<< February 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
<< 大和郡山城に登城!〜その1 | main | 多聞山城に登城! >>

大和郡山城に登城!〜その2

[郡山城] ブログ村キーワード

コンビニで500个離▲○リアス一気飲み、そして水2本購入して追手門前駐車場に戻ってきましたw
補給も終わったところで改めて城内に入ったら、今度は毘沙門曲輪とは反対の右奥を目指します。

前進あるのみだった瞬間


すると馬場先門跡に向かって遊歩道的な通路があり、ここを歩いて行くと左手に天守台がある方面の
本丸石垣が見られるということなのですが、石垣はもはや緑の壁と化しているので期待はできません。
でもせっかく埼玉から来たんだから、ハンパない夏の姿としてそれはそれ、見ておこうではないかと。

緑のカーテンまで出現の瞬間


左手に本丸石垣が見えるんですよ、左手にあるんです・・大事なことなので2度言いました。
しかしイヤな感じよね〜植え込みいいとして、やけに葉っぱの立派な樹木がみっしり・・。
隙あらばと思って見てるんだけど、樹木のガードが固くって石垣どころか向こうが見えない!!

見せる工夫が必要だった瞬間


で、やっと向こうが見える隙間があったと思えば、なんじゃこりゃ!見えるのはこの程度Σ(゚ロ゚;)
何のための遊歩道だかわかりゃしない・・と思ったらどうも桜の木が多いようだ。
桜の名所にするためにむやみに木を植えるな!と思ったし。せめてさえぎらない位置に植栽を。

高さ感台無しだった瞬間


天守がある側の本丸石垣・・毘沙門曲輪で最初に見た石垣という名のモロ緑の壁よりマシだけど、
手前に立ちはだかる植栽のブロックが見事すぎて「見た〜!」って満足感が全くないの悲しす。

挙句の果てだった瞬間


結局、全貌が見えるという意味で、まともに見えるのは遊歩道入ってすぐのこのポジだけ。
向こうのでっぱりが月見櫓跡、手前が天守のある石垣。向こう側の樹木も枯れていたら、
天守台も丸見えのはずなのですが・・・本丸石垣のラインは分かるけど何か残念だよね。
石垣だけの城ってたくさんあるけど、ここまでジャングル度がすごいのもそうそうないよ。
とりわけ繁殖力強い雑草なのか、石の質なのか、土の養分なのか他との差が分からないけど驚き。
冬の写真を見ると見事に石垣丸見え。冬枯れに行きたいけれど遠征は難しいから仕方がないね・・。

どこにいっても樹木じゃまだった瞬間


城内を出て今度は松陰門の方に行ってみます。内堀の外周を車は置いてトボトボ徒歩で。
まずは車で入ってきた離合困難な細道を堀沿いに戻ります。振り返ると追手向櫓が見えます。
毘沙門曲輪に面した石垣と堀ですね。復元予想図を見るとずっと多聞櫓が続いていたみたい。

覚悟を決めた瞬間


毘沙門曲輪の角っこまでたどり着きました。あの石垣の上は柳沢文庫があります。
水堀の幅はかなり広いのね。この角は左方向が松陰門跡、右方向で鉄御門跡になります。
まずは今は高校になっている二の丸と内堀を見ながら、松陰門跡の方に向かいましょう。

溶け込んでいた瞬間


ほどなく左手に高校の門が見えてきました。元二の丸にある郡山高校にある表門跡。
この奥が二の丸で、当時は藩主が政務を行った御殿や屋敷などが建っていたそうです。
この先の並びにはさらに裏門跡の碑が立つ門もあったんだけど・・同じような写真はいいねw

わかりきっていた瞬間


で、右手の内堀の方を見てみると・・・どこ見ても一緒かw 日当たりがいいとこのが緑率高いね。
手前の樹木も相変わらず。天守台に近い方の堀は枯れてたけど、この辺りはずっと水があります。

きっとバアさんぽかった瞬間


二の丸跡にそって歩き続けて松陰門跡まで着きました。朝から高取城信貴山城と登っているワタクシ。
暑さと歩き疲れで心が折れそうだけど、車からだいぶ離れてしまったのでとにかく歩くしかありません。
右側は二の丸とそこから続く松倉曲輪などがあり、左手には緑曲輪と麒麟曲輪があったようです。

スッキリ!の瞬間


その左手の風景がこれ。縄張図によれば右側が緑曲輪(五十間馬場)で、このずっと先の方で
さっき歩いた遊歩道の馬場先門に通じているみたい。スケール小さいけどすっきり見れるのが嬉しいw
この小さい水堀と緑曲輪、で内堀を経て本丸という配置になってます。秀長時代の縄張だそうです。

やけにマメだった瞬間


松陰門跡を見たら、また汗ダクでせっせと元来た道を戻って今度は鉄御門跡へやってきました。
暑いからもういいや〜とか言って駐車場の方へ曲がらず、ここまで来た自分をほめてあげたいw 
鉄御門から入ると二の丸と本丸があり、水堀と高い石垣に囲まれた本丸は追手門と竹林門以外、
他に出入りはできなかったようなので平城・・平山城になるのかな? 防御されてますよね。

カラータイマー点滅の瞬間


で、その鉄御門のあるところにも五軒屋敷池って書いてあるんだけどなかなか広い水堀があるんです。
だから鉄御門を通らないと、やっぱり簡単には中に入れない。平城は水堀やっぱ重要なんですね。
この鉄御門跡の堀の前には線路が走っていて、渡った向こうから復元櫓の遠望が見えるらしいので
最後の力を振り絞って行ってみることに。素敵だなと思った写真と同じ風景が見てみたい一心で。
石垣と奥に向櫓が見え、手前に塀が続く東隅櫓が一緒に映った遠近法の利いた構図がイカしてんの。

ダメなものはダメだった瞬間


・・・アレ、おかしい!! 写真で見た風景が見えるだろうと思われる位置を探して線路沿いを
歩いて来たけれど、他の建物が入らず向櫓から追手東隅櫓がすっぽり入る場所が見つからない。

あの手前にモサーッと出てるのは写真によると桜で、追手東隅櫓はこの位置でいいんだけれど、
もっと隅櫓に対して鋭角になるよう後ろに下がれないと左奥にある向櫓は全然収まらない。
でも下がると線路沿いの家の影になる。電線入るのも微妙だし・・・とちょいと考えていたら、
あの構図は線路の中から撮らなきゃ無理だという結論に達し、モラリストのワタクシ断念しました。

ステルススーツが欲しかった瞬間


だってほら、線路の外側だとどこに立っても、どこを撮っても絶対に電線入っちゃうもん。
武骨な櫓と長く続く塀が写真映えする場所のはずなんだけど、ポジションもうまく取れないし、
西日の強すぎる時間になってきて、ワタクシの腕前じゃたいした写真も撮れません。

きのこ栽培風だった瞬間


ちょいと先にある桜門跡を最後に見て。当時は三の丸の虎口だったそうですが今は残るのは石垣のみ。
この石垣の奥が線路、でその向こうが本丸なので、三の丸は線路のこっち側だったんですね。
手元の縄張図には三の丸は書かれていなかったので、やっぱり大きなお城だなと改めて思ったり。
桜門跡を最後に刺すような西日の中、トボトボ来た道を引き返し車に戻って登城終了!!

スベった感がぬぐえなかった瞬間


今回ワタクシ、縄張図の他に撮影ポイントを記したメモまで持参して行ったんだよね〜
ポイントに○つけて、さらに「この角度から撮れ!」みたいな矢印とか入れちゃったりして。
しかし一番撮りたかったところが実は線路の中だったという・・まぁ人生こんなもんだよ(笑)

数年後、天守台が修復されたら何とか晩秋に無理くり有休とっての再登城はありかな。
個人的には日本百名城にならなかったのが不思議だと思いました。


高取城信貴山城、郡山城と攻略し、奈良攻めの仕上げにあと1つ・・
瞬撮で済む多聞山城跡に寄って、初日の戦いは終了となります。


多聞山城跡に登城!に続く。




*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村  人気ブログランキングへ人気ブログランキング城  歴史ブログランキング
2013.09.12 Thursday 21:02 | comments(0) | trackbacks(0) | 近畿(奈良県) | 

スポンサーサイト

2020.02.14 Friday 21:02 | - | - | - |