<< September 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
<< 安土城郭資料館と信長の館 | main | 正龍寺〜北条氏邦のお墓参り >>

太田歴史公園で世良田東照宮に参拝

[新田義貞] ブログ村キーワード

埼玉の深谷城から県境の太田市にある太田歴史公園まですっとんできました。

ちょっぴりお得だった瞬間


太田市にゆかりのある史跡がある太田歴史公園。徳川家康が始祖としている新田氏が本拠を置いたのが
現在の太田市で世良田東照宮・長楽寺・新田荘歴史資料館などひとまとめに色々なものが見られます。
妻沼聖天山に続き、また東照宮か!って感じだけど、ここも重文があるし近くに来たなら寄るべきかとw

もってる男だった瞬間


広い無料駐車場から敷地に入ると新田義貞の銅像がありました。新田義貞は南北朝の頃の武将。
南朝方として後醍醐天皇に従った忠臣として楠正成と並んでとっても有名な人ですね。
鎌倉を攻めあぐねていた義貞が稲村ケ崎で黄金の太刀を海中に投げいれて竜神に祈願したら、
潮がひいて鎌倉に突入することが出来たという・・その祈願のシーンが銅像になっています。

あまりにも名門すぎた瞬間


義貞さんの銅像の後ろに新田荘歴史資料館があります。この日はちょうど燻煙中で休館でした。

新田氏は清和源氏の流れをくむ武家の名流。元をたどると清和天皇から始まって何とかさん、何とかさん、
何とかさん・・と続き、義重という人の時に新田に領地を広げて新田荘を興し新田を名乗ったところから
始まるそうです。で、義重の四男の義季が世良田に館を構えて得川を名乗り、後に徳川に改称して
徳川義季となったのだとか。新田氏の一族は館を構えた土地の名前を名乗ったそうです。

新田義貞は新田義重から数えて8代目。新田本家直系の血筋ということになります。
ちなみに足利尊氏も同じ新田氏の系統でやっぱり8代目。足利に住んだ義康という人の血筋です。

・・深谷城で深谷上杉氏の代々の名前に「憲」がつくだけで混乱して新田荘に来たのに、
ここへきて名前どころか、壮大なお血筋まで出てきて煙が出そうなので家系もう終わりΣ(゚ロ゚;)

武家の棟梁である征夷大将軍には源氏の血を引いていないとなれなかったと言われています。
家康は徳川義季の子孫、血筋・・・つまり間違いなく源氏になるので家康は征夷大将軍となり、
幕府を開きました。将軍となる正当性を得るためのねつ造とかも言われるけど興味ないので割愛。

地味すごだった瞬間


3代将軍家光の時、日光東照宮の改築が行われ、その際、家光の命を受けた天海僧正によって旧社殿が
ここ・・発祥の地であり、始祖徳川義季が開いた長楽寺もあるこの地に移築されました。
200石の朱印地を与えられた他、将軍家による修復も度々行われるなど厚い保護を受けていたそうです。

たぶん縁も用もなかった瞬間


正門にあたる「御黒門」からイン! 『縁結びの門』とも言われ、蹴放(溝のない敷居)をまたいで
参拝すると良縁が成就すると言われ、江戸時代は家康公薨去日4月17日・正月17日だけ開いたそう。

ちょっぴりふざけすぎだった瞬間


で、御黒門をくぐった左手にある東照宮御宮番。将軍先祖の地ということで幕府の保護が厚かったため、
警護もとても厳重だったんだそうです。警護をする人は火の番助郷と呼ばれ特別待遇があったんだとか。

歴史を感じる瞬間


拝殿の前には奉納石灯籠が並んでいます。奉納された年号と誰からのものかという札が立っています。
「正保2年 忍藩5万石 老中阿部忠秋」とかね。全部見ていないけど少なくとも正保2年(1645年)から
天保15年(1844)までちょいちょい奉納されてたのね。譜代大名からのものみたいでした。

それにしても遠すぎた瞬間


国重要文化財の拝殿です。柵がしてあって拝殿のある敷地には入場料を払わないと入れないようです。
葵の御門がついた賽銭箱から先に入れないから、飾り彫刻なんかここからじゃ全然見えません。
何千円も取られるわけじゃなし、せっかく来たので中に入って元東照宮を見てみることにします。

さりげなさすぎた瞬間


デカい灯篭だわ〜とチラ見して危うくスルーしそうになったけど、よく見ると国重要文化財の案内が。
元和4年(1618)に造られた鉄灯篭は高さ4.95m、当時は日本一の大きさだったんだそうです。

貸切でラッキーだった瞬間


拝殿や本殿のある敷地を見学するには、社務所で入場料300円払って木戸を通ります。
中に入ると宝物館があり、一緒に見られるようなので料金としてはこんなものかなとw

思いがけず!だった瞬間


残念ながら中は撮影不可のため写真はないけど、なかなか見ごたえのある展示品が並んでいました。
家康公の「御鎧召初式」に用いられた甲冑とか重要文化財の太刀とか何やら色々徳川ゆかりの本物が。
ただ蛍光灯の明かりで薄暗いし、展示の仕方も博物館のようではないので何かもったいないという感じ。

今も昔も格差だった瞬間


で、これが重文の拝殿。桁梁五×三間、入母屋造の銅板葺。外部は朱塗り内部は黒漆塗。
ここは将軍や徳川御三家、天皇の勅使のみが昇殿を許され、1万石以上の大名が拝殿まで。
お目見えが拝殿廊下、お目見え以下は拝殿階下、民衆は玉垣の外という決まりになっていたそうです。

気が利かなかった瞬間


拝殿の裏に廻ると重文の平唐門と本殿があります。写真で見ると本殿とかぶって分かりづらい(´Д`)
裏から撮っておけばよかったよ。四脚唐破風造、銅瓦葺。日光東照宮から移築されたものだそうです。

味わいではあった瞬間


で、これが東照宮から移築されたという本殿。今の煌びやかな日光東照宮とは若干、趣が違います。
これを日光から移築って・・どうやってバラした建材運んだか考えるだけでうんざりしちゃう。
妻沼聖天山は色鮮やかに修復された後、重要文化財に指定されたけど、ここは色あせたままです。

残念な人だった瞬間


本殿の上部には「巣籠りの鷹」の彫刻が。小さいのでワタクシのレンズではズームしてもこれが限界。
日光東照宮眠り猫の左甚五郎の作で、家族愛・子孫の安泰・家内を守護しているんだそうです。
巣の中にヒナが3匹いて、巣の外にいる親鳥が両側から見守ってます・・って左の親鳥映ってないけどw
あまりに見事な出来栄えなので、昔から野鳥が近づかなかったと言われているとか。
ワタクシにはそういうすごさが分からないので、大した感想が述べられない・・眠り猫も同じく・・。

余計なお世話だった瞬間


彫刻は他にも唐獅子や牡丹に錦鶏、龍などがあったけど、どれもやっぱり色あせが激しかったです。
本殿自体の塗りの色も褪せているので、木材が傷んだりしないのかちょっぴり気になります。

天海恐るべしな瞬間


境内の片隅には真言井戸なるものがありました。元は義季の開いた長楽寺の別院「真言院」があって、
僧侶の資格を与える真言密教の儀式「灌頂」が行われていたそうな。この真言井戸はその際に使う
水をくむために作られたもので、これは天海僧正によって作り替えられたものなんだって。
天海は一時、家康の命でこの長楽寺の住職もしていたことがあったそうな。精力的な坊さんです。



で、その長楽寺にも寄ってみました。世良田東照宮が本来は長福寺の敷地内にあるということだけど、
実際は敷地は完全に隣というか、逆に東照宮に付属しているみたいな感じにワタクシには見えました。
まずは袴門から。長福寺は川の祖、義季が開いたお寺で1221年開創というから相当古いお寺です。
元は臨済宗だったそうですが、天海によって天台宗に変わったのだとか・・天海やっぱ恐るべしw

さびれていた瞬間


袴門をくぐった奥に「川義季公累代の墓」がありました。華やかな東照宮を見て来たせいか、
人がいなくて木立に囲まれたロケーションだからか、何だかここはうら淋しい感じがします。

ピンとこなかった瞬間


お墓のところまでやってきました。特に案内などがないので義季さんがどれだか全くわからない。
木立の中に加え、この日は梅雨明けの薄曇りムシムシだったので、例によってヤブ蚊がたかってきます。
ウロウロしても仕方がないので早々に立ち去ります。新田義貞よりだいぶ前で正直ピンとこないしね。

風流すぎた瞬間


さらにその奥には「新田家累代の墓」もあるのですが・・入り口はこれ。一見荒れ寺みたいな。
門の脚の土が乾いたところにアリジゴクの巣がたくさん見えて、この風情だから何かぞっとしたわ。

重低音サラウンドだった瞬間


お堂の横っちょの方に石標が立っていました。こっちはアブの羽音がものすごい怖い!!

不明すぎた瞬間


案内板がないから誰のか分からないけど墓地内で一番立派だったお墓がこれ。
普通に考えたら新田を名乗った義重になるのかね? 8代も後の義貞ってことはないよね。

勝手に背筋が寒かった瞬間


累代って・・どんだけ多いんだ!! 見た瞬間、耳なし芳一が琵琶を弾きながら
平家物語を語っている墓場の場面が思い浮かびました。新田は源氏で関係ないけど
この場の雰囲気からなんとなくそういう撮影がすぐできそうだな〜なんて思ったりして。

案内板のおかげだった瞬間


これはお墓のある敷地と通りを挟んだ反対側にある三仏堂。徳川義季によって建立され、
江戸時代になってから家光によって再建された建物だそうです。こちらは県指定文化財。
阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒菩薩の三体があることから命名されたそうです。

ホッとした瞬間


最後に長楽寺の綺麗な本堂を見て一安心。うらさびれたようなお墓を見たり、人気のない三仏堂を見て、
内心「この寺大丈夫?」と軽くいぶかしんでいたワタクシ。ちなみにお墓は本堂の左手の森の中。


鎌倉初期だの南北朝だの・・人の名前だけじゃなく、年号とか時系列も考えすぎて混乱してくるわw
頭の中を戦国時代に戻そう!ということで次は北条氏邦のお墓を見に正龍寺に寄ってみます。



*****ランキング参加中〜ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村  人気ブログランキングへ人気ブログランキング城  歴史ブログランキング




2013.08.18 Sunday 00:06 | comments(4) | trackbacks(0) | 武将ゆかりの寺社仏閣 | 

スポンサーサイト

2018.09.23 Sunday 00:06 | - | - | - | 
あも (2013/10/12 6:59 PM)
高崎の人さん こんばんわ!

またまたありがとうございます(^_^)

氏邦さんのお墓行かれるんですね。
ブログを見てと言ってもらえると嬉しい!!
お寺のまわりは山なので紅葉の時期もよさそうですね。

あ、ワタクシいよいよ沼田、名胡桃登城してきますw
真田太平記また読み直してwww

神流川は釣りしてた時何度か行きましたが、
滝川さんはノーチェック・・・調べてみますね!


高崎の人 (2013/10/12 1:07 PM)
こんにちは。いつも楽しみにさせていただいてます。
あもさんのおかげで知ることのできた氏邦公のお墓、近々紅葉見物と併せて行きたいと思います。

それと、もし秋以降に上州方面に出陣の御予定があれば、神流川合戦時の滝川一益本陣跡がありますので、
もしよろしければ行ってみてください。
周り、何もない小高い古墳ですけど・・。登ると何となくイメージ湧きます。

「佐波郡玉村町」と「軍配山古墳」でヒットします。
既にリサーチ済みならごめんなさい。では、では。

あも (2013/08/18 8:37 PM)
コメントありがとうございます!
沼田方面は岩櫃合わせて今年こそ秋以降にいきたいですね。
長野さん関連のお寺もあわせて。。。
これからもよろしくお願いします
高崎の人 (2013/08/18 7:31 AM)
 こんにちは。いつも楽しく拝見しています。 
 
 妻沼・深谷・尾島シリーズも楽しく見させていただ

きました。

 今度、沼田、名胡桃城へも出かけてみてください。

 これからも楽しみにしています。

 車の運転にはくれぐれも気を付けられて。

 では、では。