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高乾院にて秋田家廟所に参拝!

福聚寺で田村三代のお墓参りをした後は秋田家廟所のある高乾院へ!

三春のメインストリートから少しだけ入ったところにある高乾院。
三春町はたくさんあるお寺の案内が分かりやすいので助かります。

夕暮れが近づく瞬間


鎌倉時代の創建で正保2年(1645)、秋田家の入封時ここに建てられたそうな。
高乾院の名は初代三春藩主俊季の父、実季の法名。秋田家の菩提寺です。

想像して勝手にビビる瞬間


もろモダーン風じゃないから違和感ないけど新しい綺麗な本堂です。
戊辰戦争の時には野戦病院に使われたりしたんだって・・

幻想的に違いない瞬間


こちらのお寺はお墓参りの方も誰も最後まで全然見かけなかったんだけど、
お盆中なので夜は何かやるのかしら。キャンドルが並べられていました。

鬱蒼としている瞬間


秋田家廟所は本堂の左手の方にある石段を上ったところにあります。

秋田氏は元は安東氏と名乗る津軽の豪族で、室町期に南部氏の侵入から逃れて、
秋田郡を拠点とし、戦国期に安東愛季が比内地方を支配下に置いて勢力拡大し、
戦国大名として台頭。愛季の子、実季の時に秋田城介を号して秋田姓を名乗り、
小田原に参陣して秀吉に本領5万2千石を安堵されました。

しかし関ヶ原では佐竹氏処分の余波を受け、常陸宍戸5万5千石へ国替えとなり、
さらに正保2年(1645)三春5万石に移されると以降、明治維新まで存続しました。

結界感ハンパない瞬間


石段を上った正面には「秋田家累代の墓」と刻まれた墓石がありました。
真夏の西日バリバリの時間帯なのに、木々が鬱蒼としすぎてこの暗さw

お手入れが行き届いている瞬間


こちらは最後の藩主映季の養子となった重季が昭和になって建立したもので、
当時、雑司ヶ谷にあった秋田家墓所を改装し、自身もここに眠っているそうです。

こじんまりする瞬間


累代の墓の左手には位牌堂。大名廟所独特の厳か〜な感じがあるね。
こちらの廟所は8代長季以外の藩主と婦女子が眠っているそうです。

ちょぴり上の空かもだった瞬間


位牌堂の反対側にはこんな感じに墓石が置かれてるけど・・どれが誰かは不明w
なんで8代だけ別なのかなって首をかしげながら、お参って廟所を後にします。


そして三春のラストは龍穏院で安東愛季とボッチの8代さんのお墓参りをします!



龍穏院にて安東愛季のお墓参り〜に続く




writen by あも Love城!Go名所旧跡!


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2017.03.05 Sunday 08:38 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

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2020.02.14 Friday 08:38 | - | - | - |