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宗安寺にて木村重成の首塚にお参り

[武将の墓] ブログ村キーワード

彦根城を出てキャッスルロードにやってきました。
珍しく観光スポットに来たのは宗安寺と近江牛を食すためw

ガン見の瞬間


観光ストリートのキャッスルロードにどーんと面する宗安寺。こちらは赤門です。
この赤門は石田三成の佐和山城表門を移築したものと言われています。

感慨に浸る瞬間


佐和山城は関ヶ原の後、彦根築城にあたり徹底的に破壊されたとも言いますから、
門のひとつでも残っていると思うと妄想力が働くので勝手に感動できますw

想像力たくましい瞬間


赤門は馬に乗って駆けこめるように敷居がなかったそうな。こちらは赤門の礎石。
あの三成が建てたんだから佐和山城ってなかなかだったろうなと勝手に思い込みます。

お盆で提灯だらけだった瞬間


宗安寺は浄土宗のお寺で、井伊直政が箕輪十二万石を与えられた時、正室である東梅院の
父母の菩提を弔うために安国寺として建立され、関ヶ原後の直政の転封に伴い佐和山の麓へ。
そして彦根城築城の際、現在の場所に移されて宗安寺と改名されたんだそうです。

わかりやすかった瞬間


ここ宗安寺には豊臣家の忠臣木村重成の首塚があって、ワタクシはそれを見に来た次第。
木村重成は大阪夏の陣で華々しく散った凛々しすぎる若武者。女装しても気づかれなかった
という噂のある超イケメンらしいけど、ワタクシが食いついてるのはソコじゃないですw

フサフサだった瞬間


まずは本堂の横のお堂にある「血染めのすすき」。重成さんの首をくるんでいたすすきが
佐和山に根付いたもので、移植を繰り返しながら宗安寺に落ち着き、今フサフサしています。

木村重成は大阪冬の陣が初陣ながら井伊直孝を相手に戦って戦功をあげ、
和平交渉では徳川方への使者も務めました。そして大阪夏の陣で再び井伊軍と激突。
堀を埋め立てられた大阪方が勝機をつかむには積極的に打って出るしか道がなく、
重成は河内方面へ出撃し、激闘の末、庵原助左衛門に討ち取られました。享年23歳。

タヌキも感動だった瞬間


重成の首は偶然その場に居合わせた安藤長三郎が「まだ功名がないので頂戴したい」
と申し出て譲り受け、その場に生えていたすすきに来るんで刀と共に持ち帰ったのだとか。

重成の首と言えば首実検をした家康がいたく感動したという逸話が有名。

重成の髪から焚きこめられた香が漂っていることに気付いた家康は、
「見苦しくないよう香を焚きこめたのはよき勇士の嗜みである」といい、
また兜の緒が解けないよう緒の端を切り落としてあることにも気づくと、
討死を覚悟していた証、立派な勇将であると褒め称えたと言われています。

妄想に浸りやすかった瞬間


墓所を入って右奥へ進むと重成公首塚。お盆だけどお墓参りの人はいなくてひっそり。
ワタクシ的に大阪の陣では幸村さんに続き、あっぱれ度、切ない度、惜しい度の高い重成さん。

夏の陣でやっと2度目の出陣ながら、戦いぶりももちろん堂々として素敵だけど、
出陣前に髪に香を焚きこむだけじゃなく、首を取られた時に食べ物が出るのは見苦しいと
食事までも慎んだと言われる・・若いのに武人としての生き様や潔さに心が震えます。

白髪を黒く染めて出陣した斎藤実盛さんもそうだけど、本気で覚悟を決められる人、
そして最後の最後の瞬間までそれを貫ける人には本当に心惹かれてしまいますね。

あっぱれだらけだった瞬間


こちらが木村長門守重成公の首塚。首実検の後「懇ろなる弔いをせよ」との命を受け、
首を持ち帰った安藤長三郎が自家の菩提寺である宗安寺に手厚く葬ったんだそうです。

しかし公然と敵方の武将の墓を建てるわけにいかず安藤家の墓所に埋葬して塚を建て、
明治維新までは代々「先祖の墓」と言い張ってひそかに守られていたのだとか。
奥に3つ並んでいるのが安藤氏のお墓。代々の安藤氏の心意気もあっぱれです。

胸が詰まりそうだった瞬間


重成さんと言えば悲しいエピソードがもう1つ。夏の陣の時に新婚5か月だった重成さん。

淀君の乳母大蔵卿局の姪の青柳さんが大阪城内で重成さんに一目ぼれし得意の和歌でアタック。
重成さんも和歌で返答→カップル成立w 当時は珍しい恋愛結婚で結ばれた新婚さんです。

討死の覚悟を決めた重成さんと別れの盃を交わした青柳さんは大阪落城後、
落ちのびた先の近江で懐妊に気づきます。そして男子を出産後、出家して尼となり、
重成の一周忌を終えると自害したと言われています・・・なんだかすごく悲しいね。


儚いような、それでいて一瞬の華やかさや鮮やかさのインパクトはものすごく・・
悲しくて美しいってこういうことをいうのかしらね。首塚の前でそんなことを思いました。

しかし・・豊臣を守ろうと死にもの狂いで戦って命を散らしながら、結果、
負けにしたのは城で震えるヘタレどもだったという・・豊臣って何もかも残念な。

開店時間めがけた瞬間


一生懸命妄想したらお腹が空いたので、四番街スクエアに移動して近江牛を食べます。
前に登城した時は千成亭でお高めのを食べたので、今回は普通にランチで千の房さんへ。

とろけた瞬間


ユッケトロロ丼と散々迷った挙句、万一旅行中に腹を下して動けなくなったらいかんと思い、
薄切りステーキ重のランチセットに。サラダ、キムチ、スープがついて1,500円はお得かな。
近江牛は甘くておいしいですね。近所にあったら普段ケチっても時々行きたいくらいだわw


次は井伊家菩提寺の龍譚寺と清涼寺に行き、佐和山城跡もチェックしようと思います。


井伊家ゆかりの龍譚寺と清涼寺に拝観!〜に続く




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2014.09.13 Saturday 20:05 | comments(2) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

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2018.09.23 Sunday 20:05 | - | - | - | 
あも (2014/09/21 7:02 PM)
高崎の人さん 島左近!
彦根に行かれてたのですね!
彦根の天守から龍潭寺や佐和山みえますよね!
井伊家や三成ゆかりのお寺なのに人がいないので
ふしぎでした。島左近も魅力的な人ですね。
ワタクシもまたの機会に佐和山城攻略します!
高崎の人さんも是非、龍潭寺や清涼寺目指してくださいね!
高崎の人 (2014/09/21 4:37 PM)
あもさん、こんにちは。
 私も彦根に行った時期がつい最近であるため、ここ最近のシリーズは特にたのしく拝見させていただいております。
 彦根のキャッスルストリートの木村重成さんの首塚、知りませんでした。あのお寺の前を何往復もしていたのに。
 そして、井伊家ゆかりの龍譚寺と清凉寺、これってもしかして彦根城本丸から佐和山をのぞんだとき、佐和山のまさに左下麓とともいうべき場所に見えたあの立派なお寺のことなんでしょうか?
 しかも尊敬する島左近氏の屋敷跡であったとは!
 何事も下調べ大事なんですね。ちょっと今回は素通りしてしまいましたけど、おかげ様でせっかく教えていただけたので、次の機会は必ず立ち寄ってきます。
 また大いに参考にさせていただきます。ありがとうございます!!
 では。