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津城に登城!

[藤堂高虎] ブログ村キーワード

三重県は今回でいったん終了にしたいので松阪城の次は津城にも寄っておきます。

午前中に登城した松阪城では歩くのが億劫なほどカンカン照りだったのに、
和田金でお昼を食べて津城に来たら今にも雨が降りそうな天気になってしまいました。
写真で見るより現場にいた時は「今にも」な感じ満載・・傘の用意がないワタクシ。
いざとなったらカメラだけ守れるようにタオルだけ持ってわさわさしながら公園入口へ。

なんちゃってだった瞬間


現在はお城公園として整備されている津城には三重の模擬櫓が建てられています。
本丸には5つの櫓があってそれぞれが多門櫓で連結されていたそうだ。
今ある模擬櫓は丑寅三重櫓のなんちゃって版。佇まいも位置も本来とは違うの。

何ごともなかったようだった瞬間


模擬櫓から右方向へ石垣に沿って歩くと本来、丑寅三重櫓があった櫓台が見えます。
昔から生えてます風な松の木もあり、石垣の風景として成立してしまっているけどw

それなりの迫力があった瞬間


丑寅三重櫓があった石垣の角を曲がって内堀を拝見・・本丸の北側になる部分です。
左側が本丸で当時は多門櫓が続いていたというこの石垣の先に戌亥三重櫓があった。
建造物は何もないけれど堀と石垣がずーっと続く感じはお城らしさが感じられます。

意味が気になって仕方なかった瞬間


公園入口になっている模擬櫓の前には藤堂高虎の句碑が建立されていました。
石は高虎と所縁が深い愛媛県から取り寄せたもので費用は100万円だったそうな。

しらはたや 花さく山の 一備へ

藤堂高虎が60歳の頃、関ヶ原の戦いを思い出して詠んだ句なのだとか。
その意味は・・・歌心のないワタクシにはさーっぱりわかりませんけどww

高虎に思いを馳せる瞬間


公園を入ったところに案内板があって配置図や当時の丑寅三重櫓の写真が見れます。

津城は織田信長の弟信包(のぶかね)によって築城された。
1580年(天正8年)には5層の天守閣が完成し、当時柳山付近が中心であった津の町から
町家や寺院が移され城下町が作られた。秀吉の時代に富田氏が5万石で城主となるが、
1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いで東軍に組みしたため西軍の攻撃を受け、天守が焼け落城。

1608年(慶長13年)藤堂高虎が伊予今治から伊賀上野22万石に入封すると津城の改修を始め、
本丸を広げ石垣を高くして角櫓を築き堀も整備したが、天守は再建されなかった。別名、安濃津城。

高虎君とご対面の瞬間


公園の広場の片隅にひっそりと佇む藤堂高虎公の銅像。大きいけれどとてもひっそりな感じ。

藤堂村の郷士の子として生まれた高虎は浅井長政・阿閉貞征・磯野員昌に仕えた後、近江を出て
信長の甥・織田信澄の家臣になるが長続きせず、羽柴秀長に仕えて中国征伐や賤ヶ岳の戦いで活躍。
秀長が死去するとその養子である羽柴秀保に仕えるが、秀保が早世すると高野山にて出家。
将才を惜しんだ豊臣秀吉に説かれ還俗し、伊予宇和島7万石の大名となった。

その後、天下人であった秀吉が死去すると高虎は徳川家康に近づいて親密になり、
関ヶ原の戦いでは家康に味方して伊予今治20万石の大名となった。
高虎は能力や忠義を家康に高く評価され、外様ながら譜代大名格をもらって重用された。

なかなかイケてる銅像だった瞬間


藤堂高虎といえばうさ耳黒漆塗唐冠形兜(くろうるしぬりとうかんなりかぶと)。
身長が6尺2寸(約190)もあったという高虎、銅像でも迫力だから戦場では相当目立ったわね。

藤堂高虎はワタクシの好きな武将ベスト10に入る。力が強い、本職である戦がうまい、
築城とか内政、外交など戦う以外の能力にも長けている、知性が感じられる、品が感じられる他、
文学や茶の湯、能楽や句など文化人な一面と押しだしのある堂々たる体躯だったら文句なしラブw

主君を何度も変えたとか家康に急速に接近とか嫌な感じに書かれることもあるけど、
伝わっている逸話やエピソードなどを見聞きすると、高虎は人となりがよく分かる武将。

放浪時代に餅屋で無銭飲食をした時、故郷に帰って親孝行しろと路銀を恵まれたことを忘れず、
大名に出征してから参勤交代の際に立ち寄って餅の代金を返したという話が残っていたり、
高虎が生前に遺した数々の教訓を家臣がまとめた遺訓二百か条を見ても納得なことも多く。

朝起きた時から今日は死ぬ番だと常に死を覚悟していれば心が動じることはない。

使っている者に良い者悪い者はない。それぞれの長所を見出して使えば人に屑はいない。
できない事を申し付けるからいけない。

ワタクシ死は覚悟しませんが、腹を括って仕事をしてますので非常に納得。
部下を持つ立場としても馬鹿とハサミは使いよう的理論にも非常に納得。

松下幸之助も似たようなこと言ってるので高虎も経営手腕すごかったのだと思う。




高虎を前から後ろから下から横からしつこく眺めてうっとりしてたら、ついに雨が降ってきました。


ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


いきなりどんだけの勢いだヽ(`Д´)ノキー!


自分が濡れて化粧が落ちても登城中に限っては別に気にしない! だがカメラ壊れたら困る!!
のんきにカメラ出してる場合じゃないから持参したタオルでひっくるんで両手に抱え、
高虎の後ろの天守台に向かってダッシュして「なるほどこれが」とざっくり見て終了…orz
西黒鉄門虎口跡から堀の内側にあたる石垣沿いを未練たらしくガン見しながら走ってもどりました。

無念すぎた瞬間


雨に煙る津城・・ちくしょぉぉぉぉぉ!! まだ見てないとこあったのに!!
今日は旅の3日目で帰宅の途中。まだ行くところもあるのでビニ傘買って出直す暇はない。
登城時、改修中に出くわすことはあっても雨に降られることほとんどないのに残念だわ。

三重は今回でいったん区切りをつけたかったけど、近畿方面はまだまだ全然行くので、
機会があれば伊賀上野城ももう1度行きたいからリベンジしてもいいかなぁ・・。

車に乗って次の城に向けて走り出したら雨が止んで晴れ間が出てきました。
恨みま〜す恨みま〜す・・恨み節とともにマジついでの伊勢亀山城跡に向かいます。


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2011.10.10 Monday 12:40 | - | - | 近畿(三重県) | 

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2020.02.14 Friday 12:40 | - | - | - |