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駿府城に登城!〜東御門・巽櫓編

日本100名城41番 駿府城に登城!

自分の強運を改めて確信した瞬間


張り切って夜中に起きたら大雨ですた・・Σ(゚Д゚)!
午前4時に家を出たものの豪雨のため海老名SAで2時間ふて寝。
8時に起きてとりあえず行くだけ行ってみようと向かったところ
途中でみるみる空が明るくなり、到着した時には超ピーカン!!
あたしって本当に強運。登城中がっつり降られることがないのw

敷地はやたら広いけど大場所は意外と少ない駿府城。
まずは「ザ・駿府城」の復元された巽櫓と東御門から。

お金がかかっていた瞬間


堀にかかる東御門橋を渡ってすぐの二の門は高麗門。
この一角からは気張って復元した感じがビリビリ伝わってきますw

堂々たる門構えだった瞬間


枡形に立ちふさがる入母屋造りの櫓門と多門櫓からなる東御門は
石落としや鉄砲狭間や矢狭間を持つ堅固な守りの実践的な門で、
普段は重臣たちの出入り口として利用されていたのだとか。

発掘で登場だった瞬間


東御門をくぐると本丸堀が目に入る。本丸堀は駿府城のいちばん内側の堀。
明治29年に埋められてしまったものが発掘調査で見つかり、一部が見られる。
駿府城はこの内堀や駿府城公園をぐるりと囲む中堀の他、市街化された三の丸を
囲む外堀もほとんどの部分が今もお堀として残っている珍しいお城。
天下普請で築城された家康の隠居城。城郭の規模がとってもイメージしやすい。

貸切だった瞬間


入場券売り場で100名城スタンプを押したらカレンダーをもらえたw
さっそく誰もいない東御門と巽櫓の中を貸切状態で見学します。

やせすぎだった瞬間


入り口では神君家康公の人形がお出迎え。でもなんかイメージと違う。
はて、こんな老人どっかで見たような・・としばらく考えていたら、
七段飾りおひな様の左大臣。弓を持ったおじいちゃんじゃないかとw

こだわりの建築だった瞬間


寛永年間再建時の姿を目指し、伝統的な木造工法で復元された東御門。
柱や梁はもちろん、天井板も床板もかなりいい木を使っている様子。
いい仕事してますね〜やっぱ気合いがびしびし伝わってくる感じw

珍しい造りだった瞬間


駿府城天守閣復元模型。駿府城には五層七階のメガ天守があったそうな。
天守台の上に直接建てたのではなく、天守台の中央に独立して建てた
天守丸構造だったらしい。天守復元の噂があるけどどうなんだろ?

瓦と違って頑丈だった瞬間


家康が城を築いた当時、二の丸東御門の大棟に載っていたと言われる青銅製の鯱。
寛永時の火災で堀の中に焼け落ち、昭和44年の二の丸堀整備工事で掘り出された。
復元された東御門の屋根に乗っているのは、これを忠実に再現した鯱なんだとか。

やっぱりどうも好みじゃなかった瞬間


東御門内の展示の最期には家康の鎧のレプリカが飾られている。
家康が若い頃に着用していた金色の甲冑。金陀美具足。
岡崎でも見た気がするけどあたしこの鎧あんまり好きじゃない。
家康の鎧は関ヶ原の時に着用したという黒い羊歯具足がかっこいい!

ビルはあっても・・だった瞬間


巽櫓入り口から県庁前の通りを見てお堀のある風景を堪能。
最近、空堀ばっか見て規模に感動することが多い気がするけど、
近世城郭の鯉が泳ぐ水堀は優雅でまた違った魅力があると思う。

部屋だけだった瞬間


巽櫓は三層二重の隅櫓。巽(辰巳)の方角に位置することから巽櫓と呼ばれる。
駿府城にはもう一つ西南の角に坤(未申)櫓があり、これは今、調査中の様子。
巽櫓の1階は畳敷きの広い部屋が2つ、ただ、展示品などは何もない。

水戸黄門を思い出した瞬間


巽櫓の2階はお茶壺道中の駕籠やお茶を入れた壺がどーんと展示w
お茶壺のくせに漆塗りの駕籠に乗せて運ばれ家康に献上されたんだって。
お茶壺道中といえば運ぶ役人が権威をかさに着て悪だくみをするイメージ。
たかがお茶じゃん。なんでお茶だけ特別なんだろう? 不思議だわ。

2階の展示には原寸大復元された「竹千代手習いの間」もある。
復元なのになぜここだけ撮影禁止か不明だけどモラリストあもは約束を守るw

家康(幼名・竹千代)は天文18年(1549年)から12年間(8〜19歳)、
今川義元の人質として駿府(静岡市)で過ごし、臨済寺(静岡市)の住職だった
雪斎和尚から学問を学んだと言われている。臨在寺にはその部屋が今も残っていて、
巽櫓にはそれを元に「竹千代手習いの間」が原寸大で復元されている。

四畳半だけど団地サイズの小さな畳が並べられた四角い部屋で、
障子のはまった窓際に小さな文机が置かれ、他に調度品は何もない。

前に忍城に登城した時、郷土博物館の特別展示で家康が幼少期に書いたという
「家康手習いの書」を見たことがある。人質として暮らす子供の頃の家康は
こんな部屋で一生懸命、手習いを書いていたのだと思うと少し切なくなる。

反射神経を試された瞬間


本丸堀側から東御門と巽櫓を眺め、他の遺構もろもろを見に行きます。
建物も遺構も見ている人は全然いないけど公園の中は憩い中の市民がたくさん!

中でも本丸周回レースをやっている小学生たちが切れ目なく次から次へと
必死の形相で走ってくるので、彼らのペースを乱さないようタイミングを図って
素早く横切りスタート&よけて渡るのが案外、難しいこの日の駿府城公園ですw

駿府城に登城!〜家康公像とお手植えミカン編へ続く


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2010.12.04 Saturday 15:02 | - | - | 中部(静岡県) | 

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2020.02.14 Friday 15:02 | - | - | - |