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佐倉城に登城!その2

西出丸から二の丸に戻り、いよいよ馬出しを見に行きます。

先に見えた瞬間


西出丸から戻ってくると馬出しより先に国立歴史民俗博物館
通称、歴博が見えてきました。噂では数時間ないと見切れないボリュームとか。
国立というからには何かいいものが見られるに違いない! 
でもまずは馬出しから。椎木御門跡を通ってビューポイントへ向かいます。

復元でもやっぱり見どころだった瞬間


椎木曲輪にあったコの字型の馬出しは昭和46年の発掘調査で確認され、
復元されたもの。現在の深さは3m。当時は5.6mもあったそうだ。

やっぱりろくでもなかった瞬間


この馬出しも連隊の兵営造る時、埋め立てられちゃったらしいよヽ(`Д´)ノキー!
長辺121m。巨大城郭らしい大きな馬出し。浅くなっても規模はよくわかる。

この後、歴博に向かい、9時半の開場と同時に入場。

数時間かかっても見切れないという評判とそれを裏付ける建物のでかさ。
そして国立の言葉にさぞかし価値あるものが見られるのかと思いきや、
説明用の資料展示が多いし、展示品も複製って書いてあるのばっかり。
古代から現代まで展示されてるから日本史の中じゃ戦国なんて一瞬のこと。
ボリューム少なくてちょっとがっかり・・おまけにお客が全然いないのに、
エリアごとに学芸員さんが立ってるもんだから、興味のない時代を見てる時、
長い説明とかされちゃったらどうしようと変な緊張してしまった。。
やっぱお城のボランティアガイドのおじさんたちが気楽で気さくでいいわw。

味も素っ気もなかった瞬間


1時間で歴博を出て100名城スタンプをもらいに自由広場の管理センターへ。

姥ヶ池が見えてきました。昔はかきつばたの名所で春先にはひき蛙が数千匹集まり、
昼夜7日間、蛙合戦を行っていたと江戸時代の書物には書かれているそうです。
天保年間になって家老の娘をあやしていた姥が誤って娘を池に落とし、
困り果てて池に身を投げたことから姥ヶ池と呼ばれるようになったらしい。

冬枯れのこととてかきつばたどころか蓮はおろか鳥の姿さえなし。

デリカシーがなかった瞬間


連隊の遺物・・訓練用の12階段。飛び降りの訓練したんだって。
高所恐怖症のあもには無理だけど、普通に考えて訓練するには
たいした高さじゃないような気もする微妙な階段です。
「壊すのが大変なため、戦後も残ったと考えられます」と書いてあった。
この辺は心霊スポットというか肝試しスポットにもなってるんだってね。

終了間近の瞬間


案内図を見ると三の丸の外か端になるようだけど盛られてますよw
ここを抜けると佐倉城めぐりも終了。ごっつ派手な遺構はないけど、
空堀とか土塁とかを含めて巨大城郭の縄張がよくわかるお城でした。

空堀ウォーキングはあきらめた瞬間


土塁ウォーキングに続き・・と思ったがこれを行くと戻ってしまう。
堀底の見える空堀があんまりなかったからね・・ジャングルジャングルで。
でもこういう場所一つ見ても、圧倒的土木量を感じられますね。

あわや・・と思われた瞬間


自由広場の端にある管理センターに到着。管理人さんは巡回中で不在Σ(゚ロ゚;)
スタンプもらえないのかと思ったら鍵は開いてて中に入れてよかったw
佐倉城は珍しく朱肉をつけて押すタイプのスタンプ。綺麗に押せました。

失敗した瞬間


管理センター内にはひっそりと三層四階の天守模型が。
1階は2階分の構造になってるのね。さっき本丸で見てきた
天守跡にこれが建っていたのね。やっぱ案内板置くべきだ!

天守模型を見て満足し入り口を振り返ると、そこにはパンフレットの山が・・
城内案内図ここで配ってたんかーー!! 朝早く来て損した気分。
パンフレットがないからあもは要所要所の案内板の縄張図をガン見で廻ったのだ。
管理センターやってる時間に到着してパンフとスタンプもらってから登城が正解!

それでももらってよかった瞬間


ここでようやく城内案内図と佐倉散策の観光マップを入手したので
高校横にひっそりと建っている大手門跡を見逃さずにすみました。
観光マップを見ると武家屋敷も近いようなのでついでに行ってみることに。
市民体育館の駐車場に車を停め、体育館の横の坂を下っていきます。

ジーザス!


地図を見ると住宅街の前にある小高い竹藪を登っていくようです。
この辺り、坂が多いみたい。この竹藪はひよどり坂という名前らしい。

突如、出現!だった瞬間


普通に住宅街の一角に復元された武家屋敷3件。見学料は210円。パンフつき。
3件並んでて見学は旧河原邸で入場券を買ってスタート。

突撃、お宅訪問の瞬間


まずはその河原さんのお宅から。身分に応じて屋敷の広さや造りに決まりがあり、
河原さんちは大屋敷ランクで300石〜1000石未満の武家屋敷。3件の中で一番。

くらっときた瞬間


鎧好きのあも。たとえレプリカでも甲冑を見るとドキドキしちゃう。
レプリカでもガラスケースに入ってんじゃないところが一層グッと来ますw
河原さんの鎧じゃないと思うけど武家屋敷に甲冑のある絵が素敵。

昼でも暗かった瞬間


武家屋敷のような、ぽくないような・・不思議な感じの部屋。
河原さんちの間取りは座敷・居間・納戸・玄関・次の間・仲の間・茶の間
土間・湯殿・男部屋・・でかい。米支給で自給自足の面もあっただろうけど、
何しろ庭も合わせて敷地が広いから住宅事情は恵まれてていいわね。

好みだった瞬間


次は但馬さんち。あたしは外観、解放感あるこっちの方がすき。
でも十分大きく敷地も広いけど河原さんちよりは石高少なく中屋敷。

おひとり様がうらめった瞬間


甲冑の前に座布団・・これは座って写真を撮れということですね?
あもはいつだっておひとり様・・・ミニ3脚は車に積みっぱなしだし、
もし持ってても必死のセッティング中、誰か来たら恥ずかしい。
こういう時、ひとりは失敗だなと思う。仕方ないので座布団に座り、
正座して礼儀正しく甲冑をしげしげと眺めておきましたw

御家人並みだった瞬間


裏庭には畑も再現。1石は成人男性が1年に食べる米の量だったと思う。
仮に100石取りだったとしても精米支給じゃないし大変だよね・・。
そりゃ裏庭で大根や菜っ葉くらい育てられなきゃやっていけないわ。

小屋敷だけど一丁前だった瞬間


最後は武居家。100石未満の小屋敷。敷地に大きな差があるというより、
式台を作っていいとかいけないとか家の造りの差が大きいみたい。

ちっさー!だった瞬間


まともな和室2つくらいしかなかったと思う。
何人家族で住むの? テレビもゲームもネットもない時代。
雨の日とか家族で終日一緒の部屋、気づまりだよねぇ・・。
ちなみに武居家だけ茅葺ではなくトタン屋根の微妙な作りです。

渋かった瞬間


佐倉藩士何某さんの写真と儚げな灯り、縁なし畳・・渋いわ〜
隣の部屋は資料展示があり、かまどや流しなども再現されていました。

管理センターで遅ればせながら散策マップを入手したので思いがけぬ見学w
次は本佐倉城と行きたいところだけど縄張図を手に入れていないので
模擬天守、千葉城へ向かいます。博物館、今度こそ期待!!



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2011.01.21 Friday 22:00 | - | - | 関東(千葉県) | 

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