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自元寺にて馬場信春のお墓参り

真田丸な龍岸寺の後は馬場さんのお墓参りに自元寺にやってきました。
ついでに馬場を名乗る前・・教来石民部の頃の館跡にも行っちゃうよ!

馬場さんのお墓や供養塔は長篠城駒場の長岳寺設楽町の福田寺とかいくつかあって、
ワタクシが把握している分は自元寺を残すのみ! ついに馬場参りコンプリートよw

前のめってた瞬間


まずは旧馬場屋敷から移築してきたという門をじっくり眺めます。
当時この辺り一帯を敷地とした屋敷には夫人が暮らしていたことから、
門の屋根には夫人の紋である笹りんどうがついているようです。

達成感にみちみちていた瞬間


これまでいくつかある馬場さんのお墓へお参りしているワタクシですが、
自元寺は墓があるだけでなく馬場さん自身が建立したお寺ってことに加え、
ルーツ教来石の地名もある・・馬場参りのラスボス的存在でウキウキw

勝手に盛り上がっている瞬間


門をくぐって少し歩いたところに本堂と馬場さんのお墓があります。
自元寺は元亀元年(1570)に建立された曹洞宗のお寺。馬場美濃守信春開基。

ロックオンだった瞬間


馬場さんのお墓は本堂の左手の方へ進んでいったところにあります。

天正3年(1575)5月、長篠の戦いで討死した馬場さんの形見が届けられ、
お墓を建てて菩提寺としました。ご位牌も安置されているそうですよ。

思いをはせる瞬間


綺麗にお手入れされ、お花も活けられている馬場さんのお墓。

馬場さんは信虎、信玄、勝頼と3代につかえた40年間で70以上の戦に出陣して
1度も負傷せず「不死身の鬼美濃」と呼ばれた勇将ながら知略や築城技術もあり、
信長からも「馬場美濃守手前の働比類なし」と賞賛された武将でした。

しかし長篠の戦いで武田軍が総崩れになると、主君勝頼が敗走するのを見届け、
「我こそは馬場美濃守という者なり」壮絶な討死を遂げました。享年61歳。

長く手を合わせた瞬間


法名は乾叟自元居士。馬場さんを想い偲んで丁寧に手を合わせます。
これで知る限りの馬場さんのお墓参りが出来たと思ったら何かホッとしました。

自元寺を後にして、次は少し移動して教来石屋敷跡を見に行きます。

目印がなさすぎた瞬間


そばが名物らしいビューファーム鳥原平という施設を目指して迷わず到着!
この目の前が教来石屋敷跡。これがなかったらさまよっていたと思いますw

遠慮は無用だった瞬間


ファームの道を渡った向かいの原っぱの中をずんずん進んでいきます。
この館跡は発掘調査で教来石氏が馬場を名のるまでのものと判ったそうです。

教来石氏は武田家支流の一条氏から派生した在地の武士団武川衆の一員で
教来石村に移り住んで名乗りとし、武田氏に従いました。
教来石景政として武田家に仕えて馬場さんは信玄の命で名門馬場家を継ぎ、
馬場民部少輔信房を名乗りました。(美濃守信春となったのはこの後のはず)

自己満足の極みだった瞬間


原っぱのような場所の中ほどには一応、標柱が建てられています。
周辺には少しだけ遺構みたいのも残ってるらしいんだけど分からない。
でもいいんだ。好きな武将ゆかりの地に立つってのも巡りの醍醐味だよね!

GWなので草はこんなもんですが、真夏だったらちょっと厳しかったかも・・


これで今回の韮崎・北杜の武田巡りの狙いはコンプリートなんだけど、
日暮れにはまだ時間があるのでついでに若神子城とかも寄っときますか。


若神子城に登城!〜に続く




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2016.10.07 Friday 20:00 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

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