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小田原城に再登城!

日本100名城23番 小田原城についでで4度目登城!

石垣山城の帰り、かまぼこ買いたさ北条気分を復習するために
小田原城に寄り道! しかしよい写真に恵まれたこと未だなしヽ(`Д´)ノ

夕暮れの雨模様だった瞬間


夜明けに家を出た時は豪雨。駿府について冗談みたいに晴れ、
傾くのが早い晩冬の日差しに負けず、石垣山城と順調に登城。
しかし小田原城に着いた途端、みるみる空が暗くなりまた雨が・・。
小田原城はブログに書いていない登城も含めて何気に4度目の登城だけど
真夏の午前の日差しに白すぎる写真だったり人が多すぎる日だったり、
そして今日も夕暮れの雨模様・・小田原城とは相性が悪いのかと思う。

雨のため正面有料駐車場に停めたからまずは平櫓からスタート。
この櫓は二の丸南東の角にあって、関東大震災で倒壊するまで
小田原城で唯一、残存していた櫓なんだとか。関東大震災くせもの。
色んなサイトを見ていると春に来て桜に埋もれた姿を見るのがよさそうです。

損ではなかった瞬間


平成21年に復元された馬出門。前回来た時はなかったから、
今回は往時の登城ルートに沿ってここから登城してみます。
雨でも夕暮れでもかまぼこのついででも再登城してよかったわw
二の丸を守る重要な門で江戸時代の姿で復元されているみたい。
手前は土橋で今は市街化された三の丸にあたる場所につながっています。

天守は見えるのに・・だった瞬間


馬出門をくぐって馬出曲輪に入ると天守の姿が見えるけど
堀に阻まれ、攻め手はそのまま進むことは出来ません・・
BS朝日、坂東三津五郎の日本の城ミステリー紀行ならこう言いそうなw

小さいけれど一丁前だった瞬間


馬出曲輪と二の丸の入り口銅門を結ぶ住吉橋。ここから埋門をくぐると枡形。
櫓門形式の銅門がどーんと立ちふさがっているのがよく見えます。

忠実だった瞬間


古写真や資料が残っていて忠実に再現されたという銅門は二の丸の表門。
扉の飾り金具に銅が使われていた事からこの名称になったと言われているそうだ。
復元とはいえ、巨大城郭にふさわしい堂々たる門構えは間近に見ると迫力あります。

見上げるのが吉だった瞬間


二の丸を進み本丸の堀に出たら常盤橋木門を渡ります。
当時は水堀だったんだろうけど橋下の堀、今は田んぼ状態?
その堀を見るとがっかりするので門を見上げる方が風情あり

雨は止んだけど空は様子がおかしなことになっていますよ・・。

北条は永遠じゃなかった瞬間


本丸の表門にあたる常盤木門。多聞櫓と渡櫓を備える枡形構造。
常盤木とは常緑樹の意味で、門の横に植えられた松の木が常に緑色をたたえ
何十年も生長することにちなみ小田原城の永遠の繁栄を願って命名されたそうだ。
さっき見てきた石垣山城で秀吉が家康と立ちションしながら話をしている頃、
ここで小田原評定が行われていたのよね・・北条さん繁栄しきれず残念だ。

何やら寂しげに見えた瞬間


常盤門をくぐると本丸。今はプチ動物園になっていてサルや鳥の檻の他、
インド象も飼育されているけど、動物はどうでもいいのでスルー。

プチ動物園の奥に鉄筋コンクリートで復元された天守がどーんと建っています。
石垣山城から見えた天守は三層四階。付櫓つき。江戸時代の姿なのだそうだ。
関東大震災で崩れた石垣くらい残っていればよかったのにね。

平日の雨で暗い夕方の小田原城公園はさすがに人の姿はなく、
過去3回の小田原登城は人が多い時ばっかりだったから、
観光化されたお城に人がいなさすぎるのは何だか変な感じ。

貸切は魅力だったけど・・


天守内は資料館。武具や絵図や民俗資料などが展示されていて(撮影NG)
最上階の展望スペースでは高くておっかないけど小田原市内を一望できる。
100名城スタンプも確かここで。でも小田原城はもうもらってるし、
天気悪い夕暮れじゃ展望も期待できないので貸切は魅力だけど入館せず。

秀吉も力攻めできなかった当時の巨大城郭って意味ではすごいけど、
何度来てもあもには小田原城っていまいちな感じ・・なんでだろ?


さてさて、2010年の登城はこれにて終了。
あもはスタッドレスないしチェーン巻けないから行動範囲狭くなるし、
年末年始やってない城が多いし、城跡なら行きたいとこあるけど
大掃除もしたいので大人しく来年の登城計画を立てるとしますw

あものブログを読んでくださっている皆様1年ありがとうございました。
2011年もおひとり様登城頑張るのでどうぞよろしくお願いします。

千葉の佐倉城へ登城します。


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2010.12.26 Sunday 22:02 | - | - | 関東(神奈川県) | 

石垣山城に登城!

夕暮れ迫る中、石垣山一夜城に登城!


いざ登城開始の瞬間


駐車場の目の前にある旧城道東登口と書かれているところから登城開始。
山中城に続き、足腰に来そうな感じがむんむんしておりますw

強引に秀吉を感じる瞬間


崩落しかけた石垣の跡を見て太閤秀吉の築城に思いを馳せつつ、
まずは城内で最も広い二の丸(馬屋曲輪)に向かいます。

ワンちゃん大行進だった瞬間


本城曲輪と並んで最も広い二の丸。伝承によると元は馬屋が置かれていたとも言われ、
本丸寄りには馬洗い場と呼ばれた湧水もあったそうな。

当時、武将が闊歩していたに違いない二の丸も今は犬の散歩のメッカΣ(゚Д゚)!
大きいのやら小さいのやら後から後から来ること来ること。

総石垣の風格漂う瞬間


本丸曲輪の石垣はびっしりした姿でなくても風情はたっぷり。
安政の地震や関東大震災で崩落しちゃったんだって・・残念。

石垣山一夜城は22万の大軍で小田原城を包囲した際、
本営にするため秀吉が築かせた関東初の総石垣のお城。
築城中は周囲の木々に白紙を貼って隠し、完成と同時に取り払って
あたかも一夜で建てたように見せたことから石垣山一夜城と呼ばれる。
陣城ながら3ヶ月近くの月日をかけて建てられた二の丸や天守を持つ
本格的な城で当時の聚楽第や大阪城に匹敵する規模の大きなお城。

枡形虎口だった瞬間


本城(本丸)の虎口跡。石垣山一夜城は小田原攻めの際の陣城だの
一夜城だのって先入観が邪魔しがちだけど、二の丸から見た本城(本丸)の
規模の大きさとかこんな虎口跡だとかを見る限り、普通にメガ城郭の様子。

派手好きな秀吉は絶対、城を建てる気まんまんで普請させたんだろうね。
太閤の財力を見せてやるだぎゃ!あ、どうせだから派手にやろうか的なw

秀吉が築いた城ってあまり残っていないから、小田原とセットで見れるのは貴重。

一抹の寂しさを感じた瞬間


崩落した石垣は元はちゃんとした石垣だったもの。
崩落した虎口もそう思ってみればちゃんと跡が分かるもの。
でも石垣山城って意味不明に放置されているように見える石が多く、
使いきれなくて転がされ置かれたものもあるのかな・・なんて思うと、
「驕る平家は久しからず」権力者の栄枯盛衰が頭に浮かんだりもする。
今の時代に見るあもの目には宴の後のようにも見えなくもなかったり。

二の丸同様広かった瞬間


本城(本丸)跡。奥に行くと天守台がある。

ひっそりだった瞬間


本城の隅っこに置かれた石垣山の碑。
夕暮れ間近だけど相模湾がけっこうよく見えます。

秀吉気分を味わえそうな瞬間


本城にある小田原城が見えるという物見台に立ってみる。
力攻めで落とせない小田原城を見る秀吉にリンク出来るかな?

丸見えだった瞬間


石垣山城とは3キロしか離れていない小田原城。
当時は高いビルとかなかったから一目瞭然丸見えw
相模湾を秀吉軍の船が埋め尽くしているのも全部見えたはず。

妄想が膨らむ瞬間


本城の奥にある天守台跡。石垣山は天守のあったお城。
あまり大きな天守台じゃないけどどんな天守があったんだろう?

なんにもなかった瞬間


柱跡とか礎石とか何かしら建物あった的なものは一切なく。
でも当時は壮麗な天守が建っていて、瓦などが出土しているそう。
本城(本丸)の広さにしては案外小さな天守台跡。はて一体どんな天守が・・。

ワイルド天守台だった瞬間


天守台跡の裏側には崩落した石垣が・・地震前を見てみたかった。

言われなきゃ気づかなそうだった瞬間


二の丸櫓台跡。今は植木が植わっているけれど、
当時は見晴らしが確保してあったんでしょうね。
この脇から見どころの井戸曲輪に降りていきます。

わくわくしちゃう瞬間


写真で見て来たごっつ石垣だらけの井戸曲輪。
ここからずずーっと下に降りていきます。

滑って怖かった瞬間


なんかの採掘場に来ちゃったような感じの井戸曲輪。
二の丸から20m以上、螺旋状に下る感じで降りていきます。
くぼんだ沢のような地形を利用して作られた曲輪なのだそう。
雨上がりで足元が滑るんだけど周囲の石垣についつい目を奪われちゃう。

ちょっとした異次元異空間だった瞬間


野面積みのワイルドな石垣。広くない空間でこの年季の入ったワイルドな石垣に
見上げるような感じで囲まれるから大迫力!! 歴史の狭間にいるような気分。
城跡もずいぶん行くようになったけど、こんな感じは本当に初めて!!

迷った末にあきらめた瞬間


この先をさらに降りると水源が見れるらしいんだけどやたら滑って怖い。
人の気配もないから万一の時の助けが期待できないことを考え断念。
こんなところで怪我して身動き取れなくなったら・・((((;゚;Д;゚;))))ガクガク

水源では今でも水が湧いているそうです。
底から見上げたら石垣はもっと迫力だったんでしょうね・・。

いたれりつくせりだった瞬間


井戸曲輪の先にある北曲輪にも展望台が設置されています。

眺めがよかった瞬間


国道1号から箱根登山鉄道、その向こうの山には長興山紹太寺が見える。
山の真ん中に見える白い建物の左に稲葉一族のお墓があるそうです。

陣城に死角なしだった瞬間


北曲輪の展望台からも小田原城が丸見えww
小田原城からすれば相当なプレッシャーだっただろうねぇ・・。

うっとりの瞬間


本丸方面に戻って西側の石垣を見ながら南曲輪跡に向かいます。
廃れや滅びの美しさ・・吸い寄せられた目が離せないゾーンです。

陣城なのに・・だった瞬間


そこそこ広い南曲輪・・この奥には西曲輪もある。
一応は陣城として造られたのに、一体いくつ曲輪があるんだろう。
石垣山一夜城は小田原攻略の後もしばらくは築城が続けられたという。
しかし北条さんはなぜこの場所を放っておいたのだろう?

本来の登城路だった瞬間


うっかり順路に沿って整備された道を登って二の丸行っちゃったけど、
登城口から正面にあったこの道を通るのが本来の登城ルートだったみたいw
苔むした石垣がごっそり。歩きづらいけど妄想に確実に浸れます。

地震に負けず頑張ってた瞬間


南曲輪下の石垣はかなりきれいに残っていました。
せっかくだから小田原城にも再登城したい気分になって
急に時間と日没が気になりだしたので(雨もまた降りそう)
眺めながらずっと歩いて見ることはできなかったけれど
見通しているだけでも総石垣造りの迫力は十分堪能できる。

豪快だった瞬間


南曲輪下の石垣の角っこ。算木積みとかのこじゃれた感じじゃなく、
穴太衆のワイルド積みが豪快すぎる角石。荒々しくて素敵だわ〜

山中城に行くついでに・・と何気なくコースに入れた登城だったけど
石垣山一夜城は絶対に見ておかなければならない城だったわ。
ついでじゃなく第一の目的にして来ても失敗したと思わなかったはず!
思いがけず見ごたえあるよき登城になりましたw

石垣山一夜城があまりによかったのでどうせ帰り道だし蒲鉾も買いたいから、
攻められちゃった小田原城も「ついでに」再登城することにしますw


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2010.12.24 Friday 22:08 | - | - | 関東(神奈川県) | 
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