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弘真院にて蒲生秀行廟所に参拝!

葦名家廟所の次は、少し離れてるけど自由見学できる蒲生秀行廟所へ。
車の機動力を生かして、鶴ヶ城が開くまでを有効に使う作戦よ。

たどりついた瞬間


団地と住宅に囲まれた中にあって、危うく迷子になりかけたところ到着!
廟所自体はGoogleMapに出てるけど、車だから入口わかんなくて(*°∀°)=3
石灯籠の間をグイッと入って、敷地内に車を停めて廟所を見に行きます。

思った以上のデカさだった瞬間


弘真院といってもお寺自体ここにないけどお墓だけ残っているみたい。
てか遠目なのにデカっ! 下調べで見た写真は大きく見えなかったんだけど。

かなり見上げてた瞬間


デカイ廟所にさらに屋根かぶせてるのは雪対策なんですかね?
建立は1612年秀行さん亡くなって間もなくと考えられているそうです。
中が暗すぎて写真撮ってないけど廟所内には五輪塔が建っています。

残念すぎた瞬間


説明には秀行さんが会津藩主だったことや廟所について書かれています。
最初に会津若松市の文化財となり、後に県指定重要文化財に指定されたそうな。

蒲生秀行は蒲生氏郷の嫡男。文禄4年(1595)父氏郷の急死により13歳で
会津92万石の藩主となり、家康の後見を受け、三女振姫と結婚しました。
慶長3年(1598)お家騒動を理由に秀吉の命で宇都宮18万石に移封されますが、
関ヶ原で家康に功績を認められ、再び会津60万石に返り咲きます。
幕府成立後は松平の姓を与えられ、徳川一門衆として重用されますが
慶長17年(1612)30歳の若さで死去。10歳の嫡男忠郷が跡を継ぎました。

独特の佇まいだった瞬間


氏郷さん40歳、秀行さん30歳。忠郷さんも25歳でお亡くなり・・早死すぎ(泣)

蒲生家にはずっと昔からお家騒動の種みたいのがあったようだし、
父の急死で関ヶ原前後の難しい時期を急に乗り越えることにもなって、
きっと秀行さんも大変だったよね。色々ありながら会津に復活したから
もう少し長生きしてたら、蒲生家の末も少しは変わったりしたのかな。

レオ〜ン! ワタクシ氏郷さん好きだから息子でも思い入れちゃうわ。
今日はこの後、氏郷さんも孫の忠郷さんのお墓参りもするわよ!!(鼻息)

思いにふけっていたら虫がたかってきたので、合掌して次へ行きます!


神指城に登城!〜に続く。



writen by あも Love城!Go名所旧跡!


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2016.11.11 Friday 17:28 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

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2020.02.14 Friday 17:28 | - | - | - |