<< February 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
<< 岡崎城に再登城! | main | 七州城と桜城跡に登城! >>

松平氏館に登城!

[城跡] ブログ村キーワード

岡崎城と本多忠勝の生誕地を見た後は、豊田市に移動して松平氏館なぞにも寄っておきます。

豊田市って世界のトヨタのイメージだけど史跡が多く、合併してさらにでかくなったから、
びっくりするような山の中も豊田市だったりする・・松平氏館もそんな山の中にあります。

東照宮のオーラがすごかった瞬間


山の中を少し入ったところに松平東照宮があり、ここが松平氏館跡なんだそうです。
松平太郎左衛門家九代尚栄により関ケ原の合戦後に築かたという城館の石垣と水堀が残っています。
この手前の駐車場は馬場跡だと書いてありました。城館の雰囲気は残っているんだと思います。

めぐってはいなかった瞬間


松平東照宮の中には「産湯の井戸」や「松平郷館」という資料館などもあるそうなので、
せっかくなので土橋を渡って中に入ってみることにします。水堀は先で終わりみたい。

家系は苦手だった瞬間


石垣の上にあった「松平氏遺跡」の碑。徳川家の祖である松平氏発祥の地であるこの一帯には
館跡や松平東照宮のほか、菩提寺「高月院」などもあり、史跡として整備保存されています。

新田荘世良田東照宮に行って徳川のルーツを遡った時も頭から煙が出そうだったけど、
今回はそれを思い出したところからの〜松平氏発祥の地とはどゆこと? って話( ;゚Д゚)

松平館は元は弘安年間(1278〜1288)この地の領主だった在原信盛によって築かれた城館で、
時宗の僧「徳阿弥」がこの地に流れ着き、信重の婿となって松平親氏を名乗り本拠にしたことが始まり。

で、この「徳阿弥」なる人物が実は新田源氏「徳川義季」から8世にあたるらしいんですね。

「徳川義季」ってのは新田義重の四男で、世良田に館を構えて得川を名乗り、後に改称して
徳川とした人物で、家康はこの血筋だから源氏として征夷大将軍になったという話でした。

つまり・・

源氏である徳川義季の血を引く「徳阿弥」が 松平親氏を名乗ってこの地を本拠とし、
その松平家が三代信光の時に宗家と分家にわかれ、信光は三河に進出して基盤を広げると、
かくかくしかじかあった後、そこから9代目になる松平元康が徳川家康として天下を取ったと。

・・ややこしいよ。まったく。無駄に頭使うわ〜

またまた粉飾された話だと言う声もあるようですが、興味ないので今回もそこは割愛w

子だくさんパワーだった瞬間


元は松平氏の氏神を祀る八幡宮だったものが、元和5年(1619)久能山東照宮から勧請して合祀され、
松平東照宮とよばれるようになったんだそうです。ご祭神は八幡様・家康公・松平親氏公他6柱。
立身出世の神、政治の守り神、安産の神、厄除けの神として崇拝されているんだって・・ん、安産??

お約束の瞬間


お参りをします・・家康系の神様のところでの出世のお願いと言ったらアレのお断りは必須w
「マジ忍耐とか重き荷とか遠い道とかいらないんで!」 言っとかないと大変かもだからね。

襲われていた瞬間


拝殿の右手の方には資料館があり、松平氏の資料とか展示なんかが見られるらしいんだけど、
閉まっていて見れなかったのよね・・残念。なのでその奥にある「産湯の井戸」を見に来ました。

が、ここ蚊がハンパないの!! 

今まで何度もヤブ蚊だらけのとこでたかられてきたけど、ここはちょっとレベルが違う。
一瞬も動きを止められないから慌てて撮った写真ななめってます。ボケてないのが奇跡だわw

こだわりだった瞬間


井戸の入口にはこんな説明版もあるんだけど、もちろん読んでる暇なぞないから瞬撮で後読みに。

ここの井戸は松平家が代々産湯に使ったもので、岡崎城で生まれた竹千代(後の家康) が誕生した際も
水を竹筒に入れ早馬で届けたんだとか・・・岡崎の井戸の水に儀礼としてちょい足しで使用したかと。

あわや大惨事だった瞬間


大量の蚊におびえながら敷地内に入って正面の建物を一瞬止まって撮影したら、
親の仇でも見つけたかのようなものすっごい勢いで大量の蚊が寄ってきて・・・(((( ゚Д゚))))
あまりのすごさに後ろも見ずに逃げ出したワタクシ。隣にあった肝心な井戸の姿は拝めず・・・
いや、ホント。多少のことではひるまないワタクシがビビるくらいの蚊の大群よ。怖かったわ。

唐突だった瞬間


松平東照宮を出て、すぐ前の松平郷地にある松平親氏の銅像を見に行ってみます。
道沿いにはずーっと室町塀が続いています。この塀沿いを歩いていくと松平家の菩提寺高月院に
行けるらしいんだけど、親氏さんにどうもピンと来ないので墓はいいかな〜とか思ってUターン。

立派なことは分かった瞬間


親氏さんが天下峰というところに登り、天下泰平を祈願した際に捧げたという願文の碑。

天下は和にしたがい日々清明であれば災いは起こらず、国は富み民は安らかで戦いは無用。
よって人はつねに徳を尊び、いつくしみの心を以て礼を厚くし、人格の向上に努めるべし


願文を捧げたってとこはあんまり食いつかないけど、さすが元は坊さんだと思ったしw

釘づけだった瞬間


願文のところからしばらく進んでいくと、堂々たる松平親氏の銅像が見えてきました。
ワタクシもあちこちで結構な数の銅像を見てますけど、これはただならぬ匂いを感じますよ。

セクシーすぎた瞬間


武将の銅像と言えば甲冑が定番の中、親氏さんは胸をはだけて袴の裾をまくりあげたワイルドな装い。
さらにポージングも侍うんぬん通り越してグリース風? もう完全日本人離れしちゃってんですけど!!
遠目に見ると一瞬、親指立てた「Good!」ポーズしてるように見えんのよ。テルマエ出てもいいくらい。

衝撃的だった瞬間


さ ら に!! この彫の深い端正な顔・・・日本人離れどころか、完全に外人Σ(゚Д゚)!
おまけにお腹のライダーベルトを見てごらんなさい・・・完全にちょい悪系じゃないの!!

軽いショックを受けて、甲冑姿の武将の銅像でもないのに何気に食いついてしまいましたw
松平郷に来たら、親氏さんの銅像は絶対に見逃しちゃいけないです。あの衝撃はなかなか・・


夏の陣2日目も15時を過ぎてだんだんと西日が強くなってきました。
この後は豊田市内に戻って挙母城、そして渡辺守綱の菩提寺まで行ってしまう作戦。
戻る途中には大給城跡もあり気が惹かれるけど、じっくり見る時間はないからそのうちね。

それにしても豊田市内って・・同じ市内なのに地味に遠いわぁ〜


七州城と桜城に登城!に続く



*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村  人気ブログランキングへ人気ブログランキング城  歴史ブログランキング
2013.10.09 Wednesday 13:44 | comments(0) | trackbacks(0) | 中部(愛知県) | 

スポンサーサイト

2020.02.14 Friday 13:44 | - | - | - |