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米子城に登城! その1〜登城開始編

飛行機は大っ嫌いですが、車で行ける城もそう残されていないので今回は思い切って空路で山陰へ。

耳痛に悩まされていた瞬間


ワタクシ鼓膜を破いたことがあり、耳ぬきも出来ず、気圧の変化にはめっぽう敏感。
高速道路とか走ってて海抜少し上がったらすぐ耳が痛くなるのでそりゃ大騒ぎです。
ですから飛行機は大の苦手。高度があがるにつれ耳から何か出そうなくらい痛いんだもの。
でも飛行機とか使わないといける城も限られてきたので今回は根性振り絞って乗りました。

鬼太郎お出迎えの瞬間


全日空で行ったので行きは「米子鬼太郎空港」。米子は全日空、出雲は日航なんだって。
お盆連休中だっていうのに朝か夕かしか飛行機ないから9時前に到着しちゃいました。
良く考えたら米子鬼太郎空港ってすごい名前。境港にはいかないので鬼太郎は最初で最後ですw

米子城到着の瞬間


今回は飛行機なので空港でレンタカー「プリウス」を借りて移動します。意地でも車だw
米子空港からナビに言われるまま走ることほどなく米子城跡に到着・・が駐車場がない!!
多分こっちは大手門側なのですが、駐車場がある二の丸方面に移動して登城することに。

念入りに確認の瞬間


標高90mの湊山に築かれた米子城。大手から入ると三の丸、二の丸、そして内膳丸があり、
山頂に本丸が配置されているようです。隠れた名城と言われる米子城。暑いけど頑張ります。

影が薄かった瞬間


縄張り図でいうところの二の丸の横っちょ辺りに無料駐車場があります。
何十台も停められるほど広くないけど朝っぱらから結構、車が止まっています。
米子城そんな人気か? と隣を見るとテニスコートが・・二の丸にあたるとこじゃない?
曲輪跡、御殿跡を使うだなんて贅沢。テニスコートを見ながら登城口に進みます。
大手側からの登城と違い、駐車場があるにも関わらず地味な登城になりますなw

気がづけば登城開始的な雰囲気だった瞬間


地味な登城開始です。二の丸の横を進む感じで上っていきます。朝っぱらから暑いよ。
標高はあまり高くないですが、まずはジグザグのぼりで中腹まで行く感じらしいです。

ヤブ蚊だらけだった瞬間


上り坂は他に比べりゃ大したことないんですがヤブ蚊がすごいったらありゃしない!!
酸素濃度が高いところで汗かいて二酸化炭素振りまく女・・都会じゃ最近刺されませんが何か。

野鳥の会が幅を利かせていると見た瞬間


ほどなくして本丸と内膳丸への分岐点に到着。左行ったら内膳丸。右は本丸。
大きな看板あるでしょ。このポジションってだいたい縄張り図があるパターンじゃない?
ところがどっこい。懇切丁寧な野鳥の説明これいかに・・Σ(゚Д゚)! 
色々鳥の種類は書いてあるのですが、落ちているのは黒いカラスの羽根ばかり・・悲し。

守りのかなめだった瞬間


当然ですがまずは内膳丸を先に見ます。内膳丸は当時、二重櫓が複数並んで武器庫もあった
米子城でもなかなか熱い場所だったようです。二段に作られていますのでまず1段上ります。
1つ目の虎口が見えます。ここに櫓がどーんと立っていたんでしょうね。武器庫もありますから厳重に。
内膳丸という名前は曲輪の構築に関わった中村家家老の横田内膳が由来になっているそうです。

武器だけじゃ広すぎだった瞬間


内膳丸は奥に奥にまっすぐ曲輪が連なる作りです。2つ目の虎口が見えるので最奥に進みます。
何もないから城跡に来た時は毎回思うのですが、内膳丸もかなり広いです。
詳しく分からないけど武器庫だけじゃなくって色んな「庫」があったのかもしれないね。

切ない感じが漂っている気がした瞬間


山陰の巨城、隠れた名城と言われながらパッとしなかったお城の歴史があるせいか、
だだっ広いだけの空間に、そこはかとない哀愁が漂っている気がしてなりませんw

米子城は応仁の乱の頃、山名氏によって砦が築かれたのが始まりで、出雲の尼子経久が伯耆に
攻め入って従えるが、交通の要衝として毛利氏などとの間で争奪が繰り広げられた。
その後、尼子氏が滅亡すると吉川広家が米子に入り、湊山に築城を開始。
四層五重の大天守、三層四重の小天守を備えた大規模な城だったが、関ヶ原合戦により毛利家は転封。
城の完成を見ずして広家も岩国に移った。その後、中村一氏の子、一忠が17万5千石で入城するも、
お家騒動から内紛が起こり無嫡廃絶。以降、鳥取城主、池田家の城代が置かれ明治を迎えた。

見事な巨城ということで一国一城令で取り壊されることもなく明治まで残ったお城でしたが、
維新後、士族に払い下げられた後は持て余され、お約束の解体→風呂の焚きつけという運命に。

崩壊寸前でも残ってさえいれば松山城みたいに今その姿を見ることが出来たのにね・・

更地にされなかっただけマシだった瞬間


内膳丸の石垣。これから行く本丸の天守台は復元修理されているそうですが、
ここの石垣はそのまま残っているものでしょうか。これから行く本丸が楽しみです。


米子城に登城その2に続く




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2012.09.08 Saturday 20:19 | - | - | 中国(鳥取県) | 

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2020.02.14 Friday 20:19 | - | - | - |