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武蔵松山城に登城!

杉山城の後は吉見町にある松山城にも登城!

松山城も菅谷館杉山城、小倉城と一緒に国史跡、比企城館跡群のひとつ。

わけありだった瞬間


松山城に車で来た場合は吉見百穴の無料駐車場を利用します。
埼玉県民だけど吉見百穴に来るのはこの年になって初めてΣ(゚Д゚)!
穴が見たいだけなら入場料払わなくても柵越しに丸見えなんだけど、
松山城登城前にちょっと見ておきたいものがあるのでしぶしぶ入場。

入ったからにはだった瞬間


高いのか安いのか分かりづらい150円を払ったのでちらっとは見ておく。
観光さんが案外いるのにびっくり。しかも穴に出たり入ったり結構盛り上がってるw

怪しすぎた瞬間


吉見百穴は古墳時代の横穴墓群で確認されているだけで219も穴があるんだとか。
第二次世界大戦時には地下軍事工場として使われていたそうで、ここはその跡。
入場してすぐのところにあったので入って見たら暗くて怖かったわ・・。
武田信玄はこの百穴を見て、穴攻めを思いついたとかつかなかったとか。

目的達成の瞬間


150円払ったのは吉見百穴の資料館にある松山城の模型を見るためよ=3
松山城はあんまりイケてる縄張図が見つからなくてイメージがわかなすぎた。
そこで吉見百穴に模型図が置いてあるというので登城前に寄ってみたのだ。
手前からササ曲輪、本丸、右に移って二の丸、三の丸になっている模様・・・
しっかり覚えて入場券売り場に戻り、おばちゃんに登城口を聞いていざ出発!

・・のつもりがまた寄り道だった瞬間


松山城へは吉見百穴の無料駐車場から県道に戻った登城口から行くのが正規ルート。
県道までは10分ほどで途中に岩に挟まるように建てられた岩室観音堂がある。
山門ぽいけど奥には何もない。懸造りの堂で1660年に再建されたものらしい。

匠の技を感じた瞬間


こんな田舎の防衛拠点的な山城にこんな立派なお堂があったなんてね。
宮大工の技術って日本建築ってのは本当にすごいなと見惚れてしまう。

プチ霊場だった瞬間


堂を入って右側に岩道があって石仏が安置されている。
石仏は四国八十八ヶ所の本尊を模して造られたもので、
1度拝めば八十八ヶ所回ったのと同じご利益とかいうやつらしいw

観音様の無事はアンビリーバボーだった瞬間


2階にも上がれるので狭く急な階段を登って観音様を拝んでみた。
松山城は秀吉の関東攻略で前田利家や上杉景勝軍に攻め落とされ、
この堂宇も全焼したが、観音様は焼けずに残ったのだそうだ。

年季が入っていた瞬間


再建とはいえ古いからワイルドな骨組みに年代物の千社札がいっぱい。
端っこの方に行くと2階とはいえ、地味に通りまで高さが思った以上だったので、
高所恐怖症のあもは建築基準や何やらまで考えて急に怖くなりダッシュで退散・・。

本曲輪への最短ルートだった瞬間


観音堂の向こうには何もなく、日照のない凄まじい切り通しになっています。
ここを這い登れば本曲輪への最短ルート。でも見るからに滑りそうでとても無理!
と思いつつ、ようやく本来の目的である登城のため正規ルートへ向かうことに。

帰りにここを降りることになろうとは、この時はまだ夢にも思わず((((;゚;Д;゚;))))

いざ登城の瞬間!


バスやダンプがばんばん通る県道沿いに松山城址の登城口があります。
最初の部分だけ舗装された階段。もちろん観光さんなんかいませんw

欲しいのはむしろ簡易縄張図だった瞬間


関東管領上杉対北条の戦いが始まって以来、両者の攻防が続き、
すったもんだの末、小田原征伐で滅びるまでは北条の城だった松山城。
秀吉の関東攻略で前田利家や上杉景勝の軍に攻められ落城し1601年廃城になった。

鉄壁ではなさそうだった瞬間


正規登城口から入って本曲輪を目指すとまずはササ曲輪を抜けることになります。
城の南側にあたるササ曲輪は斜面と段になっていて堀底道も蛇行気味の防御。
吉見百穴の模型では櫓とかあったけど、杉山城を見た後だと何だか心配ですw

分かりづらかった瞬間


ササ曲輪から本曲輪に入る虎口。この先をぐっと回り込むと本曲輪です。
・・ってイケてる縄張図がないし、案内板少ないから分かりづらっ!! 
あもが持ってきたのは曲輪の位置だけ書かれた超簡易すぎる案内図のみ。
杉山城を見習って、もう少し要所要所に案内板を設置してほしいわ。

思ったより広かった瞬間


縄張図付の案内板、本曲輪に出現Σ(゚Д゚)! 多分これが一番詳しい。
その足元にある無粋なコンクリートの土台・・何の残骸なのか気になるわ〜

物見放題だった瞬間


物見櫓跡に建つ松山城址碑。本曲輪より少し高くなっています。
松山城は平山城で今も周囲には高い建物がないので見晴らしは抜群!
ここに櫓があったら四方とも相当遠くまで丸見えだったと思われます。
この城址碑の向こうは兵糧倉跡からさっき見た岩室観音堂へ続いている。

規模は大きかった瞬間


物見櫓跡の一番先端。規模の大きな空堀を挟んで向こうが二の丸。
兵糧倉方面は後回しにして先に見どころである空堀を見に行きます。

健脚が肝心だった瞬間


土橋もなけりゃ木橋もかかっていないので杉山城での曲輪間の移動は基本、
自力で降りて登る!です。降りる登るとなると結構しんどい傾斜なのよ。

案内板希望の瞬間


二の丸から春日丸、三の丸方面を見たところ。学校だか病院だかの建物はあるけど見晴らしはいい。
しかし案内板ないから詳しいことが全く分からないのよ。空堀の規模はちょっとすごいけど。

ちなみに松山城も夏場は超ボーボー。空堀や堀切も様子が変わるけど、
至るところにあるちょっとした土塁なんて全くわからなくなりそう。
自分で空堀登り降りすること考えると藪こぎ頻度も高くてつらいわね。

せっかく国史跡なのに・・だった瞬間


二の丸ど真ん中あたりに来ました。松山城は案内板にあった縄張図を見ると、
独立したそれぞれの曲輪を廻る空堀が複雑につながって面白そう。
でもうまいこと曲輪を見て回れるちゃんとしたルートも整備されていないし、
案内板は単発すぎだし、空堀を登り降りだと歩きやすいとこを選んじゃう。
だから歩いてるわりに何だかイメージしづらく、あもには繋がらないのよね・・。
大手も結局どこだか分からなかったし。なんだか残念な感じ。

空堀と堀切ばかり眺めた瞬間


ピンと来ないまま本曲輪に戻って城址碑裏にある兵糧倉跡へ移動。
資料不足を補うために150円払って模型まで見たのに全体がつかめないので
空堀や堀切のパーツばっかり眺めてしまう。超難易度高し! 激マニア向けw

防御のレベルが分からなかった瞬間


兵糧倉跡から堀切を挟んで本曲輪方面を見たところ。一段低くなっているので本曲輪内は見えません。
松山城は三方を市野川に囲まれた高台で天然の要害になっていて、
城内も立派な空堀があるけど、実際の堅固さはどうだったんだろう?
前田、上杉の猛攻を受けた時、守り手は300人前後だったというから、
このくらいの防御だと一撃であっさり落城したんじゃないかしら?

などと考えつつ先へ進むと予想外に岩村観音堂裏の切り通しに出てしまった。
終日ほぼ日陰の急斜面は湿った落ち葉がバッサーで見るだけで滑るのが分かる。
でもテンション下がってるから戻るの嫌だし・・意を決して特攻決定Σ(゚Д゚)!
カメラを首にかけて上着の中につっこみ、何があっても首から上は無事なよう
常に体を3点で支えてへっぴり越しでヨロヨロ降りる・・・ああ怖かった。
砥石城とかみたく気を利かせてまじでロープとか渡しといてほしいし。

今回の登城はこれにて終了・・てか何であたし小倉城行かなかったんだろ?

しばらく仕事がとても忙しいけど春はもうすぐ!
千葉と茨城攻略をしないうちに日照の長い遠出の季節になりそうだ…orz
お金よりなにしろ時間がほしい今日この頃ですw


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2011.02.25 Friday 21:28 | - | - | 関東(埼玉県) | 

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