垣なんかに目を奪われて油断していると足元からもバッタか何か知らないけど
突然虫が飛び出してきてドキドキです。汗かいて二酸化炭素放出中なので蚊に刺されも増幅中w

どーん! 突如出現の瞬間


を狙って「米子城登城!」をポージングで宣言w 本当にドーンと現れる感じで。
一二三段ですね。修理復元で積みなおされたものだというので驚きです。

カメラが残念だった瞬間


レンズの日差し除けのしまりが甘かったらしく隅に影が映っていました・・
山の上なのに規模の大きな石垣。これだけでも当時のお城の規模がうかがえます。
四層五重の大天守、三層四重の小天守を備えた名城の姿をあれこれ想像しやすいです。

日本の歴史に感慨を覚える瞬間


山城のこういう風景が好きです。残っているものや残ったものが綺麗に復元された平城より
建物はなくても山城に残る石垣の方が(たとえ修理復元でもさ)胸に迫るものがあります。
歴史の中で廃れていく歴史の中に埋もれていく・・っていうのがリアルに感じられるからかな。
ヨーロッパの石の城だの城砦だのみても何とも思わないのにね。俳句のひとつも読みたくなります。

あ、もちろん俳句なんかまったくできませんけど。川柳だって怪しいですけどw

攻めるのはいやだった瞬間


天守に向かいます。ぐるーっと回る感じで虎口手前の石垣を登ります。
攻める側だったら多分イヤすぎる感じよね。ここまでだって生きてこれるかどうか。。

守りは万全だった瞬間


鉄御門跡です。説明板いわく「本丸・天守に向かう門跡で、頑丈な鉄製の門が造られていた。
間口12.72m、奥行4.5m、2階建」だって・・・命からがらたどり着いても死亡確定ですよw

景色が良すぎた瞬間


本丸につきました。中海が見えます。景色いいー!!こういう本丸からの風景はあんまなくない?
縄張図を見るとここ本丸は中海に面していて、最初に見てきた大手門から内膳丸のあたりまで
中海から引き込んだ堀がぐるっとめぐっていたようです。さらに天守5階からだったら・・
今は何もない本丸。腐りかけでも残っていればね・・・と思わずにいられませんね。

哀愁漂う瞬間


本丸の規模は、東側平均42間、南側平均14間、西側平均69間、北側平均46間。
天守は、五重櫓、四重櫓があり、櫓総数は18、門数は6箇所あったそうです。
礎石が残っているところが何もない城跡に哀愁を添えてます。切ないわ〜

パンツがいけなかった瞬間


何か太って見えるんだよね・・このズボン。写真見て愕然!気に入らないわ〜お蔵入りでw
まぁそんなことはどうでもいいけど、今度は街中の方面を眺めてみましたさ。
鳥取の中でも大きい街の米子市中にちゃんと残されてるっていうのが嬉しいよね。
どこでも必ずあるけれど保存会とかの人と地元愛には本当に感謝の気持ちになります。

だから何だかもしれなかった瞬間


よく見ていると登ってきた階段の石にも、積みなおされたという石垣にも
こういう石がゴロゴロあるんです。だから何だという感じだけど気づくとちょっと嬉しいw

お城だなと思う瞬間


汗をかきかき登ってきた本丸の登り口を見下ろします。お城の造りって面白いなと思う。
木が青々しちゃってるけど晩秋の枯れ木になった頃に来たらもっと味わいがありそうだ。

死角なしだった瞬間


この先は水手御門跡。米子城の本丸は2段になっているらしいです。
米子城は立地を生かして水軍なんかも持っていたらしいので、ここから舟が置いてある
軍港(というのかどうか知りませんが)への道が続いていたそうです。

守りは鉄壁だったのに歴史の流れに負けちゃったんですよ・・またまた切ない感じw

ちょっぴり残念だった瞬間


この辺りの石垣はこんな感じ。本丸は基本修復なんだと思うけど最初の方とは何となく
雰囲気が違う積み方に思えます。その辺の石、詰めちゃった感じがしません?

首をかしげた瞬間


最初に来た本丸の登り口に戻る道筋の石垣。一番奥の先っちょ、なんで飛び出してる?
折れとかじゃなくちょっぴり飛び出しちゃってる感じでw 反対側は崖。攻めるのはいやです。

名残りを惜しんだ瞬間


米子城はこれにておしまい。米子はもう本当に生きている間に来ることはないと思うので
名残りを惜しんで本丸の豪壮な石垣と山陰の名城と呼ばれた城の風情をしばし堪能します。

デジタル大工3DCGさんで米子城をデジタル復元していて「なるほどな〜」と思ったので
リンク貼っておきます。本当にこんなのが建っていたら・・迫力ですよ!!


米子城の次は月山富田城に向かいます・・米子城くらいでぜえぜえしていて登れるかしらん?



*****ランキング参加中〜ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村


歴史ブログランキング
2012.09.09 Sunday 15:22 | - | - | 中国(鳥取県) | 

米子城に登城! その1〜登城開始編

飛行機は大っ嫌いですが、車で行ける城もそう残されていないので今回は思い切って空路で山陰へ。

耳痛に悩まされていた瞬間


ワタクシ鼓膜を破いたことがあり、耳ぬきも出来ず、気圧の変化にはめっぽう敏感。
高速道路とか走ってて海抜少し上がったらすぐ耳が痛くなるのでそりゃ大騒ぎです。
ですから飛行機は大の苦手。高度があがるにつれ耳から何か出そうなくらい痛いんだもの。
でも飛行機とか使わないといける城も限られてきたので今回は根性振り絞って乗りました。

鬼太郎お出迎えの瞬間


全日空で行ったので行きは「米子鬼太郎空港」。米子は全日空、出雲は日航なんだって。
お盆連休中だっていうのに朝か夕かしか飛行機ないから9時前に到着しちゃいました。
良く考えたら米子鬼太郎空港ってすごい名前。境港にはいかないので鬼太郎は最初で最後ですw

米子城到着の瞬間


今回は飛行機なので空港でレンタカー「プリウス」を借りて移動します。意地でも車だw
米子空港からナビに言われるまま走ることほどなく米子城跡に到着・・が駐車場がない!!
多分こっちは大手門側なのですが、駐車場がある二の丸方面に移動して登城することに。

念入りに確認の瞬間


標高90mの湊山に築かれた米子城。大手から入ると三の丸、二の丸、そして内膳丸があり、
山頂に本丸が配置されているようです。隠れた名城と言われる米子城。暑いけど頑張ります。

影が薄かった瞬間


縄張り図でいうところの二の丸の横っちょ辺りに無料駐車場があります。
何十台も停められるほど広くないけど朝っぱらから結構、車が止まっています。
米子城そんな人気か? と隣を見るとテニスコートが・・二の丸にあたるとこじゃない?
曲輪跡、御殿跡を使うだなんて贅沢。テニスコートを見ながら登城口に進みます。
大手側からの登城と違い、駐車場があるにも関わらず地味な登城になりますなw

気がづけば登城開始的な雰囲気だった瞬間


地味な登城開始です。二の丸の横を進む感じで上っていきます。朝っぱらから暑いよ。
標高はあまり高くないですが、まずはジグザグのぼりで中腹まで行く感じらしいです。

ヤブ蚊だらけだった瞬間


上り坂は他に比べりゃ大したことないんですがヤブ蚊がすごいったらありゃしない!!
酸素濃度が高いところで汗かいて二酸化炭素振りまく女・・都会じゃ最近刺されませんが何か。

野鳥の会が幅を利かせていると見た瞬間


ほどなくして本丸と内膳丸への分岐点に到着。左行ったら内膳丸。右は本丸。
大きな看板あるでしょ。このポジションってだいたい縄張り図があるパターンじゃない?
ところがどっこい。懇切丁寧な野鳥の説明これいかに・・Σ(゚Д゚)! 
色々鳥の種類は書いてあるのですが、落ちているのは黒いカラスの羽根ばかり・・悲し。

守りのかなめだった瞬間


当然ですがまずは内膳丸を先に見ます。内膳丸は当時、二重櫓が複数並んで武器庫もあった
米子城でもなかなか熱い場所だったようです。二段に作られていますのでまず1段上ります。
1つ目の虎口が見えます。ここに櫓がどーんと立っていたんでしょうね。武器庫もありますから厳重に。
内膳丸という名前は曲輪の構築に関わった中村家家老の横田内膳が由来になっているそうです。

武器だけじゃ広すぎだった瞬間


内膳丸は奥に奥にまっすぐ曲輪が連なる作りです。2つ目の虎口が見えるので最奥に進みます。
何もないから城跡に来た時は毎回思うのですが、内膳丸もかなり広いです。
詳しく分からないけど武器庫だけじゃなくって色んな「庫」があったのかもしれないね。

切ない感じが漂っている気がした瞬間


山陰の巨城、隠れた名城と言われながらパッとしなかったお城の歴史があるせいか、
だだっ広いだけの空間に、そこはかとない哀愁が漂っている気がしてなりませんw

米子城は応仁の乱の頃、山名氏によって砦が築かれたのが始まりで、出雲の尼子経久が伯耆に
攻め入って従えるが、交通の要衝として毛利氏などとの間で争奪が繰り広げられた。
その後、尼子氏が滅亡すると吉川広家が米子に入り、湊山に築城を開始。
四層五重の大天守、三層四重の小天守を備えた大規模な城だったが、関ヶ原合戦により毛利家は転封。
城の完成を見ずして広家も岩国に移った。その後、中村一氏の子、一忠が17万5千石で入城するも、
お家騒動から内紛が起こり無嫡廃絶。以降、鳥取城主、池田家の城代が置かれ明治を迎えた。

見事な巨城ということで一国一城令で取り壊されることもなく明治まで残ったお城でしたが、
維新後、士族に払い下げられた後は持て余され、お約束の解体→風呂の焚きつけという運命に。

崩壊寸前でも残ってさえいれば松山城みたいに今その姿を見ることが出来たのにね・・

更地にされなかっただけマシだった瞬間


内膳丸の石垣。これから行く本丸の天守台は復元修理されているそうですが、
ここの石垣はそのまま残っているものでしょうか。これから行く本丸が楽しみです。


米子城に登城その2に続く




*****ランキング参加中〜ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村


歴史ブログランキング

2012.09.08 Saturday 20:19 | - | - | 中国(鳥取県) | 
 | 1 / 1 PAGES |