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蒲生郡日野町で蒲生氏郷三昧!

甲良町在土の高虎公園から蒲生郡日野町に移動してきました。
こちらは蒲生氏郷の出身地。産湯の井戸から墓場、銅像までフルラインナップw

見逃しようがなかった瞬間


銅像があるのは「雲雀野公園」らしいのですが、地図に公園の名前もなく
住所検索しづらいので最寄りの日野雲雀野郵便局目指し国道307を南下。
そろそろ曲がる交差点じゃない?とキョロキョロしはじめたところに看板がドーン!

ときめきの瞬間


裏の方にあった駐車スペースに車を置いたら、わざわざ銅像を遠巻きにして正面へ。
氏郷さんは好きな武将ベスト10に入る武将。ワタクシちょっとドキドキしておりますw

氏郷さんは92万石の大大名。ただ関ヶ原の前に亡くなってしまったので前後出番なく
豊臣五大老格の割に、何かとどうも印象が薄くなりがちなのが少々切ないのよね。

萌えている瞬間


氏郷は六角氏の家臣蒲生賢秀の子で幼名を鶴千代といい、13歳の時に織田信長の元に
人質として出されるのですが、ひと目で聡明さを見抜いた信長にとても気に入られます。
信長の烏帽子親で元服すると冬姫を与えられ、娘婿として重用されました。

本能寺の変後は秀吉の元で小牧長久手の戦いや伊勢平定で功を挙げ、伊勢国松ヶ島12万石、
会津40万石、後の加増で92万石の大大名となりますが、その4年後、40歳の若さで死去。

ブロークンハートな瞬間


勝手にドキドキしながら近づくと・・・イメージとは程遠い分厚いオッサンフェイス!
鳳の雛とか麒麟児と表現される氏郷さんって若くして亡くなってることもあるせいか、
ワタクシの中では勝手にだけど、凛々しい若武者のままのイメージなんですよねw

鯰尾の兜をかぶり戦場では常に先頭に立って敵に向かう勇猛さがある反面、
和歌や茶道を嗜む文化人でもあった氏郷さん。利休七哲の一人としても有名です。
キリシタンで洗礼名はレオン。ジュストの洗礼名を持つ高山右近とは仲良しだったとか。

行きづらすぎた瞬間


イメージと違った氏郷さんの銅像に勝手に釈然としない思いをいだきながら、
遺髪塚のある信楽院にやってきました。道が狭くてとても分かりづらかったわ。
おまけに工事中らしく鉄板なんか敷かれちゃってイマイチ風情がないのが残念。

お寺の感じがなかった瞬間


信楽院は奈良時代に聖武天皇の勅願により開創されたと伝えられるお寺だそうですが、
敷地も広くないのと工事中ということもあり、残念ながら古刹の印象はありません。
事前調査に従って、左方にある墓所の一番奥に氏郷さんの遺髪塚を見に行きます。

いすわる瞬間


お盆でお墓参りの方がたくさんいたので全体の写真は控えて・・氏郷さんの遺髪塚いきなりw
京で亡くなった氏郷さんの遺髪が、ここ日野と所領だった会津で供養されたんだそうです。

最終的に会津92万石の大大名となった氏郷さんでしたが、伊勢の松阪から都より
遠く離れた地に移封されたことを悔しがったという逸話が残されています。
伊達の抑えにされたことに納得いかなかったのか、都に何かあってもすぐに
駆けつけられないことを嘆いたのか・・やっぱ天下狙う色気もあったとか?

秀吉は秀頼の養育係に前田利家をつけてますし、氏郷は近くに置いたら危ないと言って
会津に移封したとも言われてますしね・・聡明で武勇があり諸将からの信頼もあったという
氏郷さんを恐れていたのは間違いないんでしょう。時勢に従って秀吉の下についたものの、
間近で薫陶を受けて育った氏郷さんきっと根っからの信長信者だったでしょうしねw

芳名は「昌林院殿高岸宗忠大禅定門」。

聡明さにあやかりたいわ〜と思いながら、凛々しい若武者をイメージしておもむろに合掌。

下調べが大事だった瞬間


次は氏郷さん産湯の井戸にやってきました。ここもやっぱり住所検索ムズイので、
日野城跡(中野城)でだいたいの場所を調べておき、日野川ダムを目指して到着。
奥に見える白い車の先がダムで、氏郷が生まれた日野城跡の入り口もあるのです。

日野城跡も時間があれば寄りたくて、ダムに車を停めて入り口まで行ってみたけど、
夕暮れ間近だったので小山の中に入っていくにはヤブ蚊がものすごく速攻で退散・・。
後でよく調べたら、ダム工事の際かなりの部分は破壊されてしまったのだとか。

妄想が膨らむ瞬間


遺構の大部分が破壊されたとは言え、すぐ先に生まれた日野城があるのは間違いないので、
氏郷さんがホントに産湯につかったか井戸かは分からないけど所縁の地っぽさは十分。
信長が一目見て気に入ったほどだから、赤ちゃんの頃からかしこそうな顔だったんだろうねw

妄想が広がる瞬間


氏郷さんの死後は子の秀行が13歳の若さで跡を継ぎますが、幼弱で家中を統率できない
という理由で宇都宮18万石に減封されました。氏郷さんはどんな思いだったでしょうね。

ワタクシは氏郷さんが関ヶ原の時にいたらどうだったろう?と思ったことがあります。
というより氏郷さんがいたらそもそも関ヶ原とは違ってしまうのかもしれないけど、
それはさておき、東軍西軍どっちについて結果はどうなっていたのか・・眠れませんねw


氏郷さ〜ん!銅像はイマイチだったけど、所縁の地に来れたことは大満足!
そのうち会津にも再登城して、きっとまた「三昧」しちゃうわよww


夏の陣2日目は高虎公園に続き、再び高虎ざんまいw 伊賀上野城からスタートです!


伊賀上野城に登城!〜に続




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2014.10.04 Saturday 22:05 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

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