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月山富田城に登城!(足立美術館寄り道)

米子城の次は日本100名城65番 月山富田城へ登城!

・・・とその前にせっかくだからと足立美術館へ寄り道。



世界一の日本庭園と横山大観で有名な足立美術館。時間ないけど無理くり寄りました。



入ったとこからまずこんな苔庭。わたくしは健康によさそうで苔庭が好きです。
でももっとこじんまりした坪庭の苔庭が好きです。部屋も庭も広すぎると落ち着かない。



米国の日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」の日本庭園ランキングで
他の名だたる名庭園を押さえて9年連続1位。アメリカ人の選考基準が分かりませんがとにかく1位です。



枯山水の庭園・・とパンフレットに書いてありました。書いてなかったらワタクシには
とても枯山水だとは気付けないなんつー奥深さw でも風雅です。日本人の美意識はすごいよ。



池庭もあります。手入れがとても大変なんだろうな〜と変なところに興味がいきました。



こういうおシャンティな演出も。生の掛け軸。城へとがっついている心も癒されます。
鑑定団で有名な横山大観の絵もたくさん展示されていて絵心ないながら「紅葉」が
とても素敵だなと思いました。思わずお土産でタオルを買うか本気で悩んだくらいw

寄り道だからとじっくり見てないつもりでもなんだかんだと地味に時間を食った上、
美術館の中の喫茶店(食事はカレーとハヤシしかない)でお高いカレーまで食ったので、
午後から天気が崩れるという予報だったこの日、月山富田城に向かう途中、雨が降り始め・・

着陣と同時にどしゃぶりだった瞬間


マジか!!!!! 山登らなきゃいかんのにまさかのどしゃぶり!!!
スニーカー持ってきただけで登山装備がないのに車出るのもイヤになるくらいの雨。
いつもみたいに車で来ていれば雨具と登山靴一式積んであるから何とかなったのに・・

会えそうになかった瞬間


山中鹿之助君のちょっぴりチンチクリンな像を見るのも楽しみにして来たのに・・
二度と来れないと思っても未舗装の雨の山道なんかカッパも靴もなきゃ登れやしない。
かっこよすぎるとかそういう問題じゃなくてなんかちょっと違うだろ・・と思いながら
歴史資料館の横に立つ看板の写真を撮らずにはいられません。ああ悲しや。

これも運命・・だった瞬間


資料館を入ってすぐのところにある机でスタンプを押してパンフレットももらい、
そのパンフレットが意外と立派で城の縄張が大きな紙面一杯に解説付きで載っているのを見ると、
埼玉くんだりから嫌いな飛行機に乗って来たのにここで大雨に見舞われたことがさらに無念で、
雨にぼたぼた濡れながらカメラだけタオルかぶせて外にある縄張図を未練たらしく撮ってみる。

あと30分遅く雨が降っていたら登り始めていたと思うけど、この降りでは途中で
結局引き返すことになったと思う。それくらいの雨。尼子氏と縁がなかったと思うしかない。

あきらめないって大事!だった瞬間


でも門前払いはあまりに無念だわ〜と思いカーナビとパンフレットの地図をにらめっこして
ダメもとで車で行けるところまで行ってみることに。1か所でもいいから何か見たいわよ。
と思って鼻息も荒く資料館の横の通りを奥の方に進んでみたらこういう場所にまず遭遇。

気合いでは解決できない・・ものには限度があった瞬間


史跡富田城跡全体地形模型 土砂降りの中カメラにタオルをかけて少し近づく。
・・は〜ん でも無理だよママン。これ以上行くと往復距離が地味に伸びて濡れちゃうよ。

ということで急いで撮ってピントのずれた感がどしゃぶりの残念さを見事に表現した写真w

先は細くモロ山道チックになっていますがレンタカーなのに遠慮もなくズンズン進みます。

女の執念岩をも砕くだっだ瞬間


はっはっはーー!!わたしゃ何てラッキーなんだ! 

様子のおかしい山道を対向車の不安に苛まれつつ強引に進むこと数分、いきなり山中御殿に。
山中御殿は菅谷口、塩谷口、大手口と三つの主要通路の最終地点になっていて、
三ノ丸・二ノ丸・本丸へ通じる要の曲輪・・・いわば月山富田城の心臓部!!
ここを登ればいきなり大場所を拝むことが出来るのよ!! 野生の勘ばんざい!!

そしてさらにラッキーなことにここに来た途端、雨が一瞬小降りに。

ええ、ええ もうここ最近は自分でも見ないくらいのダッシュで駆け上がりますとも。
体力ないけど振り絞って。雨いつまたガン降りになるか分からないし。

何もかもが1・3倍速だった瞬間


ひとまず御殿ど真ん中に行ってしまおうと起伏を味わうこともなくひたすらダッシュ。
雨がこぶりのままならどさくさに紛れて軍用井戸・・あわよくば鹿之助までも的なw

何はともあれ登城の瞬間


登城に置いてスタンプ押すだけで帰ったことはまだないワタクシ。何とか登城宣言完了!
しかし御殿まで来たらまた雨がそこそこ降り始めたのでうろうろしての距離は伸ばせず。
この看板の向こう側は塩谷口で本丸に続く道。本当はこの上登って御殿全景を見たかったけど。

難攻不落の山城が全く体感できなかった瞬間


先は長いでございましょ。本当だったら今頃はひーひー言いながら登ってたはずなのに。

月山富田城は中世山城址を代表する遺産として 昭和9年に国史跡指定を受けた重要な文化財。
日本で最大クラスの規模がある城跡です。歴史は長く古くは12世紀後半、源頼朝が出雲守護として
佐々木氏を任命したところから始まり、戦国時代に尼子氏三代の支配により最盛期を迎える。
一時は因幡、石見、備後など11国を支配するも、永禄6年(1563年)3万の軍を率いた毛利元就に
攻めこまれ、次々と支城を落とされてしまう。尼子軍は難攻不落の月山富田城に立てこもるが、
次第に士気が落ち、逃亡するものが続出すると1年半後、尼子義久は元就の申し出を受け開城。

尼子氏はその後、再興を目指して織田信長を頼り、羽柴秀吉が播磨に出陣するとその先鋒として
最前線の上月城で毛利相手に篭城戦を展開。しかし援軍に駆けつけた羽柴勢は毛利勢と闘わず、撤退。
孤立した上月城は開城し、尼子家の名将、山中鹿之助も捕らえられ護送中、備中にて殺害された。

主家再興を目指した山中鹿之助が「願はくは、我に七難八苦を与へ給へ」と月山に願った
エピソードは有名。ドラえもんにも出てきます。鴻池財閥は鹿之助の末裔だと中学だか
高校だかの歴史の授業でも聞いた覚えが・・鹿之助君の像は見れそうにないから残念だ。

落ち着かないことこの上なかった瞬間


多分菅谷口の方の石垣。なんせゆっくり見てる暇もなけりゃカメラも長く出しておけない。
タオルかぶしてさっと撮ってタオルにくるんで抱きかかえる・・わさわさしちゃってしょうがない。
まぁ全くの不登城でこの場にすら立てないよりズンとマシだけど、それにしても・・ねぇ。

あたしゃスパイか?


山中御殿は広いんです。石垣の上から撮るときれいに全景が撮れるみたいなんだけどね。
この写真も走って戻りながら振り返ってタオルはがして瞬撮したもの。味気ないわ。

悲運は続く・・?だった瞬間


車を停めたところからすぐ先に軍用池が見えました。あの向こうは御殿から続く道。
あれを行けば鹿之助君がいるはずなんだけどね・・尼子も悲運。私も不運・・月山富田恐るべしw


飛行機で遠征しての城めぐりだし、今回のメインはなんたって山陰の最大のデカブツ松江城!
色々な縛りがあって雨だから順番変えようって予定もそうそう変えられない。
やっぱ14時間くらいかかっても車で行くべきだったか!? そうすりゃ装備もあったしな。

悶々とした気持ちを引きづり、雨の中一路、松江市内を目指します。散策します・・・
鳥取・島根初日は松江市内でお城周辺を散策して終了予定だけど何せ、この雨。
散策=歩きだなんて正直萎えるわ〜明日の松江城が雨だったら泣きそうです。



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2012.10.18 Thursday 19:47 | - | - | 中国(島根県) | 

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