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諏訪原城に登城!その2〜本丸から諏訪神社

二の曲輪馬出、二の丸と来て次はいよいよ扇の要に位置する本丸へインします。

扇の要に迫る瞬間


二の丸から土橋を渡って本丸に行きます。土橋の左が5号堀、右が6号堀ということになってます。
本丸虎口・・本丸馬出口という案内板がありました。城門があったことが確認されてるそうです。

話にならなかった瞬間


左の5号堀は「三段鍵堀」といって底が三段の珍しい堀ということなんですが・・・
草木がボーボーで全然わからない場合はどうすればいいんでしょうか? 整備してほしいわ。

守りは万全だった瞬間


本丸はなかなか広くて何百人でも入れそうな感じ。本丸の周囲には土塁がめぐらされていて、
写真正面のあたりは天守台地という案内板があり、2層の矢倉があったんだそうです。

高所恐怖症だった瞬間


本丸の東側には搦手口がありました。搦手外郭は食料・衣料・飲料水 ・武具等の運送等
主要な役割をしていたと案内板にありました。こっち側は城の背後で断崖絶壁なんですが・・

おっかなびっくりだった瞬間


|д゚) ・・・・・ジーーーッ すごいことになってます。堀切だかみたいのもある急崖。
まだこの下に内堀とか土塁なんかがあるそうです。立ち位置悪いのか見えなかったけどさ。
これを降りていくと金谷側に出るそうですが、ワタクシがこんなの降りてまた登るはずなくw

命がけすぎた瞬間


そのまま進んで諏訪原城本曲輪から金谷の方を監視しときます。大井川鉄道が丸見え!
地続きの二の曲輪馬出の方と違って本丸側はこの高さで断崖絶壁・・昇降は難儀だわ。
諏訪原城の城兵や小山城に逃れたという今福さんもこの搦手を転がるように降りたのかな。

タイミングが変だった瞬間


本曲輪も出口になろうかというところで出てくる案内板。城址碑はありませんね。
ここを過ぎると本丸を出て、いったん堀底へ降りていく感じになります。

足元注意の瞬間


本丸から降りて行く時の左側は急斜面。この下は水の手曲輪になっているようです。
曲輪といいつつ大規模な空堀のような空間みたいで今回は行かなかったんだけど。

水量の豊富な城らしかった瞬間


堀底にはカンカン井戸がありました。本曲輪と三の曲輪の間にある堀切の底よ・・なんで?
井戸の中は石積みだったけど、あんま覗かなかったので深さや水はわかりませんでした。

土塁が廻っていた瞬間


堀底を登って三の曲輪に出ました。土塁の向こうが二の曲輪で続いているみたいな感じ。
案内板には食糧・武器・弾薬庫を備えた重要な所だと書かれていました。

何が何でも遮断だった瞬間


三の曲輪と諏訪神社のある大手馬出との間には巨大空堀と土橋がありました。
この外堀は壁のように切り立った構造になっていて「壁立」と呼ばれるそうです。

驚嘆の瞬間


三の曲輪沿いにある巨大な外堀は4号堀。案内板によると・・三の丸を守り湧水による水堀で、
当城で最も大きな堀。長さ221m、幅14.5m。こんなサイズの空堀がこれ1つっていうんじゃなく、
似たような規模の堀がたくさん・・人力だけで掘るってどんなんだ!と思って改めて唖然。

勝手に納得の瞬間


諏訪神社が建つ丸馬出。城の名の由来となった神社で武田家の守護神諏訪大明神が祀られています。
当時と場所は違うんでしょうけど、これがあると川じゃなく「武田の城」って感じですね。

首をかしげた瞬間


こぎたないけど堀まで書かれた城跡図はここにありました。ワタクシが印刷したやつはコレ。
いちおう順路どおり廻って最後にここに着いたはずなんだけど、なんかズレてるような・・

やっちゃったかもだった瞬間


本丸になかったな〜と思ったら城址碑も諏訪神社の入り口に立つ鳥居の横にありました。
大手口もすぐこの先なので推奨順路じゃなく、ここから行ってもよかったのかもしれない。

たぶん口が開いていた瞬間


丸馬出前の三日月掘は長さ89.7m。幅15.3m。12号堀という名前で呼ばれています。
当時は水堀だったそうです。それにしてもこの土木量・・うっとりで見飽きないですw

大満足だった瞬間


丸馬出の南にある大手口まで来て諏訪原城の登城完了!また茶畑のところに出て駐車場へ。

は〜すごかったわぁ。これだけの城がありながら、すぐ落城ってどうなってんの!! 
と思いたくなるほどに。高天神城も10ヶ月頑張った。二俣城も半年は頑張った。
諏訪原城は広いから、そもそも論で規模に見合う兵が置かれてなきゃ機能しないとしても、
援軍・補給なしの中でそれなりに守るには、城将の資質がやっぱり大きいんだね、きっと。


登城してみて、絶対に見とかなきゃならない城だったと思いました。鼻息荒く来て正解w

縄張図を持って整備されて見やすい城跡を廻ると、馬出や三日月堀の形はバッチリ分かるし、
配置された意味も、まためぐらされた堀と曲輪の防御や土木量もとてもよく理解できる。

縄張をした馬場さんは3年後には長篠の合戦で討死をしてしまうから、これぞ晩年の集大成。
馬場さんがもし長篠で討死・・いやもっと遡って、もし勝頼が馬場さんの意見を取り入れて
設楽ヶ原に誘い出されず、長篠城を強引に落として諏訪原城を含めた拠点をしっかり固めてたら
歴史は変わったんでしょうか・・・ 歴史にイフはダメだけど、つい考えてしまうわ。


横須賀城高天神城、諏訪原城と回って勝手な妄想しまくってとっても順調〜!! 
この後は武将の墓参りを2つばっかりササッとして、ラスト丸子城に向かいます!


長慶寺にて太原雪斎のお墓まいり に続く


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2014.02.09 Sunday 14:02 | comments(1) | trackbacks(0) | 中部(静岡県) | 

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