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米沢林泉寺にて直江兼続の墓お参り

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上杉家廟所の後は上杉家・直江兼続の菩提寺になっている林泉寺にやってきました。

ワタクシが訪れたのはGW後半のこと。震災の影響で石灯籠などが崩れ、
米沢林泉寺も4月は拝観が出来ない状態だったそうだ。

歴史があった瞬間


門東町にあった家老職、竹俣家にあった門を明治になって移築した山門。
竹俣家に建っていた頃、藩主の鷹山公がくぐったそうです。

お手植えだった瞬間


山門をくぐってすぐのところに植えられた樹齢200年のしだれ桜。
鷹山公お手植えなんだそうです。年季の入ったしだれ桜は怖いような迫力がありますw

菩提寺ももれなく引っ越しだった瞬間


林泉寺は上越市の春日山城の麓に長尾家の菩提寺として建立されたのが始まり
こちら米沢の林泉寺は景勝公が30万石に減封されて米沢に入った際、
謙信公の遺骸や文書、宝物と一緒にこの地に移されたのだという。
春日山林泉寺に比べると境内は決して広くないけど本堂はかなり立派。

拝観料は本堂と宝物館見るのに300円。境内拝観するのに100円。
米沢の林泉寺の宝物館はたいそう充実している上、本物ばかり。
それで300円って安い。ちなみに境内拝観料の100円ってのは
上杉セレブ達の廟所・・つまりお墓の見学代。価値観がよく分からんw

撮影禁止なので写真が一切ないのが寂しいところだけど、
中には謙信や兼続直筆の書や直江兼続夫妻の位牌や毘沙門像とか・・
越後から持てるだけ持ってきちゃいました的なものを含む貴重なお宝が満載。
寺院ルールで仏様に手を合わせた後、お寺の方の詳しい説明を聞くことも可能。
おばちゃん達は感動の様子で拝聴。ワタクシは時間ないので挨拶して自由見学。

腕前なのか季節なのか微妙だった瞬間


米沢三庭園のひとつに数えられる林泉寺の庭。
曹洞宗で禅寺だから「雄大なつくりの禅庭」らしいのですが、
パンフレットや他の人の写真で見たような風景とはちょっと違いあれれな感じに。

墓参りも登城につぐ楽しみポイントだった瞬間


何気に戦国セレブの墓も結構お参りしているのではないかしら?
本堂の拝観を終えてルート通りに進むとまず直江兼続と船さん夫妻のお墓です。
天地人以降に立てるようになったと思われる旗で存在感ばっちりw

お墓も天地人だった瞬間


独特のお墓の形は「万年塔(堂)」といってこの地方にしかないものだそうだ。
直江兼続の考案だと言われ、有事の際は取り外して積み上げることで防塁にし、
直江家の家紋を表す三つの穴は銃眼として使えるようになっているんだって。
水害時は中が空洞なので土を詰めて土嚢にも出来るんだとか・・恐るべしw

セレブラッシュだった瞬間


甘粕備後守景継のお墓。謙信・景勝に仕えた豪勇の武将。
大河を見ないので聞きかじり情報によると天地人ではパパイヤ鈴木だったとか?
他に魚津城の戦いで有名な吉江宗信の墓(かなりこじんまり)なども。

信玄と謙信を思わずにはいられなかった瞬間


武田信玄の六男、武田大膳太夫信清の墓。
信玄の娘「菊姫」が景勝に嫁いでいた縁で天目山で武田家が滅亡した後、
上杉へ身を寄せ、高家衆として1000石の処遇をされ80歳まで生きたそうな。

「謙信は義理堅いから頼めば見捨てることはない。和睦して謙信を頼れ」

本当かどうか分からないけど信玄は勝頼にこのような遺言を遺したと言われる。
勝頼ではなかったけれど結果、信玄公の言う通りみたいになったことは感慨深い。
30万石に減封された後も信清の子孫たちも代々高家筆頭として処遇されたという。
大変な台所事情だけど預かったからには責任持って的な感じ・・上杉だなと思う。

信清の墓は五輪の各輪に禅の公案である「祖師西来意」の五文字が刻まれています。

上杉セレブ妻たちだらけだった瞬間


歴代藩主は上杉御廟所に葬られているのでここに眠るのは上杉家のセレブ女子。
柵と門で仕切られて別格な扱い。そのせいかちょっとお高い雰囲気ねw

愛する夫ではなく弟のそばだった瞬間


信清の姉である菊姫の墓。信玄の死後、上杉と和睦した勝頼が嫁がせた政略結婚。
武田の娘である誇りを持った女性で、甲州夫人として敬愛されたそうだ。
景勝が兼続を頼みに思うと同じく兼続の妻、船を姉のように慕っていたという。

81歳大往生のパワフル女性だった瞬間


上杉景勝の実母(上杉謙信の姉で長尾政景の妻)仙洞院のお墓。
上越林泉寺の住職を招き米沢に林泉寺を建立することに尽力したことから
林泉寺中興開基と称されています。仙桃院でなく仙洞院が正しいそう。

姉さん側室はハッスル女性だった瞬間


上杉鷹山公の側室、お豊の方のお墓。
お豊の方は30歳で10歳若い鷹山公の側室となり、養蚕の奨励をするなど
江戸にいる正室に代わって鷹山公の藩政改革を支えた才気ある女性。
領民に大変敬愛されていたという。享年81歳・・こちらも大往生w

ちょっぴり首をかしげた瞬間


セレブ妻たちの眠るお墓の真ん中にぽつんと置かれた丸い石。
詳細は忘れちゃったけどこの石はお寺や神社にありがちな
1回廻れば数回分と同じになるという「楽しちゃおう石」なのだそうだ。
何回分だか何十回だか分からないけど割り切って納得する人ある意味すごいw


もう来ることもなかなかないだろうから直江堤なども見たかったけれど、
時間的制約があるため米沢城登城はこれにて終了。次の目的地、山形城に向かいます=3



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2011.07.04 Monday 22:28 | - | - | 武将の墓所と出生地 | 

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