<< February 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
<< 自元寺にて馬場信春のお墓参り | main | 岩手県〜志戸平温泉「遊泉志だて」 >>

若神子城に登城!

自元寺で馬場さんを思った後は、帰りがけの駄賃で若神子城に立ち寄ってみました。

若神子城跡は須玉町ふるさと公園っていうのになってるんだけど、
ワタクシのお馬鹿ナビではピンポイントで出なくてね・・
近くまでナビで行き、後はスマホでグーグルマップ確認しながら何とか。

たどりついた瞬間


マジ公園とかあんの??みたいな山道を走らされ軽くオドオドしたじゃないか。
大丈夫かしら・・とゆっくり走ってたから気付けたと思われる公園の入り口。
前だけ見てグイグイ登ってたら、もしかすると見逃しちゃうかも・・そんな看板。

案内図ガン見の瞬間


薄くて儚げな入口のわりに、通路を進むと超整備された公園が出現!
手前は駐車場。誰もいないし来なそうで貸切だけど特に嬉しくないというw
ついで登城で下調べしてないので、天正壬午の乱の雰囲気だけサッとね。

首をかしげる瞬間


レンガなんか敷き詰めちゃって・・無駄なお金使って作った公園なんでは?
須玉町ふるさと公園って言っても道案内も分かりやすく出てるわけじゃなし、
町民憩いの場にしちゃ立地不便。城跡壊して公園を作るニーズはいかほどに?

思わず苦笑いしちゃう瞬間


レンガ道をズンズン進んで広場に行くと、数少ない見どころ薬研堀があります
・・・って、浅くて薬研掘っぽい感じとか全然ないんだけど (*°∀°)=3

いろいろ残念だった瞬間


北条氏が造ったと伝わる薬研堀ですが、どうやら埋め戻してあるみたい。

若神子城は武田の祖、新羅三郎義光によって築かれたと伝えられます。
天正10年(1582)、本能寺の変後、旧武田領をめぐって争われた天正壬午の乱で
北条氏直が若神子城に陣を構え、新府城に布陣した徳川家康に対峙しました。

で、この時に城の改修が行われて薬研堀なんかが掘られたらしいんだけど、
結局、武田遺臣を取り込んだ家康が勝利したから途中で放置されたんだって。

一番ダメなパターンに思えた瞬間


広場の真ん中から見ると一応、左右2か所に薬研堀が残ってる風になってます。
でも城跡って感じはなさすぎ、の割に公園として有効活用されてる感もない気が。

ノーメンテでボロボロだった瞬間


広場を抜けると未整備ゾーンがあって、ぼろい復元のろし台が置かれてます。

若神子城って信玄の頃は信州攻略の重要な中継拠点で、のろし通信網の中心に
なってたと考えられてるんだって。この通信網が国中に張り巡らされていたから、
当時、甲府から川中島まで2時間で連絡できたのだとか・・のろし侮れないw

注意書きが必要だった瞬間


のろし台の先はタイル張りの公園化された部分と区切りや境目とか特になく、
いきなりワイルドな世界が広がるのって、ちびっこには危ないんじゃないかと。

走るな危険!だった瞬間


少し先に進んでみたけど、草ボーボーで倒れた木もそのままだったり危ないの。
下の方に降りるところもあったけど、足場悪いし遺構もわからないので引き返し。

ほろ苦い思いがした瞬間


微妙なバランスの岩もあったり公園とのギャップすごすぎ(*°∀°)=3 
なんか色んな意味で中途半端で残念な公園だなって思いながら車に戻るw


新府城に登城したところからの〜谷戸城、若神子城ってことで、
天正壬午の乱の感じを辿れたんだなって思えば・・まぁいいか!


勝手に納得したところで次は武田巡りの締め!新羅三郎さんの墓へ行きます!!


正覚寺にて新羅三郎義光のお墓参り〜に続く




*****ランキング参加中〜励みになります!!ポチッとお願いします !いつも応援ありがとう♪*****

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へにほんブログ村  人気ブログランキングへ人気ブログランキング城  歴史ブログランキング
2016.10.14 Friday 17:25 | comments(0) | trackbacks(0) | 中部(山梨県) | 

スポンサーサイト

2020.02.14 Friday 17:25 | - | - | - |