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大樹寺にて徳川三昧!

安城城から三河武士の館に立ち寄ってから大樹寺へ。

物好きすぎる瞬間


わざわざは来ないけど、大樹寺行くのに通りかかるなら見るでしょ〜
ってことで立ち寄り。何度も来てる岡崎城には目もくれず三河武士の館にインですw

さらに物好きすぎた瞬間


入り口には川の葵の御紋を挟んで真田兄弟。完全に意図ある配置です。
ここで間に立って写真を撮る人が多くて、ワタクシ5分も待っちまったわw

ファンがかぶりついていた瞬間


幸村の槍に三成のデカ扇子、信長の刀・・キャラの画とゲームに出てくる武器を
実際に作ったものが展示されてます。忠勝さんのは相当細身にされてますが。
ゲームキャラはかっこよすぎ。でもワタクシはいつも肖像画の顔で妄想してますがw

威風堂々すぎた瞬間


刀剣展はほどほどにして大樹寺にやってきました。松平・徳川の菩提寺です。
山門は寛永18年(1641)三代将軍家光の建立。後奈良天皇御宸筆の勅額が桜上に。

充血するほど眺める瞬間


大樹寺と岡崎城を結ぶ有名なビスタライン〜やっとこの目で見られた!
山門の向かい側には道路を挟んで大樹寺小学校があり、山門を背にして立つと、
学校に残る総門の奥に岡崎城が見えるってやつ。この写真だと見づらいけど・・

寛永18年(1641)家康の十七回忌に、家光が祖父生誕の地を望めるようにと
本堂から山門、総門から岡崎城が見えるようにしたんだって。
歴代城主は岡崎城天守から毎日、大樹寺に拝礼したと伝わるそうな。

風格に満ちていた瞬間


境内に入ります。そこからの山門と鐘楼。鐘楼も寛永18年(1641)家光建立。
ワタクシよく見ませんでしたが鐘は9代家重改鋳なんだそうです。

威光にあてられる瞬間


こちらが本堂。安政2年の火災で焼失し、安政4年(1857)13代家定が再建。
まずは本堂で参拝して、有料の文化財収蔵庫、位牌堂をめぐりました。
家康の「遺体は久能山へ埋蔵せよ、位牌は三河の大樹寺へ安置せよ」という
遺言により家康はじめ、歴代将軍の位牌がここに安置されています。

中は撮影禁止なので写真はないんだけど、将軍御成の間とか、歴代将軍の
ドデカイ位牌が並ぶ位牌堂とか家康の木造とか・・川三昧で溜息でますw

人生を変えた寺!だった瞬間


本堂の横には家康像があります。大樹寺は松平4代の親忠(家康の5代前)が
念仏堂を設けたのが始まりで、文明7年(1475)に寺を建て大樹寺としました。

桶狭間で今川義元が討たれた時、大高城にいた家康は大樹寺に逃げこんで、
先祖の墓前で自害しようとしますが、13代住職登誉上人の「厭離穢土、欣求浄土」
に自害を思いとどまりました。家康はこれを旗印にし、終生座右の銘とします。

戦国の世は穢土、平和な世が浄土・・・「戦国乱世を終わらせて
住みやすい浄土を創る」。決意を胸に刻んだ家康ここでレベルアップ。
この出来事が後に三方ヶ原で脱糞しながら逃げ帰っても、惨めな自分の姿を
描かせて戒めにしようって思える強い心を作ったんだね。きっと。

美しすぎた瞬間


ピッカピカの御影石が美しすぎて武将像を見ている気がしないw

大樹寺には廟所もあって見られないと思ってあきらめていたのですが、
後から調べるとどうやら見られるらしいんですね・・また見逃したわw


次は帰りがてら本宗寺へ向かい、石川数正のお墓参りをします。

本宗寺にて石川数正のお墓参り!〜に続く



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2015.10.12 Monday 00:14 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将ゆかりの寺社仏閣 | 

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