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2020.02.14 Friday  | - | - | - | 

篠山城に登城!

[日本百名城] ブログ村キーワード

日本100名城57番 篠山城に登城!

福知山城から車を飛ばすこと小1時間・・10時半を過ぎ暑さ増してます。

あまりにも無粋すぎた瞬間


ちょうどお祭りの準備をしているところで三の丸駐車場は利用できず、
少し離れた有料駐車場から歩いて登城。遺構の立派な石垣に目が行くので、
祭りで何かを映すんでしょうかね・・遠慮なく設置されたスクリーンが残念すぎる。

きっちりしていた瞬間


二の丸の周囲にめぐらされた内堀。角々しくきっちりとした縄張です。
藤堂高虎プロデュースだけあって今治城などにもある広い犬走りが特徴的!
軟弱地盤に高石垣を築くための工夫で、足止めした的を攻撃する場所にもなる。

しっかし強い日差しでやたらと目立つ真っ白なスクリーン、興がそがれるわ〜

西国大名の心中を慮った瞬間


山城と違って日陰が全くないから立っているだけで汗が垂れてきます。
帽子持って来てよかった・・扇子バサバサしながら案内板ガン見の確認。

篠山城は慶長14年(1609)徳川家康の命で築かれた天下普請のお城。
総奉行は池田輝政。藤堂高虎による縄張で加藤清正,福島正則,浅野幸長,加藤嘉明ら
西国大名20家が動員され、堅固な城だがわずか半年で完成したという。

名古屋城駿府城高田城彦根城・・・天下普請の城は他にもあるけど
清正好きのワタクシとしては西国大名の苦労や複雑な心中を思うと切なくなってきます。

小規模だけど一丁前だった瞬間


二の丸へ続く北側虎口。当時は手前の石畳の部分には平屋の廊下門が建っており、
石垣のあるところに櫓門がありました。高石垣の枡形で大書院は屋根しかみえません。
お城としては大きなものではないけれど西国に備える気合いが感じられる構えです。

あたらしく思えた瞬間


直線的な二の丸外側、枡形部分の高石垣。間近で見ると意外と高さがあります。
重火力の攻撃に備えた関ヶ原以降のお城だなと言う感じ。山城の年季の入った
苔むした石垣と違って遺構でありながら白く輝いてるところも新しさを感じ。

分かりやすかった瞬間


内枡形に入ると右に90度曲がったところに当時は中門があり、
中門を超えて左に曲がると二の丸の入り口である鉄門がありました。
前後を門と高石垣に囲まれた閉塞感はものすごいプレッシャーだと思う。
築城名人の縄張は念入り。門はなくても雰囲気は十分体感できます。

さりげなくアピールだった瞬間


天下普請に参加した大名の刻印のある石があちこちで見られます。

しょっぱかった瞬間


左に曲がって二の丸鉄門跡。今はしょっぱい模擬冠木門が建っているけれど、
くろがね門というだけに当時は鉄を打ちつけた扉のある櫓門だったそうだ。

石垣の上に登りたかった瞬間


鉄門の後ろは内堀と隔てる石垣。登ることはできないけれど
武者走りに登る階段が残っています。階段の幅は60僂らいかな?

破格の規模だった瞬間


廃藩置県後の廃城令で取り壊しを逃れたものの、昭和19年に火災で焼失し、
平成12年(2000)に再建された二の丸大書院。天守がなかった篠山城では
中核をなす建物で主に政務が行われていたそうだ。気になる総工費は12億円w
規模では二条城本丸御殿や二の丸御殿大広間書院に匹敵する建物なのだとか。
こちらが御殿正面で車寄、屋根には軒唐破風がついています。

何の主張もなかった瞬間


大書院入り口のすぐ横には大きな井戸が残っていますが案内はなし。
篠山城は遺構が多い割に要所要所の案内板がなさすぎなのが残念な感じ。

武家の御殿らしさ全開だった瞬間


大書院の中は撮影OK。大書院と展示室、シアター室に分かれています。
広縁には建ってから10年以上経つ今も木の香りが漂っていました。

気合いが感じられた瞬間


上段の間は最も格式の高い部屋で幅3.5間の大床、付け書院、違い棚、帳台構が
設けられています。こうした設備は書院が建てられた慶長期のことなのだとか。
帳台は襖になっていて、裏は5畳ほどあって武者隠しになっているらしい。
往時の雰囲気を再現するため狩野派の屏風絵を障壁画として転用しているそうです。
格式の高い折上格、欄間も柱も丁寧に再現。絵もぴったり合ってますね!

建物は密集していたのかもしれなかった瞬間


大書院の裏手から外を見ると奥御殿の間取りが書かれているのも見えます。
奥御殿がどれくらいの規模だったのか分からないけれど、二の丸多少広いとはいえ
この感じで建物がそこそこ建っていたら結構きつきつだったのかも。

御殿と言っても男前だった瞬間


書院を出て裏手に廻ってくると大書院の全景を見ることが出来ます。
入母屋造りの杮葺き。余計な飾りがないのが潔く、渋い感じが素敵です。

渋さ炸裂だった瞬間


破風板、懸魚に六葉、妻木連格子・・築10年ちょいに見えない感じがすごい。

見惚れるばかりだった瞬間


日本建築のすごさ、宮大工さんの技術には毎度のことながら感動です。
現存でも復元でもこういうのは本当に芸術。情熱を感じますね。

表も裏も虎口が特徴的だった瞬間


二の丸南端にある埋門。搦め手に通じる虎口で当時は多聞櫓形式の城門だったそう。
この周辺の石垣には築城に関わった大名の刻印がある石が多くみられるところで、
特に池田輝政の「三左之内」というものが有名らしいけれど見逃してしまいました。

なぜに全員じゃないのか謎だった瞬間


本丸跡にある青山神社。徳川三代将軍家光の養育係であった青山忠俊公を祀って
明治15年に創建されたもの。篠山城は江戸中期より青山氏が城主となり、
6代続いて明治を迎えていることから4代当主忠裕も合祀されているそうだ。

高虎恐るべしだった瞬間


本丸の隅櫓跡の石垣。二の丸から石垣を積んで一段高く造られた本丸は
隅に二層の櫓が建ち、そこからつながる多重櫓で囲まれた厳重な構だったとか。
天守台は築かれたものの、あまりの堅牢さに幕府が天守を作ることを禁じたとそう。

名残りを惜しんだ瞬間


関ヶ原後のお城だから比較的新しいお城になるけれど大書院はもとより、
綺麗な石垣や築城名人の縄張をリアルに体感できるので見応えがありました。

冬枯れの時期がベストかもだった瞬間


二の丸を後にして駐車場まで汗をかきかき、フーフーいいながら戻ります。
夏場で木々が鬱蒼として見づらいですが満面と水を湛えた外堀が見えます。

秒刻みのスケジュールだった瞬間


かなりの幅があることが分かる反対側の外堀。城郭を外堀に沿って半周廻れば
南馬出や武家屋敷などが見られるんだけど暑さと時間制限のため断念。。。

言われなきゃわからなかった瞬間


駐車場の近くに大手馬出の土塁の一部が残っているのを見つけたけれど
小さな家1軒も建たないくらいの面積部分がこんもりしてるだけでしたw


篠山城登城これにて完了・・しっかし暑いわ〜1城につきペットボトル1本消費w
次は遠征恒例のご当地牛食いで亀山牛を食べて光秀の丹波亀山城に向かいます!!




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2011.08.27 Saturday 17:10 | - | - | 近畿(兵庫県) | 

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