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大輪寺にて真田昌幸夫人(寒松院)のお墓参り

武田からの〜真田へ素早くシフトチェンジw これから上田で真田めぐりです。
せっかくなんで、まずは気分を盛り上げるため3度目の上田城へ。

大喜びな瞬間


わーい! めちゃ早朝ってわけじゃなかったけど、奇跡的に人がいなかった!
当時は尼が淵と呼ばれて、川が流れていたこの場所。じっくり脳内復元ナウ。

スキップする瞬間


今回は3度目だし、気分が盛り上がればいいので本丸にちょいと立ち寄るだけ。
でも「めぐり」のため、真田太平記と真田三代を再読したからムダに高揚していますw

アウトローだった瞬間


本丸に入ると櫓門前や真田神社は意外と人がいて、相変わらずの人気ぶり。
ワタクシは櫓の隅から遠くを眺めまわして、真田昌幸気分になったら終了w

ダッシュで車に戻ったら真田めぐり開始。まずは大輪寺からお参りします!

幸先よかった瞬間


数分ほどで到着! 駐車場は大きな山門前なので参道ショートカットでした。
大輪寺は上田城の鬼門にあるお寺で、真田昌幸の正室、山手殿のお墓があるのです。

ちょいと豪壮だった瞬間


重厚な山門に回廊、そして堀・・・もうちょっとした城みたいな雰囲気。

元は砥石城のふもとにあったそうですが、真田昌幸が上田城を築いた時、
山手殿の発願により、この場所に再建されたと伝わる曹洞宗のお寺です。

盛り上がる瞬間


お墓は外だから山門の中に入らなくてもいいんだけど、一応本堂を見ておこうと。
いい写真が撮れなかったんだけど、屋根に六文銭がついてて真田感ハンパない!

わかりやすかった瞬間


盛り上がったところで山門を出て、右手の方に進んでいくと案内板発見!
「寒松院」というのは昌幸の死後、出家した山手殿が名乗った院号です。

ひっそりだった瞬間


真田丸が放送されていた時はお参りに来る人も多かったんでしょうね〜
ちっとばかり寂し気なのぼり旗を眺めつつ、案内どおり上がっていきます。

波乱の人生を思う瞬間


こちらが「寒松院」のお墓。上田市の指定文化財になっているようです。

山手殿の出自は諸説あってハッキリしないけど、とりあえず昌幸に嫁ぎ、
小山田茂誠に嫁いだ村松殿、信幸信繁(幸村)を生みました。

山手殿は天正10年(1582)武田滅亡までの一時期を人質として新府城に暮らし、
関ヶ原の合戦の前には大阪にいたことで西軍の人質となり大阪城に留め置かれます。
その後、昌幸が西軍に味方することを決めると、大阪城を抜け出し上田に戻りますが、
合戦後、昌幸と幸村が九度山に幽閉されると、山手殿は同行せず、信之の元に残り、
出家して寒松院となり、慶長18年(1613年)に亡くなるまで大輪寺で暮らしました。

準備が足りない瞬間


昨日お参りした信之お兄ちゃんの眠る大鋒寺で見たのと同じく六文銭風を見かけ、
あ、そうだった!と思って財布をのぞくも、またしても6枚揃った小銭なしww

気安く語りかける瞬間


真田太平記と真田三代では描き方がけっこう違う(大河もそうなんだろう)けどさぁ
昌幸のワイフ、信之&信繁のママンであることは間違いないもんね!と語りつつ合掌。

単純だった瞬間


小高い裏山にあるお墓の帰り道には、本堂の屋根にある六文銭がよく見えた!
見る度に胸が熱くなるような思いになる六文銭! ルンルンで次にいこw



では次は信之お兄ちゃんの嫁サマ 小松姫のお墓参りに向かいます。


芳泉寺にて小松姫のお墓参り〜に続く



Writen by あも Love城! Go!名所旧跡


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2018.05.14 Monday 14:20 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将ゆかりの寺社仏閣 | 

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