<< February 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
<< 福田寺にて武田信玄と馬場信房のお墓参り | main | 二俣城に登城! >>

高根城に登城!

[城跡] ブログ村キーワード

足助城田峯城福田寺の次は山城シリーズ第3弾、高根城に向かいました。

教訓を生かした瞬間


月曜日の公的施設休みがちが身に染みたワタクシは、向かう道すがら浜松市水窪民俗資料館にお電話。
すると「自由見学なのでどうぞご覧ください」とのこと。国道からの道も教わり安心して到着!!
駐車場ポジが麓すぎと思える位置なのが非常に気になる、西日が焼けつくような昼下がり・・・
ちなみに水窪は「みさくぼ」と読みます。

予感的中の瞬間


駐車場から舗装された坂道を数百メートル上って、やっと到着と思ったら本番ここからかΣ(゚Д゚)!
蒸し風呂のような暑さの中、またこんなの登るのかと思うとうんざり。でも行かなきゃ来た意味ない。

天国への階段だった瞬間


長いーーーマジありえないーーー! 物好きな自分を呪うもう一人の自分が悪態をつき続けます。
ワタクシの登りは基本、20歩ごとに休憩するのがルール。だましだまし登っていくしかありません。

めまいがしてきた瞬間


ワタクシ的にはかなり登ったのにまだ200メートルもあるだなんて!! 暑すぎるのできついです。 
ちなみに駐車場まで300メートルっていうのが地味に納得いかない気が。もうちょいあったでしょ!?

かゆかった瞬間


やっと終盤にきたよーーと思ったらこのヤブヤブ。管理するなら草むしりもしてほしいわ〜

もちなおした瞬間


ついに山頂にある復元されたエリアに到着!! あきらめないでよかったわ〜標高450メートル。
休憩ばっかしてても登り続ければ大丈夫なのよ。(普通の人は15分くらいで登れる)

丸見えすぎた瞬間


登りきると民俗資料館などのある水窪の町が見えました。その奥は信州へ続くのだそうです。
こうして実際に見てみると高根城が街道を監視する役割を持っていたことがよくわかりますね。

高根城はこの地の豪族奥山氏が南北朝時代に後醍醐天皇の孫を守るため築いたのが始まりといわれ、
戦国時代には元亀3年(1572)武田信玄の遠江侵攻の時に武田方につき、青崩峠越えの警備をしました。
ちなみに信玄はこれより東の峠を越えて天竜方面に侵攻。二俣城を攻略し、三方ヶ原へ向かいました。

ノッてきた瞬間


城門が見えてきました。高根城は発掘調査により奥山・武田両時代の遺構が見つかっており、
井楼櫓や礎石建物などが復元されてます。武田築城術で改修された方の復元だから盛り上がるw

戦国ぽかった瞬間


城門を入ると復元された礎石建物と土塀があります。縄張り図を見ると城門入っていきなり本曲輪。
当時は3間×2間の礎石建ての主殿もあったそうです。武田時代の建物は6尺を1間として作られました。
コンパクトな縄張りで本曲輪も広くなさそうなのは、警備や監視が目的の城だからってことですかね。

妄想が広がる瞬間


奥に見える第2の門を入ったところから井楼櫓を拝見。武田勝頼によって建てられたものの復元です。
建物は2間×2間、発掘された柱穴は直径60センチ、深さ50センチの大きいものだったのだとか。
土台部分は風圧による倒壊を防ぐためのもので、復元ではないと説明に注釈が書かれていました。
左手にちょいと見えてるのは稲荷神社。なんですかね? 元からあったものじゃないみたい。

雰囲気がありすぎた瞬間


裏虎口をちょいと降りたところからの本曲輪。リアルさのある土塀には狭間もちゃんとあり。
ここから下っていくと二の曲輪、三の曲輪。それぞれが堀切で区切られて連なってる感じなの。

ガクガクだった瞬間


で降りると二の曲輪に入る門があり、危うげな梯子が見えて「マジかよー」と思います。
ワタクシは高所恐怖症なので、高さ関係なくスケルトン仕様みたいなのは恐怖なんです。

3D体感中だった瞬間


梯子にひるんだからというわけではありませんが、ちょっと門の方を振り返ってみたりw
門のところは木柵があって木橋に続くのですが、安全を考えた工法でかけられてるそうです。
戦国の城とかの本に出てくる復元図まんまの世界。実際に体感できるってやっぱりいいわ〜

根性をふりしぼる瞬間


では意を決して梯子をよじ登ってみようと思います。二の曲輪は上だっていうから仕方がない。
登るのはまだ上見て登るからいいけど、スケルトンは降りる時が怖いんだよね。足ふるえたしw

無駄がなさすぎた瞬間


で、これが二の曲輪・・狭っ!! 掘立小屋か何かあったんでしょうね。普段から使うより、
何かあったらここに上がって侵入者を攻撃するって感じの曲輪だったのかもしれません。

体験は大事だった瞬間


スケルトン梯子を下りて三の曲輪方面に向かいます。遺構に基づき忠実に復元された高根城は
曲輪間をつなぐ城内道が完全な形で発掘されたのが一番の注目ポイントなんだそうです。
木橋など一部、遺構保護や安全面から復元ではない部分もあるけど、ギュンと曲がるとか上がるとか
下がるとか歩いている道はほぼ当時の構造どおりだから、戦国山城を体感している感じが増します。

大規模すぎた瞬間


二の曲輪と三の曲輪間にある堀切・・写真にしたらなんか大きくなさそうに見えるのが残念。
高さ(深さ)もあって角度も結構ついてるの。右側が二の曲輪。侵入した敵が本曲輪を目指す場合、
ここの堀切を超えるところからずーっと激しい攻撃にさらされちゃう感じになるんですね。

伝えきれなかった瞬間


三の曲輪の南にある二重堀切・・写真しょぼっ!! ダイナミズムに欠けますね。実際は迫力なんです。
幅は29メートルで真ん中の土塁は4メートルくらいの薬研堀。ここから先は城外だったそうです。


実践の城だった瞬間


三の曲輪から二の曲輪、本曲輪を見るとこんな感じ。三の曲輪との間の手前、深い堀切側にも、
本曲輪へ続く通路にも面した二の曲輪は侵入者に対し死角なしって感じ。ただただすごいなと。


水窪にカンパイの瞬間


戻りがてら二の曲輪の正面から本曲輪の方をもう1枚。頭上の二の曲輪からの攻撃にさらされつつ
突破を目指しても本曲輪からの猛攻にも合うという・・そういうことがとても体感できました。
入城料取らずしてこのレベル! 田峯城にも見習ってほしいわ(休城だったのまだ根に持ってる)

武田が改修し戦う気ゴリゴリで存在した高根城ですが、武田滅亡により廃城になったそうです。
そして時は流れて平成5年、水窪町が発掘調査を行って復元しました。費用は3億だとかΣ(゚Д゚)!
水窪町今は浜松市に合併されてるけど、復元されたのはそれ以前のこと。あっぱれじゃない?
元から浜松市だったら復元されたかどうか分からないもんね。足助にしろ高根にしろ地元愛だ。

達成感はあった瞬間


山を下りるのは早いワタクシ。強い照り返しにへきえきしながら麓の駐車場に向かいます。
登城には体力使って大変だったけど、根性出して行ってよかったと思えるお城でした。


東名高速と中央高速にはさまれた山のど真ん中にいるワタクシ。高速乗らなきゃ帰れないので、
東名高速に向かうべく天竜川沿いを南下しながら、最後に二俣城にも寄っちゃおうと思いますw


夏の陣ファイナル 二俣城に登城!に続く


*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村  人気ブログランキングへ人気ブログランキング城  歴史ブログランキング

2013.11.05 Tuesday 20:22 | comments(0) | trackbacks(0) | 中部(静岡県) | 

スポンサーサイト

2020.02.14 Friday 20:22 | - | - | - |