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松阪城に登城!

日本100名城48番 松阪城に登城!


最終日3日目は見事な石垣が残るという松阪城からスタート。
駐車場から歩いて来るまでもすでに見上げるほどの石垣だらけで期待高まる!
表門側から入って、まずはスタンプもらいに歴史民俗資料館へ向かいましょう。

残念すぎる登城が決まる瞬間


歴史民俗資料館でスタンプもらってパンフレットもらえばいいな・・と思い、
何も用意してこなかったワタクシ。いえ・・実はろくに下調べすらしてない。

そこで何はさておき資料館へいそいそと向かったところ悲しいお知らせひとつ。


月 曜 休 館


・・・う、うっそ〜んΣ(゚Д゚)!


ワタクシは夏季休業で曜日なんかとんと気にしちゃいなかったけど世の中は月曜日。
やっちまいました。改修工事中は何度も遭遇してるけどこのパターンは初めてかも?

いつもは本やネットで縄張確認したり、規模や見どころもざっと目を通すのに、
今になって気付いた松阪城のノーマークぶり。休館と知ってよくよく考えてみると、
パンフレットがもらえるとか、縄張的なものが書いてあると何を根拠に思い込み?
スタンプがもらえないこともショック! 迷い込み登城になったこともショック!

モチベーションが低かった瞬間


入り口にあった案内板で見た配置図の記憶と野生の勘を頼りに本丸方面へ向かいます。

松阪城は1584年(天正12年)日野6万石から伊勢松ヶ島12万石に移封された蒲生氏郷が
松ヶ島城が手狭だったことから四五百森(よいおのもり)と呼ばれる小山を選び、
4年の歳月をかけて築いた城。一二三段形式の平山城で当時は堀で囲まれていたそうだ。

氏郷にあやかりたかった瞬間


どこを見ても高い石垣だらけ!案内板の図を思い出そうと時々白目をむきながら、
とりあえず蔦の這う石垣に見とれる・・この石垣から出世の気とか出てないかしらんΣ(゚Д゚)!

信長の娘婿となり9万石からあっという間に92万石に出世した智将の蒲生氏郷。
特に興味を持って調べたり中心に書かれた小説とかはちゃんと読んだことないんだけど、
他でちょいちょい出てくるから出自から会津で亡くなるまでの出来事ざっくり知っている。
氏郷は智勇に加え、何やら品がありそうな感じがするのでとても興味深い武将だw

出来の悪い忍びだった瞬間


案内板がないのでどこにいるのかよく分かりませんが櫓台のある広場に出ました。
本丸はあの上なので二の丸になるのかな?と思っていたんだけど後で確認したら
本丸下段というところだったみたい。本丸が上下段に分かれている構造のようです。
ちなみに縄張図のないワタクシ。闇雲に本丸を目指したため二の丸はスルーしたようです・・。

かなり見渡せた瞬間


櫓台の方に進んで本丸へ。小山というより丘ぐらいで高さはそんなにない場所だけど、
本丸からは町が一望できます。氏郷は築城と同時に城下町の整備にも力を入れたそうだ。
旧領の日野から商人も多く呼び寄せたというから当時は栄えた街並みが見えたでしょうね。

むずむずしていた瞬間


えーーん怖いよぅ!! せっかくだからと頑張ってのぞいてみたけど腰が引けてしまう。
あと1歩分あるけどこれが限界。折れがなかったら真下をのぞきむようだったわ((((;゚;Д;゚;))))

くっきりだった瞬間


修復された跡がくっきりの石垣もいくつか目につきました。
詳しい事情は全く分かりませんけれど・・だんだんひがみっぽくなってきてますw

人気がないことだけは幸いだった瞬間


本丸は思っているより全然広い。周囲をぐるーっと石塁跡が囲んでいます。奥に見えるのは天守跡。
本丸には三層の天守があったそうだが、1644年(正保元年)の台風で倒壊してしまったという。

ディフェンス重視だった瞬間


天守の近くまで寄ってみました。天守には敵見櫓という付櫓がついていたようです。
本丸には他に金の間、月見、太鼓櫓などが建ち、それを取り巻く二の丸、三の丸、季代丸、隠居丸、
出丸といった曲輪があり、高い石垣をめぐらせ主要な門は枡形虎口・・やる気満々だねw

意外と地味だった瞬間


説明板とかもなく天守閣跡と書かれた石柱だけが立つ意外と狭い天守跡。
ここに三層の天守が建っていたのね・・思っているよりこじんまりしていたのかも。

名前で決めつけた瞬間


金の間櫓跡。写真で見るより実際に見た方がもっと広かったと思う。
どんな建物が建っていたのか分からないけど松阪城の本丸の建物っていろんな資料で
「そびえたっていた」と表現されるから、一二三段のてっぺんの本丸上段に建つ櫓は・・
特に金の間なんて大層な名前のついた櫓はけっこう目立つ大きなものだったのかもね。

まるで脱出だった瞬間


中御門跡の方に降りて行きます・・と言ってもこの時点では門の名前なんて知るはずもなく、
虎口になっていたのでルートだろうと向かっただけw 出来の悪い忍び、決死の脱出か。
おかげで二の丸だけでなく、本丸の裏手にあった希代丸跡も見逃してしまいましたし。

他力本願と決別した瞬間


ここにきて初めて中御門跡だということが判明。はぁ・・何だかわからず見るのってもったいない。
スタンプはもらえない上、準備不足で手探り登城にしちゃったから素晴らしい城跡にいるのに
いまひとつ気が入らない。この辺りでリベンジの決意がむらむらと湧き上がってきました。
ワタクシもう今後は絶対に入場料取られない城や城跡に来る時は自分で資料を必ず用意する!

名前しか覚えてなかった瞬間


本居宣長の旧宅「鈴屋」が記念館になっていますがやっぱり休館。でも特に残念ではないw
国学者本居宣長の自筆資料などの重要文化財などがたくさん展示されているのだとか。
・・つうか本居宣長って何した人だっけ? 日本史で覚えた記憶はあるけど分かりません・・。

リベンジするなら春だった瞬間


裏門跡から出ました。二の丸や希代丸方面の存在にまったく気づいてなかったのでw
野面積みの高石垣に風情の演出に一役買う石灯籠、そして桜の大木・・春に来たいです。

納得いかなかった瞬間


本居宣長記念館にも100名城スタンプ設置されてるので休館でも押した紙なんか置いてないかと・・

ないしヽ(`Д´)ノ

他にもスタンプ押しに来ていた人がいて、やっぱりがっかりしていました。
押した紙くらい置いておいてくれればいいのに。歴史資料館と2か所に設置してるなら、
休みが違うとこ2か所にすればいいのに。気が利かないとこ設置場所もあるんだなと思った。

後日談で駅の方だかどこだか、他にも月曜日やってるスタンプ設置場所があると知り、
それならそう案内出してといてくれりゃいいのに!となおさら怒りがこみ上げた。

ちょっぴり反っていた瞬間


石垣は蒲生氏郷の頃そのままだという。野面積みに切込接ぎ、そしてちょっぴり反り。
石垣の見事さで日本100名城に選ばれたという松阪城。場所により表情が違うのが面白い。

圧巻だった瞬間


駐車場までの帰り道はずーっと続く見事な高石垣をしっかりと見ながら。
鏡石みたいな大きな石も入ってますね。石垣沿いに歩くと迫力があります。
後で確認したら二の丸部分の石垣だったみたい。なんで二の丸気づかなかったかなぁ。


松阪城はこれにて終了。今回はしくじった感満載の登城になってしまいました。
どこにいて何を見ているか分かってない時が多かったから写真撮ってあっても、
ブログに書こうとして、これどこだ? みたいな・・めっちゃ時間かかったわ。
松阪城、絶対リベンジする。いつになるか分からないけど絶対リベンジします!!

小市民すぎた瞬間


松阪はご当地牛の本家本元ですからこれをスルーするわけにはまいりません。
気張って和田金ですきやきと網焼きを食べたけど、個室で煮るも焼くも仲居さんがつきっきりで
給仕してくれる雰囲気にのまれて何だか緊張してしまい、写真を撮るのも忘れました。
何から何まで世話を焼いてくれる上、仲居さんがものすっごく品のある綺麗な人で素敵すぎw
そういうお店と知らなくて・・肉はおいしかったけど小市民なワタクシには分不相応…orz


次は藤堂高虎の津城に向かいます!!



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2011.10.01 Saturday 16:45 | - | - | 近畿(三重県) | 

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