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良玄寺にて本多忠勝のお墓参り

[本多忠勝] ブログ村キーワード

2014年の登城は千葉攻略から。大好きすぎる本多忠勝巡礼から始まる1年よ。

埼玉県民のワタクシ。千葉は「近いから長期休暇使わなくてもすぐ行ける」と思い、
逆に「距離は短くても地味に行きづらい」とも思う時もあるパラドックス数年・・Σ(゚Д゚)!
元旦の朝「あ、千葉いこ」と天啓思いつき、1日飲んだくれてついに上陸w

忠勝めがけた瞬間


今回は大多喜城からスタートして真里谷城久留里城館山城をやっつけていく予定。
朝イチで大多喜に到着したら、何はともあれ忠勝さんの菩提寺でお墓参りをするのです。

ウキウキの瞬間


良玄寺は天正18年(1590)10万石で大多喜に入城した本多忠勝が、菩提所として建立したお寺です。
建立当時は良信寺といったそうですが、関ヶ原合戦の翌年に忠勝は伊勢桑名に移封となり、
次男忠朝が5万石で大多喜城主になるものの、元和元年(1615)忠朝は大阪夏の陣で戦死。
跡を継いだ忠朝の甥にあたる本多政朝が、寺の名を忠朝の法名をとって良玄寺と改めたのだとか。

のぞいた瞬間


忠勝といったらコレ! という有名な肖像は良玄寺の所蔵なんだそうです。
飾ってあるのは本物じゃないけど、伝わってるのは間違いないから気にしない。
絵の正式名称は「紙本著色本多忠勝像」。もとは良玄寺に納められたんだけど、
本物は現在、千葉県立中央博物館大多喜城分館に保管されているんだって。

忠勝は関ヶ原の後、武勇が必要とされなくなっていくことを嘆き、武将たる自分の姿を残そうと
しまっていた甲冑を身に着けて肖像を書かせたそうです。気に入るまで何回も書き直させたとか。
これはそうして出来た納得の1枚ですよw この肖像の甲冑は現在も残っています。

本堂は開いてないんだけど、ガラス戸には親切に覗く用の穴があいてるので、
顔をガッツリつけて堪能し、カメラのレンズも思い切り突っ込んで撮影しましょうw

微妙だった瞬間


では、さっそくお墓参りへ・・お寺の右手に進むと「忠勝公園」なるものがあります。
日本庭園チックな一角と、大多喜城が見える物見台と公衆トイレがある小さい公園。
正直この公園はいるのかね?と思ったし、Tadakatsu Park もちょっと違和感な気が。

雰囲気が大事だった瞬間


とはいえ、せっかく「忠勝公園」として整備されてるので無駄にならないよう利用しますw
物見台の上に登って、これから行く大多喜城のどうでもいい天守をとりあえず眺めながら、
城下のこの地に菩提寺を建て、ここで眠りたいと願った忠勝の気持ちによりそうのです。

漂っていた瞬間


そして物見台から公園奥に広がる墓域の方を見て、忠勝さんのお墓を発見!!
知ってるわけじゃないけど、誰がどう見てもアレに違いないという雰囲気大です。

にんまりな瞬間


忠勝公園を出て墓域に入るとすぐ右手に、本多忠勝をアピールする御影石が置かれています。
奉納されたのは最近だけど、大好きな武将だとこういうの見るだけで盛りあがれますねw

神妙になる瞬間


御影石を右に曲がり、一般の方のお墓が並んだつきあたりが忠勝さんたちのお墓。
忠勝(中央)・次男忠朝(左)・忠勝夫人(右)と並んでいます。

リアルだった瞬間


忠勝は慶長15年(1610)10月18日、63才で亡くなると桑名の浄土寺に葬られますが、
遺言によって大多喜の良玄寺にも分骨されました。大阪夏の陣で戦死を遂げた忠朝も
大阪一心寺に埋葬して分骨され、この地に眠っています。墓所は町指定文化財です。

念入りだった瞬間


「大多喜城主 本多中務大輔忠勝候 慶長十五年十月十八日卒去行年六十三歳」
忠勝の法号「長誉良信西岸寺」も「西岸寺殿前中書長誉良信」と刻まれていました。

かなり真剣に合掌の瞬間


きれいにお手入れされてお供えまであって・・・桑名の浄土寺とは大違い!!

忠勝さんはきっと初めて城主になった大多喜の地に思い入れがあったんでしょうね。
会えるもんなら会ってみたいと思いながら、念入りに念入りに手を合わせました。

執念に近かった瞬間


良玄寺で忠勝さんのお墓参りをしたら、お寺の近くにある行徳橋に寄るのもマスト!!
「お寺のそば」って情報だけを頼りに、グーグルマップを眺めてたどり着きましたw
どうってことない橋なんだけど、なんと忠勝さんのミニ銅像が2体もあるんですよ〜

ラブリーだった瞬間


まずはお寺に近い側の坐像バージョンの忠勝さん。朝方こっち側は逆光になるようです。
豪壮な忠勝さんの銅像なんだけど、作りがしっかりしてるのにナリが小さいからかわいいのよ〜

うっとりしていた瞬間


鹿角脇立兜の忠勝スタイルだけど、桑名城岡崎城とは違って蜻蛉切じゃなく、采配を持ってます。
大多喜城主になった頃の年齢に近そうな雰囲気や、厳しく引き締まった表情がなかなかよいです。

感心していた瞬間


後ろに回ってみました。大数珠もかかっていて非常に細かく作られてると思いました。
どうせ銅像作るからには、大小関わらず、やっぱ芸の細かいリアルなのがいいです。
忠勝さんが見ている方向・・・木の奥の方が菩提寺の良玄寺。ホントにすぐ近くよ。

アピっていた瞬間


橋の欄干には一定の間隔で、忠勝さんをモチーフにしたレリーフも飾られているんです。
町ぐるみで「本多忠勝の大多喜」を猛アピールしてることがヒシヒシと伝わってきます。
忠勝さんの銅像はもう1体、反対側に立像があるので絶対にもれなく橋を渡りましょう。

激レアぽかった瞬間


床几に座ってどっかと構えていた忠勝さん、ついに立ち上がり采配を振っています。
采配持って立ってるポーズの忠勝さんが見れるのは恐らくここだけなんじゃないかしら?
でもまぁ、なんせ小さい「手乗り忠勝さん」なので、かっこいい以上にかわいすぎるのw

かぶりつきだった瞬間


小さく見えないように撮ってみたら・・・ヤバっ!かっこよすぎ!!!

織田信長から「日本の張飛」と称えられ、豊臣秀吉から「天下無双の大将」とまで言われた忠勝。
武勇に優れた武将はたくさんいるけど、忠勝さんはただ強いってだけじゃない魅力があります。

ただ、たとえ信長様の言葉だとしても「張飛は違くない?」って思いは絶対に譲れませんがw


朝っぱらから忠勝ざんまいでうっとりしまくったところで、大多喜城に向かいます。


大多喜城に登城!に続く


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2014.03.08 Saturday 20:16 | comments(2) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

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2020.02.14 Friday 20:16 | - | - | - | 
あも (2014/03/10 8:01 PM)
源之助さん こんばんわ!
お城の周りは忠勝押しの旗もすごくてビックリでしたw
広島や郡山城いったんですね〜羨ましい!
岡山は車で行ったけど、広島以西や四国あたりは
車で行くには勇気と根性含め、心の準備がいりますw
長期休暇がほしいですね!

源之助 (2014/03/09 10:31 PM)
こんばんは♪
町全体でこれでもか、ってくらいに忠勝公をアピールされてますね(^-^)
距離が短くても地味に行きづらい、分かります(^^)100名城スタンプも近場が結構残ってます。
この前、津山行った時は広島城、吉田郡山城、備中松山城、岡山城にも行きましたよ♪