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伊勢亀山城に登城!

お盆の話がまだ続いております。更新遅くてびっくりだΣ(゚Д゚)!

津城で藤堂高虎にうっとりした次は伊勢亀山城にやってきました。

絶対にわざわざは来なかった瞬間


公園として整備されるでもなく道路の横にぽつーんと見える伊勢亀山城の多門櫓。
案内板によると多門櫓は三重県内で現位置に現存する唯一の城郭建造物なのだそうだ。
とはいえ、当時は真っ白だったそうで、下見板などは後からつけられたらしいので、
もろまんまの現存ということではないようです。場所も微妙に違うという話もあり・・?
他に残っているのは石垣と堀・土塁の一部。何かいまいちアガラナイ登城です・・。

何もかもが残念すぎた瞬間


文永2年(1265)伊勢平氏の流れをくむ関氏が築城。関氏の時代中に現在地に移された。
天正18年(1590)豊臣秀吉に従った岡本宗憲が入城し天守、本丸、二の丸、三の丸などを築城した。

しかし出雲松江藩主の堀尾忠晴が幕府の「(丹波)亀山城を修理せよ」の命令を勘違いし、
伊勢の亀山城の修理を始めてしまい、石垣の修理の邪魔になる天守を撤去Σ(゚Д゚)!
撤去したところで勘違いが発覚したが、小藩にふさわしくないと再建はなかったそうな。
・・・ワタクシが思うにおそらく天守は壊すべくして壊されちゃったじゃないかと。
幕府も諸大名もピリピリしていたその当時、勘違いで・・ってありえないっしょw

現存する・・・といっても謎のドアとかついてる辺りがこれまた残念な感じ。

なんでSL?だった瞬間瞬間


多門櫓の道を挟んだ正面に楠門跡の標柱があり、その奥にはSL(C58359)が!!
鉄マニじゃないので写真は写しませんでしたが、「ここに!?」とびっくりします。
当時の縄張ではこの楠門の先に御殿のある二の丸、そして櫓門の太鼓門を経て三の丸と続き、
その先が大手門になっていたようです。見る影はありませんがそこそこ大きかった模様。
延々と白亜の壁が続く様から、別名は粉蝶城(ふんちょうじょう)とも呼ばれたそうな。

そんな風には見えなかった瞬間


亀山城内で使用されていた井戸で天正18年、岡本宗憲による築城の際、この場所にあった
与助鍛冶を城外へ移した伝承から与助井戸と呼ばれるようになったのだとか。
城外への抜け穴伝説もあったと言われますが、確認はされていないそうです。

立派だった瞬間


天守台だったと言われる石垣は高さもあり、野面積みの無骨な感じに貫禄があります。
三重県中部地震の時、崩落したのは昭和になって修築した部分だけだったのだとか。
好き勝手に積んだように見えるワイルドな感じだけど穴太衆の技術恐るべし!!

時代とかよく分からなくなっていた瞬間


関実忠が古城の鎮守として勧請した南崎権現社の神官、大久保但馬守邸宅の門だそうです。
時代とか背景がよく分からないのでいまいちありがたみがなくてすいません・・。

ぶっそう過ぎた瞬間


亀山藩御流儀心形刀流武芸形・・心形刀流は天和2年、伊庭是水軒秀明が開創したと言われる。
亀山藩士山崎雪柳軒が流儀を極め、武道場を開いたことから亀山藩御流儀になったそうな。
詳しい経緯は知らないけど、武道場を開いた雪柳軒さんは割腹したんだって・・・怖いね。

またしても木が邪魔だった瞬間


当時水堀だったところは今は学校のグランド。グランド入れないので道路から撮影。
多門櫓のグランド挟んだ真正面には細かいネットが張られて撮影には気合いが必要。
ネットの隙間から撮るか迷ったのですが、まぁいいか・・と妥協してしまいました。
水堀だった部分がそのままグランドになっているようで堀の大きさは感じられます。
案内板から察するに当時はその堀を経てさらに広い西の丸が続いていたそうです。

仇討より堀の風情の方が気になった瞬間


案内板によると石井兄弟仇討の碑・・元禄14年(1701)5月9日、この地で石井源蔵・半蔵の兄弟が
28年目にして父の敵、赤堀水之助を討ち取ったところなんだそうですが・・石井兄弟って誰?
歌舞伎や絵本で「元禄曽我兄弟」として取り上げられたそうですがワタクシ知らずにすみません。

今は沼っぽいけどこの場所も亀山城の西の丸に面した水堀の一部だったようです。
東西700m、南北500mと言われる当時の亀山城の縄張、数万石でも立派だったのねきっと。


埼玉に戻りがてら以前、ちょび残ししてしまったものの単発では登城しづらい城2つに寄りたい。
さぁ、急がなければ日が暮れてしまう。一路、愛知県の西尾城に向けてようやく三重県を後にします。



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2011.10.17 Monday 19:39 | - | - | 近畿(三重県) | 

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2020.02.14 Friday 19:39 | - | - | - |