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七州城と桜城跡に登城!

[城跡] ブログ村キーワード

松平氏館から豊田市内に戻り、七州城&おまけの桜城跡を見にきました。

激混みだった瞬間


豊田美術館の一角にある七州城跡。駐車場はもう間もなく閉館だというのに混み混みです!!
そもそも豊田美術館自体が人気なのか、フランシスベーコンの期間展示が人気なのか
美術に疎いワタクシにはとんとわかりませんが、とにかくゾロゾロすごい人が歩いています。

紛らわしかった瞬間


元は「蓮池」と呼ばれる本丸の堀だったところにある駐車場。その片隅にはこんな風景も。
完全に畑の土止めみたいになってるけど、余った石とかお城の名残か何かなんでしょうか。

我が道をゆく瞬間


駐車場から歩いてすぐ、豊田美術館入口の横に七州城の復興隅櫓が建っています。
ワタクシは櫓まっしぐらだったけど、皆さんは吸い込まれるよう美術館に入っていきます。

盛りすぎに思えた瞬間


「七州城隅櫓再建之碑」の碑。当時、本丸御殿北側の高台から七つの国が見えたことが由来だそうです。
七つの国っていうのは三河・尾張・美濃・信濃・伊勢・近江・伊賀・・・マジか、遠っΣ(゚Д゚)!




七州城は衣城(金谷城)、桜城と合わせて3つで挙母城ともよばれていました。

鎌倉期、中條景長によって金谷城が築かれたことに始まり、戦国時代に今川氏、織田氏に攻略された後、
慶長9年(1604)三宅康貞が1万石で入封しました。康貞は荒廃していた金谷城から桜城に移ります。
寛延2年(1749)内藤政苗が2万石で入封しますが、矢作川の氾濫で大雨の度に被害を受けるため、
幕府からお金を借りて童子山(標高63m)に城を移築。これが七州城と呼ばれるようになりました。
明治維新まで内藤氏が居城し、明治4年(1871)全ての建物が取り壊されたそうです。

綺麗過ぎた瞬間


布積みの石垣は新しく見えるんだけど現存! 苔むした野面積みの良さをしみじみ感じますw 
東西10.8m、高さ6mの現存石垣の上に昭和53年、隅櫓が復興されたものなんだそうです。
現存ぽく見えないのは、石の継ぎ目に草のひとつも生えてないところが人工的だからかと。

たいした興味はなかった瞬間


石垣の横に階段があって、櫓台の上に回り込むことが出来ます。櫓台上は狭いスペースなので
どこに立っても樹木が邪魔ですっきり収まる写真が撮れませんね・・って現代風だから別にいいけどw

あるだけマシだった瞬間


隅櫓の北側を発掘したら礎石が見つかったとか、ちょっとした案内版は整備されています。
礎石ってなんだろう?ってクイズが載ってるあたり、説明の内容が濃いかどうかは別ですw

いじましかった瞬間


櫓台の片隅にはこんなのも。当時のものか分からないけど櫓台の石垣よりむしろ「ぽい」と思う。
七州城の存在自体にはそんなに食いつけないけど、2万石の内藤さんが「幕府にお金を借りて」まで
移築したってとこが泣かせると思いました。せっぱつまった心中をお察しします。

そんなに食いつけなかった瞬間再び


櫓台の奥には「ヌ日(ゆうじつ)亭」という建物がありました。寺部地区の「寺部城」にあった
渡辺家の書院・茶室を豊田市が譲り受け、ここに復元したものだそうです。
この渡辺家というのは尾張藩の家老で、初代は徳川十六将の一人、渡辺守綱・・槍の半蔵。
守綱から数えて十代目の当主である規網が茶人「又日庵」だったことから名づけられたようです。
この辺りが渡辺さんの地元で菩提寺があるというので、この後寄ってみます。

モダンすぎた瞬間


ヌ日亭を見て櫓跡に戻った帰り道、何気なく美術館側に出てみると広大な人工池がドーン!
本丸跡にあたる場所に建てられた豊田美術館。空間が広く近代的でおしゃれな建物ですね。

七州城を後にして、次はこの日のラスト徳川十六将渡辺守綱のお墓を見に行ったのですが、
翌朝、ホテルの近くにあったので寄った桜城も、ここで合わせてご紹介しちゃっときます。

挙母城になれなかった瞬間


2万石で入封した内藤さんは当初ここを藩庁とし修復などをしていましたが、度重なる洪水で断念し、
幕府からお金を借りて七州城を建てて移ります。新城の完成に伴い、桜城は廃城となりました。
現在は桜城址公園として整備され、隅櫓跡と言われる石垣だけがポツーンと残っています。

いっそ潔かった瞬間


公園の真ん中にドーンと鎮座する桜城櫓台石垣。なんでこれだけ残ったのか謎すぎですねw
この桜城址公園の住所は豊田市元城町1丁目。「元城」という地名が名残。他は何もなし。

堂々としていた瞬間


七州城と同じく切石を積んだ布積みだけど、草が生えてる分なんとなく現存感はあります。
当時は二の丸隅櫓だったそうです。縄張り図を見てないけど大きなお城だったんでしょうね。

見る価値はあった瞬間


高さ6メートル越え。単品で存在するけど実物を見てみるとなかなか立派で意外によかったりw
建てる途中で放棄されながら、櫓台ひとつでも今日まで残っているのが逆にすごいと思いました。


挙母城(七州城/桜城)つながりで時系列無視して一緒にエントリーしましたが、
ワタクシの行軍は七州城を後にして、渡辺守綱のお墓を見に守綱寺へ行って2日目終了となります。


守綱寺にて渡辺守綱の墓参りに続く



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2013.10.14 Monday 15:54 | comments(0) | trackbacks(0) | 中部(愛知県) | 

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2020.02.14 Friday 15:54 | - | - | - |