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諏訪高島に登城!

諏訪高島城に登城!


元々は戦国時代からある城で、当時は諏訪湖のほとりにありました、
葛飾北斎が書いた絵を見ると、本当に湖岸ぎりぎりに建っていて、
水の中に浮いているように見えることから「浮城」と呼ばれたそうな。
この角度で写真を撮ると当時の風情があるようだけど、実は湖遠い('A`)

ど真ん中だった瞬間


天守には「現存」「復興」「模造」とあり、
復興はそこそこ、史料に基いて建てられたということ。
どうせ建てるなら湖のほとりにすりゃいいのに…と思う。
住宅街のど真ん中に突然現れる天守。もったいない。

高島城門


城を見る時、門は結構すきだったりする。城門をくぐる瞬間は
たとえどんなにしょっぱい城でもやっぱりわくわくしてしまう。

お手入れが行き届く瞬間


城門をくぐって中に入ると少し庭園チックな公園になっています。
結構、家族連れがいたりして市民憩いの場になっているみたい。
桜の名所でもあるし、雪化粧した風景も写真で見たけどすごいよかった。

かけのぼる瞬間


初回だし諏訪も見たいので天守に登ります。大人は300円だったか?
中は1Fの郷土の企画展示と2F高島城の資料室。3Fが展望室です。

元は取れてた瞬間w


2Fの資料室には藩士の武具や古文書なんかが展示されていました。

元々この地は諏訪氏によって支配されており、戦国時代には諏訪頼重が
武田信虎の娘を正室に迎えて武田氏との関係を強化していましたが、
晴信(信玄)は父信虎を追放すると、まもなく諏訪に侵攻。

諏訪頼重は抵抗するものの降伏し、甲府に送られ自害させられました

諏訪は武田領になりますが、天正10年(1582)織田信長の侵攻により
武田氏が滅んで織田領になるも、ほどなく本能寺の変が起こります。

それを受けて頼重の叔父の子で諏訪大社の大祝を務めていた諏訪頼忠が蜂起。
諏訪の旧臣を集めて諏訪家を再興し、諏訪の地を取り戻しました。

その後、諏訪頼忠は徳川に帰属し、領地を安堵されますが、
家康の国替えに伴い武蔵国に移ると、秀吉の家臣日根野高吉が入封。
諏訪の浮城と呼ばれる城を7年をかけて築きました。

関ヶ原の後は東軍に組した諏訪頼水(頼忠の子)が旧領諏訪に戻り、
以後、10代忠礼まで270年間続いて、明治維新を迎えますが、
廃藩置県により城は破却され、本丸跡が高島公園となりました。

復興された天守は昭和45年(1970)に建てられたもの。

遠すぎた瞬間


本当はあのほとりに建っていたのよ。本当にすぐ湖だったのよ。
湖の向こうにうっすら見えるのは天目山。武田勝頼が自刀したところ。

妄想力は大事だった瞬間


湖畔にあった当時の風情を妄想力で補う・・・ん〜ダメか(*°∀°)=3
復興天守なんだけど絵になるというか、ちょっとした味はありますよねw


よい登城でした。




2009.09.23 Wednesday 16:17 | - | - | 中部(長野県) | 

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2020.02.14 Friday 16:17 | - | - | - |