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2020.02.14 Friday  | - | - | - | 

西念寺にて仙石秀久のお墓参り

蕃松院から信玄の霊廟がある龍雲寺に行く途中、西念寺に立ち寄りました。
仙石秀久・・ゴンベのお墓参りに。通り道ならいいかと思ってw

佇まいがひそやかだった瞬間


西念寺は永禄3年(1560)に建てられた信玄開基の浄土宗のお寺。
岩村田の目抜き通りから1本入ったところにあって非常にひっそりしてます。

岩村田は中山道22番目の宿場。交通の要所でしたが本陣がなかったため、
この西念寺やこれから行く龍雲寺が代わりに宿所になっていたそうです。

重々しかった瞬間


山門をくぐるとなかなか年季の感じられる12脚の立派な楼門が。
奥に見えるモダーン本堂と違ってこちらは江戸期とかのものなのかもね。

岩村田が中心だった瞬間


小諸城主だった仙石秀久はこの寺を庇護し、文禄年間(1592〜96)に
堂宇の修復や境内の整備を行って、自らの菩提寺としたのだとか。
その頃はまだ岩村田藩はなく、この辺も小諸藩の領地内だったらしく。
というよりはむしろ岩村田の方が栄えてるくらいの場所だったような。

残念な人だった瞬間


ゴンベのお墓は本堂の左側にあるのでさくっと行ってみましょう。

仙石秀久は豊臣最古参の家臣で淡路洲本5万石、讃岐高松10万石と出世しますが、
九州攻めの際、本隊到着を待てという秀吉の命に従わず、長宗我部親子や
十河存保の反対を押し切って勝手に先発隊だけでの出撃を決めます。
が結果、戸次川の戦いで長宗我部信親、十河存保は討死、島津に大敗します。

この時、ゴンベはさっさと、しかも無断で四国に逃げ帰ってしまったため
怒った秀吉に所領没収の上、高野山に追放されてしまいました。

しっかりしていた瞬間


こちらがゴンベのお墓。埼玉県の鴻巣にある勝願寺より立派な作りです。

一時は高野山に追放された秀久ですが、天正18年(1590)小田原征伐が始まると
浪人を集め家康の後押しを受け陣借り参戦し、早川口攻略の功により大名に復活。
信州小諸5万石を賜り、藩主として小諸城や城下町、街道を整備しました。

反応が薄かった瞬間


光って見えづらいけど「初代小諸城主 仙石秀久公墓所」と書かれています。

関ヶ原の時には秀忠に従って上田城攻めに加わり、真田親子に翻弄される秀忠に
「自分を人質に送って進軍してほしい。死んでも東軍が勝利すれば満足だ」と言い
徳川の世になった時には秀忠にたいそう信頼されていたのだとか。

あっさり終了の瞬間


宝篋印塔ちょっと傾いちゃってますけど・・隣りはゴンベの弟、政直の五輪塔。
政直は乱心してこのお寺に蟄居させられ、そのまま亡くなったらしいです。

秀久は慶長19年(1614)、江戸から小諸へ帰る途中の武州鴻巣で病没し、
上田の本廟やここ西念寺、願勝寺(分骨)などに葬られました。

円覚院殿宝誉道樹大禅定門。享年63才。


ゴンベって伏見城で石川五右衛門を捕縛したとかも言われてるんだってね。
勇猛な豪傑みたいになってるけど、四国に勝手に逃げ帰った印象はかなり強いw

でも大失態の末、高野山に追放されたゴンベは自分と向き合ったのかもね。
めげずに武将として再起を図り、ミラクル起こした後は腰が据わったような・・

って思いはしても別にワタクシはゴンベには全然萌えないんですけどねw
ゴンベとか呼んじゃって実は親しみ持って・・いや、1ミリもないわ〜


次は今回の小諸・佐久攻略のラスト。龍雲寺に向かいます。


龍雲寺にて武田信玄のお墓参り〜に続く



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2015.01.11 Sunday 14:05 | comments(2) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

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2020.02.14 Friday 14:05 | - | - | - | 
あも (2015/01/11 8:55 PM)
サムライ銅像研究会さま

いい面の皮・・ちょと笑ってしまったw

武将の生き様は色々。命を惜しんで
名を残すのは惹かれないものですね。。
サムライ銅像研究会 (2015/01/11 4:18 PM)
見られるようになりました。
ソレガシもゴンベには興味もてませんね。長曽我部家にしてみれば、衰運のきっかけになった男が大名…いい面の皮ですね
今となっては皆さま、仏様。
合掌~。