<< February 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
<< 岩村城に登城!その3~本丸から出丸 | main | 長岳寺にて武田信玄と馬場信春のお墓参り >>

苗木城に登城!

[城跡] ブログ村キーワード

素敵すぎた岩村城を堪能した後はお近くの苗木城にももれなく登城!

がっつきすぎた瞬間


苗木城は麓に苗木遠山資料館があって、(整備された)駐車場もそこを利用できるんだけど、
まず資料をもらわねば!と駆けこんで、受付のおじさんに色々話をきいたら満足しちゃったのか?
肝心の資料館の写真を撮り忘れていたことに今気づく次第w 写真はもらえたパンフと案内図です。

混雑の予感だった瞬間


おじさんが奥にも狭いけど駐車場があるというので、岩村登城でお疲れのワタクシは迷わずGo! 
しかし未舗装の狭い駐車場は車がたくさん・・運よくラス1のスペースに車を入れて登城開始! 
そうしている間にも中高年のグループを中心に、登城を終えた人がわらわら帰ってきます。

盛り上ってきた瞬間


とここから苗木城の見どころへの入り口、風吹門跡までしばし歩きます。
左側にはところどころ巨石が見え、珍しい懸造りだった城跡への期待が高まります。

巨石に驚きの瞬間


風吹門跡に到着。大手門とも呼ばれたそうで、縄張を見るとここから先が三の丸になるみたい。
写真だとわかりづらいけど、元からあった巨石を基礎にして石垣を積んでる個性的な造りなんです。
さっき寄った資料館に風吹門にあった木戸が展示されているらしいけど・・見ないで来ちゃったわw

息をのんだ瞬間


三の丸の見どころがこのでかい大矢倉跡。この上に3階建ての大矢倉が建っていたそうです。
巨石にうまいこと石垣組んでるので迫力が増す感じがします。懸造(かけづくり)と言います。

嫌いなくせに行く瞬間


せっかくなんで上によじ登ってみました。高いのでこれから行く二の丸の方が見えます。
でも当時はここにプラス3階分だったんから視点はもっと高かったのよね・・怖すぎるわ。

建物を想像する瞬間


一番上の部分。ここだけ見ても想像しづらいけど、大矢倉は三方を石垣に囲まれた1階が倉庫で、
2〜3階が戦闘態勢。壁には矢狭間が設けられて風吹門や北側の防衛をしていたそうです。

萎え気味になった瞬間


さっき見えた二の丸の方から視線を上にすると本丸跡に建つ展望台が見えました。
・・・山城だからやっぱりあそこまで、ぐるーっと登っていかなきゃならんわけね。

しびれすぎていた瞬間


苗木城最大の櫓建築だったという大矢倉・・どっしり腰の据わった重厚感にほれぼれしてますw
白亜じゃないやる気満々のワイルドな櫓が建っている風景を脳内復元しながらウットリ(*'v`*)*:・。

七曲りでも死にそうなのに!だった瞬間


大矢倉の正面には駆門跡もありました。この先は縄張図によると四十八曲りになっており・・
戻ってこれる保証がないので見なかったことするとしても、そもそも高い位置にある三の丸は
風吹門、駆門、そしてこれから行く大門で区切られ、最大の防御施設も待ち構えてるわけだから
中が見えないまま下から攻め上がってくるのが大変なんだということは非常によく体感できます。

触れないでほしかった瞬間


ではいよいよ大門跡を通って二の丸、そして本丸の方に向かいます。ここから先が苗木城本番。
大門は城内最大の門で2階建ての櫓門でした。ここでも巨石が目に着きます。岩だらけの山ね。
今は右側は見通しのいい空間になってるけど、当時は勘定所などの建物があったみたいです。

写真を撮っていたらオジサンが来て「曇りで残念だね〜晴れていたら風景は素晴らしいよ」
話しかけてきました。言われなくても分かってるわよ・・と思いつつ愛想笑いでごまかしますw

石垣の居住まいも正しかった瞬間


大門を入ったすぐ左側にある御朱印蔵跡。石垣がきっちり積まれていますね〜
2階建ての蔵があって将軍家から与えられた領地目録や刀剣などが保存されていたそうです。

想像力が必要だった瞬間


御朱印蔵跡を進んで行くと右に二の丸が見えてきます。まっすぐ行くと坂を登って本丸へ。
まずは城主の居館があったという二の丸へ。坂を下りた二の丸入り口には当時、台所門がありました。
もらった見取り図を見ると、台所門跡を入ってすぐのところに台所や役人の詰所が置かれていて、
写真手前の方に書院や広間があったようです。当時はびっしり建物が建っていたんですね。

鍛錬第一だった瞬間


礎石が整然と並んでいます。建物が建っていたその向こうは一段低くなっていて、
的場になっていたようです。弓や鉄砲の練習をしたんでしょうか? 城主居館の前でw

城の歴史を感じる瞬間


戻りがてら礎石のあたりから台所門跡の方を見たところ。ここには巨石はなく切込の石垣です。
後から積みなおしたか、修繕したものなんですかね。苗木城は色んな積み方の石垣があります。

苗木城は諸説あるようですが、文元年(1532年)遠山直廉により築城されたと言われています。
本家の岩村城、明智城、そしてこの苗木城で、遠山三人衆と呼ばれていました。

直廉は織田信長に仕えていましたが、本家の岩村城が武田軍に降伏したことから武田に寝返り。
敵となった織田方の三木次郎左衛門との合戦で負傷し、その傷が元で死亡します。
信長は飯羽間城城主で同じ遠山氏の遠山友勝に苗木城主を命じ、友勝の死後は子の友忠が入って
最前線である苗木城の防衛にあたりますが、本能寺の変で信長が斃れると遠山氏は徳川方につきます。
一時は城を追われるもの関ヶ原の後に城主に返り咲き、12代続いて明治維新を迎えました。

厳重だった瞬間


では本丸に向かいましょう。まず最初に綿蔵門を通過します。ここから九十九折れで登ります。
案内板によると綿蔵門は夕方七つ(午後4時)には扉が閉められ、本丸には進めなかったそうです。
年貢として納められた真綿が門の二階に保管されていたことから、この名前がついたんだとか。

苗木城はなんと1万石だったそうです。1万石でこの規模を維持しなきゃいけないんだから、
米以外の地元特産品はとっても大事。そりゃ門に名前もつくはずだと妙に納得してしまうw 

念入りすぎる瞬間


綿蔵門跡からギューンと曲がったところにある次の門が坂下門。坂の下にあるから坂下門w 
別名を久世門ともいったそうです。門!門!そしてその先もすぐまた門!どんだけ厳重なんだ。

人待ちが多かった瞬間


坂下門のところは門礎石や柱穴も残っています。2脚門だったようです。
穴をしげしげと眺めていると、上からまた中高年たちがぞろぞろ降りてきました。
苗木城は山城だけど整備されていて歩きやすいので、観光にも人気なんですね。

吸い寄せられる瞬間


で、坂下門からちょっと登るとすぐまた菱櫓門が。折れ曲がると本丸の入り口になります。
自然の巨石に合わせて積まれた打込みの石垣がとてもきれいで惚れ惚れしちゃいますね。

千人分の水だった瞬間


菱櫓門をギューンと曲がって本丸入り口の手前に到着! 菱櫓台の石垣もまたとっても綺麗。
正面は千石井戸で、城内で一番高い所にあるけど枯れることがないんだとか。
左に行くと帯曲輪。右に進むと具足蔵、武器蔵跡を経て、本丸の玄関口門に続きます。

小さすぎた瞬間


井戸の中には縁まで水がありました。大きさが分かるように足を置いてみましたよw
日照ろうが何だろうが、枯れないなら小さくても用が足りるからいいね。

鍛錬しすぎだった瞬間


本丸へ向かう前に菱櫓台の左側に広がる帯曲輪を。的場と書いてあります。
二の丸下に続き、縦に長いここでも弓だの鉄砲だのの鍛錬をしたんでしょうか? 

先は長かった瞬間


本丸口門跡・・綿蔵門、坂下門、菱櫓門と来てここへたどり着いても、まだ本丸口です。
本丸はまだ先、そしてまだ上。山城ならではの防御構造がとても分かりやすいです。

釘づけになる瞬間


本丸口門を入ると右手には具足蔵、武器蔵の跡があります。長さ八間の土蔵が建っていました。
所蔵の甲冑や旗、弓、鉄砲などがそれぞれ納められていたのだそうです。
左側を登った上が本丸。またしても桁外れの巨石に野面積み石垣がワイルドな風情です。

やる気マンマンだった瞬間


いよいよ本丸へ。ここにも玄関口門という門があったそうですよ。どんだけ門好きなんだ!
登らず右に行くと馬洗岩という名物石があるのですが、それは帰りに見ることにします。

勝手に想像する瞬間


見上げると本丸にある天守展望台が見えます。天守の柱があった穴を再利用しているそうです。
天守といってももちろん白亜のではなく、この展望台のように柱がニョキニョキ立った上に
茶色い板張りの建物が乗っかっていたって感じですよね。岩とのコラボ・・男前だわぁ。

存在感ハンパなかった瞬間


本丸に入る前に本丸口門を見下ろすと、向こうに大矢倉が見えました。見上げる大矢倉もよし!
見下ろして見る大矢倉もまたよし! 複雑な作りの建物がある様子を想像するとワクワクします。

ぎっしりだったに違いない瞬間


本丸にイン! そんなに広くないけど見取り図を見ると岩に乗っかるように建つ天守の他、
次の間、居間、台所、一段下がって千畳敷なんて書いてあります。きっとギューギューでした。

勝手な共感していた瞬間


展望台の作りはこんな感じ。当時よくこの岩に柱穴をあけて天守建てようと思ったよね。
人が入れ替わりやってくるので、いなくなり待ちの間じっくり見るほど不思議に思うばかり。
頑張って岩に穴あけた上、岩からせり出す部分にわざわざ石垣積んで高さを調整してまで
ここに建ててるんだもの。縄張した人はいいけど作る方はたまったもんじゃないわ!とかw

お気に入りすぎた瞬間


展望台からまたまた大矢倉・・どっから見てもいいわ〜もっと紅葉してたら最高だったね。
でも少し晴れ間が出てきて明るくなってきたので、なかなか機嫌もよくなっているワタクシですw

絶景のはずだった瞬間


展望台からの風景がこちら。木曽川とその向こうが中津川市街。ガスって見えないけど
左奥の方は中央道の先に恵那山もあるはず。雰囲気は当時もこんな感じだったってことで。

ありがちすぎた瞬間


本丸から来たのと反対側にある石段を降りると馬洗岩と呼ばれるでかい岩があります。
城を包囲された時、岩の上に馬を乗せ、米で洗って水が豊富なように見せたという逸話から
その名がついたそうです・・て、そもそもこの巨岩にどうやって馬を乗せるんだ!?
砥石城でも同じ話があったけど、ほんまかいなと若干、ワタクシはいぶかしんでおりますw

ワクワクする瞬間


最後に本丸南西にある笠置矢倉跡へ。正面に笠置山が見えたから笠置矢倉と呼ばれたそうです。
三階建ての矢倉が建っていたみたいだから、当時は遠目に見ると山の上にせり出す岩の上に
笠置矢倉の建物があって、さらにその奥の上に天守が見えるというごっつい眺めだったろうね。


山城といっても岩村城のように息をのむほどの感動や、時間が止まっている感はないけど、
巨石を利用した色々な積み方の石垣や、コンパクトにまとまった縄張も分かりやすくて、
一度は見ておいてよかった城跡でした。ほどよく整備されてるってところもいいのかも。


岩村城、苗木城と山城堪能しまくり大満足したところで、イマイチ興味がなくて放置していた
高遠城に今回逃してなるものかと向かいがてら、信玄と馬場さんのお墓参りに向かいます。

長慶寺にて信玄と馬場さんのお墓参りに続く



*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村  人気ブログランキングへ人気ブログランキング城  歴史ブログランキング

2013.12.29 Sunday 16:30 | comments(0) | trackbacks(0) | 中部(岐阜県) | 

スポンサーサイト

2020.02.14 Friday 16:30 | - | - | - |