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2019.10.02 Wednesday  | - | - | - | 

新府城に登城!

勝頼と北条夫人が振り返った涙の森から元いた新府城へ逆送したワタクシw
涙の森からはほんの数キロ・・勝頼の未完となった最後の城に登城します。

久々の出陣だし、ちゃんと見たいと思って下調べはかなりした(キッパリ)。
今回はワタクシには珍しく城に着く前の所からちゃんと書いちゃうもんねww

ナイスコンビニだった瞬間


登城前に腹ごしらえ・・と思ってコンビニ寄ったら気付いた背後の断崖。
新府城って釜無川側はこんな感じの絶壁で立地はとっても良さそうなの。

ジモティ以外は危ない瞬間


新府城に車で行くと七里岩ラインを通るんだけど広い駐車場あるから焦らないでw
この案内板が出てすぐ狭い駐車場があるんだけど、少し先のに停めた方が絶対いい!

七里岩ラインって地元の人の生活重要道路らしくて何もないとこなんだけど
車がそこそこ多い上、信号ないから飛ばす飛ばす・・看板を見つけたと同時に
慌てて狭い駐車場にハンドル切るとたぶん危ないからホントに気を付けて!

急がば廻る瞬間


気合いで狭い駐車場に停めると、目の前に何か良さそうな登城口風がある。
でもコレ、鬼急斜を登る羽目になる上、当時はなかった本丸の神社直通階段。
最後にココを降りて戻ればいいからワタクシはやっぱちょい先の駐車場へ!

大河効果あまり見られずの瞬間


20〜30台くらい停められるかな? 専用の駐車場がちゃんとあります。
で、この目の前が超〜見どころの「出構」、それを見つつ搦手から登城します。
勝頼公の未完の城とか真田丸押しのアピールすごいけど人はそんないないw

機敏さが必要だった瞬間


駐車場から道路を横断して城域に行くんだけど、それも本当に気を付けて!
車がスピード出して来るのでノンビリ道路渡ってたらマジひかれるΣ(゚Д゚)!

いきなり目が輝く瞬間


ワタクシは今回、国史跡としての整備が行き届いた搦手方面から登城します。
駐車場の目の前がすぐ「出構」。手前が東出構、奥に小さく見える西出構。
城の北側の防御施設で二つの張り出しの間には当時、水堀があったそう。
両側で出丸として機能しつつ、背後でつながる帯曲輪からも攻撃可能だ!

早くも腕とか痒くなってた瞬間


西出構の目の前に来てみた。高さはワタクシの身長よりは確実に高いです。
出構の近辺はどこでも入れるんだけど、5月初旬にして何気に草むら深し!

行き届いていた瞬間


さすが国史跡だよ!って感じの石造りのしっかりした説明があります。
航空写真もあってね。東側枡形までよく分かるわと思ってガン見したw

未完とはいえ・・と思う瞬間


出構の間にあったという水堀の名残りを搦手前で見ることが出来ます。
今はよく分かんないけど折れもあったそうで守りはやっぱ堅かったみたい。

ムラがありすぎた瞬間


搦手の乾門から城域に入ります。新府城って国史跡で整備はされてるけど、
搦手側の方が案内板も含めて行き届いてたなって今ホントに改めて思ったw

織田VS武田に興奮する瞬間


乾門枡形虎口・・手前に一之門、奥に二之門が建っていたそうです。
門跡遺構を埋め戻して保護し、一之門は柱穴の位置表示をしています。
枡形内は12〜13m四方だそうだけど柵とかあったらかなり閉塞感あるね。

興奮して震える瞬間


二之門は妻入り門か妻入り櫓門があったそうで、礎石の復元表示がされてます。
発掘調査で焼け跡が見つかり、天正10年に門が焼け落ちたのが分かっているそう。

続あちこち痒かった瞬間


ひとまず本丸を目指します。土塁やちょっとした空堀があちこち見られます。
木陰で爽やかなんだけど羽音がやたらデカい虫が多すぎるのが超イヤ!
おまけにまだ人が通ってないから、クモの巣がハンパないんだよね(泣)

センスが残念すぎた瞬間


井戸跡に到着! すり鉢状の井戸で当時とても深かったらしいんだよね。
水が湧いてるやつじゃなくて、岩から染み出る水とか雨水ためる方の井戸。
ワタクシの撮影じゃすり鉢感とか全然なくてダメじゃん!って感じだけど・・

大河はどうでもよかった瞬間


やたらに広い本丸にとりあえず到着!真田丸アピール旗がはためいてます。
の割に何度も言うけど人いないww 気にせず登城してホントよかったわw

色んな小説のシーンを思いだす瞬間


国史跡を表す柱標には普請奉行「真田安房守昌幸」と書かれてます。

新府城は躑躅ケ崎館に代わる新たな武田本拠地として武田勝頼が築きました。
真田昌幸が普請奉行を務め、七里岩の要害に甲州流築城術の集大成となる城を
築いたものの、織田勢に攻められ、築城からわずか3ヶ月足らずで勝頼自ら、
城を焼き捨てて逃亡。再起を図るべく岩殿城を目指しますが小山田信茂に裏切られ、
先祖が自害したと伝えられる天目山を目指す途中、田野で自害しました。

武田最後の城、未完の城・・真田昌幸の安心施行で防御力が高くても、
勝頼はもう民心も有力家臣も親族の支援も失ってしまっていたものね・・

首をかしげていた瞬間


本丸の奥には勝頼公霊社と武田十四将の霊位が建立されています。
二十四将じゃなく十四将って何?どういう人選?って感じなんだけどw

馬場山県高坂、内藤、原、甘利、五味、小山田・・エッ Σ(゚ロ゚;)!
と思ったら小山田昌輝って書いてあったw 誰それって首かしげたし。

へぇそうなんだ〜と思っときゃいい瞬間


武田氏滅亡後、国主の恩徳を追慕した民が石祠を作って慰霊をしたらしく、
説明書きによると、そういう流れからの公霊社建立や存在らしいです。

勝頼がダメ過ぎたとかアフォだったとかいわれることもあるけれど、
極端に能力がどうとか・・きっとそういことじゃないんだよね。
信玄の存在、武田の家風、勝頼個人の気質・・運悪く悪い方に進んだ。

新府城を逃げ落ちた後、もし小山田に裏切られず岩殿城に入るか、
あるいは真田昌幸の勧めを聞いて岩櫃城に入って再起を図っていたら、
数ヶ月後には信長は斃れてた・・そしたらどうなってたんだろうね。

未完に思えなかった瞬間


本丸を出て二の丸に行きます。振り返って高い土塁を眺めました。
未完の城だったというけど、あと何が揃えば完成だったんだろう。

勝頼が逃亡したのは未完で危ういということより、高遠城も落ちた後、
減りゆく兵力では守りきれないからあきらめたって感じなんでしょうね。

おおざっぱすぎた瞬間


二の丸の案内板。こっから先は矢印の方向も怪しげなこんなのばっかw
予算とかあるでしょうが国史跡なんで、搦手みたいな説明付案内板を希望!

昌幸の工夫かもだった瞬間


二の丸に入ったところから本丸から続く通路を振り返っての虎口。
新府城って高いところにあるとか広い尾根を生かしてるとかじゃない分、
土塁で徹底的に曲輪を仕切って実際よりもかなり複雑に見せてる感じ。

広さは合った瞬間


二の丸自体はそんなに見どころないかな。奥へ行くと断崖が見えるけど、
木が邪魔して肉眼ならともかく、写真だと全然下界が見えないんだよね・・
でも現地で見れば西の断崖感は分かり、北はさっき見た両出構がガード。
当時、どこに道があったか合わせて考えると堅固な立地が実感できます。

詳細な説明板を切望する瞬間


二の丸を出て大手の方へ廻っていきます。途中、縄張では馬出しがあるはずが
ワタクシには見つけられず、アレレ〜と思ってたら三の丸に来ちゃってw

西三の丸と東三の丸は土塁で区切られてるんだけど・・ここについては
区切ったからって縄張は特に複雑にはならなそう。何のためにわざわざ?

分かりやすさが足りなかった瞬間


東三の丸はこんな感じ。西も東も三の丸自体、土塁に囲まれて本丸に向けて
斜面が登ってる感じで。東三の丸とか書いた看板が立ってるけど矢印あるだけで
どっち向いてるの?みたいなw 搦手側のような万人向けの案内とか全然ないの。

ちなみにワタクシは蔀の構ってところが歩いたけどよくわからなかった。
超〜いい感じの防御スペースだと思うのに説明がないってなんか残念。

ロックオンして向かった瞬間


ワタクシが見たかったのは大手から枡形、丸馬出し、三日月堀と続くとこ。
ここなんて武田の城見に来たら超〜見どころなのにやっぱり案内板なし。
ワタクシの前歩いてた熟年カップルは普通にスルーして出口向かってたわ。
縄張図の解説なんかには載ってるんだから案内くらい立ててあげてほしい。

分かりやすすぎた瞬間


大手を入って枡形を抜けると丸馬出し。ものすっごい分かりやすい!
枡形は写真に納まりづらくてないけど、搦手みたいに厳重な感じがあって。

美しすぎた瞬間


丸馬出しの下には美しい三日月堀の跡。めっちゃ分かりやすい!! 
てかホントにね、こういうとここそ詳しい説明必要でしょって思ったし。

ワタクシは大河見てないので真田丸とか正直どうでもいいんだけど、
武田築城の最終ノウハウが詰まった城が残って、それ見れたのに感動!

ふーんと思っていた瞬間


最後に来た道を本丸に戻って藤武神社の拝殿へ。勝頼が築城の際に鎮守として
祀ったが落城とともに焼失するものの、後に家康の命で再建されたそうな。
お新府さんと呼ばれて地元の方には今でも親しまれているんですって。

余裕の笑顔だった瞬間


ちなみに記事の最初に書いた通り、鳥居と新府城看板を見てこの階段登ると、
藤武神社拝殿前に到着・・いきなり本丸からの登城になりますよ。
ワタクシは搦手から登城したので、帰りは降りて行くだけ。ウフンw

気が遠くなりそうな瞬間


一番下から249段だったかな・・登ったらワタクシは膝が死にますw
当時はなくて神社への参道として作られたらしいので帰り道で正解!?

漏れなく廻る瞬間


石段の前には車の往来激しい七里岩ラインを挟んで東側枡形があります。
首洗い池とかって名前もあるらしいよ。なかなかな空堀が見られますよ。


近いからいつでも・・とか何だかんだ、やっとの登城になったけど、
武田の城をあちこち見てから来たのも良かったのかな〜なんて。

新府城の廻りって出構の前とか特に桃の木畑が広がってるんだけど、
春先(4月初旬〜中)には桃の花が咲いてとんでもない美しさらしい。
辺りがピンク色にボーっとかすんで、まるで桃源郷のようなのだとか。
すごい混むだろうけど、いつかその夢幻な儚い感じも見てみたいなぁ。

新府城の見ごたえに大満足したところで、次は新府城落城寸前、
勝頼夫人が戦勝を祈願して願文を納めた武田八幡宮へ向かいます!


武田八幡宮へ参拝!〜へ続く



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2016.07.01 Friday 21:20 | comments(0) | trackbacks(0) | 中部(山梨県) | 

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2019.10.02 Wednesday 21:20 | - | - | - |