<< November 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
<< 名古屋城に登城! | main | 岩崎城に登城! >>

長久手古戦場に出陣!

名古屋城から長久手古戦場にやってきました。古戦場は久々!
小牧・長久手の戦いと一口に言ってもフィールド広いからね〜
今回は長久手古戦場にフォーカスあてて無念の武将参りをしますw 小牧山城

ここまでは楽勝だった瞬間


長久手古戦場へはナビで長久手市郷土資料室を目指して到着!
長久手にフォーカスといっても点在する史跡巡るの大変なんだよ。
なのでまず資料室に立ち寄り、史跡マップを入手してくる作戦ですw

分かりやすかった瞬間


駐車場に車を停めて、まずは古戦場公園にある史跡を廻ります。
公園内は仏ヶ根とか家康が本陣置いた御旗山とかを模した作りになってます。

憩いの場だった瞬間


公園内に入ると長久手古戦場碑がお出ましに。秀吉と家康がしのぎを削った
戦いの場も公園となった今、親子連れがのんびり遊ぶのどかさです。

小牧・長久手の戦いは本能寺の変後、事実上、後継者の立場を得た秀吉に
警戒心を抱いた信長の二男信雄が家康に助けを求めたことから始まります。
秀吉と対決しなければならないと考えていた家康はこれに応じ、天正12年、
信雄が秀吉に内通した家老3人を殺害したことから戦いの火蓋が切られました。

太っ腹すぎた瞬間


あ、資料室の外観撮るの忘れたΣ(゚Д゚)! 入室料無料で合戦資料や
市の民俗資料展示などが見える上、史跡めぐりマップまでもらえます。
ボランティアのオジサンに行きたいところの情報を根ほっておきましたw

近くてよかった瞬間


では、いよいよ史跡めぐり開始!まずは公園内にある勝入塚から。
池田恒興さん(入道して勝入と号した)が討死したと伝わる場所です。

信長の乳兄弟だった勝入さんは小牧・長久手の戦いでは秀吉に味方。
家康の本拠地である岡崎攻め(中入)を進言し自ら軍を率いて侵攻するも、
途中の岩崎城攻めに手間取り、家康軍に反撃の機会を与えてしまいます。

無念を思って合掌の瞬間


勝入さんは家康軍と対峙して激戦を繰り広げますが、娘婿の森長可が銃弾を受け
討死したのをきっかけに劣勢となり、この地で討ち取られました。享年49才。

ワタクシ家康あんま好きじゃないし、太閤前の秀吉は嫌いじゃないので
小牧長久手の戦いでのこの局地戦はどうも秀吉側の武将に寄ってしまう。
色んな意見があるけど、ワタクシは純粋に勝入さんの無念を思うよ。
家康側では若かりし頃のラブ本多忠勝さんが頑張ったから悩ましいけどww

まだまだ分かりやすかった瞬間


お次は勝入塚とは真反対ながら公園内にある勝入の長男、池田元助討死の地。
父勝入とともに奮戦の末、討たれました。享年26歳。庄九郎は元助さんの幼名。

タイトルが気になって仕方なかった瞬間


誰の小説だったかな・・小牧長久手を描いた場面で父勝入の側で力の限り戦い、
潔く散った元助さんが印象に残っています。頑張りましたよね・・合掌。

難易度が上がった瞬間


お次は公園を出て地図を頼りにウロウロしながらたどり着いた武蔵塚。
徒歩だと著しく方向音痴になるワタクシには遠かったけどほんの数百mの距離。
住宅街の中にあるこじんまりした公園の奥にあるのでわかりづらかったけど。

精神的支柱だったと思う瞬間


森長可さんは本能寺で信長と共に落命した森蘭丸の長兄で、鬼武蔵と呼ばれる
勇猛果敢な武将でしたが奮戦中、井伊隊の銃弾に斃れ討死・・隊の心が折れるわ。
お墓は岐阜県可児市の可成寺にあるそうなので、機会があったらお参りしよう。

ウロウロの成果だった瞬間


次は血の池公園。何もないので目指してまではどうでもよかったけど、
武蔵塚からちょい先の長久手城址へ向かう途中、うまいこと通りかかれてw

心が折れそうになってきた瞬間


地図見ながらとはいえ相当迷って無駄に歩いてるので疲れてきました。
そこへこの普通すぎる公園の風景・・・マジ目指して来なくてよかったわ。

古戦場あるあるだった瞬間


昔は池があったんですね。で、徳川方の武将が血の付いた槍や刀を洗ったと。
鎧かけの松もあるようなのですが、松らしきが見当たらず探してまでいいやw

不審者寸前だった瞬間


長久手城址にもなんとかたどり着けました。住宅街の中で分かりづらい・・
敷地の中に入らないと案内見えないから、通り過ぎてまた戻ってきたのよw

大事なのは距離感や雰囲気だった瞬間


お堂の右奥の方に城跡の石碑が立っています。苦労したけどこれだけw
石碑も区画整理で最近この場所に移されたみたいだけど・・まぁいいか!

とはいえ瞬殺で終わる瞬間


長久手城は合戦時、徳川方の丹羽氏についていた加藤忠景の居城址。
詳細は分かりませんけどね、一応史跡マップに乗ってますってことで。

正直どうでもよかった瞬間


石碑の横には加藤太郎右衛門忠景宅址の碑が。加藤さん秀吉軍と戦って討死。
文化6年、加藤氏末孫の尾張藩士が碑を建てたと説明がありました。


長久手古戦場にフォーカスあてても広い広い・・家康が陣を敷いたという
御旗山だの色金山だのなんかは古戦場公園の反対にまた相当離れている。
この際、家康どうでもいいので車に戻って秀吉側めぐりを続けます。

難易度高すぎだった瞬間

古戦場公園からちょいと距離が離れたところにある木下勘解由塚がこちら。
通り沿いにあるけど車で走ってるとうっかり見逃すほどのこじんまり感。

木下さんは岡崎侵攻の総大将三好信吉(後の三好秀次)の家臣で
家康軍の先鋒隊と闘って敗走し、徒歩で逃げてきた信吉に自分の馬を与えて逃がし、
御幣を立てて奮戦の末、兄木下助左衛門祐久とともにこの地で討死しました。

リアル救世主だった瞬間


そもそも徒歩で逃げてきた信吉がしっかりしろよって感じだけど、
可児才蔵に馬を貸してくれと頼んだのに断られちゃったところへの
忠義の男木下さん出現だったんだって。可児才蔵に頼んじゃいかんね。
色んな意味で無念そうな木下さんにも心をこめて合掌しました。

どうでもいい情報かもだった瞬間


ちなみに・・今後行かれる方のために参考までに記しておきますと、
木下勘解由塚はこちらのお店向かって右側歩いた道路沿いすぐよw

徒歩とは人が違った瞬間


車に乗っていれば労をいとわないワタクシは最後に常照寺へ。
勝入父子と長可のお墓があるというので、お参りに来たのです。

ふふふってなった瞬間


こじんまりした本堂の左手に素朴すぎる「三大将墓」の案内がΣ(゚Д゚)!
案内がないよりマシだ!でもせっかくなんだからもうちょい頑張れww

分かりやすかった瞬間


寺の敷地ギリの所の坂をズーンと下って行きます。
一本道なので素朴すぎる案内でも絶対迷わなそうで安心w

日陰の身過ぎた瞬間


一本道の坂を下る右に開けた空間に出るもののそれらしきが全然ない!
と思ったら、まさかの左の死角になるような場所に例の素朴な案内が。
石の数も3つ。間違いない!!のはいいけど、この扱いってどうなの?

一区切りついた瞬間


どれが誰の墓石だか塚だか分からないから三人まとめてお参りしとこ!
お参りする人の気持ちの問題なんでねw 三武将の無念を思ってなーむー。


長久手古戦場めぐりはこれで終了。マップに乗っていながら探せど探せど
結局たどり着けなかった堀久太郎秀政本陣跡は見逃してしまったけど、
名人久太郎ちゃん別に討死したわけじゃないからまぁいいやってw 

家康側の陣跡からもフィールド見下ろすともっとよく分かるんだろうけど、
軽く山で時間たりないので割愛。代わりに岩崎城の方を見ることにします。


岩崎城に登城!〜に続く



*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村  人気ブログランキングへ人気ブログランキング城  歴史ブログランキング

2015.08.21 Friday 20:30 | comments(0) | trackbacks(0) | 古戦場に出陣 | 

スポンサーサイト

2018.11.16 Friday 20:30 | - | - | - |