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2020.02.14 Friday  | - | - | - | 

崇福寺にて織田信長父子のお墓参り

斎藤道三の墓碑がある道三塚から500mくらいのところに崇福寺はあります。

大通り沿いでわかりやすかった瞬間


崇福寺は文明元年(1469)に美濃守土岐成頼とその家臣斎藤長弘によって
創建された臨済宗のお寺で、現在は織田家の菩提寺となっています。

群馬県の甘楽にも次男アフォな信雄一族を祀る崇福寺がありますが、
崇福寺というのは元の織田家の菩提寺らしく同じ名前がついているようです。

皮肉に思えた瞬間


岐阜城では冗談みたいな悪天候でしたが、嘘のように雨もあがりホッとしています。

こちらのお寺は「安禅はかならずしも山水をもちいず心頭滅却すれば火もまた自ら涼し」
で有名な快川紹喜が住職を務めたこともある古刹。余談ですが快川紹喜はこちらにいる時、
武田信玄に招かれ甲斐の恵林寺に行き、後に織田信忠によって焼き殺されています。

美濃っぽさを勝手に感じる瞬間


敷地内には稲葉一鉄寄進の梵鐘がありました。稲葉一鉄は美濃三人衆の一人とされた
斎藤氏の家臣で後に信長に帰属した武将です。その頃からある梵鐘ではないようですが、
場所がホームグランドの美濃だけに、らしいな〜という妙な納得をしてしまいますw

ありがたそうだった瞬間


関白一条兼良が寄進したという中門と土塀もありました。応仁の乱のころの人らしいですが
正直ワタクシ誰か知りませんw が関白の寄進ですから名誉なことだったんでしょうね。

払う価値ありすぎた瞬間


崇福寺はお寺の敷地内に入るのは自由拝観なんだけど、信長父子の廟所と本堂内を見るのに
拝観料がかかります。この拝観料ケチってはいけません。これを見なきゃ来た意味なし!
ってことで書いてあるとおり呼び鈴を押して受付をし、中に入れてもらいます。

生々しすぎた瞬間


本堂内には色々なお宝が展示されているのですが撮影禁止なので血天井だけご紹介。
関が原合戦で西軍の猛攻を受けて落城した岐阜城の床板が血天井として張られてます。

当時の岐阜城主は信長の孫信秀。38名の城兵が戦死したそうで、その菩提を弔うため、
血痕の付着した床板を天井に張って供養しているのだそうです。リアルでなんか怖ーっ!

ちょっとどきどきの瞬間


本堂内の見学を終えると、信長父子の廟所をご覧くださいと入り口を案内されます。
入り口に生えているリュウゼツラン(竜舌蘭)が違和感だけど、まぁ気にせずに。
ちなみにリュウゼツランってアガベって甘味料の材料になる南米の植物ですww

古刹らしい雰囲気だった瞬間


何を表現したものかワタクシにはさっぱりわかりませんが、趣のあるお庭がありました。
お寺のすぐ前は大通りなんだけど、奥まった庭園は静寂そのもので気持ちが落ち着きます。

リアル墓な雰囲気がある瞬間


お庭を回っていくと入り口があり、この先が信長父子の廟所があるようです。
本能寺の変で斃れた信長の遺体はなく、あちこちに墓や廟所はいくつもありますが、
こちらの廟所はらしい雰囲気で、高野山安土城での墓参りより厳かな気持ちになります。

テクニカルだった瞬間


入って正面にあるのが信長父子の墓碑。縦に両分して父子の法名が左右に刻まれています。
信長が右に宛院殿贈一品大相刻圀泰岩大居士、左に信忠の大雲院殿三品羽林高岩大禅定門。

案内板によれば6月2日本能寺の変後、6日には信長の側室お鍋の方から崇福寺に
書状が送られており、直ちに崇福寺に安置された・・とありました。

ワタクシそれを読んで正直「えっ何が安置された?」と思ったけど、それはいわぬが花。
教育委員会とか何やらが書くこういう説明ってのは本当にうまいな〜と思いますねw

心から合掌の瞬間


墓碑の隣には立派な位牌堂もありました。中には入れませんが、この中には天正10年10月
京都の大徳寺で行われた葬儀で使われた位牌が安置されているんだそうです。

遺骨だ遺髪だがあるわけじゃなくても、お墓って故人を偲ぶためのものでもあるから、
あちこちにたくさん墓やら供養等やらのある信長サマはやっぱすごいってことよw
そう思ってオーマイカリスマ信長サマの墓碑と位牌堂に丁寧に手を合わせました。


夏の陣はこれにて終了〜!今回も晩秋になってやっと終われたわ・・(´Д`)

今後は佐久小諸攻め、奥州攻略第一弾をエントリー予定・・年内に終わるかな!?


小諸城に登城!〜に続く



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2014.11.28 Friday 12:52 | comments(4) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

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2020.02.14 Friday 12:52 | - | - | - | 
あも (2014/11/29 12:28 AM)
あきおうさん

こんばんわ〜!

登城とエントリーのタイミングがズレまくる悩みは一緒ですね・・
写真の整理、ブログ用の選別、順序とか思ったこと思いだし〜の・・
おまけにワタクシ、〇〇の瞬間とかやってるもんだから思い浮かばないと
先に進めず考えるのめんどくさくなってきますw

あきおうさん、奥州って10月に行かれてませんでしたっけ?
その後に九州、近江、関ヶ原っていったい・・さすがすぎ!!

信長のお墓は亀岡にもあるのですね。あちら方面リベンジの時は
漏らさないように行ってみます!


あきおう (2014/11/29 12:05 AM)
あもさん 夏の陣レポートおつかれさまでしたー。

多数の美麗写真に加えストーリー性のある城紀行は、作成に大変な時間と手間がかかること、よ&#12316;く分かります<(. .)>。うちも今 奥州紀行やってますが、その後さらに西九州と近江と関ヶ原に行っちゃったので、ストック溜め杉なわけです。来月も何箇所が入れちゃったし...

さて数多ある信長公のお墓のうち、私は何と光秀公お膝元の京都亀岡(丹波亀山城下町)にある「聖隣寺」の墓所(供養塔)に訪れたことが有ります。もちろん建てられてのは光秀亡き後ですがね…(^^;

次は石垣と櫓門と巨大空堀がステキすぎる小諸城ですか、楽しみですな&#12316;。ではまた&#12316;。
あも (2014/11/28 11:57 PM)
サムライ銅像研究会様

こんばんわ!
サムライ銅像研究会さんにそう言ってもらえると
なんだかものすごい嬉しいですw

中部は行っても行っても行きたいところが後から後から出てきますね!


サムライ銅像研究会 (2014/11/28 10:04 PM)
こんばんわ
おかげで次回岐阜に行く目標を色々知りました。道三に信長親子…やはり中部地方は楽しいですね。