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瑞巌寺にて伊達政宗正室愛姫のお墓参り

白石から車をぶっとばして松島にやってきました。

落ち着きがなかった瞬間


平日にも関わらず満車間近の駐車場に車を入れ、海を見て興奮気味の埼玉県民w
でも行くところがたくさんなので見とれず、伊達家ゆかりの寺だけチャチャと行くわよ。

写真と違いすぎた瞬間


まず腹ごしらえ。普段のワタクシは時間を惜しんでおにぎり@移動中がデフォ。
でもせっかく海の近くだし〜と思って、たっぷりのいくら、ぎっしりのマグロの
三色丼の看板写真を見て定食屋に入ったところ・・・米見えてるとこ多っΣ(゚Д゚)!
2300円くらいだったかな。完全に観光地価格。おいしかったけど釈然としなかったわw

有名スポットらしいので!だった瞬間


まずは瑞巌寺に行くんだけど、通り道なので五大堂もチラっと寄っておきます。
五大堂って何だよ〜と思いながら、人がすっごい行くのでワタクシも観光ですw

腰が引けていた瞬間


あかん・・橋がスケルトンでした。橋は長くないけど真下は海。足が震えちゃう。
なんで透かしで作るのかね。車いすでも通れるように橋は架け替えればいいのに。

食いつかなかった瞬間


渡ればすぐ五大堂。狭い敷地に結構な人がいて写真撮る位置もままならず。

坂上田村麻呂が東征のおり毘沙門堂を建立し、後に慈覚大師円仁が円福禅寺
を開いた際、五大明王像を安置したことから五大堂と呼ばれるようになりました。
こちらは伊達政宗が再建したもので桃山建築としては東北最古の建造物なんだとか。

ウキウキ観光気分を味わう瞬間


松島は観光地なので目抜き通りにはお土産屋さんや食べ物屋さんが軒を連ねます。
帰りに萩の月を買って焼き牡蠣も絶対食べよう!と思いながら瑞巌寺へ向かいます。
その途中にあった謎の城風建物。外国人観光客らが写真撮っているのが微笑ましい。

静寂に包まれていた瞬間


瑞巌寺への入り口を入ると門前の喧騒はどこ行った?と思うような雰囲気に。
さっきまでいた学生や外人の集団も全く見えず、これならゆっくり見られそう。

ラッキーだった瞬間


参道を抜けて瑞巌寺の受付へ。ほら、やっぱり人が全然いない!
拝観料が700円とかなりお高めなことも目的ないと入りづらい感じなのかも。

あんまラッキーじゃなかった瞬間


あれ・・平成の大修復をやってるようです。平成20年から平成30年までΣ(゚Д゚)!
本堂自体の拝観はできず、御本尊や政宗の位牌は仮本堂に移されているみたい。
おまけに政宗の甲冑像と五郎八像も上越市の博物館に出品中で見られないって・・

勝手にそろばんはじく瞬間


国宝本堂にかかった白いシートを恨めしげに眺めつつ修復中の超時短ルートへ。
あの本堂の周辺には国重文の中門や御成門なんかもあるのでだいぶ損してます。
赤で書かれた2つの建物と右奥の御霊屋しか観れないなら500円にしてほしいわw

いざ登竜門への瞬間


本堂が観られないのでいきなり庫裡。庫裡は禅宗寺院の台所にあたる建物。
大屋根の上に煙出しが乗っているのが見えます。遠めに見ても巨大な庫裡です。

瑞巌寺の創建は平安時代。慈覚大師円仁がこの地に天台宗延福寺を建立したのが始まりで、
鎌倉期には栄えるものの戦国時代には衰退し、妙心寺派に属するようになりました。

江戸時代になって藩内の寺社の修復に着手した伊達政宗が大伽藍を完成させ、
その後も伊達家の厚い庇護を受け、奥羽の大禅刹となりました。

重厚感はんぱなかった瞬間


建物正面は約14メートル。庫裡なのにデカすぎて妙な迫力がありますよw
禅宗のお寺なので派手な装飾はないけど手がかかっていて美しいです。
日本三大庫裏(京都妙心寺、妙法院、瑞巌寺)に数えられているらしいよ。

写真撮影可で太っ腹な瞬間


伊達家歴代位牌が安置されています。政宗や宗忠のは別にあるので、
3代綱宗以降の位牌なんだと思います。何代目くらいからか忘れたけど、
後の方の藩主って結構若くして亡くなってる人が多いんですよね。

驚きの瞬間


庫裡を抜けてグルグル回り仮本堂になってる大書院にやってきました。
お! なんとこんな間近で、しかも全部横並びで一度に見られるとは!!
三代開山木像、その奥が御本尊。そしてその奥が政宗、2代忠宗の位牌。

恐悦至極すぎた瞬間


こちらが政宗さんの位牌。「瑞巌寺殿前黄門貞山利公大居士」と書かれてます。
瑞巌寺を建立した功績によって名づけられました。黄門は中納言の中国名。
大居士の後には「神儀」とあって、大名への位号で神と同義なんですってよ!

修復中時短ルートがアンラッキーだとか、拝観料500円にしてほしいとか
思ったワタクシ罰あたりもいいとこ。普段なら絶対見れないか、運よく見れても
遠目かケース越しに違いないところ鼻息かかるほど間近にガン見出来るのは
修復中の仮本堂だからこそ。700円払ってこのタイミングで来て良かったわ!

御本尊の観音菩薩様にも、政宗さんの御位牌にも念入りにお参りしておきました。

主従は三世だった瞬間


続いて羅漢の間。政宗さんと忠宗さんに殉死した家臣の位牌を安置しています。
奥二基一対の位牌には政宗さんに殉死した20名、手前二基一対の位牌には
忠宗さんに殉死した16名それぞれの法名が刻まれているそうです。
片倉景綱さんもだし、伊達藩は殉死した家臣にも報いる家風なんですね。

浸食されちゃってた瞬間


続いて伊達政宗の正室陽徳院田村氏愛姫(めごひめ)の御霊屋を見に行きます。
本堂や庫裡がある側からは自然か加工か分からないけどこんなとこ抜けて行くの。

寺ごと貸切みたいだった瞬間


読経の声は聞こえなかったけど修行場を右手に御霊屋へ少し歩きます。
有名なお寺で激レア公開中だというのに本当に人がいなくて静かでいいです。

豪華絢爛すぎた瞬間


政宗さんの正室、愛姫の御霊屋。万治3年(1660)に3代藩主綱宗によって造営され、
平成18年(2006)から3年かけて復元。創建当初の豪華絢爛な形姿が甦りました。

愛姫は三春城主田村清顕の娘で、政略結婚により12歳の時に政宗に嫁いで以来、
57年、政宗に寄り添った才色兼備の夫人。後に松平忠輝に嫁いだ五郎八姫
2代忠宗を産んでいます。愛姫は政宗の死後、落飾して陽徳院を称し、
70歳で亡くなるまで17年間、夫政宗の菩提を弔ったそうです。

ばあさま思いだった瞬間


総黒漆塗りに金、極彩色の装飾・・失われていた飾り金具も復元されているそうで、
当時もこんな豪華さだったと思うとすごい!お孫ちゃんの綱宗君ガンバったのねw
随所に田村家の家紋である三つ巴が施されているのも気が利いてると思いました。


アンラッキーかと思いきや、まさかの大満足で瑞巌寺終了〜!
この後はすぐ近くにある天麟院で五郎八姫の霊屋にお参りします。


天麟院にて五郎八姫のお墓参り〜に続く



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2015.02.28 Saturday 14:54 | comments(2) | trackbacks(0) | 武将ゆかりの寺社仏閣 | 

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2020.02.14 Friday 14:54 | - | - | - | 
あも (2015/04/04 9:00 PM)
みーにゃさん!!

お久しぶりです〜わざわざこちらにもコメありがとうございます!
お父様のことはご愁傷様です。。

みーにゃさん、仙台もさすが!バス&電車で弾丸だったんですね。ホント頭が下がる思い。
抽選あたるなんてすごいですね!修復はめったにないから残念だけど、だからこその特典があると、それはそれで得する感じは天麟院で実感しました。

これからまた旅にはよい季節で楽しみですね!
またみーにゃさんの弾丸ツアー聞かせてください!!
み〜にゃ (2015/04/04 3:29 PM)
とてもお久しぶりです。昨年父が亡くなり、ドタバタとしていてコメできなくてすいません。少し落ち着いたので、あもさんの所へきました。瑞巌寺行かれたんですね〜。2013年4月に仙台、平泉、白石、松島、会津若松と電車&高速バスの弾丸旅行をしましたw瑞巌寺行きましたよ〜。大修復の期間でしたが、実は旅行の期間中に修復中の内部が抽選20名見れる日があったので葉書でダメ元で応募してみたら...。当たったー!その時運使い果たしたかもって思いましたよ(泣)
見れるのはまだ5年かかるんですよね。行きたいですけど...。長いコメですいません...。