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景徳院にて勝頼のお墓参り2

[武将] ブログ村キーワード

前回からの続きです。

特にこれという思い入れはないはずの武田の勝頼さんだけど、
エピソードをそこそこ知ってるだけに現場に来たら思わぬ共感Σ(゚Д゚)!
そりゃ〜もう自分でもびっくりしているくらいなのよw

見せてほしかった瞬間


勝頼、北条夫人、信勝の3体の影像に、殉難家臣の位牌と
当時の遺品が多数寺宝として保存されているという甲将殿。
付近に散らばっていた死体を1つ穴に葬った上に建てられたそうです。

織田軍を迎え撃つ勝頼ら武田勢が水盃を交わしたという武田菱水瓶や
自刃の前、盾無鎧とともに家臣に預けたという勝頼の守り袋があるそうだ。
御開帳?とかじゃないと見られないのかな・・林泉寺武田神社のように
小さくても宝物殿みたいなところで見られるといいのにと思う。

甲将殿の裏にひっそりだった瞬間


中  勝頼   景徳院殿頼山勝公大居士
右  北条夫人 北条院殿模安妙相大禅定尼
左  信勝   法雲院殿甲厳勝信大居士

勝頼の墓石の欠けた様が物悲しい。脇にあるのは家臣の供養塔。

涙ぐみそうになった瞬間


北条夫人は当時19歳。元は政略結婚で嫁いだ後妻でしたが、
勝頼に北条家へ戻るよう説得されるも共に果てる道を選びました。

〜私たちの縁は一つ蓮の上の縁と信じています。この思いは、
 生のあらん限りは元よりも・・・死して後も変わりません〜

自害の前日、北条夫人は勝頼にこのようなことを言ったそう。

黒髪のみだれたる世ぞ はてしなき 思ひに消ゆる 露の玉の緒
〜黒髪のように世の中は果てしなく乱れ、私の思いは露のように儚く消えようとしています

そして最期の日。北条夫人は黒髪をつかんで切り落とし、
辞世の句を書いた紙に包むと実家に届けるよう小者に頼んで自害。
介錯を頼んだ家臣がためらう様子を見て懐剣を自らの口に含むと、
前向きに地面に倒れこみ命を絶ったという。。

苦しませてはならぬと夫人に駆け寄り、自らとどめをさした勝頼は、
亡骸を抱きしめてしばらくの間、呆然としていたと伝えられています。

壮絶すぎ・・夫人の覚悟も夫人の命を絶たなきゃならない勝頼もね。

自害にしておいてほしかった瞬間


勝頼公の生害石。自ら命を絶つため の場所として選んだ石のこと。
夫人の最期を見届けた勝頼も信勝とともに自害し、ついに武田家は滅亡。

勝頼の最期には諸説あるらしく、華々しく戦って斬り死にしたとか、
疲れ切って鎧櫃に座っているところに切りかかられ討ち取られたなどとも
言われているけれど、やっぱり自害が一番しっくり来るような気がする。

勝頼の最期をあれこれ妄想していたら、首実検をした信長が散々ののしった挙句、
鞭だか杖だかで首を2度3度ひっぱたいた話を読んだようなことを思い出した。

信長・・あんた本当ひどいね。でも好きは変わらないけどw
カリスマ信玄を相当恐れていたらしいから倅に恨み倍返しだったのでしょうか。

確実に真似はできないと思われた瞬間


儚げで弱々しそうな印象の北条夫人だけど実は思いを貫く芯の強い女性。
時代は違えど同じ女としてかくあるべきか・・いやぁ〜とても無理だわ。

お墓も生害石も隣同士だった瞬間


2人の生涯石は松の根元に近く並んで・・。
あの世で幸せに過ごしていることを願ってしまいます。

確実に見習えないと思われた瞬間


信勝の生害石は2人のものより少し離れた甲将殿の傍らにひっそりと。
死に際し「まだ蕾める花が春が来る前に嵐で落とされるようで無念だ」という勝頼に、
信勝は「まだき散る花と惜しむな おそくとく ついに嵐の 春の夕暮」
歌を詠んで返したそうだ。この時、信勝は16歳。箕輪城で散った長野業盛もたしか
17歳くらいだったと思うけど、今の年齢にしてもたかだか20代くらいの若者が、
物の道理が分かりすぎてるというか、達観してるというか・・

怖くないはずないし、悔しく惜しく無念な気持ちもあるだろうけど、
それを押して分別する精神力や死生観・・教育ってすごいよねぇ。

どちらにしても首は・・だった瞬間


武田勝頼公父子の首を洗ったと言われているところ。
当時はここに水が湧く池があったんだそうですよ。

今は小川だった瞬間


景徳院の前を流れる日川。上流で発電用の取水をしているので水量が少なく、
どう飛び込んだところでタンコブを作るのがやっと・・という感じ。
昔、もう少し下流で釣りをしたけれど上流がこんなに細い流れだったとは!

かける言葉が見つからなかった瞬間


北条夫人に最後まで従った侍女16人が身を投げて殉死した場所は姫ヶ淵と呼ばれ、
北条夫人を含めた17名を表した石碑が建てられています。石碑の裏の淵をのぞくと、
ここもやっぱり跨げるような日川しか見えず、その当時の雰囲気はないのだけれど、
心静かな様子で祈る夫人と、従う侍女たちの姿を見ると胸が詰まる思いが。


甲斐大和駅から景徳院に登ってくる道沿いには勝頼一行が足をとめた四朗作や
小宮山内膳友信らが織田軍の滝川勢と死闘を繰り広げた鳥居畑古戦場の石碑も。

景徳院にいる間中、誰とも合わず自分の世界に浸ったおかげで
涙腺緩みっぱなしだったわ・・・いやねぇ年のせいかしらΣ(゚Д゚)!

だいぶ日が傾いて来たけど、ここまで来たら最後に小山田のアフォがいた
岩殿城を攻略して帰ろうと思いますw すっごいけど覚悟は出来てるわ!!



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2010.10.30 Saturday 22:34 | - | - | 武将の墓所と出生地 | 

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2020.02.14 Friday 22:34 | - | - | - |