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小諸城に登城!

2014年秋の陣は小諸・佐久攻略!・・それを今頃エントリーΣ(゚Д゚)!
依田信蕃さん所縁の地めぐりとお墓参りがメインの「信蕃ざんまい」よw

一番乗りだった瞬間


まずは2度目の小諸城から。
依田信蕃さんが城代だったこともある城なので来てみたのw

今日も日暮れまでにあちこち駆け回るつもりなので、
重要文化財の三の門を眺めながら開園時間を待っています。

元和元年(1615)に建てられた三の門は寛保2年(1742)の千曲川の洪水で流され、
今ここに現存しているのは明和2年(1765)に再建されたものなんだとか。

廃藩置県後、本丸跡に懐古神社が祀られ「懐古園」と呼ばれるようになります。
三の門にある「懐古園」の大扁額は徳川宗家16代当主・徳川家達の揮毫です。

鼻息が荒かった瞬間


開園の8時半になったのでさっさと入園券(500円)を買い、人が来ないうち突撃!
上にある看板「野面積み」には垂涎ですが、ゴンベ(仙石秀久)にはあんま萌えないw

年季が足りなかった瞬間


入園するとすぐ分岐。左に行くと動物園に行っちゃうので石垣に沿って右に進みます。
見えてるのは二の丸石垣だけど昭和に復元されたものなので、横目に見ながら先へ行くw

さわやか挨拶の瞬間


二の門跡。右は二の丸。正面は南丸の石垣。当時は立派な櫓門が建っていたそうです。
しばらくキョロキョロ眺めていると、掃除係員の人がパラパラ通り過ぎていきました。
人がいない代わりに、掃除の人をよけつつ写真撮るのが朝イチ登城のお約束ですw

武田に萌える瞬間


こちらが二の丸の入口。入園券売り場の看板には仙石秀久の名前があったけど、
小諸城は武田信玄山本勘助馬場信春に命じて築いたお城で縄張りもその頃のもの。
信玄が城を築く前は、この二の丸に前身となる館だか砦だかがあったそうですよ。

真田に萌える瞬間


こちらが二の丸。碑に書かれた白鶴城とは、信玄が築城する前にあった城のようです。
関ヶ原の戦いでは中山道を進む徳川秀忠がここに陣を置き、上田城攻略にかかりました。

小諸城主、仙石秀久は秀吉の家臣で、洲本淡路5万石の大名から順調に出世しますが、
九州攻めの大失態により秀吉の逆鱗に触れ、所領没収の上、高野山に追放されました。
しかし小田原征伐の際、浪人を集めて家康の後押しを受けて陣借り参戦。功をあげて
信州小諸5万石の大名に復活し、関ヶ原では秀忠の上田城攻めに加わりました。

ガセっぽかった瞬間


二の丸から先へ進むと南丸入口。苔むした野面が素敵すぎる!デカい石は「鶯石」。
城主の通行や何か祝い事がある度にウグイスの鳴き声をたてた・・意味わからんw

乗り込む瞬間


二の丸と本丸の間にある空堀には黒門橋が架かっています。有事の際は取り外せる
ようになっていたことから、そろばん橋と呼ばれていたも伝わっているのだとか。
本丸側には黒門(一の門)もありました。渡って左に行くと本丸跡です。

抜かりなかった瞬間


城下町より低地に築かれているため穴城ともよばれる小諸城。周囲の方が高いなんて
弱っちい感じだけど、そこは武田の築城エキスパートたちの縄張りだから抜かりなしw
橋の下は規模の大きな空堀がドーン! 穴城だからってまぁ簡単に攻め込めません。

鼻の孔広げ過ぎだった瞬間


黒門橋を渡って右に進み、本丸石垣を見ながら今回は先に天守台下に行きます。
苔むし野面石垣からはフィトンチッドすら出てそうでうっとりしながら深呼吸。

あまりに開店前すぎた瞬間


荒神井戸は寛保2年(1742)に起きた大洪水後に荒神曲輪に掘られた城内唯一の井戸。
しかしワタクシはそんなことより「信州こもろそば」の方に吸い寄せられています。

どっしりだった瞬間


荒神曲輪からの天守台ドーン! 野面積みの天守台はなかなかダイナミック。
小諸城主となった仙石秀久が三重天守を築くものの、寛永3年(1626)落雷により焼失。
その後、幕府の許しが出なかったため天守が再建されることはなかったそうです。

ガン見の瞬間


天守台は本丸北西に張り出す感じになってます。高さは6〜7メートルくらいかな。
すき間が多くて崩れそうに見えるけど、石ががっしりはまってて重厚感たっぷり。

威圧感出てた瞬間


懐古神社がある本丸に入ります。石垣の上にあるんじゃなくぐるっと囲まれてるので
要塞ぽい雰囲気があります。神社は後にして、まずは天守台の上に行ってみることに。

プレッシャーだった瞬間


天守台に登る石段の片隅にはご丁寧な注意書きがありました。余計心配になるわぁ。
ワタクシ心臓は毛が生えてるタイプですが高い所は苦手。注意して行きますw

すでにガクブるだった瞬間


石垣の上にある通路が激細なんですけど! 人とか来てもワタクシ端に寄れないわ。
足を踏み外したら死ぬってプレッシャーを勝手に感じてビビるのが高所恐怖症の性。

無事に到着の瞬間


天守にイン!三重天守なのでそんなに広くなく、跡みたいのも見つけられなかった。

ビビりすぎな瞬間


どこに行っても怖いと言いながら決死の覚悟で一応、下をのぞいているワタクシですが、
端っこに寄れる限界がコレ・・遠っ! 駅のホームですら白線の相当奥に立つワタクシですw

もりだくさんだった瞬間


最後に本丸に立つ懐古神社に寄ります。廃藩置県後、荒れはてた城跡を懐古園にする時に、
元々、城の鎮守神として本丸に祀られていた天満宮と火神(荒神)の二社と小諸藩主だった
牧野氏歴代の霊を合祀して明治13年(1880)に創建された神社なんだそうです。

天神様にロックオンの瞬間


仙石秀久が大改修して城下を整備した小諸城ですが、秀久の子忠政の時に上田に移封になり、
その後めまぐるしく藩主が変わって、元禄15年(1702)越後与板から牧野康重が1万5千石で入封。
10代続いて明治維新を迎えました。本殿には菅原道真さんも祀られてるのでお参りしときますw

勘助はすごかった瞬間


本殿の横には山本勘助が小諸城築城の時に研磨したと伝えられる鏡石があります。
勘助は朝夕この鏡石におのれの顔を映し反省したと伝えられているんだとか。

少し薄汚れてピカピカって感じじゃないけど、綺麗にしたら確かに顔は映りそうね。
しかし自分の顔を見て反省って・・小じわのチェックするワタクシとは大違いだわw

見ないふりだった瞬間


最後に水の手展望台と富士見展望台に行きます。富士見の方は写真がいいのなかったので、
水の手展望台だけご紹介。ちなみに橋の右側は深い崖。穴城てこと忘れそうになります。

驚愕の瞬間


水の手展望台からは千曲川が見えます・・てかどんだけ高いとこにいるんだワタクシ!
穴城って言っても背後はぐるっと大規模な崖だらけ!やっぱり武田の築城は恐るべし。

搦め手の展望台側から三の丸の方へ戻っていくと攻め口は基本一方向と改めて実感。
二の丸と三の丸の間に大規模空堀とそろばん橋がドーンと構えているのも当然なんだ。

威風堂々だった瞬間


線路をくぐって大手門を見に来たよ。仙石秀久が築城した頃に建てられた門で維新後、
売却され料亭や小諸義塾の教室に使われていたものが平成3年に小諸市に寄贈され、
平成20年に保存修理して復元したんだそうです。豪壮で重厚感ある堂々たる構え。

通行自由は太っ腹だった瞬間


くぐって反対側から。石垣とは板が嵌まってるだけで完全に連結しない造りなのね。
平成5年に懐古園の三の門と一緒に国の重要文化財に指定されています。

場所が分かりづらかった瞬間


小諸城登城前、時間がもったいないので少し離れたとこにある
光岳寺で移築された足柄門を見たので前後するけどご紹介。

足柄門も大手門同様、維新後に民間に払い下げられ、その後光岳寺に移築されたのだとか。
どこに建ってたのか分かりませんが、ちょっと品が感じられる高麗門です。

来てびっくりの瞬間


光岳寺は浄土宗のお寺。楼門もけっこう年季が入っていてとても立派です。
経緯は分からないけど徳川家康の生母、於大の方が祀られているんだそうですよ。

古刹だった瞬間


彫物や壁面は元禄期のものなのだとか。屋根には徳川葵、松平星梅鉢、牧野三つ柏の紋が。
足柄門だけ見るつもりで来たけど、駆け足ながら思いがけずあちこち見てしまったわw


小諸城はこれにて攻略完了! 今回は詰め込みすぎていつも以上に長くなったわ。


次は依田信蕃さん討死の地に向かうのですが、ちょうど通り道に信蕃さんに仕えた
大井氏の菩提寺があるのでなんとなく立ち寄りますw 耳取城跡も見つかればついでに。


玄江院にて大井氏のお墓参り〜に続く




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2014.12.03 Wednesday 21:33 | comments(2) | trackbacks(0) | 中部(長野県) | 

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2020.02.14 Friday 21:33 | - | - | - | 
あも (2014/12/07 8:20 PM)
サムライ銅像研究会さま

こんばんわ!
信蕃さんディープな関わりないのに
小諸城は長くなっちゃいましたね。
しっかり見たら、不思議で面白い城でした!
いつもありがとうございます!
サムライ銅像研究会 (2014/12/07 7:48 PM)
こんばんわ。今回はいつも以上に熱烈でしたね。小諸城への愛を感じました。いってみたい。
次回も楽しみにしています。