<< February 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
<< 七州城と桜城跡に登城! | main | 足助城に登城! >>

守綱寺と随應院にて渡辺守綱のお墓参り

[徳川十六神将] ブログ村キーワード

七州城の後、まだギリ日があるので、夕暮れ間近の守綱寺を目指します。

遠かった瞬間


豊田市内ということですが国道323号線を走って、走って、橋を渡って・・けっこう走るなΣ(゚Д゚)!
左手に「真宗大谷派・守綱寺」という看板が見えたら曲がって住宅街を進むとお寺がありました。

盛り上げている瞬間


渡辺家の菩提所である守綱寺。入って右側の駐車場に車を停めて歩き出すと、
山門に行く手前の植え込みのところに碑が建っていました。

新しく見える瞬間


山門・・薬医門です。山門他、本堂、鐘つき堂、渡辺家墓所などは市指定文化財のようです。
渡辺家歴代画像なる文化財もあるようですが、それはたぶん見れないと思われます。

風格があった瞬間


山門をくぐると本堂があり、中からお経の声が聞こえてきます。渡辺さんのお墓はこの裏手。
ちなみにこの本堂は伏見城の軍議評定所を拝領して移築したと言われているそうです。

お手入れが必要そうだった瞬間


これが市の文化財の鐘つき堂かと思うのですが・・・なんか大事にされてる感足りなしw
慶安元年(1648)に2代重綱が父・守綱の菩提を弔う為、梵鐘を寄進した際に建てられたそうです。
鐘楼だけでなく、ぶら下がっている梵鐘も市の文化財らしいのですが・・・

らしかった瞬間


夏の夕暮れなのでヤブ蚊がハンパないですが、薄暗い本堂の裏手の墓所でしばらく頑張ねば。

渡辺守綱は「槍半蔵」と呼ばれた槍の名手で戦上手、徳川十六将の1人に数えられる武将です。
先祖は源頼光四天王の一人・渡辺綱だというから、肝っ玉の太さは筋金入りと思われますw

分かりやすかった瞬間


墓所の入口には石塔配置図がありました。なんとも親切なお寺ですよ。

守綱は御三家設置の時、尾張徳川家の軍事担当として尾張藩家老となり寺部を領しました。
元和6年(1620)に没した際、守綱の子である2代重綱が墓を作ってお堂を建て菩提を弔い、
寛永16年(1639)3代治綱が渡辺山守綱寺として渡辺家の菩提寺としたそうです。

厳かな雰囲気だった瞬間


石灯籠の並ぶ通路を抜けて墓所の入口に来ました。正面に見えているのが守綱さんのお墓。
渡辺家13代の領主の墓のほか、歴代領主の奥さんの墓など50基が並んでいるようです。

生け花に思いを感じる瞬間


正面センターにある守綱さんのお墓を中心に整然と並ぶ渡辺家代々のお墓。
お寺の手入れが行き届いてるわね。忠勝さんが眠る桑名の浄土寺とは大違いだわ!

人生いろいろだった瞬間


守綱さんのお墓にお参りします。法名「守綱院殿心空釈道喜居士」。

主たる戦に出陣して何度も功を上げ、徳川十六将にも数えられた守綱さんだけど、
最終は1万石で尾張義直の家老に。三河時代からの譜代のその後も様々ですね。
ワタクシのイメージだと守綱さん、槍一筋と言われるだけに器用じゃなさそうだから、
家康は武があって実直ってところを見込んで、義直を任せたのかなとも思ったり。

と守綱寺はここまでなんだけど、近所にあるもう1つの渡辺家菩提寺、随應院も一緒にご紹介。

立派だった瞬間


夏の陣3日目は足助城に行くので豊田市内に泊まったんだけど、飲みながらアレコレ見ていたら
守綱寺の近くにもう1つ渡辺家墓所があることが分かり、翌朝、通り道なので寄ってみたというわけ。
で、行ってみたらホントに守綱寺の目と鼻の先にありました。こちらは随應院というお寺デス。

そうは問屋がおろさなかった瞬間


蓮のお寺としてとっても有名だそうです。ネットで蓮の花だらけの素敵な写真を見て、
夏だしあわよくば・・と思ったけど、こちらの蓮は全部咲き終わった後でした・・・

女子専用だった瞬間


気を取り直して門を入り本堂に向かいます。「随應院 渡辺家墓所」の碑があります。
渡辺家墓所といっても、こちら随應院は守綱から治綱3代までの夫人が眠るお墓なんだそうです。

癒される瞬間


本堂の周りも蓮は終わった後・・でも植物の手入れが行き届いた気持ちいいお寺です。
良く分からないけど渡辺家の墓所は本堂の裏手らしいので、通路に沿って歩いてみます。

奥さん気さくだった瞬間


すると・・ありました。たぶん住職の奥さんがちょうどお掃除しているとこだったけど、
挨拶したら「どうぞ〜」そして「本堂も開いてるから入って見て行ってください」と。

ガラーンとしていた瞬間


ちなみにこちら随應院での配置はこのようになってます。正面が渡辺家のご婦人方。
左手の方は鈴木下野守重明とか鈴木日向守重教の供養塔で、右手の方は・・・よう分かりません。

まるでわかってなかった瞬間


鈴木下野守重明、鈴木日向守重教ってワタクシ不勉強であんまり知らないんだけど、
寺部城主で今川方から織田方に寝返り、当時は松平元康と名乗っていた家康に攻められ落城し、
以降、かくかくしかじかあって、結局、討ち死にしてしまった方のようです。
渡辺家の前に支配していた所縁の地なので一緒に供養塔が建てられたのかしらね。

夫よりダイナミックだった瞬間


右から渡辺守綱の夫人、2代重綱夫人、3代治綱夫人 一番左の小さいのは2代重綱の娘みたい。
4代以降の夫人は守綱寺の方に葬られているようです。なんで3代目まで別なのか・・寂しいわね。



夏の陣3日目もスタートしました。このまま足助街道をひた走り、まずは足助城に向かいます!





*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村  人気ブログランキングへ人気ブログランキング城  歴史ブログランキング
2013.10.19 Saturday 19:20 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

スポンサーサイト

2020.02.14 Friday 19:20 | - | - | - |