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大納言塚で豊臣秀長のお墓参り

[豊臣秀長] ブログ村キーワード

筒井順慶歴史公園に続き、同じ大和郡山市にある豊臣秀長の墓「大納言塚」にやってきました。

わかりづらかった瞬間


こちらも大通りを一本入ったモロ住宅街の中にあるので駐車場はありません、が路駐もできないところ。
仕方なく通り沿いの業務用スーパーの駐車場に停めさせてもらい、帰りにおやつを買うことに。
そのスーパーから3分くらい住宅街を入った月極め駐車場の奥に、大納言塚はひっそりありました。

手入れが行き届いていた瞬間


ちゃんとしてます。お寺とかの中にあるわけじゃなく「大納言塚」として存在するんだけど、
ものすごいちゃんと整備されている感じです。敷地内から五輪塔のある中に門をくぐって入ります。

墓にも歴史ありだった瞬間


安永6年(1777)に五輸塔が建てられ、昭和50年、市指定文化財になったそうです。

天正13年(1585)豊臣秀長は大和郡山100万石の城主となりますが、51歳で他界しました。
秀吉が大光院を建立しますが、元和元年(1615)豊臣家は滅亡。大光院は藤堂高虎の手により、
京都大徳寺の塔頭として移築され、秀長の位牌は東光寺(現・春岳院)に託されます。
しかし墓地が荒廃し、春岳院の僧・栄隆らによってこの地に五輪塔が建立されたそうです。(案内板より抜粋)

案外小心者だった瞬間


門の中へ入ると秀長さんの五輪塔が。カメラ構えたら左後ろの木陰で笑顔認証が反応…( ;゚Д゚)
何度か続いてマジ怖かった。お盆だったから誰か帰って来てたのか? 動悸がするからやめてほしいわ。
なんだか怖いから、階段上って五輪塔の前へ行く前に、とりあえず合掌・・くわばらくわばら。

惜しまれた瞬間


秀長さんは秀吉の異父弟。とても有能な人で、秀吉はもちろん諸大名からの信頼も
とても厚い武将だったそうです。秀長さんが長生きして秀吉死後も存命していたら、
家康のやり方も、そして豊臣家の有り方もきっと変わっていたんだろうと思ったり。

激くいついた瞬間


大納言塚の入り口には「お願いの砂」というものがありまして、右手の案内版を見ると

秀長様は優しく賢く、とても立派なお殿様で学問の智将とも呼ばれています。
お参りしたお礼を申し上げた後、「自分の名前」と「願い事」を言いながら、
3回または7回、門前の石の箱へお砂を通すときっと願いを聞いてくださいます。

ということらしいので・・

燃えていた瞬間


砂ってどこにあるんだ!と足元を見ると、「お願いの砂箱」と書かれたふたがあったので、
おお!絶対にお砂を通したいわ〜と意味不明に興奮しながら重いふたをあけてみます。

にんまり


あった! 空っぽってオチだったら超萎えるところだったわ。さぁお砂を通してお願いせねば!!

満足感に包まれた瞬間


人が誰もいないので、若干、大きい声で名前と願い事をリアルにぶつぶつ言いながら
砂を通すこと念入りに7回・・Σ(゚Д゚)! 「埼玉から」来ましたと付け足すのも忘れないw

お砂を通し終わったら重いふたは雨風が入らないようちゃんと閉めておきましょう。


車に戻ってアイスを買い、すぐ近くの大和郡山城に向かいます・・日差しやばっ( ;゚Д゚)





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2013.09.07 Saturday 18:45 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

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