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騎西城に登城!

栃木市の大中寺から高速ぶっとばして一路、埼玉にリターン!!
ハンパな時間を使って、微妙な距離で行きづらい所に寄ってしまうのだ。

まったく心躍らない瞬間


埼玉県加須市にある騎西城・・・いや、城風建築の郷土資料館です。
当時は土塁や堀のゴリゴリ戦国城だったけど、こちらはリッチに鉄筋三階建。

微妙すぎた瞬間


騎西城跡は遺構もほとんど残ってないので全く興味もわかず今日までとことんスルー。
中途半端な時間を余しての通り道じゃなかったら、正直「コレ」目指しては来れないわw
展示は民俗資料やら町の歴史を語る写真とか・・うぐ、まだ行くとこあるからいいや。

反応が薄かった瞬間


模擬天守の建っているこのあたりは本丸じゃなく天神曲輪だったみたいね〜
下調べをしていないので、わりと大きかったと聞いてるだけで何もわかりませんw

そこそこ広そうだった瞬間


案内版があったので縄張りを確認してみると、本丸は模擬天守のもっと奥だった様子。
写真で言うと一番左にあるひょうたんみたいな形のところが本丸、天神曲輪はその右隣り。
水に囲まれた城っぽいね。同じ埼玉の忍城のような浮城だったんでしょうか。

微妙すぎた瞬間


ワタクシ桜が咲くタイミングで建物のあるお城に行くことって考えたらあんまりないので、
風情あるそういう写真は少ないんだけど、模擬天守の時に限ってバッチリ撮れるというwww

まっしぐらだった瞬間


模擬天守のある場所から通りを挟んだ向かい側に、土塁の一部が残っていました。
ほとんど住宅になってしまったので、よくここだけポツンと残ったなと妙に感心します。

騎西城は戦国時代から江戸初めまであったお城で、戦国時代には小田顕家・助三郎父子、
成田泰喬が居城し、江戸時代には松平康重、大久保忠常・忠職父子が二万石を賜っていたそうな。

アブナイ毘沙門天サマだった瞬間


他にたいして見るものもないので、横着せずに道路を渡って近くまで見に来ました。
土塁を見ながら「謙信が逆鱗で攻め落とした」ということを思い浮かべるのですw

永禄6年(1563)上杉憲勝が守る武蔵松山城が北条・武田に包囲されたことを受け、
謙信は越後から急ぎ、救援に出張ります。が、埼玉の北本に来たところで城は陥落。
目前まで来ながら北条・武田に攻略され、しかもその陥落は救援を待てず
上杉憲勝が勝手に降伏しちゃってのことなもんだから、謙信はそりゃ怒りまくり!

どっか城のひとつも落とさなきゃ気が済まない! のこのこ越後に戻れるか!

と騎西城をロックオンするやすごい勢いで攻め込むと、城にこもっていた女子供まで
「一人残らず撫で斬りにせよ」で落城させ、鬱憤ばらしをしたという・・・Σ(゚Д゚)!

上杉憲勝は救援が来てる情報をちゃんとつかめてなかったんだろうね・・残念な人だ。
この後、謙信に人質として出していた息子は殺されてしまったのだとか・・・

ピンとこなかった瞬間


土塁の上には騎西城の別名「私市城址」の碑が。詳しいことは分からないんだけど、
15世紀にこのあたりに初めて居館的なのが建てられた頃から呼ばれてた名前みたい。

反応する瞬間


さっきの縄張り図で見た大手門があった方向に少しだけ歩いてみました。
大手門跡はただの交差点で本当に何も残ってないけど、ふと目にした住所は「根古屋」。
こういうのを見ると城跡だな〜と思って、ほんのちょっぴりだけどグッと来ますねw


他に見るところもないので騎西城はこれで終了〜!!
この後はラブ小松姫と微妙な武将、仙石秀久のお墓参りに行きます。


勝願寺にて小松姫と仙石秀久のお墓参り〜に続く



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2014.05.15 Thursday 20:20 | comments(0) | trackbacks(0) | 関東(埼玉県) | 

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2020.02.14 Friday 20:20 | - | - | - |