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小牧山城に登城!

[城めぐり] ブログ村キーワード

足が引き続きもげそうに痛いけど加納城から小牧山城にやってきました。
自分が一度決めたことはやり遂げるのよ!! どうせ帰りがけなんだから「ついで登城」コンプリートするの。

念じれば通ずだった瞬間


ナビに従い到着したものの、城のある小牧山周辺は市民憩いの場になっているらしく、
午後2時も過ぎた頃おっとり訪ねたところ、有料駐車場は満車」で1台待ちΣ(゚ロ゚;)
周辺に駐車場らしき場所がなく、模擬天守のために駐車場待ちするのか、
今回ここを残したら多分このためにだけは絶対来ないからなぁ・・
と考えながら駐車場の前に戻ってくると待ちはいない上、ちょうど1台出るところ!!
やっぱワタクシ持ってる!! ほくそえみながら登城する運びとなりましたw

あ、小牧山城は小牧城とも言われるようだけど、ワタクシは小牧山城と呼んでおこうと思います。

信長じゃなかった瞬間


入り口に土塁断面が展示されています。現在残る土塁は徳川家康が小牧・長久手の戦いの時に築いたもので
幅10m、高さ3m程の規模。 土塁の外側の堀底から測ると土塁の高さは5mにもなるんだそうです。

小牧山城は永禄6年(1500)、信長が美濃攻略の拠点として濃尾平野が一望できる小牧山に築いたお城。
信長は清州からここに移り、本格的な城下町を作ろうとしていたと言われていますが、美濃攻略後、
岐阜城が出来ると小牧山城は4年で廃城。そして本能寺の変後、小牧・長久手の戦いで徳川の拠点になりました。

さまよっていた瞬間


パンフレットとかないし、ワタクシも今回はプランBで登城したため何も準備がなく、
登城口はどこだと小山を眺めながら痛い足を引きづり、やみくもに歩くしかありません。
拠点ごとに設置された案内板だけが頼りΣ(゚Д゚)! このあたりは帯曲輪だったよう。
右の方に見えるのは信長時代の井戸が復元されたもの。当時、武家屋敷があった場所なんだとか。

謎だった瞬間


トボトボ歩いていると復元された虎口を経て「織田信長公居館跡、曲輪402」というところに出ました。
曲輪402は75m四方で一番面積が広いから(!)信長の居館跡では?と推定されているらしいです。
でも発掘調査では堀跡しか見つかっておらず、どんな建物が建っていたとかは分からないんだって。
一番奥に見える土塁は小牧・長久手の戦の際に築かれたもの、左側は信長の頃の土塁と堀です。

ある意味迷子だった瞬間


信長の頃の土塁と堀に近づいてみました・・よく分からないけど多分これは復元ですよね?
小牧山城はこういう小規模の土塁と堀で曲輪間が区切られていたということみたい。
ちなみに土塁と堀の左側は「曲輪403」になります・・・自分で言ってて分かりづらいわ。
そんなことより・・どうでもいいから早く登城口よ現れてくれーーー!!どっから登るんじゃ!

地獄で仏だった瞬間


挫折しそうになりながら山麓を半周歩いた感じのところで、ようやくそれっぽい所に出てきました。
多分そうとう無駄に大回りをしてます。ボーイスカウトの子がバンバン走って来たので道を聞きます。
彼らイベントでスタンプラリーみたいのやってるらしく、行くからついてきて!と言ってくれるので、
今どきの子供も親切じゃないか、さすがボーイスカウトだわ!!と思ってついていくと・・・

仏どころじゃなかった瞬間


ボーイスカウトども、急斜面に設置された階段をすっさまじい勢いで駆け上って行っちゃったΣ(゚Д゚)!
・・・登り口が分かったから大丈夫よ・・この先ひたすら階段。足が本当に上がらない。つらすぎる!!
ワタクシ完全に間違えた。人がいないからもっと楽な道があったはずだと野生の勘が告げています。

己に勝った瞬間


悪魔に打ち勝って決死の思いで山頂までたどり着きました(普通の人には多分なんてことない)。
足が痛いけどうろうろしてベストアングルを探しますが・・小牧山城はそういう場所ないの。
後ろに下がりきれず木も邪魔で撮りづらかった岡崎城と同じく、どこに立ってもアングル微妙。
模擬天守とはいえ、どうせ建てるならその辺のことも計算してくれるとありがたいよね。
この模擬天守、昭和42年に名古屋の実業家が私財を投じて建て小牧市に寄付したものなんだって。

信長を思う瞬間


悪魔の囁きに負けず登ってよかったと思ったのは、主郭に残っている石垣が見れたことかな。
つい最近まで発掘調査をしてたみたい。主郭の周囲だけ石垣で囲まれていたそうです。

さすがすぎた瞬間


今は大部分埋め戻されて何ごともなかったように草が生えていますが、案内板見ると大きな石垣の奥に
裏込石がびっしり詰まっている様子などがあり、岐阜城を建てるより前の小牧山城にしてすでに信長は
石垣の城を作っていたんだな〜としみじみ思って、きつい道を登ってきた自分を励ましましたw

ずさんに思えた瞬間


発掘の際、取り出したらしき裏込石がそこら辺に数か所ばかり山積みになって置かれていました。
必要な調査を行い、整備工事で石垣の背後に戻します・・と書かれた説明紙がロープに揺られてます。
平成22年からもう3年経つけど、この管理で大丈夫なんでしょうか? ちょっと心配になります。

城風で決まりだった瞬間


模擬天守にも色々あるけど、小牧山城のはあまり城っぽい感じじゃないです。寺とか古い旅館ぽい?
と言いつつベストアングル探してるわけじゃなく、ワタクシ反対側にも発掘跡を見に来ていますw

かしこすぎた瞬間


主郭の斜面になるこの場所は当時、上下2段(一部は3段)の石垣が70度の勾配で築かれていたそうです。
木の根っこと手前の大きな石の間は、今は埋め戻されて分かりづらいけれど段差のついた岩盤になってて、
そういう場所は石垣を組まないで、岩盤を削平して垂直面を石垣のかわりに利用していたんだって。

ぬけがらだった瞬間


歴史館となっている模擬天守には登らなかった、いや、登る気力さえなかったワタクシ。
小牧山で最後に撮ったらしきこの写真・・どこ? 長久手方面を眺めた気はするんだけど記憶なし・・。

よくよく考えたら古戦場めぐりで、そのうち長久手にも絶対に行きたいと思っていたから
小牧山城はその時でもよかったんだわ・・また近く行かなきゃとこのエントリーを書きながら思う次第w
小牧・長久手の合戦はワタクシ的には結局よく分かってない戦なので勉強してからそのうちね。

山頂からの帰りは人がぞろぞろ上がってくる方向・・(こっちがふつうの登城道)を逆走して、
今度は緩やかだけど長ーい距離の坂道を歩いて降りて、駐車場まで無事奇跡の生還w

足がもげるとか疲れたとか言いながらまだまだ陽が高いので、次は信長が小牧山城に移る前にいた清州城に、
模擬天守の派手派手な城ではなく「信長の銅像」を見に行ってみます!! 懲りないわ〜w





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2013.07.13 Saturday 21:03 | comments(0) | trackbacks(0) | 中部(愛知県) | 

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