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小谷城へ登城!〜番所跡から桜馬場

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戦国バスに乗ったらあっという間に番所跡手前まで上がれました。徒歩登りはきつそうだったわ。

ツアー開始の瞬間


バスを降りて少し歩くと案内看板の立つ番所跡前。ここから本丸まで案内してもらうそうです。

念入りだった瞬間


ワタクシ、登城したり史跡を見たりする時は、ボランティアガイドさんや係りの人を見かけると
ちょいちょい話しかけて色々聞いたりするのですが、こういうツアーに参加するのは初めて。
まずはボランティアガイドさんが案内板でこれから見て回る場所の概要と流れを説明してくれます。
写真はちょうど今回はコース外だけど、山麓には家臣の屋敷があったことなんかの説明ですね。

残念だった瞬間


番所跡の手前には金吾丸という郭があります。浅井亮政の頃に六角と対峙している時、
越前から朝倉左衛門尉教景が援護に来て、この郭に陣を敷いたそうです。左衛門尉の唐名は「金吾」。
そこからで金吾丸と呼ばれるようになったとのこと。ツアーでは金吾丸には登れなかったので
上がどうなっているかは見られず広さなどは分かりませんが、何気に急斜面でなかなかっぽいです。
ツアーだとこういうのが残念ですね。戻りのバスの都合があるので往復の時間が決まってるんだって。

目論み通りだった瞬間


家族連れや熟年夫婦がガイドさんと話ながら張り切って先行しているので自動的に最後尾確定w
ポイントに着くたび耳をダンボにして説明を聞くことにして、道中のよもやま話はあきらめます。
迷子にならない程度に何がなんでも最後尾で行くわよ!!これも人の映りこまない写真のため。

セキュリティ大事だった瞬間


まずは番所跡から。城内への出入りを厳重に見張っていた場所だそうです。結構広い!
番所跡を過ぎると、ここから先は尾根伝いにほぼ一列の形で郭が続いて行きます。

立場変われば思いも変わる瞬間


番所跡から少し坂を登ると、急に見晴らしの良い場所に出ました。さっき登った虎御前山が目の前に、
そしてその奥にはかすんでいますが琵琶湖が見えます。この場所は小谷城を少し登ったところだけど、
本来、下の山麓には家臣の屋敷があったので、なるほど・・虎御前山から人の動きも見えたはずだ。
逆に虎御前山だって木々なんかなかったろうから、信長軍の存在がそりゃ丸見えだったってこと。
首根っこつかまれてる感じうっとうしいというか・・ものすごいプレッシャーですよね(´Д`)

名前とは裏腹だった瞬間


御茶屋敷〜お茶屋敷前でございま〜す・・・名前は上品ですが軍事施設だったそうです。
建物があった跡もあるそうですが、茶屋があったかどうかは分かっていないのだとか。
御茶屋敷の前は番所、すぐ後ろが御馬屋敷だから、お茶屋敷は違うんだろうなと思いました。

アブニモ負ケズ・・の瞬間


御馬屋敷の前には伊吹山の見える絶景が広がっていました。真ん中に飛び出てるのが伊吹山。
関ヶ原で敗走した石田三成が捕らえられた山・・小説で何度も読んでるけど実際見るのは初めて。
伊吹山って山頂に雪があるイメージでしたが、4月末で雪はなくなってしまったんだそうです。
この辺り、巨大アブがブンブン飛んでいて怖かったけど、首をふりふり景色を堪能します。

アドレナリン全開だった瞬間


姉川の合戦の際、信長が陣を置いたとされる竜ヶ鼻も丸見え!! 横にびよーんと伸びてる小山が
竜のようだということで、その先端が竜ヶ鼻と呼ばれていたのだそうです。後で行くわよ待っとれw
そのずっと奥の方には関ヶ原があるということで、歴史の舞台を俯瞰している気分は最高!!

足元注意!の瞬間


小谷城はメインの通路の地面、だいたいこんな感じです。時々、落ち葉たんまり積もった道。
ワタクシは虎御前山で落ち葉だらけの道をスニーカーで登って歩きづらかったのでバス乗るのにどうよ?
と一瞬思ったけど、登山靴に履き替えて来て大正解! グリップがきいて足首固定できるのは楽です。
登城する際は間違ってもサンダル履きとかク○ックスとかで行くのはやめた方がいいと思いますよ!

マイペースだった瞬間


ワタクシが歴史舞台の俯瞰でいい気になっている頃、みなさんはすでに後ろの御馬屋敷にいましたw
ということでロクに説明を聞いていませんでした・・ハイ。ここでは馬が飼われていたようです。
砥石城では武田軍に水がたっぷりあることを見せるため、白米で馬を洗ったという話もあったけど、
山の中で馬を飼うってリアルに考えるとすっごい大変よね。第一わざわざエサ運ぶのもコトだし、
山城は水の確保だって場合によっちゃ大変なのに馬が飲む、洗う水までねぇ・・つうか、
出陣の都度、馬の出し入れも何気にストレスでは? 負け戦だった日にゃ登る気力もありゃしない!!

・・・何の話だ。面倒くさいこと嫌いな自分ベースの発想をしてしまいました。

やっぱり水は貴重だった瞬間


御馬屋敷のすぐ横には馬洗池と名付けられた小さな池がありました。やっぱ山城において水は貴重。
馬を洗ったというよりは城の飲料水確保の溜井だったという説が有力なんだそうです。
周りは石で囲いをして、底の方も水が無駄に吸い込んで行かないような工夫がしてあるみたい。
城内に井戸は3ヶ所と言ったかな?(↑余計なことを考えているので肝心なところを聞いていない)

効果はいかに?な瞬間


馬洗池から少し登ると首据石がありました。罪人の首を晒すための石で、天文2年(1533)、
六角氏に内通した今井左衛門尉秀信の首が晒されたと言われているそうです。
石の形からすると、ちょん切った首が安定感を持って乗っかりそうにないですけどねw
奥の方を御一行さんが先行しています。結局、ちらっと写真に映りこんでる時点でどうかと
薄々思ってはいますが、ワタクシ未だ最後尾キープ中。後できっと甲斐を感じる時が来ますよw

クライマックス目前だった瞬間


首据石を過ぎると、すぐ分岐が出てきます。まっすぐ行くと黒金門を経て本丸方面へ。
右へ行くと赤尾屋敷跡になります。赤尾屋敷跡は小谷城で絶対に見逃してはならない場所!
そう、浅井長政が無念のうちに自刃したと言われているのが、この赤尾屋敷だからです。

長政の気持ちになってみる瞬間


元亀2年(1572)8月27日、小谷攻めをしていた秀吉によって京極丸が落とされ、本丸にいた浅井長政は
父、久政のいた小丸と分断されてしまいます。その後、小丸を攻められた久政は自刃。
父を助けることも出来ないまま翌28日、信長から本丸に攻めこまれた長政は赤尾屋敷に逃れ自刃しました。

もはやこれまで・・死を覚悟した長政は無念と失意を抱えて、この細い道を歩いたんでしょう。

先の見えない細い道・・行き止まりの赤尾屋敷・・死に場所を探して歩く長政の耳に、
背後の本丸に迫った信長軍の声は聞こえていたのかな? むしろ静寂を感じていたのだろうか?
信長を裏切った時からこうなることは分かっていたのかしら? どのくらい覚悟してたのかな?
秀吉に託して落としたとはいえ、お市さんと三人の娘もきっときっと最後まで心配だっただろう。
名を残す、朝倉への義理を果たす、父の考えを尊重する・・この日まで自問自答どれくらいしただろう。

ワタクシ、いい感じに長政の気持ちになったつもりで歩いていました。

すると先行しているはずの御一行様の中のおっとり歩いていたおばちゃんにうっかり追いついてしまい、

いいわよね〜小谷城。わたし遠藤周作の本を読んで来てみたいと思っていたの!


と話しかけられてしまいました!! 遠藤周作はいいんですけど、わたしゃ今、長政なんですよヽ(`Д´)ノ

この細い道、落ち葉が積もっていて歩きづらい上、片側が急斜面になっていまして、
おばちゃんはどうも足が悪いらしく足元が怪しいので、もし転がり落ちたら困るわ〜と思い、
ワタクシは引き続き、長政になって後の話は上の空で聞きながらも、すぐ後ろをついて歩いときました。
夫婦で来ているのに旦那はさっさとガイドさんと先に行って・・夫婦仲睦まじかったという
長政ゆかりの地に来ているのに「オイ旦那、どうなってんだ!」とマジ本気で思いましたし。

さらにマイペース過ぎた瞬間


赤尾屋敷にたどり着きました。奥の方にガイドさんが何か説明しているのが見えますね。
ワタクシそれくらい本気で長政になったつもりでゆっくり歩いて来たってことですw
だから肝心な所の話を聞けよ!って話ですけど、追いついて耳をダンボにしてみたら、
ラッキーなことにまだ赤尾屋敷と急斜面の郭の作りについての話なんかしてたみたいで。

何気にお得だった瞬間


で、追いついたところで、長政がこの地で自刃したと言われていますという説明のくだりが始まり。
ワタクシ、御一行さんに追いついちゃったから、肝心なところで写真撮るの相当待つかな?と思ったのですが、
よくよく考えてみると、この御一行がたまたまそうなのか分かりませんが、案外みんな写真撮ってないの。
一眼持ってる人が2人ほどいるだけで、あとはスマフォで琵琶湖が見えた景色とか伊吹山の風景とか
そういうところは撮ってたのを見たのに、これまで見て来た遺構とかこの自刃の場所とかほとんど。

なわけで説明の後、ガイドさんが「じゃあ戻ります」と言ったらさっさとみんな行ってしまい、
ワタクシまたまた自動的に最後尾キープ。自刃の地でしばし長政の最期を思って佇みました。
その時、長政は何を思っていたんだろう〜本当に悔いはなかったのかな〜とかね。

それでも例のおばちゃんにはまた追いついてしまい、ちょいちょい話しかけられたのですがw

それはどうでもよかった瞬間


赤尾屋敷から先ほどの分岐に戻ってくると桜の馬場に出ます。本丸直前の郭です。
高さの違う郭が3つ連なっているところで、大河ドラマのロケ地になったところなんだとか。
ガイドさんから「ここでお市さんが小谷に嫁いでくるシーンが撮られました」と説明されると、
御一行様は一番食いついていました。「ここにスタッフが機材持って来たの?」とか質問出てたりw

絶景ポイントだった瞬間


桜馬場の先端からの眺望は素晴らしいです。何がどう見えるか分かりやすいので、
ワタクシの下手な風景写真ではなく親切丁寧な解説入りの案内でご覧いただきますよw
この場所は本丸のすぐ下。きっとお市さんもリアルにこの景色を見ただろうと思いました。

ズレズレだった瞬間


桜馬場には浅井氏及家臣の供養塔もあります。長政が自刃する時まで城と主を守ろうとした
多くの浅井家臣が命を落としたんですよね。戦国のならいとはいえ切ないことです。

奥の石碑は明らかに城跡が整備されてから建てられたものですが、あんなでかい石を足場の悪い山道
わざわざ運んできたのはご苦労ね。車は無理だからどうやって運んだのか地味に気になりましたw


この後は黒鉄門跡から大広間に入り、本丸〜大堀切を見て回ることになります。
思った以上に長くなっちゃったので次のエントリーで小谷城完結にしようと思いますww


小谷城へ登城!〜黒金門から本丸編 へ続く。


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2013.06.03 Monday 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) | 近畿(滋賀県) | 

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