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久留里城に登城!

[城跡] ブログ村キーワード

真里谷城と真如寺で武田ワールドを堪能した後は久留里城に登城です。

ひるんだ瞬間


正月3日だから休館は別にいいとして、貸出杖が置いてある方が少々気になります。
久留里城が高い所にあるのは分かっていたけど、思った以上に心の準備が必要そうよ。

覚悟を決めた瞬間


まっすぐ舗装の坂道でも行けるけど、ワタクシは右に曲がって未舗装の古道を行きます。
天守は模擬の久留里城。どうせ登りきついの同じなら少しでも城の面影を味わうのです。

戦意喪失しかける瞬間


ワタクシちょっと甘く見てたのよね、久留里城ちょいとした小山の上くらいのイメージで。
戦国時代には房総の名城と言われたそうだから、こんくらい普通ね・・頑張っていきましょ。

地道に進む瞬間


信長の野望では何となく攻めるのめんどい感じの印象がしてわりと相手にしないで
放置することが多い久留里城。しかし本日はこの坂道からリアルに攻略の1歩を進めます。

イマイチわかりづらかった瞬間


尾根を伝う古道を歩いて行くと、曲輪や堀切なんかの遺構が見られます。
まず見えてくるのが火薬庫跡。誰のどの時期にあった火薬庫なのかわからないけど。

イメージは里見だった瞬間


進んで行くと遺構なのかは分からないけど、こんな雰囲気のある場所もありました。

久留里城は戦国初期に上総武田氏の祖、武田信長が上総守護代となって真里谷城や府南城を
築いた後に築城されたと言われます。武田信長の孫、信興の時に名を改めた真里谷氏
この地を支配していましたが天文年間、安房の里見義堯が攻略し本拠地としました。

里見氏はその後、北条氏と争い一時は城を奪われるものの2年後に奪還しますが、
天正18年(1590)の小田原攻めの遅参で秀吉の怒りを買い、上総は没収されます。
そして関東が川氏の支配になると大須賀忠政が3万石で入封して以降、土屋氏、
黒田氏が9代続いて明治維新を迎え、明治5年、建物は解体されました。

見晴らせた瞬間


さらに進むと堀切が。そこそこ高く登っているので急崖下の方まで断ち切られています。
ここまで生い茂る樹木でまったく見えなかった麓の様子がよく見えるようになりました。

少々ヨロっていた瞬間


ここまで来ればあと少しで薬師曲輪と二の丸。ここから舗装路にも合流できます。
が、ワタクシは引き続き、息切れしながら前かがみで最後のひと踏ん張りよw

メガ城郭だった瞬間


二の丸のすぐ下にある薬師曲輪に到着〜!三の丸や外曲輪、大手門跡などが丸見えます。
真ん中の開けた辺りはほぼ城域だったようなので、山と麓合わせると相当大きいわよね。

人だらけだった瞬間


すぐ上の二の丸にやってきました。ここは長屋塀が復元され、久留里城資料館なんかもあります。
資料館には久留里城の模型なんかが見られるらしいんだけど、正月三が日でこの日は休館。

食いつかなかった瞬間


二の丸には新井白石さんの銅像もあります。歴史の教科書にも出てくる有名な学者ですね。
徳川時代に久留里城に入った大須賀忠政が関ヶ原の功で3万石加増され横須賀城に移った後、
入封した土屋氏の江戸屋敷で生まれた新井白石は2代利直に仕えて久留里で過ごしたそうな。
だから銅像があるんですね。勉強したこと忘れたワタクシ的に印象まったく薄い人ですがw

台無しだった瞬間


天神曲輪なんてのも残っていますが、建っているのはおそらくお手洗い・・・Σ(゚Д゚)!
案内板もあるけど天神曲輪そのものの説明ではなく、一般的な曲輪の意味の説明でした。

さらに人だらけ城だった瞬間


やっと上まで登りきり〜!! 昭和54年に建てられた模擬天守はどっかのに似てる気が。
正月三が日だってのに家族連れやら熟年さんやらけっこう人がいるのに少々驚きです。

思いのほか地味だった瞬間


模擬天守の横には天守台跡が残っています。黒田氏時代に再建された時の天守台跡で、
発掘調査で礎石なども見つかり、二層二階であったと推定されているんだそうです。

イマイチだった瞬間


本丸には城址碑ではなく再建記念碑が建っていました。普通の城址碑のがありがたいわ。
記念碑の後ろには土塀跡があります。発掘で土塀が回っていたことが分かってるらしい。

勇者にはなれなかった瞬間


人が多くてイケてない模擬天守のある本丸奥の方に怒田方面に向かう尾根が続くんです。
小さい曲輪やら堀切なんかがあるらしいんですが・・・ちょっと降りかけて見なかったことにw
だって案内図もないこんな所降りていくと、駐車場に戻れるかどうか分からないから。

よそ見大事だった瞬間


帰りは舗装された坂道を延々降りていきました。舗装路の方でも途中に曲輪跡が見られます。
斜面の下を覗いてみるとこっちもやっぱり急崖・・戦国の頃に築城された城っぽいわ。


古道や行けなかった怒田の方とか元の城の遺構が残ってるところもあり、
大幅に舗装されたり模擬天守が建ったりして観光向けの近世城郭でもあり。
残ってるのはすごいんだけど、ワタクシ的には何か印象が残らないお城でした。

時刻は2時過ぎ。この後は大至急、南房総市に移動して里見氏のお墓参り、
そしてこれまた人ごみが予想される模擬天守な館山城に向かいます!


延命寺にて里見氏三代のお墓参り に続く



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2014.04.03 Thursday 20:31 | comments(0) | trackbacks(0) | 関東(千葉県) | 

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