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伊賀上野城に登城!

高虎出生地から引き続き、今日も高虎三昧。伊賀上野再登城でスタートです。

フットワーク軽かった瞬間


伊賀上野城の開城は9時からだけど付属の駐車場はその前から入れるので朝イチで乗りつけ、
「高石垣@堀外」からを見るため、駐車場のオジサンに言われた通り歩いておりますw

近道できなかった瞬間


つきあたったら左、通りに出たら右ね〜と歩くと、上野高校をぐるっと回ってました。
高校の敷地を突っ切れたら楽なのに・・と思ってたら目印が見つかって一安心です。

どうでもよかった瞬間


迷わないようひとまず国道に沿って歩いてくると、模擬門の白鳳門が見えてきました。
高石垣に行くにはここからまた上野高校の敷地沿いにずっと登って行けばいいようです。

念入りに確認する瞬間


駐車場は地図の「上野公園」と書いてある方。ほらやっぱり高校の中通ると近いのよw
3年間も春夏秋冬で表情を変える素敵な高石垣を見ながら通学出来るなんて羨ましい!

感激の瞬間


ちょっと登っていくと見えたぁ!! 瞬間、瞳孔がガチ開きになったのが分かったわ。
樹木がうっとうしいけど真夏に来たんだからしょうがない。大和郡山城よりズンとマシw

爽やかすぎた瞬間


今年のお盆は天気に恵まれず、この日も間もなく雨が降る予報。暗いのがホント残念。
本丸高石垣の上には天守が見えてるのに、空が白くてよく見ないと何だかわかりゃしないw

ワタクシが立っている後ろが上野高校のグランドなんだけど朝から野球部が練習しててね、
暑い中、走ったり素振りをしてるんだけど、目が合うと「おはようございます!」って
みんな頭を下げてくれるのよ。余談だけど爽やかな子たちだなと思ってお伝えしてますw

高虎イズム堪能の瞬間


見れば見るほどうっとりしちゃう藤堂高虎さんプロデュースの高石垣は高さ30m!
反りがなくて直線的なのが特徴。見た目の美しさだけじゃなく強度や機能なんかが
完全に戦闘モードで計算されつくした感じがワイルドな苔むし野面とは違う魅力よ。

後ほど決死の覚悟で下をのぞくつもりだけど、内堀越しの遠目に見てもダイナミック。

しっかし樹木が邪魔だわ〜と思いながら、しばらく眺めて妄想にふけったけれど、
雨が降りそうな匂いがしてきたので大至急、本丸に向かうことにします。

鼻息が荒かった瞬間


雨が降る前に大場所だけは見なきゃいけないので、まずはダッシュで筒井古城跡へ。
この場所は天正伊賀の乱の後、筒井定次が入って築城した上野城があったところで、
当時は三層天守が建っていたそうな。江戸時代には城代屋敷が並んでいたのだとか。
お盆中で作業はしてなかったけど、石垣の修復工事でもしてるんでしょうかね。

立派すぎた瞬間


筒井城跡の石垣がこちら。高虎時代よりも本丸の位置は高かったんですね。
筒井氏は慶長13年(1608)失政を理由に改易され、伊予から藤堂高虎が移封されました。

シンボルだった瞬間


高虎は大坂攻めの拠点として、上野城を拡張して大規模な改修を行いました。
西に備えた高石垣を築き、拡張した本丸には五重の大天守も設けられたそうです。
が、完成間近の慶長17年(1612)に台風で倒壊し、その後、大阪の陣で豊臣も滅亡すると
工事は中断され、上野城は藤堂家の支城として城代家老を置いて明治維新まで存続しました。

今ある模造天守は昭和10年に地元の名士の方が私財を投じて建設したもので純木造!
「伊賀文化産業城」というのが正式な建物名。大天守、小天守の連結式ですね。

モヤモヤした瞬間


日本1・2の高さで有名な高石垣・・・気持ちは分かるけど微妙すぎて少しうける。
普通に「高虎公の築いた高石垣」とかでよさそうな。多分1位はないと思うし・・

ビビりすぎだった瞬間


本丸の西側に高石垣を覗きにきた高所恐怖症のワタクシ。決死の覚悟でもコレ限界w
高虎さんとか清正さんらは高さとか「へ」でもないんですかね。工事した人の中には
ワタクシみたいなのも何人かはいて、きっと気の毒なことになってたと思うのよ。

ガクブルだった瞬間


ヒャ〜目が回りそう・・内堀で釣りをしていいのか分からないけど浮いてる人ちっさ!
しかし樹木がジャマね。洗練された打込接を間近に見放題するならやっぱ冬枯れがベスト。

それでもうっとりする瞬間


フッサフサの樹木でせっかくの張りだしや折れも綺麗に見えないのが残念。
もっと石垣のヘリに立って上半身伸び出せば少しは角度変わるかもだけど無理だしww

物好きだった瞬間


前も来たのにまた入城。昨日の見た銅像高虎さんのうさ耳兜を見ましょうかってことで。
入館料は500円だったかな? 藤堂藩やら藤堂家ゆかりのブツがあれこれ見れます。

吸い寄せられる瞬間


藤堂家のだったか家臣のだったか忘れたけれど、甲冑が何点も展示されていました。
実際に戦場に出た甲冑じゃなくても、レプリカじゃないのはそれなりの迫力がありますね。

勝手に納得しなかった瞬間


高虎さんの肖像画・・よそいきのかっこだし顔もジジイだしなんか違うんだよねw

七度主君を変えねば武士とは言えぬ、と豪語したと言われる高虎さん。
やむを得ない場合を含め、浅井長政、阿閉貞征、磯野員昌、織田信澄、羽柴秀長
羽柴秀保と主君を変え、最終的に家康に従って伊勢32万石の大名となりました。

外様ながら「国に大事ある時は高虎を一番手とせよ」と家康から絶大な信頼を
得ていたといわれる高虎さん。秀吉が亡くなり、家康がおおっぴらに行動開始すると、
前田利長が母芳春院を江戸に人質出すより前に実は弟を出していたといいます。

高虎さんは能力が高くて運や行動力もある上、先が見える人だったんでしょうね。
イヤな感じに書かれることも多いけど、別に裏切りや寝返りを繰り返したわけじゃなし、
キャリアアップで最終勝ち組ですから、そういう生き方ワタクシは断然ありかと。
戦国時代だから成り上がりいいじゃん。二君にまみえずってのも江戸時代ぽすぎ。

好みではなかった瞬間


うさ耳出たー!! 黒漆塗唐冠形兜(くろうるしぬりとうかんなりかぶと)
高虎さんのトレードマークともいうべき兜で、豊臣秀吉から拝領したんだとか。
身長190センチ近かったという大男の高虎さんにコレを選んだ秀吉のセンスが謎ですw

五層の天守を妄想する瞬間


中に登る石段は昭和に作られたものだけど、天守石垣は高虎のもの。
写真は載せてないけど高石垣のある裏側に回るとよく見えるので要チェックです!

ついでだからと忍者屋敷もまた行こうと思ったら
ここで冗談みたいな土砂降りの、雨にいきなり降られ
ダッシュで車に退避。幸いすぐやんだけど先を急ぐことに。


今日はとにかく高虎三昧w 次は上野寺町にある藤堂家菩提寺の上行寺に向かいます!


上行寺にて藤堂高虎のお墓参り〜に続く


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2014.10.10 Friday 22:23 | comments(0) | trackbacks(0) | 近畿(三重県) | 

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