<< September 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
<< 安土駅前の信長像とセミナリヨ跡 | main | 観音寺城に登城!その2 >>

観音寺城に登城!その1

[日本百名城] ブログ村キーワード

日本100名城 52番 観音寺城に登城!

張り切っていた瞬間


セミナリヨ跡から9時開門のスーパー林道を通り、観音寺城登城口のひとつ観音正寺にやってきました。
観音寺城はワタクシの「たぶん登城したい城と城跡ベスト10」にずーっと入っていた城跡よw

城跡に行くにはいくつかルートがあるけど、こんな巨大な山城をイチから登るだなんて無理すぎる!
でスーパー林道を通って、山の中腹あたりに位置する観音正寺スタートのルートにしたんだけど、
やっぱり巨大山城、そうそう楽は出来ないらしく、このお寺からして難儀なこと、まぁ難儀なこと・・

リアル天国への階段だった瞬間


城跡への入口は観音正寺の中にあるから、まずお寺にたどり着かなきゃ始まらないんだけど、
なんと、この自然石の歩きづらい階段を1300段も登らな到着出来ないという・・Σ(゚Д゚)! 
体力のなさすぎるワタクシ。数十段上っただけで息切れ。数百段上ってペースダウン幅さらに倍。
手すりにぶら下がって這うようにヨロヨロ歩き、半分を過ぎた頃にはほぼ瀕死の状態です。

お見通しだった瞬間


普段こんな階段を登らないから仕方ない・・心の声がMAXになった頃、これが出現( ;゚Д゚)
そんな余裕がないから何段ごとか忘れたけど、定期的に仏様のメッセージらしきものが出てくるのよ。
思い立ったら矢も楯もたまらず、蒸し暑い梅雨の最中、わざわざ奇襲のように出陣したのは自分。
思ってる以上にみじめにならないよう、体力の代わりに与えられた根性を使って登っていきますw

迫力のお出迎えだった瞬間


息もたえだえ、ほうほうの態でたどり着いた観音正寺の入口。やっと苦しみから解放されました。
あやうく登城を忘れそうになるくらいの言い知れぬ達成感を感じている自分を持て余しますw
観音正寺は西国33所巡礼の32番札所。西国札所の中では最も難関な札所と言われているそうです。
中高年以上の巡礼さんがここを普通に登っているなんてマジすごすぎ!と本気で思いました。

由緒正しかった瞬間


観音正寺の境内は花木の手入れもお掃除も行き届いていて、とても気持ちのよい雰囲気。
1400年前、この地を訪れた聖徳太子が人魚に会い、人魚に頼まれて自らが千手観音の像を刻み、
堂塔を建立・開創されたのが縁起だそうです。この山の中で人魚?と思ってしまいますが・・。

建設の苦労を思う瞬間


本堂は1993年に火災で焼失し、2004年に再建されました。火災の前は重要文化財だった千手観音立像や
聖徳太子が寺を開く元になったことに絡んでいるらしき人魚のミイラ(!)などがあったそうです。
本堂の右手にはたくさんの石が積まれています。仏様やらお釈迦様やらお地蔵様の姿も見えます。

盛り上がってきた瞬間


いよいよ観音寺城だと思ったらウキウキしすぎて境内の登城口の写真を撮り忘れました(ノд-。)
境内の大仏様とかが並んだ脇にある小道をふっと入るとすぐ、こんな山城チックな風景に!!

余すところなく見たい気持ちは山々ですが、観音寺城は何しろ山ひとつ丸ごと城という巨大城郭。
全部に見て回るにはかなりの時間と体力はもちろん、準備や装備もないと遭難するかもしれん。
今回は・・といって果たして次があるかは不明だけど、本丸>平井丸>池田丸側を攻略します。

虫よけ必須アイテムだった瞬間


観音正寺から本丸へ向かう道すがら、ちょいと入ったヤブの中に供養塔と供養碑がありました。
ヤブ蚊に食われながら近づいてみると「佐々木家累代の墓」の文字が。内容は・・とにかく供養よw
建立者の名前が佐々木さんとなっていたから子孫などゆかりの方が建てたものなんでしょうね。
源氏の名門、佐々木六角氏の居城だった観音寺城。供養塔は新しいけど名前を見ると雰囲気出てくる。
それにしてもヤブ蚊がハンパない!!シャッター押す指に2匹もとまりやがったヽ(`Д´)ノ

かゆすぎた瞬間


ズボンにも数匹単位でたかってくるしつこいヤブ蚊どもに襲われながらヤブ漕ぎをしていくと
ようやく本城跡に到着しました。山城に一番向かない梅雨の最中の登城だから仕方ないけど
供養塔から本城跡まではそこそこ山道で樹木ワッサー状態。蚊に食われてかゆいのか、
得たいの知れぬ草木の刺激でかゆいのか、べとべとの汗のせいか・・かゆすぎてたまらない。

観音寺城は佐々木六角氏の本城で中世の代表的な山城。応仁2年(1468)に完成しその後、
鉄砲に備えて大々的に石塁が改修されたそうです。永禄11年(1568)将軍足利義昭を擁して
京都へ上ろうとした信長の通過を拒否して攻撃を受け、支城であった箕作山城が落城すると
六角義賢は城を捨てて逃亡。近江の名門六角氏は滅亡し城はそのまま残されました。

謎すぎた瞬間


広い本丸跡。六角氏の頃にはもちろん天守はなく、2階建の屋敷があったと言われているよう。
観音寺城のある繖山(きぬがさやま)は標高432.9m。本丸は頂上ではないけれど結構高い。
城のある山の高さは小谷城がちょい高いくらいでいい勝負。いや〜ほんと住むとかご苦労様だわ。
通常の利便性度外視で住んでても、いざって時に籠城で粘れない城ってのもどうかと本気で思う。

地味めすぎた瞬間


本丸の搦め手虎口。手前が本丸でこのまま降りていくと別の登城口になる桑実寺があるそうです。
写真だと分かりづらいけど食い違い虎口になっています。観音寺城は平虎口が多いので珍しいって。
この虎口の石垣も高さは3mくらいあると思うけど、やっぱ存在が単品だから迫力にかけちゃうね。
正直、本丸あたりだとまだまだ遺跡や神殿の廃墟ような雰囲気が少ないので感動はまだ来ません。
観音寺城跡と言って写真に載るのが、まず本丸じゃない理由がよーくわかるわw 

こんな大手はイヤすぎた瞬間


なので早々に本丸から大手道の石段を下りて観音寺城の大場所、平井丸虎口を見に行くことにします。
観音寺城は山の上の巨大城郭として有名だけど、縄張りが本丸、二の丸、三の丸・・という構造じゃなく、
重臣の屋敷が建つ郭がいくつも連なっている構造。防御を全く考えていないわけじゃないだろうけど、
本丸が山頂にあるわけでもなく籠城にはチョト向かない、イコール六角さん速攻で逃亡って感じで。

さぁさぁ立ち止まってるとヤブ蚊が倍たかってくるから(本当しつこい&大量すぎて病気になりそう)
本丸から大手道をいったん降りたら、平井丸へは道なき道を自力開拓しながら進んでいきます。

覚え:観音寺城攻略に必要な装備〜出来るだけ強力な虫よけマスト。登山靴あると尚よし。



観音寺城へ登城!その2へ続く。



にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村  人気ブログランキングへ人気ブログランキング城  歴史ブログランキング
2013.08.01 Thursday 20:06 | comments(2) | trackbacks(0) | 近畿(滋賀県) | 

スポンサーサイト

2018.09.23 Sunday 20:06 | - | - | - | 
あも (2013/08/02 10:47 PM)
四十路さん、コメントありがとう!
ごっつ山だから台風だったら、安全考えたらさすがにワタクシも
断念ですよ。。。ヤブ蚊うざいけど登城してよかったです。
四十路さんもいつかリベンジを!今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m
四十路 (2013/08/02 9:14 PM)
はじめまして

いつも楽しく拝見しております。
私が観音寺へ行ったときは台風が来てしまって登れなかったので
いつかまた行くときの参考にさせていただきます

これからもちょくちょく寄らせていただきますm(__)m